ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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6緩甘ネジ

あなたの色なら②

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「千幸、疲れた?」
「大丈夫。今日は暑いなと思っただけ」
「そう? でも、しんどくなったら言って」
「ありがとう」

 ちょっと考え込むだけで気遣ってくれる。
 優しくできた恋人は、外では完璧な男性だ。少し考えて、千幸は言葉を付け足した。

「この暑さは結構きますが、いい食器が見つかるか楽しみなほうが勝ちます」
「そうだな。俺も楽しみだ。お揃いが」

 にっと笑い、サングラスの向こうの眦が下がるのを見て、千幸は笑みを深くした。
 お揃いに喜び、大事な行事だと言わんばかりの空気は気恥ずかしいが、選ぶのに気合いが入る。

 何をすれば正解なんてなく、やはり自分たちなりに向き合って自分たちのペースでいくしかないのだろう。
 それはわかっているのにここ最近ぐるぐる考える。

 雑に扱ってほしいわけではないけれど、気遣われると自分のことばかりでなく小野寺自身の思いに忠実でも、もっと強引でもいいのにとも思う。
 だけど、ドア前出待ちなど付き合うまでの小野寺の行動はどうかと思うし、結局どうしてほしいのかわからなくなってくる。

 小野寺が一歩下がるのは、その先、百パーセントの思いと欲望をぶつけるしかできないからだと考えれば、『もっと』なんて伝えるのは躊躇ってしまう。
 さすがにそのすべてを受け入れる覚悟があるかどうかまだわからなかった。

 結局、そこまで自分の気持ちが固まっていないことが原因なのだろう。
 そこまで考えて、情けなくて申し訳ない気持ちになる。

 その申し訳ないと思う部分を感じ取り、小野寺が一歩いつも引くのかと思うと寂しいし悔しい。
 だから、早く気持ちが追いつくように、千幸もできるだけたくさん小野寺のそばにいて、小野寺のいろんなことを知りたかった。

 この辺で有名なファッション通り、そこから一本、また一本と道をずれると、こだわりのインテリアショップが姿を現す。
 せっかくなので、リサーチも兼ねて自社で取り扱うわないものから探してみることになった。
 店によって扱う商品や系統も違うので見ているだけでも楽しく、百貨店で探してもよかったが足を動かしてデートを楽しもうと小野寺とやってきた。
 
 小野寺はベージュのクロップドパンツに黒Tシャツ、その上にさらりと白のシャツを羽織り、サングラスをかけている。瞳の色素が薄いので、そのほうが楽なのだそうだ。
 普段はスーツ姿、家では緩めの長いズボン姿が大半なので足首が見えているのは新鮮だ。

 年齢不詳のイケメンで、どこの海外モデルなのかと漂うオーラ。
 周囲の視線がそわそわと小野寺に集中する。そして、彼が掴んだ手の先の千幸を見て残念みたいな顔を何度見たことか。
 
 家が隣なので多くの視線に晒される機会も少ない。
 普段の言動が言動なのでとびっきりの美形だということをすっかり忘れそうになるが、二人で外に出かけると、小野寺がとても目立つことを意識させられる。

 ──だからといって特に何をでもないけど。

 ちょっと視線が痛いなくらいだ。
 それに周囲を気にするよりも、時おりすいっと繋いだ手の手首辺りを人差し指でくすぐられそちらに気をとられる。

「千幸」
「なんですか?」

 そのたびにぴくっと反応する自分もどうかと思う。
 だけどちらりと視線を上げて見る横顔からは嬉しそうに口端を上げているのを見つけると、千幸も自然と同じように笑ってしまう。

「んん。暑いな」
「そうですね」

 会話に内容はない。だが、視線や指先が俺を意識しろよと訴えていて、嬉しい気持ちとどこか寂しい気持ち。
 そんなことしなくても見ているのにと思うのだが、愛おしそうに視線を向けられると口が閉じてしまう。

 小野寺のこと、この関係のこと、食事のこと、帰ってくる時間。生活部分が小野寺に侵食された。
 その分考えることが増えていて、困ることもあるけれどどれも根底は温かい気持ちで付き合っていて楽しい。
 それをうまく伝えられていない自分。結局はそこに辿り着き、やはりもどかしさを覚えてしまう。

 ──好きって難しい。

 向き合い寄り添うとなると好きだけでは成り立たず、いろんな色に隠れてしまって見えにくくなる。
 ただ、出会ってからずっと小野寺から向けられる『好き』は変わらない。
 この温かいものをくれる人を大切にしたいという気持ちは伝えていきたい。

 きゅっと繋いだ手に力を入れて、じっとサングラスの隙間から覗く榛色の瞳を見つめる。
 綺麗な色。その瞳に囚われると不思議な気持ちになる。視線を感じた小野寺がすぐさま千幸と目を合わせてきて、にやっと口の端を上げた。

俺の・・千幸が可愛い~」

 すっと顔を寄せてきて耳元でささやかれる。
 その低音で響く声は、千幸にとって弱点だったりする。顔の造作より声。声が好みすぎる。そして、エロすぎる。その美声なんなの? 

 いつまでたっても声は慣れない。
 耳元はやめてほしい。その声とともに、俺の、を強調されて思わず頬が熱くなる。

 いや、そういう言葉を求めていたわけではないんです。もしかして、小野寺は千幸がその声に弱いってことわかってるのではないだろうか?
 ちらりと疑惑の目で見てみるが、にこにこと笑みを浮かべて嬉しそうに見つめられ真相はわからない。

「翔さんはどこでも変わらないですね」
「千幸といて千幸を愛でないとかありえない」
「愛でるって、おもちゃとかじゃないですよ?」
「当たり前だろ。千幸以外に愛でたいものはない」

 人でも物でも何でも、千幸だけだと告げられる。
 そこでまたにやっと口角を上げたのを見て、自分をからかって楽しもうという意図が伝わってきた。相手の思惑通りに熱くなったことに眉をしかめ、じろりと小野寺を見上げる。

 好きだと伝えながら、そうやってからかうことで自ら一線を引いている。
 実際、楽しいからが前提だとわかるし、これも戯れなのだと千幸だってわかっている。

 でも、それが最近気になる。
 そう気になるのも小野寺の計算だったらもうどうしようもないのだが、千幸に逃げ道を用意しているようで、甘く甘く囲い込まれて身動きが取れない状態だ。

 ──やっぱり、やっかいな人……

 ただ、わかることは千幸を『逃す気』はないこと。その腕に千幸が落ちるのを『待たれている』状態。
 そこまで考えて、千幸ははっと小野寺を食い入るように見つめた。
 端整な顔は相も変わらず自分を見ている。千幸の些細な感情の揺れを見逃さないように、しっかり観察されていた。

 交わる視線の中、すいっとまた腕をくすぐられる。そして、またじっと千幸の反応をうかがっている。
 まるで獲物の隙をみる肉食動物みたいだ。それでいて、それは食うではなく愛でるためにうかがっている。
 図体は決して可愛げないのに健気に周囲をうろついて 『おいで』と待ち構える獣みたいだ。

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