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二.サイバイン
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奇病Xに罹る者と罹らない者の線引きについて、石上がその可能性に思い当たったのはまったくの偶然からであった。
彼は謎めいた病を発症する前、大学入試から解放された直後に、羽を伸ばす目的でちょっと離れた駅まで出掛けた。目当ては、地下通路で駅と直結するデパートで催された特撮ヒーローショーである。
石上は特撮マニアではないし、その手のドラマ撮影に関心がある訳でもなかった。ただ、小学生の頃に好んで読んでいた漫画『サイバイン』が、今頃になって特撮ヒーロー物として映像化されていることを知り、ほんのちょっぴり興味を持ったのだ。
『サイバイン』は裁判員をモチーフにした戦隊ヒーロー物で、悪の組織が律儀に毎週一体ずつ派遣してくる怪人(改造人間)を、五人のサイバインが多数決で有罪・無罪の判定し、有罪の場合さらに罰まで決めるという一風変わったタイプの構造を持っている。ちなみに無罪判決は滅多にないが、全くない訳ではない。希に出た場合、その怪人を放免するのではなく、人間に戻す努力が多大な費用と時間と人員を掛けて行われるのだ。
石上は子供心に「有罪になった怪人も人間に戻してあげれば、悪いことしないんじゃないかなあ」と思ったものだが、怪人を人間に戻すには特殊で希少な薬品がいるという設定になっていて、何となくごまかされていた。
さて、そのサイバイン・ショーを観に行った石上は、懐かしさを覚える一方で、特撮実写物としての『サイバイン』は観たことがなかったので、これじゃない感を覚えるところもいっぱいあった。
特に、悪の組織の初代幹部・ゲラウェイは、原作漫画では心に哀しみを抱えたキャラクターだったのに、何故か単なるゲラな犯罪狂になっていた。あとで聞いたところによると、見た目がガマガエル風なゲラウェイではそんな陰のあるキャラ付けは勿体ない(子供達に人気が出ない)と判断されたそうで、原作にはない二代目幹部のマート・フェリスなるイケメン悪役にゲラウェイの陰の部分はそっくりそのまま引き写されていた。
なのでゲラウェイの人気は低い。催し物会場でも全然なくて、ショーのあとにサイン会が開かれたのだが、ゲラウェイ役を演じる俳優さん――特撮でそれぞれの役を務める本物の人達が来ていた――の鏑木康太郎も、自身の前に列をなす人の少なさに、引きつった笑みを浮かべていた。
元々、鏑木は強面だが善人であるとして有名で、映画やドラマでも犯罪者役あるいは悪いことをし尽くした挙げ句に無残に殺される役が多いのだが、私生活ではやれ詐欺の被害に遭った、やれ泥棒に入られたと犯罪被害に遭うことが恐らく一般の平均より多く、報じられる度にその悪党面との対比を面白おかしく言われた。一方で人助けもしており、これまた報じられるごとに以下同文である。
溺れそうになった小さな子を助けたときなぞ、消防署だったか警察署だったかで後日その子供と対面を果たしたのはいいが、その子に大泣きされてしまったところをカメラに収められて、何だか気の毒だった。
そんな経緯を知っていることもあり、石上は鏑木康太郎に好感を抱いていた。だから当然、ゲラウェイのサインをもらった。
その折に、自分が法曹関係の仕事を目指していること、そのきっかけとなったのが『サイバイン』であることの二点を伝えると、ゲラウェイは本当に嬉しそうににんまりしたあと、ふっと苦笑顔になった。そして「もし弁護士になるんだったら、見た目で判断しない人になってくださいな」と言ってきた。
並んでいる人数が極端に少ないこともあってか、言葉のやり取りにストップは掛からない。余裕たっぷりだ。調子に乗って石上が「鏑木さんを知っているから、逆に見た目だけで無罪だってなりそう」と言うと、鏑木は「俺だって若いとき、煙草のポイ捨てと立ちションはあったよ。それ以外は覚えがないな」と答えてくれた。
その何日かあと、鏑木康太郎は奇病Xに罹患した。細菌やウイルスが検出されていないとはいえ、接触のあった者を可能な限り特定し、その動向や発祥の有無を調査する手法は当然取られている。そして、石上を含めた、鏑木と近日中に接触のあった者何名かが同じ病気に罹っていることが判明してしばらく後に、鏑木は自ら命を絶ってしまった。人に迷惑を掛けないで生きてきたことを、ある種誇りに思っていたのか、病気をうつした可能性を考えるだけで耐えられなかったようだ。
彼は謎めいた病を発症する前、大学入試から解放された直後に、羽を伸ばす目的でちょっと離れた駅まで出掛けた。目当ては、地下通路で駅と直結するデパートで催された特撮ヒーローショーである。
石上は特撮マニアではないし、その手のドラマ撮影に関心がある訳でもなかった。ただ、小学生の頃に好んで読んでいた漫画『サイバイン』が、今頃になって特撮ヒーロー物として映像化されていることを知り、ほんのちょっぴり興味を持ったのだ。
『サイバイン』は裁判員をモチーフにした戦隊ヒーロー物で、悪の組織が律儀に毎週一体ずつ派遣してくる怪人(改造人間)を、五人のサイバインが多数決で有罪・無罪の判定し、有罪の場合さらに罰まで決めるという一風変わったタイプの構造を持っている。ちなみに無罪判決は滅多にないが、全くない訳ではない。希に出た場合、その怪人を放免するのではなく、人間に戻す努力が多大な費用と時間と人員を掛けて行われるのだ。
石上は子供心に「有罪になった怪人も人間に戻してあげれば、悪いことしないんじゃないかなあ」と思ったものだが、怪人を人間に戻すには特殊で希少な薬品がいるという設定になっていて、何となくごまかされていた。
さて、そのサイバイン・ショーを観に行った石上は、懐かしさを覚える一方で、特撮実写物としての『サイバイン』は観たことがなかったので、これじゃない感を覚えるところもいっぱいあった。
特に、悪の組織の初代幹部・ゲラウェイは、原作漫画では心に哀しみを抱えたキャラクターだったのに、何故か単なるゲラな犯罪狂になっていた。あとで聞いたところによると、見た目がガマガエル風なゲラウェイではそんな陰のあるキャラ付けは勿体ない(子供達に人気が出ない)と判断されたそうで、原作にはない二代目幹部のマート・フェリスなるイケメン悪役にゲラウェイの陰の部分はそっくりそのまま引き写されていた。
なのでゲラウェイの人気は低い。催し物会場でも全然なくて、ショーのあとにサイン会が開かれたのだが、ゲラウェイ役を演じる俳優さん――特撮でそれぞれの役を務める本物の人達が来ていた――の鏑木康太郎も、自身の前に列をなす人の少なさに、引きつった笑みを浮かべていた。
元々、鏑木は強面だが善人であるとして有名で、映画やドラマでも犯罪者役あるいは悪いことをし尽くした挙げ句に無残に殺される役が多いのだが、私生活ではやれ詐欺の被害に遭った、やれ泥棒に入られたと犯罪被害に遭うことが恐らく一般の平均より多く、報じられる度にその悪党面との対比を面白おかしく言われた。一方で人助けもしており、これまた報じられるごとに以下同文である。
溺れそうになった小さな子を助けたときなぞ、消防署だったか警察署だったかで後日その子供と対面を果たしたのはいいが、その子に大泣きされてしまったところをカメラに収められて、何だか気の毒だった。
そんな経緯を知っていることもあり、石上は鏑木康太郎に好感を抱いていた。だから当然、ゲラウェイのサインをもらった。
その折に、自分が法曹関係の仕事を目指していること、そのきっかけとなったのが『サイバイン』であることの二点を伝えると、ゲラウェイは本当に嬉しそうににんまりしたあと、ふっと苦笑顔になった。そして「もし弁護士になるんだったら、見た目で判断しない人になってくださいな」と言ってきた。
並んでいる人数が極端に少ないこともあってか、言葉のやり取りにストップは掛からない。余裕たっぷりだ。調子に乗って石上が「鏑木さんを知っているから、逆に見た目だけで無罪だってなりそう」と言うと、鏑木は「俺だって若いとき、煙草のポイ捨てと立ちションはあったよ。それ以外は覚えがないな」と答えてくれた。
その何日かあと、鏑木康太郎は奇病Xに罹患した。細菌やウイルスが検出されていないとはいえ、接触のあった者を可能な限り特定し、その動向や発祥の有無を調査する手法は当然取られている。そして、石上を含めた、鏑木と近日中に接触のあった者何名かが同じ病気に罹っていることが判明してしばらく後に、鏑木は自ら命を絶ってしまった。人に迷惑を掛けないで生きてきたことを、ある種誇りに思っていたのか、病気をうつした可能性を考えるだけで耐えられなかったようだ。
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