ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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6緩甘ネジ

好き、だから side翔③

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「いや。ただ、俺がもっとと欲張りになっているだけ」

 悔しいけど、好きの容量は増えるだけ。
 それを伝えると、呼吸一つ分の沈黙の後に告げられる言葉に翔は心臓が跳ねた。

「……翔さんだけではないですからね」
「何?」

 今、なんて?

 この流れで、俺だけではないとはどういう意味?
 悔しそうに軽く唇を噛み上目遣いになるその眼差しが、どうしても可愛く見えてしまう。

 驚きと期待を隠せずじっと見つめると、また呼吸一つ分の間。
 その間は、千幸がしっかり考えて言葉に出して伝えようとしてくれていることを教えてくれる。

「……私だってその腕に飛び込みたいとか、もっと一緒に過ごしたいなって思うことあります。だから、翔さんが俺ばかりが好きみたいな態度は嫌です」
「そうなんだ?」

 やばい。頬が緩む。
 意識して表情を引き締め、千幸の一挙手一投足を見逃さないようにじっと見つめる。
 咎めるような視線がさらに強くなり、それがまた嬉しい。

「そうですよ。だから、そろそろわかってほしいというか。ああっと、どう言えば伝わるんですかね。…………翔さん!!」
「何?」
「……前の付き合いの話とかするのはあまりよくないと思うのですけど、少し話を聞いてもらってもいいですか?」

 躊躇いながら告げられる視線。過去の男の話。それらすべてが不快であるが、先を期待した翔はここで止めることはもう無理だった。
 不承不承、肩を竦め先を促す。

「嫌だけど、千幸が話したいなら」
「すみません。ただ、そういったことを伝えないとこの気持ちが伝わりにくいかと思うので聞いてください」
「ああ」
「……その、私の気持ちのあり方の話なんですけど」

 大事な話を伝えてくれようとしているのに、前の男のことはやっぱり嫌で。
 翔はしぶしぶ頷いた。

「…………うん」
「今までのお付き合いも好きで付き合ってきて、その関係を大事にしたかった気持ちは本当でした。それが叶わないから終わってしまったんですけど。そういった思いは嘘ではなかったけど、いつもどこかでダメになる可能性も視野に入れていたんだなって今は思います」

 そこで千幸が悲しそうに笑った。

「良い関係であればいいとそれが長く続けばと思う反面、人の思いは常に同じベクトルではないんですよね。環境は変わっていくし、それに伴い人は成長だってするし興味も変わります」
「言っている意味はわかる」
「はい。その結果、相手にもだけど自分にも求めるものも変わってくるのは仕方がないんです。そういった仕方がないと思う部分がいつもどこかにありながら、付き合っていたのかなと思うところはあって」
「…………それは」

 続く言葉を持てなかった。千幸は悔いているようだが、翔はそういう悔いさえ派生しない付き合いばかりであったから。
 千幸は寂しそうに続ける。

「だから、心の底から本気にならないようにとか。そうなった時にあまり傷つかないようにとか、良い関係でいようと思いながらもどこか冷静な部分とか。相手に対して失礼な部分が常にあったのかなと」

 話を聞いていて、自分が傷つかないように自衛するのは仕方がない思う。
 したくてしているわけではない。無意識に己を守ろうとすることは仕方がないのだろう。

 でも、その仕方がないことを悔いているのか。
 そして、なぜこんな話をするのだろうか。
 元彼の話はやはり面白くなさすぎて、千幸の言わんとすることもなんとなくわかるがやはり嫌だ。

「正直、前の男との話はあまり面白くない話だな」

 それに、千幸が予防線を張ってしまうというのは前に傷ついたことがあるからではないだろうか。
 そういったことがあって、怖いと思うことがあって、だから知らず知らずのうちに自分を守ってしまう。その経験があるから自衛してしまう。

 千幸のどこか遠くを見る表情がそう語っていて、その視線の先にいる相手に腹が立つ。心底面白くない話だ。
 誰だ、千幸を傷つけたヤツは。

「だから、話すのはって前置きしたのですけど。その前のというか、私の気持ちというのを説明したくてなのでそこはスルーしてください。伝えたいことはまだ先なんでできたら聞いてほしいです」
「……わかった」

 まだ続くようなので、自分に向けて伝えたいことがあると言われれば頷くしかない。
 だから、しぶしぶと顎をひくと、寂しそうだけど優しい眼差しを向けられ、胸がきゅっと締め付けられる。

 過去の男の話は腹が立つが、今、自分に向けられる眼差しは愛おしすぎて。
 だから、嫉妬も、汚い感情も無理やり抑えつける。

 終わったことをあれこれ言って、格好悪いところを見せたくない。変に触れて傷つけたくない。ドロドロしたものを無理やり押し込める。
 そうできるのは、そうしたいと思うのは、惚れた弱みというやつなのだろうか。

「翔さんも知っての通り、そういう部分も原因で前のこともあったのかなって。相手もこういった私に不安というか、ただでさえ甘えるのは下手で物足りないというか。そういった部分をうっすらとでも感じ取っていたからあの結果なのかなって今は思うんです」
「……千幸が思うならそういうこともあるのかもな」

 二人にしかわからないものはあったのだろう。
 面白くはないが、腹も立つが、今さらの話なのでつっかかることなく先を促す。

「はい。大事にしてもらっていたと思うし、終わり方はあれでしたけど信じていた部分を全部否定したくはありません。後日話す機会があった時もそうだなって思いました。見ていたもの、感じていたもの、付き合った時間まで無駄ではないと。だから最後はお互いに悪いんだろうなって」
「戻りたいとか?」

 そういうことではないとわかっているが、むっとして思わずそう聞いた。
 元彼との時間。知らない千幸の時間。思い。
 そういうのを見せつけられ押し込めようとした嫉妬が顔を出す。

「違います。こんな話をしている私が悪いとは思いますが、さすがに怒りますよ」

 むっと拗ねたように睨まれて、すぐさま否定が返ってきたことにほっとする。

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