ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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7激甘ネジ

ただ、隣にいたいだけ②

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 一緒に住んでしまったら、ますますそこに囚われて、甘い甘い空間から逃げ出したいとも思えないくらいになることが怖かった。
 何かあった時、それを失うことをどこかで恐れる。
 わかっている。これはただの自分の甘え。

 自分さえしっかりしていれば、小野寺に甘やかされようとも何も変わらない。
 小野寺が小野寺のまま変わらないように……
 もしそうなったらそうなった時であり、そうならないようにしたいという気持ちはちゃんとある。

 それがわかっているようで、わかっていなかった。だから、曖昧なままにしていた。でも、わかってしまった。
 自分の単純な思い。それに気づけば、ぐだぐだと考えたりすることに意味がないことを。

「千幸。一緒に住んで」

 小野寺が繰り返す。限界だとばかりに、すりすりと甘え早く落ちてこいと待ちながらも攻撃を緩めない相手に、いつまでも自分の思いばかり考えていられない。
 懇願ともとれるそれに、千幸はとうとう頷いた。

「はい。私も一緒に住みたいです」
「……えっ、本当に?」
「はい。お待たせしてすみませんでした。ずっとそう思ってくれて、言葉も惜しみなくかけてくれてありがとう。こちらからもお願いしたいです」
「……………ま、じか……」
「翔さん?」

 千幸が言い切ると、熱っぽい切れ切れの言葉とともに顔を埋め黙り込んでしまった。
 小野寺の顔を見ようと離れようとしたが、見るなとばかりにぐいっと顔を小野寺の肩へと押される。

「ああ~。……夢のようだ」

 掠れた声。そばに発する小野寺の体温が上がった気がするくらい、自分たちの周囲がぽかぽかと熱していく。
 それに煽られるように、千幸もじんと胸の奥が熱くなり甘く痛くなった。

「そんな、夢って。これから一緒に住むということはもっとリアルになるというか、綺麗ごとばかりではないですし。でも、だからこそ翔さんと一緒にいて、少しでも満たしたいし満たされたいです」
「ああ。千幸がそばにいるだけで俺は幸せだ。どんな疲れも吹っ飛ぶしなんでもできる」

 小野寺節にふっと笑いが漏れる。

「なんでもは大げさだから。でも、ここ最近翔さん忙しくて、今までずっとたくさん気にかけてもらっていたのを知りました。たくさんの人のサポートがあっての今で、これからは私も支えたいって。それが一緒に住むことでそうなるならそうしたい」
「ああ。千幸がいるだけで十分そうなる」
「……近くにいても会えなかった時間は寂しかったです。寂しくさせてすみません。やっぱりちょっと怖かったので」
「溺れることが?」

 すっかりバレていることに気まずく頷くと、小野寺はゆっくりと髪を撫でてきた。

「溺れるというか、慣れすぎて見えなくなったりすることですかね」
「慣れ?」
「はい。具体的なものはないんですけど……。どうしても一緒に住むとなると一緒にいる時間も増えて、良いこともあれば慣れてしまって大事なことが麻痺することもあるので」

 付き合いが順調だと思っていたら、相手はもっと先を見て離れていってしまっていたりとか。
 もしくは自分のこの性格のせいで相手が物足りなく感じて、不安にさせていたりとか。

 そういったことを経験して、さらに臆病になった自分。
 どちらも反省はあるし仕方がない部分もあった。

 思いが重なり、タイミングが重なり、物事が動く。
 一方が違う方向を向き出したら、ずれていくのは当たり前。

 でも、それはそれであり、小野寺との付き合いはまた別だ。
 むしろ、そういう経験があったからこそ、小野寺との付き合いを大事にしたいと思えている。そして、大事にしたいからこそ一歩がなかなか踏み出せなかった矛盾。

「千幸がそういったことに慎重なのはわかってる。だけど、たくさん悩んで決めた時の腹のくくり方はこっちが驚くほど潔いし。そんな千幸が一緒にいたいと言葉にしてくれたこと、たくさんの思いはちゃんとわかってるから」

 千幸はこくんと頷いた。
 小野寺は強引だけど、ちゃんと千幸の思いを汲んでくれている。だからこそ、ずっと言葉をかけてくれていたのだとわかっている。

「それにそんなことを言いながらも、千幸はなかなか溺れてくれないし。俺がたくさん仕掛けることに、たまに乗ってくれるだけでいい。だから、そばにいて」
「そばにいたいです」

 すりっと頬を寄せ合い、視線を合わせ引き寄せられるように口づける。甘く優しい触れ合い、たまに離し見つめ合っては笑いまたちゅっと啄む。
 ただ、ただ甘い時間。胸の奥がずっとずっとぽわっとしてキュンとして、幸せを噛み締める。

 何度か繰り返し、キリがないと笑い合い、ちらりと壁にかかった時計を確認し小野寺はそこで重い重い溜め息をついた。

「なんで、今日は休みじゃないんだ」
「金曜日ですからね」
「わかってる。わかってるけど、こんな嬉しい日にこのまま抱きとめていられないなんて苦痛でしかない」
「……でも、明日は休みです」
「ああ、そうだな。そうだけど、そうじゃない」

 しっかりと指を絡めて、おでこをくっつけてくる恋人は一瞬でも離れるのが嫌だと訴えてくる。
 胸になんとも言えない気持ちが浮かび上がる。さっきから、きゅうきゅうと甘い苦しさに締め付けられる。

 わかっている。この今湧き上がる思いを断ち切って、現実的に仕事に向かわなければいけない。
 そのことが寂しいし悔しいのは千幸も同じであり、このように言っていても小野寺が仕事を疎かにしないこともわかっている。

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