85 / 99
第五章
第五章⑩
しおりを挟む
ふいに、僕が乗ってきたエレベーターが起動するような音が聞こえた。アリシア達も戦いが終わり、後を追いかけてきているのだと直感した。もちろん、敵が降りてくる可能性もないとは言えないが、仲間が降りてくると信じている。僕は、アリシア達が勝利したのだと信じている。
「グレンさん、体は大丈夫ですか?」
「体力は有り余ってるわい。ずっと狭い檻に閉じ込めおって……いい心地はしておらんな」
「元気そうで何よりですよ」
「ただ、力がごっそりと抜け落ちたようだ。魔法が――放てん」
グレンは手をかざしてみるが、どうにも魔法が使えないことに違和感を抱いている様子だった。
「この人……クルエスがあなたのスキルを奪い取ったらしいんです。全てではないらしいんですけど……」
「確かに、火魔法は使えるようだな」
グレンの腕から青白い炎が湧き出すのを見ると、少しだけホッとした。失ったものは多いけれど、命は助かったんだと実感した。
「ザブにやられた時からずっと、夢の中でお主に語りかけられていた気がするぞ」
グレンが言うのは、王都以降、連絡を取ろうとひたすらに念話を試みていたことだと推測する。
ガコン
背後から再び何か動く音が聞こえた。そろそろエレベーターがこのフロアへ到着する頃合いかもしれない。その前に、一つだけグレンに聞いておきたいことがあるのだ。
「あの、前に念話した時『次会った時話す』って言ったこと覚えていますか?聞きたいことがあるんです。なんで"僕"を選んだんですか?契約をしてまで人間の相棒が必要だったのは、なぜですか?こんな時ですけどーー逆にこんな時にしか聞けなくて」
それを聞いたグレンは、少し考える素振りをしてから、口を開いた。
「既に知っている話もあるとは思うが、聞きたいか?」
「もちろんです」
グレンの想いを聞く機会は、これまであまりなかった。正確には、はぐらかされて教えてくれない事が多かったのだけど、いざ話を聞くとなると、少し緊張した。
「ワシは、ドラゴンの長だ。かれこれ二百年……人間との不可侵条約も、ワシがしたためたもの。ただ、近頃、その陰りが見え始めた。里の若いドラゴンであるザブラスが里を出た矢先に、人間がドラゴンへ純粋な敵対心を向け始めたのだ。異変を感じたワシは、里を出てザブラスの行方を追ったーーしかし、ザブラスの痕跡が残る地には奴の姿はなく、段々とワシ一人ではどうにもならない問題だと感じるようになった。だから、人間に力を借りようと考えたのだ。ワシとしては、もっと人間を知りたかったという気持ちもあったのだがな。ただ、人間と言っても誰でもいい訳ではなく、お互いの光魔法で従士契約をし合える人間を探していたのだ。制限なく念話でき、命を賭けることで信頼も預けられると思ったのだ。ただし、お主はそれに加えドラゴン語にも精通していた。またとない人物だった」
「でも、従士契約をするのに僕の命を天秤にのせるなんて酷いですよね?」
「……?命を賭けた話?さっきも言っただろうが、それはワシの命の話だ。もしお主が死ねば、ワシも死ぬ。ワシが"従"でお主が"主"だ。そう言っておらんかったか?」
「言ってないですよ!初耳です!」
僕は衝撃の事実に驚きを隠せなかった。これまで死の恐怖に向かい合ってきたのはーーグレンの言い忘れが原因で、勝手に僕が勘違いしていたらしい。
「おお?スマンかったな。まあ、良い経験になっただろう。ガッハッハ」
「いや、気を紛らわせないで下さい!」
「終わり良ければじゃ。ガッハッハ」
笑うに、笑えなかった。全く、この人は出会ってからずっとそうだ。抜けているけど、こちらのためにいつも何かをしてくれている。与えるより、与えられた物のほうが多かったと思う。しかし、聞いていないことがもう一つあったことにも気が付いた。
「……そういえば以前、僕と契約することを"直感"で決めたとかも言ってませんでした?直感っていっても、どこにそれを感じたんです?」
「ああ、それはなぁ――」
グレンが言いかけた時、エレベーターから金属を擦る音と、それがひしゃげる大音響が鳴り響いた。そして――エレベーターがこのフロアに落下した。
響き渡る轟音。舞い上がる砂埃。アリシア達の敗北が脳裏をよぎり、それを同意するかのように姿を現したのはーーザブラスだった。
「ザブラス!お前、アリシア達をどうした!」
「ザブ!ワシによくも散々攻撃してくれたもんよのぉ!」
二人で同時に叫んだが、ザブラスはなんの反応もせず、ふわふわと浮かんだままクルエスの下に降り立った。
「おい、クルエスはもう……死んでいる。もし奴に操られていたのなら、あなたを縛るものは何もないですよ」
ザブラスに声をかけてみたが、こちらに顔を向けるどころか、目も向けようとしなかった。
「グレンさん、ザブラスの様子がおかしい――」
すると、ザブラスはクルエスの遺体を咥えて、ひっくり返した。そこには、拳よりも一回りも二回りも大きな――顔程もありそうな真っ黒な魔導石が隠れていた。
僕の本能が危険を知らせていた。それに触れてはいけない、と。
「ザブラス、駄目だ!」
ザブラスは何の躊躇いもなくそのまま魔導石を咥えると――飲み込んだ。
すると、ザブラスは引き攣ったように身悶え、暴れ出した。何かと戦っているのか、苦しそうに叫び、身をよじっている。
「ザブ……どうしたんだ」
グレンも慌てるが、何も出来ることがなかった。そして、ザブラスの動きが唐突に止まり、ドスンと倒れこんだ。
静寂――
静まり返った空間に、突如として叫び声が飛び込んできた。
「グレンのおじさん!」
「ハル!」
エレベーターの側から、ベルに掴まったアリシアとソウが降りてきたのだ。
「さっき、こっちにザブラスが降りてきて……って、死んでる……?クルエスも……?ハル、何が起きたんだ?」
「分からない。でも、嫌な予感がする――」
唐突に、ザブラスが体をムクリと起こした。そして、不思議そうに自身の体を見渡して、手足や尾の動きを確認し始める。
「ザブ、平気なのか?」
心配そうなグレンがザブラスに声をかけた。
その時、僕は悪寒を抱いた。ザブラスの目の奥が、真っ黒に濁っていたからだ。色の表現ではなく、奥底に闇が隠れているような瞳。僕はそれを見たことがあった。そう、それは、すぐさっきまで僕が戦っていた――
「私だよ。クルエスだよ」
黒いドラゴンは、確かにそう喋った。
「グレンさん、体は大丈夫ですか?」
「体力は有り余ってるわい。ずっと狭い檻に閉じ込めおって……いい心地はしておらんな」
「元気そうで何よりですよ」
「ただ、力がごっそりと抜け落ちたようだ。魔法が――放てん」
グレンは手をかざしてみるが、どうにも魔法が使えないことに違和感を抱いている様子だった。
「この人……クルエスがあなたのスキルを奪い取ったらしいんです。全てではないらしいんですけど……」
「確かに、火魔法は使えるようだな」
グレンの腕から青白い炎が湧き出すのを見ると、少しだけホッとした。失ったものは多いけれど、命は助かったんだと実感した。
「ザブにやられた時からずっと、夢の中でお主に語りかけられていた気がするぞ」
グレンが言うのは、王都以降、連絡を取ろうとひたすらに念話を試みていたことだと推測する。
ガコン
背後から再び何か動く音が聞こえた。そろそろエレベーターがこのフロアへ到着する頃合いかもしれない。その前に、一つだけグレンに聞いておきたいことがあるのだ。
「あの、前に念話した時『次会った時話す』って言ったこと覚えていますか?聞きたいことがあるんです。なんで"僕"を選んだんですか?契約をしてまで人間の相棒が必要だったのは、なぜですか?こんな時ですけどーー逆にこんな時にしか聞けなくて」
それを聞いたグレンは、少し考える素振りをしてから、口を開いた。
「既に知っている話もあるとは思うが、聞きたいか?」
「もちろんです」
グレンの想いを聞く機会は、これまであまりなかった。正確には、はぐらかされて教えてくれない事が多かったのだけど、いざ話を聞くとなると、少し緊張した。
「ワシは、ドラゴンの長だ。かれこれ二百年……人間との不可侵条約も、ワシがしたためたもの。ただ、近頃、その陰りが見え始めた。里の若いドラゴンであるザブラスが里を出た矢先に、人間がドラゴンへ純粋な敵対心を向け始めたのだ。異変を感じたワシは、里を出てザブラスの行方を追ったーーしかし、ザブラスの痕跡が残る地には奴の姿はなく、段々とワシ一人ではどうにもならない問題だと感じるようになった。だから、人間に力を借りようと考えたのだ。ワシとしては、もっと人間を知りたかったという気持ちもあったのだがな。ただ、人間と言っても誰でもいい訳ではなく、お互いの光魔法で従士契約をし合える人間を探していたのだ。制限なく念話でき、命を賭けることで信頼も預けられると思ったのだ。ただし、お主はそれに加えドラゴン語にも精通していた。またとない人物だった」
「でも、従士契約をするのに僕の命を天秤にのせるなんて酷いですよね?」
「……?命を賭けた話?さっきも言っただろうが、それはワシの命の話だ。もしお主が死ねば、ワシも死ぬ。ワシが"従"でお主が"主"だ。そう言っておらんかったか?」
「言ってないですよ!初耳です!」
僕は衝撃の事実に驚きを隠せなかった。これまで死の恐怖に向かい合ってきたのはーーグレンの言い忘れが原因で、勝手に僕が勘違いしていたらしい。
「おお?スマンかったな。まあ、良い経験になっただろう。ガッハッハ」
「いや、気を紛らわせないで下さい!」
「終わり良ければじゃ。ガッハッハ」
笑うに、笑えなかった。全く、この人は出会ってからずっとそうだ。抜けているけど、こちらのためにいつも何かをしてくれている。与えるより、与えられた物のほうが多かったと思う。しかし、聞いていないことがもう一つあったことにも気が付いた。
「……そういえば以前、僕と契約することを"直感"で決めたとかも言ってませんでした?直感っていっても、どこにそれを感じたんです?」
「ああ、それはなぁ――」
グレンが言いかけた時、エレベーターから金属を擦る音と、それがひしゃげる大音響が鳴り響いた。そして――エレベーターがこのフロアに落下した。
響き渡る轟音。舞い上がる砂埃。アリシア達の敗北が脳裏をよぎり、それを同意するかのように姿を現したのはーーザブラスだった。
「ザブラス!お前、アリシア達をどうした!」
「ザブ!ワシによくも散々攻撃してくれたもんよのぉ!」
二人で同時に叫んだが、ザブラスはなんの反応もせず、ふわふわと浮かんだままクルエスの下に降り立った。
「おい、クルエスはもう……死んでいる。もし奴に操られていたのなら、あなたを縛るものは何もないですよ」
ザブラスに声をかけてみたが、こちらに顔を向けるどころか、目も向けようとしなかった。
「グレンさん、ザブラスの様子がおかしい――」
すると、ザブラスはクルエスの遺体を咥えて、ひっくり返した。そこには、拳よりも一回りも二回りも大きな――顔程もありそうな真っ黒な魔導石が隠れていた。
僕の本能が危険を知らせていた。それに触れてはいけない、と。
「ザブラス、駄目だ!」
ザブラスは何の躊躇いもなくそのまま魔導石を咥えると――飲み込んだ。
すると、ザブラスは引き攣ったように身悶え、暴れ出した。何かと戦っているのか、苦しそうに叫び、身をよじっている。
「ザブ……どうしたんだ」
グレンも慌てるが、何も出来ることがなかった。そして、ザブラスの動きが唐突に止まり、ドスンと倒れこんだ。
静寂――
静まり返った空間に、突如として叫び声が飛び込んできた。
「グレンのおじさん!」
「ハル!」
エレベーターの側から、ベルに掴まったアリシアとソウが降りてきたのだ。
「さっき、こっちにザブラスが降りてきて……って、死んでる……?クルエスも……?ハル、何が起きたんだ?」
「分からない。でも、嫌な予感がする――」
唐突に、ザブラスが体をムクリと起こした。そして、不思議そうに自身の体を見渡して、手足や尾の動きを確認し始める。
「ザブ、平気なのか?」
心配そうなグレンがザブラスに声をかけた。
その時、僕は悪寒を抱いた。ザブラスの目の奥が、真っ黒に濁っていたからだ。色の表現ではなく、奥底に闇が隠れているような瞳。僕はそれを見たことがあった。そう、それは、すぐさっきまで僕が戦っていた――
「私だよ。クルエスだよ」
黒いドラゴンは、確かにそう喋った。
0
あなたにおすすめの小説
神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~
あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。
それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。
彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。
シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。
それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。
すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。
〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟
そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。
同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。
※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。
そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。
【カクヨムにも投稿してます】
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
【完結】一番腹黒いのはだあれ?
やまぐちこはる
恋愛
■□■
貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。
三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。
しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。
ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。
廃城の泣き虫アデリー
今野綾
ファンタジー
領主の娘だったアデリーはある日家族を殺され育った領地から命からがら逃げ出した。辿り着いた先は廃城。ひとり、ふたりと住人が増える中、問題が次々とおこって…
表紙はフリー素材です
目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し
gari@七柚カリン
ファンタジー
突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。
知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。
正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。
過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。
一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。
父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!
地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……
ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!
どうする? どうなる? 召喚勇者。
※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。
異世界へ行って帰って来た
バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。
そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる