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13.解決と解釈と想像と
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「そう。せめて、普通に受験して、社会の厳しさの一端を知っておけ、みたいなこと言ってた。……これ、お父さんが死んだのと関係あるの?」
「あるかもしれないんだよ」
私は曖昧に答える他なかった。
「信じられない」
震えが来たかのように首を振る神取知子。うなじが隠れる程度に切りそろえられた髪が、ふわりと広がる。これまで会ってきた彼女のクラスメイト達も、判を押したように同じ髪型だった。
「私も調べている途中でね。それよりも話の続きだ。あの日――事件の日に君の家に来ていた友達の中で、君が違う高校に行くことになるかもしれないと知っていた人、いる?」
「……みんな知ってるわ。何でも話せる友達だから、誕生日に呼びもするんだし。そうでなかったら、パーティなんて恥ずかしいこと、できない」
そういうものか。またどうでもいいことを気にしながら、私は次の問に移った。
「反対した友達、大勢いたよね?」
「それは、まあね。ほとんどみんな、反対。私だってみんなと一緒に上がりたいし」
「特に強く反対した子、いるかな。その、印象に残るぐらい強く反対したって意味だけど」
「ん……。そう言われたら、ユカが」
「ユカって」
私がニックネームについて聞き返すと、相手ははっと気付いたように言い足した。
「外山優香。『ゆうか』を縮めて『ユカ』よ。おじさん、みんなにも会ってるんでしょ? 誰が誰だか分かる?」
「あ、ああ。何とかね」
ここでも曖昧な返事。本当は犯人の顔と名前を忘れるなんて、できるはずもない。それにしても、やはり外山優香か……。
「それで――」
重ねて質問しようかと思ったが、やめた。これ以上続けると、この少女に勘付かれてしまうかもしれない。父親を殺されただけでもショックだろうに、その犯人がクラスメイトだと知れば、心的衝撃は少なくとも倍加されるに違いない。
「……どうしたんです、途中で黙って?」
「あ、いや、やっぱりいい。今日はこれでいいよ。色々と答えにくいことも答えてくれてありがとう」
最後まで、私は曖昧を通した。
事件は解決した。だが、嫌な気分だった。
私は自分の調査結果を基に、知り合いを通じてこの事件を担当している捜査陣に進言した。結果、外山優香は意外なほどあっさりと犯行を認めたらしい。
親友たる知子の進学について、知子の父親の神取氏が口出しし過ぎると感じていた外山優香は、誕生パーティの日、機嫌よさそうな知子の父を見て、今なら自分みたいな中学生の言うことでも素直に聞き入れてくれるかも、と期待。一人でこっそりと、神取氏に会いに行ったという。そして知子の生き方を一つに縛るようなことはしないでほしいと、願い出た。
ここで神取氏はかんしゃくを起こしたように怒りを露にした。その様が、あまりにも自分達『子供』の立場をおとしめるような物言いだったので、彼女は発作的に強烈な反感――殺意に近い――を抱いたらしい。相手が背を向けた隙に、手近にあったブロンズ像を手に取ると、勢いをつけて素早く神取氏の頭部を一撃。神取氏はあっけなく、動かなくなった。血が少し飛び散ったが、大したことはない。念のため、ブロンズ像の血と部屋のあちこちに着いたであろう指紋を拭き取り、部屋を出た。恐らく、午後一時半ぐらいの出来事だったろうという話である。
一時半に『犯行』があって、一時間後の二時半に、神取氏は娘達の前に姿を見せている。つまり、神取氏は即死ではなかった。脳内の出血はその量が極わずかずつの場合、頭部に衝撃を受けてから時間を置いて死に至るケースがある、という話はあとから聞いた。北川君による「アリバイ工作をしたか?」の問いに、外山優香がノーと答えた背景がこれで理解できた。
では、何故このとき、神取氏は外山優香に殴られたことを誰にも言わなかったのか。こればかりは想像するしかないが、神取氏自身、自分の言葉があまりにも大人げなかったと後悔を覚えていたのではないか。そして外山優香に謝罪するために部屋から出たものの、外山はすでに帰ってしまっていた。それなら他の者に聞かせる話ではないと考え、また自室に戻った……こんなところではないかと想像する。
残る問題は血文字のDだ。これも、警察の現実的な想像によって、次のような解釈が与えられた。もし犯人を示すために書き遺すのなら、わざわざ血文字で書かなくてもいい。部屋にはいくらでも筆記用具があったのだから。故に、この血文字は被害者が書こうとして書いた物ではなく、頭部の出血具合を手で何度か確かめる動作が重なり、たまたまDという字の型ができあがったのだろう、と。
「京極、ありがとう」
仕事場に私を訪ねてきたデウィーバーは、大げさな身ぶりで感謝の意を示してくれた。私の両手を大きな手で包み込み、何度も上下に振る。
「本当に助かった、よ。こんな結果が待っているとは、思いもしなかったのですが……」
「君が気にする筋合いじゃないよ。濡れ衣を着せられていたんだから……っと、濡れ衣って分からないか?」
「分かる分かる。知り合い何人かによく言われたから。やってもいない罪をやったと言われること、だね」
「まあ、そうかな」
「思わぬことで、日本語の勉強になったよ」
本気なのかはたまた皮肉か、デウィーバーはにやりと笑った。
「ところで、京極。どうやって真相を見破ったんだい?」
そう問われて、私はちらりと理恵子さんの方を見やった。今は知らん顔しているからといって、図に乗ってこちらが長話をすると、仕事を怠けたと見なされかねない。
「うーん、その話はまたいつか。食事でも一緒にやろうじゃないか」
「それは賛成だね。けれど、少しぐらいいいじゃないか」
デウィーバーに粘られ、焦る。しょうがない、少しだけ。
「超能力のお陰だよ」
この答に、デウィーバーはきょとんとしている。無理あるまい。彼には北川君のことを話していないし、オーストラリア人の彼に日本人の顔は区別しにくいのだろう。北川君がかつての超能力少年の成長した姿だとは、思いも寄らなかったようだ。
「あるかもしれないんだよ」
私は曖昧に答える他なかった。
「信じられない」
震えが来たかのように首を振る神取知子。うなじが隠れる程度に切りそろえられた髪が、ふわりと広がる。これまで会ってきた彼女のクラスメイト達も、判を押したように同じ髪型だった。
「私も調べている途中でね。それよりも話の続きだ。あの日――事件の日に君の家に来ていた友達の中で、君が違う高校に行くことになるかもしれないと知っていた人、いる?」
「……みんな知ってるわ。何でも話せる友達だから、誕生日に呼びもするんだし。そうでなかったら、パーティなんて恥ずかしいこと、できない」
そういうものか。またどうでもいいことを気にしながら、私は次の問に移った。
「反対した友達、大勢いたよね?」
「それは、まあね。ほとんどみんな、反対。私だってみんなと一緒に上がりたいし」
「特に強く反対した子、いるかな。その、印象に残るぐらい強く反対したって意味だけど」
「ん……。そう言われたら、ユカが」
「ユカって」
私がニックネームについて聞き返すと、相手ははっと気付いたように言い足した。
「外山優香。『ゆうか』を縮めて『ユカ』よ。おじさん、みんなにも会ってるんでしょ? 誰が誰だか分かる?」
「あ、ああ。何とかね」
ここでも曖昧な返事。本当は犯人の顔と名前を忘れるなんて、できるはずもない。それにしても、やはり外山優香か……。
「それで――」
重ねて質問しようかと思ったが、やめた。これ以上続けると、この少女に勘付かれてしまうかもしれない。父親を殺されただけでもショックだろうに、その犯人がクラスメイトだと知れば、心的衝撃は少なくとも倍加されるに違いない。
「……どうしたんです、途中で黙って?」
「あ、いや、やっぱりいい。今日はこれでいいよ。色々と答えにくいことも答えてくれてありがとう」
最後まで、私は曖昧を通した。
事件は解決した。だが、嫌な気分だった。
私は自分の調査結果を基に、知り合いを通じてこの事件を担当している捜査陣に進言した。結果、外山優香は意外なほどあっさりと犯行を認めたらしい。
親友たる知子の進学について、知子の父親の神取氏が口出しし過ぎると感じていた外山優香は、誕生パーティの日、機嫌よさそうな知子の父を見て、今なら自分みたいな中学生の言うことでも素直に聞き入れてくれるかも、と期待。一人でこっそりと、神取氏に会いに行ったという。そして知子の生き方を一つに縛るようなことはしないでほしいと、願い出た。
ここで神取氏はかんしゃくを起こしたように怒りを露にした。その様が、あまりにも自分達『子供』の立場をおとしめるような物言いだったので、彼女は発作的に強烈な反感――殺意に近い――を抱いたらしい。相手が背を向けた隙に、手近にあったブロンズ像を手に取ると、勢いをつけて素早く神取氏の頭部を一撃。神取氏はあっけなく、動かなくなった。血が少し飛び散ったが、大したことはない。念のため、ブロンズ像の血と部屋のあちこちに着いたであろう指紋を拭き取り、部屋を出た。恐らく、午後一時半ぐらいの出来事だったろうという話である。
一時半に『犯行』があって、一時間後の二時半に、神取氏は娘達の前に姿を見せている。つまり、神取氏は即死ではなかった。脳内の出血はその量が極わずかずつの場合、頭部に衝撃を受けてから時間を置いて死に至るケースがある、という話はあとから聞いた。北川君による「アリバイ工作をしたか?」の問いに、外山優香がノーと答えた背景がこれで理解できた。
では、何故このとき、神取氏は外山優香に殴られたことを誰にも言わなかったのか。こればかりは想像するしかないが、神取氏自身、自分の言葉があまりにも大人げなかったと後悔を覚えていたのではないか。そして外山優香に謝罪するために部屋から出たものの、外山はすでに帰ってしまっていた。それなら他の者に聞かせる話ではないと考え、また自室に戻った……こんなところではないかと想像する。
残る問題は血文字のDだ。これも、警察の現実的な想像によって、次のような解釈が与えられた。もし犯人を示すために書き遺すのなら、わざわざ血文字で書かなくてもいい。部屋にはいくらでも筆記用具があったのだから。故に、この血文字は被害者が書こうとして書いた物ではなく、頭部の出血具合を手で何度か確かめる動作が重なり、たまたまDという字の型ができあがったのだろう、と。
「京極、ありがとう」
仕事場に私を訪ねてきたデウィーバーは、大げさな身ぶりで感謝の意を示してくれた。私の両手を大きな手で包み込み、何度も上下に振る。
「本当に助かった、よ。こんな結果が待っているとは、思いもしなかったのですが……」
「君が気にする筋合いじゃないよ。濡れ衣を着せられていたんだから……っと、濡れ衣って分からないか?」
「分かる分かる。知り合い何人かによく言われたから。やってもいない罪をやったと言われること、だね」
「まあ、そうかな」
「思わぬことで、日本語の勉強になったよ」
本気なのかはたまた皮肉か、デウィーバーはにやりと笑った。
「ところで、京極。どうやって真相を見破ったんだい?」
そう問われて、私はちらりと理恵子さんの方を見やった。今は知らん顔しているからといって、図に乗ってこちらが長話をすると、仕事を怠けたと見なされかねない。
「うーん、その話はまたいつか。食事でも一緒にやろうじゃないか」
「それは賛成だね。けれど、少しぐらいいいじゃないか」
デウィーバーに粘られ、焦る。しょうがない、少しだけ。
「超能力のお陰だよ」
この答に、デウィーバーはきょとんとしている。無理あるまい。彼には北川君のことを話していないし、オーストラリア人の彼に日本人の顔は区別しにくいのだろう。北川君がかつての超能力少年の成長した姿だとは、思いも寄らなかったようだ。
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