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「読めば分かる」
2.証拠
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首にロープを掛け、背中合わせになるまでは思惑通りだったが、次に奴を背負おうとした途端、手応えがなくなった。岸上は自ら跳ぶことで、俺の頭越しに床に着地し、しかもロープからの脱出にまで成功した。
「何のつもりだい」
どこか余裕を感じさせるその言い種に、俺はちょっとかっとなった。と同時に、すでに自殺に見せ掛けるのはあきらめるしかないなとも思った。
幸い、このマンションは防音がほぼ完璧で、ちょっとやそっとドタバタ乱闘しても、よそに聞こえる心配はない。だから俺は用意し、また練習もしておいた予備の凶器、ナイフ二本を取り出し、相手めがけて投げつけた。一本は右の肩口、もう一本は右の太ももに命中。特に太ももの方は、ナイフが深く突き刺さっている。岸上は膝をつき、動きが止まった。
「やはり、烏丸さんのためか?」
動けない岸上は、時間稼ぎをするためか、一年生の名を口にした。
「僕には分かっていたよ。烏丸さんがサークルの部屋に入ってきた当初から、君が彼女に心を奪われたことを」
それがどうした。
「あの日――ちょうど三ヶ月前に、デートをすっぽかしたのは、君の気持ちを台無しにしてしまうことを避けたかったから。こう言ったら信じてくれるだろうか?」
……。俺は首を横に振った。信じられるかよ。
「ではどうしても僕を痛めつけ、命を奪ってあの世に送ると?」
「そうなるな」
俺は返事と同時に動き出した。ナイフを抜いたり、拾ったりして武器に使われると面倒だ。一気に片を付けるべく、距離を詰め、第三の刃物――出刃包丁で奴の腹を狙った。
手応え、あった。
岸上はどうっ、と床に倒れた。うつ伏せの姿勢で、うう、と呻き声を上げている。
俺はとどめに喉を掻き切ってやろうと、岸上の首根っこを押さえ、こちらに向かせようとした。
そのとき――目の前がまぶしくなった。
何も見えない状態になったが、直前にかしゃっという機械音を聞いた。これはまさか。
「岸上、貴様。携帯端末を買ったのか?」
俺の問い掛けに答は返って来ず、岸上のいる方向からは窓を開ける音が聞こえた。
ようやくフラッシュの光によるダメージを脱し、俺は窓の方を見た。
岸上は右足を引きずりつつ、広くはないベランダにまさに出ようというタイミングであった。
と、岸上が振り返って、苦しげな声で俺に告げる。
「これでも後悔したんだ。僕がこんな物を使い始めようと決心したのは、烏丸さんのことがあったから。もう二度とあんなことは起こさないと決めた。それがまさかこんな形で役立とうとは。ダイイングメッセージを」
まずい。電話を掛けられてもまずいし、外に向かって叫ばれるだけでも、どの程度聞こえるのかまでは調べていない。焦りを覚えた反面、雨足が強まっており、雫が地面や川面を叩く音も当然大きい。これはまだ運がある。外のこの騒がしさが、岸上の騒ぎ立てる声をかき消してくれるに違いない。電話に関しても、岸上の奴、まだ使い慣れていないせいか、掛けるのに手間取っているようだ。
俺は今度こそ終わりにしようと、ベランダに奴を追った。
「観念しろ」
低い声で言い放った。だが、岸上もあきらめない。
奴は俺の顔に、購入して間がないらしい携帯端末を向けた。
「君、まさか気付いていないのか。僕は君の姿を写真に撮ったんだぜ。殺人犯がまさに殺人をやろうという瞬間の形相をな!」
言うが早いか、岸上は携帯端末を持った腕を振りかぶった。
こいつ、外に放る気だ! ますますまずいぞ。
地面に落ちれば何とか見つけ出せるかもしれないが、川まで届いて水没したら、この水の濁り具合からして発見は無理だ。だが、警察なら見つけるだろう。どの程度水にやられたデータが壊れるのか知らないが、たとえ壊れても復元させる技術は国内最高水準のはず。
絶対に投げさせてはいけない。そう判断したときには、岸上の指先から携帯端末が離れる瞬間だった。
「させるかよっ」
俺は岸上の身体を押しのけ、携帯端末に飛びついた。
それから――落ちた。
五階のベランダから、地面へ、真っ逆さま……。
* *
岸上の携帯端末に飛びついた挙げ句、死んでしまった犯人であったが、そもそも岸上の携帯端末を手中に収めても無駄なんだと、早々に悟ってしかるべきであった。
何故なら岸上東は写真に収めた犯人の顔を、手早くメールで知り合いに送り、インターネット上にもできる限り貼り付けていたのだから。彼にとって初めての家電でも説明書を一読さえすれば、楽に使いこなせる。
そんな岸上東が、命を取り留めたかどうかは……話の本筋ではないので、別の機会がきたとき綴るとしよう。
――「読めば分かる」終わり
「何のつもりだい」
どこか余裕を感じさせるその言い種に、俺はちょっとかっとなった。と同時に、すでに自殺に見せ掛けるのはあきらめるしかないなとも思った。
幸い、このマンションは防音がほぼ完璧で、ちょっとやそっとドタバタ乱闘しても、よそに聞こえる心配はない。だから俺は用意し、また練習もしておいた予備の凶器、ナイフ二本を取り出し、相手めがけて投げつけた。一本は右の肩口、もう一本は右の太ももに命中。特に太ももの方は、ナイフが深く突き刺さっている。岸上は膝をつき、動きが止まった。
「やはり、烏丸さんのためか?」
動けない岸上は、時間稼ぎをするためか、一年生の名を口にした。
「僕には分かっていたよ。烏丸さんがサークルの部屋に入ってきた当初から、君が彼女に心を奪われたことを」
それがどうした。
「あの日――ちょうど三ヶ月前に、デートをすっぽかしたのは、君の気持ちを台無しにしてしまうことを避けたかったから。こう言ったら信じてくれるだろうか?」
……。俺は首を横に振った。信じられるかよ。
「ではどうしても僕を痛めつけ、命を奪ってあの世に送ると?」
「そうなるな」
俺は返事と同時に動き出した。ナイフを抜いたり、拾ったりして武器に使われると面倒だ。一気に片を付けるべく、距離を詰め、第三の刃物――出刃包丁で奴の腹を狙った。
手応え、あった。
岸上はどうっ、と床に倒れた。うつ伏せの姿勢で、うう、と呻き声を上げている。
俺はとどめに喉を掻き切ってやろうと、岸上の首根っこを押さえ、こちらに向かせようとした。
そのとき――目の前がまぶしくなった。
何も見えない状態になったが、直前にかしゃっという機械音を聞いた。これはまさか。
「岸上、貴様。携帯端末を買ったのか?」
俺の問い掛けに答は返って来ず、岸上のいる方向からは窓を開ける音が聞こえた。
ようやくフラッシュの光によるダメージを脱し、俺は窓の方を見た。
岸上は右足を引きずりつつ、広くはないベランダにまさに出ようというタイミングであった。
と、岸上が振り返って、苦しげな声で俺に告げる。
「これでも後悔したんだ。僕がこんな物を使い始めようと決心したのは、烏丸さんのことがあったから。もう二度とあんなことは起こさないと決めた。それがまさかこんな形で役立とうとは。ダイイングメッセージを」
まずい。電話を掛けられてもまずいし、外に向かって叫ばれるだけでも、どの程度聞こえるのかまでは調べていない。焦りを覚えた反面、雨足が強まっており、雫が地面や川面を叩く音も当然大きい。これはまだ運がある。外のこの騒がしさが、岸上の騒ぎ立てる声をかき消してくれるに違いない。電話に関しても、岸上の奴、まだ使い慣れていないせいか、掛けるのに手間取っているようだ。
俺は今度こそ終わりにしようと、ベランダに奴を追った。
「観念しろ」
低い声で言い放った。だが、岸上もあきらめない。
奴は俺の顔に、購入して間がないらしい携帯端末を向けた。
「君、まさか気付いていないのか。僕は君の姿を写真に撮ったんだぜ。殺人犯がまさに殺人をやろうという瞬間の形相をな!」
言うが早いか、岸上は携帯端末を持った腕を振りかぶった。
こいつ、外に放る気だ! ますますまずいぞ。
地面に落ちれば何とか見つけ出せるかもしれないが、川まで届いて水没したら、この水の濁り具合からして発見は無理だ。だが、警察なら見つけるだろう。どの程度水にやられたデータが壊れるのか知らないが、たとえ壊れても復元させる技術は国内最高水準のはず。
絶対に投げさせてはいけない。そう判断したときには、岸上の指先から携帯端末が離れる瞬間だった。
「させるかよっ」
俺は岸上の身体を押しのけ、携帯端末に飛びついた。
それから――落ちた。
五階のベランダから、地面へ、真っ逆さま……。
* *
岸上の携帯端末に飛びついた挙げ句、死んでしまった犯人であったが、そもそも岸上の携帯端末を手中に収めても無駄なんだと、早々に悟ってしかるべきであった。
何故なら岸上東は写真に収めた犯人の顔を、手早くメールで知り合いに送り、インターネット上にもできる限り貼り付けていたのだから。彼にとって初めての家電でも説明書を一読さえすれば、楽に使いこなせる。
そんな岸上東が、命を取り留めたかどうかは……話の本筋ではないので、別の機会がきたとき綴るとしよう。
――「読めば分かる」終わり
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