人を選ぶ病

崎田毅駿

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七.絶対に負けられないことなんてない

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「曲がりなりにもラッキー万札と言えますからね。僕もそれにあやかりたいなと思ったんです。もちろん、僕からの無茶な願いを受けていただけるよう、先輩に有利な条件をセッティングしますよ」
 これまでラッキーアイテムやパワースポットなんて信じるキャラではなかった自分がこんなことを言い出して、不審がられないかを測りながら、石上はエサをちらつかせた。
「どういう条件だ?」
「僕が勝ったときはその一万円をもらいますが、負けた場合は倍の二万円をお支払いします」
「おいおい、いいのかよ」
 髭の中で薄ら笑いを浮かべる志熊。実際にはもちろん痛い出費だが、どうせ先はないんだと思えばどうでもよくなってくる。
「かまいません。あ、念のため、吾妻君に証人というか見届けにんになってもらいたいんですけど」
「え、僕?」
 吾妻は目を見開き、自らを指差すという分かり易い反応を示した。
「頼む。勝負の約束をしたこと、イカサマをしていないことだけ保障してくれればいいんだ。害はないだろ?」
「ま、まあそうだけど。僕がびっくりしているのは石上君が急にギャンブルなんて言い出したことが意外で」
「だって話を聞いていたら、あの一万円札、欲しくなってきたんだからしょうがない」
「それなら千円ぐらい上乗せして交換を頼めば済んだかもしれないのに……」
「ああ、そういう発想はなかった」
 額に手をやり、さも間が抜けていたという体を装う。それから志熊の方をちらと見やった。
「先輩、だめですよね? 一割上乗せの交換では」
「ああ、だめだ。ギャンブルの中身にもよるが、そっちが言い出したんだからやってもらうぞ」
 志熊は軽く舌なめずりをしていた。石上の今の間抜けな感じならばギャンブルをやっても楽に勝てると踏んだに違いない。
「勝負はトランプのゲームを考えています。まあ、ポーカーかブラックジャックといったところが妥当でしょう。無論、トランプは志熊さんが持っている物があればそれを使ってくれてかまいません」
「おお、いい心がけだ。うまい具合に未開封のがある。これなら公平だ」
 知っている、と心の中で呟く石上。ハンバーガーチェーンの販促で、街頭で配られていたトランプを志熊が受け取る姿を、四月下旬に目撃していたのだ。
 尤も、石上は勝つつもりは毛頭なかった。いや、負けなければならない。ギャンブルをガチでやればそれだけで悪事を積み重ねることになるし、勝って一万円を手にすればもしかすると志熊よりも石上の方が悪であると判定されるかもしれない。そうなっては折角の実験が水の泡となる。
 ここはわざと負けて、これから行うカードゲームをギャンブルではなく、単なる二万円の譲渡にしなければならない。目的はあくまでも、この部屋で一緒にいる時間の引き延ばしであるのだから。
「それで、ゲームは何にします? 志熊さんが決めてください」
「いいのか。だったら……ポーカーは駆け引きがあって、定額を賭けて戦う場合には向いてないと思うんだよな。だからブラックジャックでいいか」
「分かりました。一回勝負ですか」
「……いや、一回勝負はきついな。少なくとも五回はやりたい」
「だったらいっそ、時間を決めませんか」
 思惑通りの成り行きだが、さも今考え付いたかのような態度で提案する。
「たとえば制限時間は二十分間で、その時間内に行えた勝負を有効とするんです。役を定めるルールもあるみたいですけど、そういうのはなしにして単純に勝った数が多い方が勝者でいいんじゃないですか」
「そうだな……絵札はどれも10、エースは1か11なのは当然として、親側は手札の合計が16以上でなければならないというルールはどうする?」
「あ、そういうのもありましたね。親がハンデを背負う意味がないから、なしでかまわないのでは」
 なるべくシンプルにして、負けるための道筋を見通しよくしたい。そんな意識が働いた石上。
「ようし、それで行くとするか。――吾妻、封を切ってカードを切ってくれるか。ついでに配るのも」
「えっ。まあ、いいですけど。結果がどうなっても、僕を恨まないでくださいよ」
 トランプを受け取った吾妻は、とばっちりはごめんだと言わんばかりに渋面を作っていた。彼がセロハンを剥がしてケース――紙箱の蓋を開けると、中からはキャラクターデザインの施されたトランプが出て来た。
「つるつるしてて、固いですね」
 紙製らしきカードを操り、ヒンズーシャッフル及びリフルシャッフルを交互に繰り返す。
「ちょっとは馴染んできたかな。あのう、いつでもストップを掛けていいですよ」
 吾妻は主に志熊の方を見やりながら言った。
 しばらくして志熊がストップを掛け、吾妻はカードを配り始める。
 石上にとって、絶対に勝ってはならない戦いが始まった。
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