25 / 99
第二章
第二章⑧
しおりを挟む
いつかの夢を、また見た気がした。
女神のような人が、『この世界を救って』と懇願しているのだ。それを耳にした僕は呆れて、『絶対無理ですよ』と言う。
いつも空回りばかりなんだ。たまにうまくできたな、と思っても、次から次へと問題が起こってしまう。身の回りの出来事だけで精一杯なのに、世界をどう救うって言うんですか。
……問題の諸元に近づいているじゃないかって?
それって一体どこです?それに、近づいただけじゃ解決しませんよ?やっぱり無理です。僕だけでは無理ですーー
ーーーーーーーーー
ぽちゃり
雫が落ちる音で目が覚めた。薄暗い。天井があるようだけど、高くはない。
ぽちゃり
屋根から雨漏りでもしているのだろうか。一滴、一滴と近くの水たまりに滴下しているようだ。
僕は体を起こした。硬い地面に寝そべっていたらしく、体中が痛い。腕を伸ばそうとしたら指先が何かに当たった。壁らしい。よく見ると足元にも壁があり、右手側にも壁。そして、左手側には鉄格子があった。薄暗く、視認し辛いものの、小さな空間に閉じ込められているのだと理解した。僕がいるこの空間はーーまるで独房のようだったのだ。
「……何で、こんなところに」
思わず鉄格子を掴んで引いてみるものの、びくともしない。暗闇に目が慣れたのでよく見ると、鉄格子の先は通路になっていて、通路の向かいには同じような独房が見えた。さらに、独房は通路に沿って幾つも並んでいたのだ。朽ち果てた刑務所にも思えた。
僕は焦り、再度鉄格子を揺らすと、軋んだ甲高い音が通路に響き渡った。
「やっと起きたか」
目の前の独房から声が聞こえた。耳にした覚えがある声色だが、言葉に含む冷たく暗い雰囲気は初めて感じるものだった。目が暗闇に馴染み、声の持ち主の輪郭が見えた。
「……ソウ?」
「ああ、俺だよ。ソウだ。起きたのはあんたが最後だぜ」
そう言うと、僕の左隣の独房から鉄格子を叩く音がした。
「私です。アリシアです。私も目覚めたばかりで、何がどうなっているのか……」
「あー。あんたら、察しが悪いな。覚えてねぇのか?クルエスにやられたことを」
ソウの口調にムッとしつつも、記憶が脳裏に蘇ってきた。ギルド本部にて、クルエスの配下二人が僕たちに寄って来たことを。そして、誰かの叫び声と共に記憶が飛んでーー次の記憶はこの独房から始まったのだ。
「二人のうち少なくとも一人は時魔法の使い手だな。時を止められて、その一瞬でうまくやられちまったんだ」
「時……魔法?」
以前にアリシアが言っていた特殊な魔法の一種だろうか。それは、不意を突かれたとはいえ、顔を背けたい事実だった。僕はお世辞にも強いとは言えないけど、それでも三人が何も抵抗できずに捕まってしまったのだ。あまりに強力すぎる能力だった。
「結果どうあれ、身を持って知ることができた。クルエスの依頼を受ける忠誠心のあるやつだけ特級チームとして残っていく。断ったやつはこの有り様ーー存在が無かったことにされちまう。そんでもって、時間が経てば経つほど奴は腹心に囲まれて、勝手に奴の城は強固になっていくって算段だ」
「存在が……?それに関連して、記憶では私たちは"通常の処理"をされると言われてましたけど、どんな意味なのでしょうか」
僕も気になっていたところだった。独房に閉じ込めるのが"通常の処理"なら、もしかしたら"特別な処理"をされていた可能性もあったのだろうか。
「さすがに俺も知らねぇな。ま、考えても仕方ねえだろ。それよりもこの格子には気づいたか?」
ソウは、僕とアリシアの懸念を軽くあしらうと、牢屋の格子を軽く叩いた。
「この独房、魔力循環の魔導石がいくつも仕込まれているみてぇだから、魔法が使えねぇ。試しに唱えてみろよ。魔力が拡散しちまう」
「魔力循環の魔導石?」
「初耳か?今じゃ鉱脈がなくなっちまったレア物の魔導石だ。ただ、大昔には、価値のない"ゼロ石"と呼ばれてたんだ。大気に魔力を放出する性質があって、いくら魔力を充填しようとしても全く溜まらないから、本来の用途である魔導石として使えなくて、ことごとく捨てられていたらしい。ただ、今じゃこんな使われ方をしている」
ソウに言われたことを試してみようと、手に力を入れてみる。すると、掌に一瞬小さな炎の塊が発生したかと思ったら、すぐに霧散してしまったのだ。隣でアリシアも同じことをやっており、手の中に水の粒が生成されても、瞬く間に宙へ消失している。
「だろ?魔法じゃ脱出できねぇ……こうなったら手はねぇよ。死ぬまでこの独房に入れられて、そのうちお陀仏よ」
「ちょっと待ってください。そもそもあなたは何をどこまで知っているのですか?確か、"反乱分子のリーダー"って言われてましたよね……私たちを騙していたのですか?」
不意にアリシアがソウへ食って掛かった。ソウの変貌ぶりや反乱分子と呼ばれていたことは、僕とアリシアにとって重要な懸案事項だったのだ。そもそも味方なのか敵なのか……何よりも彼を見定める必要があった。
しかし、そんな質問は既に想定していたのだろう。ソウはアリシアの問いかけを聞くと笑って答えた。
「そうだ。悪いが姉ちゃん、会ったときから騙してたんだ。口調もこれが本来でさ。でも反乱分子は言いすぎよ。クルエスの悪事を知っていて奴に近づいたんだが、バレちまってたってことだ。正直侮っていたよ。既に正体を気付かれていたし、あんたらの前で"反乱分子"とか言われるし、そもそも相当前から泳がされていたはずだ。完敗だよ」
「ギルドマスターはどんな悪事をしていたって言うの?僕たちにも詳しく教えてくれないか」
ソウ自身のことはもちろんながら、そもそも分からないことが多すぎるのだ。一つ一つ紐解いていかないと、さすがに状況を理解しきれない。
「それもいいが、ここを脱出できないことには始まらないぜ?まずは脱出だ」
「脱出……脱獄だね」
「まあそうとも言うな。しかし、いい手はありそうかい?まあ、なくても状況はこれ以上悪くはならない。どっちでも問題ないぞ」
ソウが腕を組んで僕に微笑んだ。確かに、この独房から脱出しないことには始まらない。ただ、魔法が使えないのでは手の内は既に万策尽きているとも言える。室内を見渡して、また鉄格子を揺らしてみた。当然、頑丈で壊せそうな気配もない。独房内にはこれという道具はないが、小さな棚の上には僕の持っていた鞄がそのままの状態で置かれていた。持たせておいたところで、どうにもならないのだと思われているのかーー
そう、僕たちは舐められている。
付け入る隙があるとすれば、そこだけだった。舐めている相手にしか取れない戦法。いわゆる隠し玉があれば、この窮地を脱却できるかもしれない。しかし、そんなものがあるかどうか――
「おい、あんた、もしかして先のドラゴンと何かしらの"契約"してたりするか?」
ソウが唐突に契約のことを聞いてきて、僕は目を丸くした。確かに"隠し玉"だろうが、ソウにはグレンとの契約のことは伝えていないはずだ。
「その反応、やっぱり図星か。念話、使えるよな。それでドラゴンに助けを求めたらどうだい」
「あなたはなぜそれを知って……でも、そうですね。私もそれしか手はないかと。ドラゴンに助けを借りるなんてーーそれが私に許されることなのかわかりませんけど」
ソウは当然に、また、アリシアは悔やみながらも後押ししてくれた。このまま独房で奇跡を待ち続けても時間は解決せず、事態は好転しないだろう。僕らのいる"監視のいない独房"ーーそれは、死ぬまで放置されてしまう可能性を意味していたのだ。
「分かった。グレンさんと念話してみるよ」
二人の後押しを受けた僕は、気持ちを集中させた。魔力ではない、心で通じ合わせるような感覚だ。遠くにいるグレンの姿を思い浮かべるとーー
『日の出ている時間に念話するとは、ワシは嬉しいぞ。話をしたいのか?』
思ったよりもすぐにグレンと交流できた。なぜかやたらと陽気そうで、状況を説明すれば助けてもらえる気がした。
『実は、あなたを捕獲しようという話をギルドマスターに提案されたんです。ただ、それを断ったら理不尽にも独房に入れられてしまいました。助けに来てもらえないかと思って』
『ほう。助けてやれんでもないが、ワシを信用してもらわねばならんな』
『僕は……そうですね、以前より信用しているつもりです』
その言葉は概ね本心だった。ギルドマスターに遭ったことで、相対的に信用が増しているということもあるけれど、それ抜きに、どこか言葉に裏がないというか、話に後ろめたさのないグレンに惹かれ始めているのも事実だった。
『良いだろう。ではお主との従士契約をちょいといじる。ワシの力を今日だけお主に授けよう』
『は?今なんて?』
僕が聞き返した瞬間、両腕に何か力の塊が巻き付いてくるような、重々しい感覚が生じた。
『――これは!?』
『ワシの力だ。ドラゴンの腕っぷしで邪魔なものを捻り潰すんだな。ガッハッハ』
『今回もいきなり契約更新って……何かペナルティは?』
『今晩も話はするからな、容赦せんぞ。では、そのうち会いに行こう。ガッハッハ』
『おい……って、切れた』
肝心な所をいつも濁されてしまう。でも、よくわからないけど力を分けてもらえたらしい。ただ、どう使えばいいのだろうか。
「力よ、発揮されてくれ」
両腕に力が宿った気がしたけど、どちらかと言うと重さを感じた右腕に力を込めてみる。すると、魔力とは異なる、体の底から湧き上がる力の塊を感じた。その途端、白っぽくて半透明の竜の腕先が、僕の右腕に重なるようにして具現化されたのだ。腕の先には鋭利な爪先が生えていて、刺すことも、切り裂くことも容易にできそうな見た目をしていた。
「今日だけの力……でもどう使えばいいんだ」
思うがままに、鉄格子へ思い切り振りかぶってみた。すると鉄格子は、すぱん、とアスパラをぶつ切りにしたように切断されて、切れ端がカラカラと転がった。僕は、その結果に目を見開いてしまった。力を抜くと、半透明の竜の腕は消え去っていく。
「あんた、すげえな」
「はは、は。僕も同じ気持ちですよ」
ソウとアリシアは、目を丸くしてこちらを見ている。先の一撃を見たのだ。当然かもしれない。そして僕も、アドレナリンが滾り、興奮冷めやらぬ感覚のまま、二人へ促した。
「さあ、ここから脱出しよう」
女神のような人が、『この世界を救って』と懇願しているのだ。それを耳にした僕は呆れて、『絶対無理ですよ』と言う。
いつも空回りばかりなんだ。たまにうまくできたな、と思っても、次から次へと問題が起こってしまう。身の回りの出来事だけで精一杯なのに、世界をどう救うって言うんですか。
……問題の諸元に近づいているじゃないかって?
それって一体どこです?それに、近づいただけじゃ解決しませんよ?やっぱり無理です。僕だけでは無理ですーー
ーーーーーーーーー
ぽちゃり
雫が落ちる音で目が覚めた。薄暗い。天井があるようだけど、高くはない。
ぽちゃり
屋根から雨漏りでもしているのだろうか。一滴、一滴と近くの水たまりに滴下しているようだ。
僕は体を起こした。硬い地面に寝そべっていたらしく、体中が痛い。腕を伸ばそうとしたら指先が何かに当たった。壁らしい。よく見ると足元にも壁があり、右手側にも壁。そして、左手側には鉄格子があった。薄暗く、視認し辛いものの、小さな空間に閉じ込められているのだと理解した。僕がいるこの空間はーーまるで独房のようだったのだ。
「……何で、こんなところに」
思わず鉄格子を掴んで引いてみるものの、びくともしない。暗闇に目が慣れたのでよく見ると、鉄格子の先は通路になっていて、通路の向かいには同じような独房が見えた。さらに、独房は通路に沿って幾つも並んでいたのだ。朽ち果てた刑務所にも思えた。
僕は焦り、再度鉄格子を揺らすと、軋んだ甲高い音が通路に響き渡った。
「やっと起きたか」
目の前の独房から声が聞こえた。耳にした覚えがある声色だが、言葉に含む冷たく暗い雰囲気は初めて感じるものだった。目が暗闇に馴染み、声の持ち主の輪郭が見えた。
「……ソウ?」
「ああ、俺だよ。ソウだ。起きたのはあんたが最後だぜ」
そう言うと、僕の左隣の独房から鉄格子を叩く音がした。
「私です。アリシアです。私も目覚めたばかりで、何がどうなっているのか……」
「あー。あんたら、察しが悪いな。覚えてねぇのか?クルエスにやられたことを」
ソウの口調にムッとしつつも、記憶が脳裏に蘇ってきた。ギルド本部にて、クルエスの配下二人が僕たちに寄って来たことを。そして、誰かの叫び声と共に記憶が飛んでーー次の記憶はこの独房から始まったのだ。
「二人のうち少なくとも一人は時魔法の使い手だな。時を止められて、その一瞬でうまくやられちまったんだ」
「時……魔法?」
以前にアリシアが言っていた特殊な魔法の一種だろうか。それは、不意を突かれたとはいえ、顔を背けたい事実だった。僕はお世辞にも強いとは言えないけど、それでも三人が何も抵抗できずに捕まってしまったのだ。あまりに強力すぎる能力だった。
「結果どうあれ、身を持って知ることができた。クルエスの依頼を受ける忠誠心のあるやつだけ特級チームとして残っていく。断ったやつはこの有り様ーー存在が無かったことにされちまう。そんでもって、時間が経てば経つほど奴は腹心に囲まれて、勝手に奴の城は強固になっていくって算段だ」
「存在が……?それに関連して、記憶では私たちは"通常の処理"をされると言われてましたけど、どんな意味なのでしょうか」
僕も気になっていたところだった。独房に閉じ込めるのが"通常の処理"なら、もしかしたら"特別な処理"をされていた可能性もあったのだろうか。
「さすがに俺も知らねぇな。ま、考えても仕方ねえだろ。それよりもこの格子には気づいたか?」
ソウは、僕とアリシアの懸念を軽くあしらうと、牢屋の格子を軽く叩いた。
「この独房、魔力循環の魔導石がいくつも仕込まれているみてぇだから、魔法が使えねぇ。試しに唱えてみろよ。魔力が拡散しちまう」
「魔力循環の魔導石?」
「初耳か?今じゃ鉱脈がなくなっちまったレア物の魔導石だ。ただ、大昔には、価値のない"ゼロ石"と呼ばれてたんだ。大気に魔力を放出する性質があって、いくら魔力を充填しようとしても全く溜まらないから、本来の用途である魔導石として使えなくて、ことごとく捨てられていたらしい。ただ、今じゃこんな使われ方をしている」
ソウに言われたことを試してみようと、手に力を入れてみる。すると、掌に一瞬小さな炎の塊が発生したかと思ったら、すぐに霧散してしまったのだ。隣でアリシアも同じことをやっており、手の中に水の粒が生成されても、瞬く間に宙へ消失している。
「だろ?魔法じゃ脱出できねぇ……こうなったら手はねぇよ。死ぬまでこの独房に入れられて、そのうちお陀仏よ」
「ちょっと待ってください。そもそもあなたは何をどこまで知っているのですか?確か、"反乱分子のリーダー"って言われてましたよね……私たちを騙していたのですか?」
不意にアリシアがソウへ食って掛かった。ソウの変貌ぶりや反乱分子と呼ばれていたことは、僕とアリシアにとって重要な懸案事項だったのだ。そもそも味方なのか敵なのか……何よりも彼を見定める必要があった。
しかし、そんな質問は既に想定していたのだろう。ソウはアリシアの問いかけを聞くと笑って答えた。
「そうだ。悪いが姉ちゃん、会ったときから騙してたんだ。口調もこれが本来でさ。でも反乱分子は言いすぎよ。クルエスの悪事を知っていて奴に近づいたんだが、バレちまってたってことだ。正直侮っていたよ。既に正体を気付かれていたし、あんたらの前で"反乱分子"とか言われるし、そもそも相当前から泳がされていたはずだ。完敗だよ」
「ギルドマスターはどんな悪事をしていたって言うの?僕たちにも詳しく教えてくれないか」
ソウ自身のことはもちろんながら、そもそも分からないことが多すぎるのだ。一つ一つ紐解いていかないと、さすがに状況を理解しきれない。
「それもいいが、ここを脱出できないことには始まらないぜ?まずは脱出だ」
「脱出……脱獄だね」
「まあそうとも言うな。しかし、いい手はありそうかい?まあ、なくても状況はこれ以上悪くはならない。どっちでも問題ないぞ」
ソウが腕を組んで僕に微笑んだ。確かに、この独房から脱出しないことには始まらない。ただ、魔法が使えないのでは手の内は既に万策尽きているとも言える。室内を見渡して、また鉄格子を揺らしてみた。当然、頑丈で壊せそうな気配もない。独房内にはこれという道具はないが、小さな棚の上には僕の持っていた鞄がそのままの状態で置かれていた。持たせておいたところで、どうにもならないのだと思われているのかーー
そう、僕たちは舐められている。
付け入る隙があるとすれば、そこだけだった。舐めている相手にしか取れない戦法。いわゆる隠し玉があれば、この窮地を脱却できるかもしれない。しかし、そんなものがあるかどうか――
「おい、あんた、もしかして先のドラゴンと何かしらの"契約"してたりするか?」
ソウが唐突に契約のことを聞いてきて、僕は目を丸くした。確かに"隠し玉"だろうが、ソウにはグレンとの契約のことは伝えていないはずだ。
「その反応、やっぱり図星か。念話、使えるよな。それでドラゴンに助けを求めたらどうだい」
「あなたはなぜそれを知って……でも、そうですね。私もそれしか手はないかと。ドラゴンに助けを借りるなんてーーそれが私に許されることなのかわかりませんけど」
ソウは当然に、また、アリシアは悔やみながらも後押ししてくれた。このまま独房で奇跡を待ち続けても時間は解決せず、事態は好転しないだろう。僕らのいる"監視のいない独房"ーーそれは、死ぬまで放置されてしまう可能性を意味していたのだ。
「分かった。グレンさんと念話してみるよ」
二人の後押しを受けた僕は、気持ちを集中させた。魔力ではない、心で通じ合わせるような感覚だ。遠くにいるグレンの姿を思い浮かべるとーー
『日の出ている時間に念話するとは、ワシは嬉しいぞ。話をしたいのか?』
思ったよりもすぐにグレンと交流できた。なぜかやたらと陽気そうで、状況を説明すれば助けてもらえる気がした。
『実は、あなたを捕獲しようという話をギルドマスターに提案されたんです。ただ、それを断ったら理不尽にも独房に入れられてしまいました。助けに来てもらえないかと思って』
『ほう。助けてやれんでもないが、ワシを信用してもらわねばならんな』
『僕は……そうですね、以前より信用しているつもりです』
その言葉は概ね本心だった。ギルドマスターに遭ったことで、相対的に信用が増しているということもあるけれど、それ抜きに、どこか言葉に裏がないというか、話に後ろめたさのないグレンに惹かれ始めているのも事実だった。
『良いだろう。ではお主との従士契約をちょいといじる。ワシの力を今日だけお主に授けよう』
『は?今なんて?』
僕が聞き返した瞬間、両腕に何か力の塊が巻き付いてくるような、重々しい感覚が生じた。
『――これは!?』
『ワシの力だ。ドラゴンの腕っぷしで邪魔なものを捻り潰すんだな。ガッハッハ』
『今回もいきなり契約更新って……何かペナルティは?』
『今晩も話はするからな、容赦せんぞ。では、そのうち会いに行こう。ガッハッハ』
『おい……って、切れた』
肝心な所をいつも濁されてしまう。でも、よくわからないけど力を分けてもらえたらしい。ただ、どう使えばいいのだろうか。
「力よ、発揮されてくれ」
両腕に力が宿った気がしたけど、どちらかと言うと重さを感じた右腕に力を込めてみる。すると、魔力とは異なる、体の底から湧き上がる力の塊を感じた。その途端、白っぽくて半透明の竜の腕先が、僕の右腕に重なるようにして具現化されたのだ。腕の先には鋭利な爪先が生えていて、刺すことも、切り裂くことも容易にできそうな見た目をしていた。
「今日だけの力……でもどう使えばいいんだ」
思うがままに、鉄格子へ思い切り振りかぶってみた。すると鉄格子は、すぱん、とアスパラをぶつ切りにしたように切断されて、切れ端がカラカラと転がった。僕は、その結果に目を見開いてしまった。力を抜くと、半透明の竜の腕は消え去っていく。
「あんた、すげえな」
「はは、は。僕も同じ気持ちですよ」
ソウとアリシアは、目を丸くしてこちらを見ている。先の一撃を見たのだ。当然かもしれない。そして僕も、アドレナリンが滾り、興奮冷めやらぬ感覚のまま、二人へ促した。
「さあ、ここから脱出しよう」
10
あなたにおすすめの小説
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。
大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。
そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。
しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。
戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。
「面白いじゃん?」
アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる