闘技者と演技者

崎田毅駿

文字の大きさ
3 / 58

3.真・闘会始

しおりを挟む
 カーンという高い金属音は観客からの歓声ですぐに消えた。
 ゴングと動じにコーナーを出た両者。まっすぐ飛び出した小石川だったが、やがて歩を止め、円運動に切り替える。宇城はゆっくりとだが、大きな歩幅ですでにリング中央に陣取り、構えていた。小石川の動きに合わせ、相手から目を離さないように自らの身体の向きを換えていく。
 小石川は幾度か動く方向を左右スイッチしたが、宇城が着いてくるのを見て、じきに立ち止まった。
 正対した二人はどちらからともなく手四つの姿勢を求めた。組み合い、力比べになると宇城が押す。小石川はじりじりと押されながら、上体を後ろに倒していき、やがてブリッジの体勢になった。足先と脳天だけで支える見事な人間橋に、場内から拍手が起きる。
 体格が近い者同士なら、ここからブリッジしている側が起き上がって盛り返すのがよくあるセオリーだが、二人の身長差は二十センチ近くある。そんなブリッジの攻防では説得力がない。
 そのまま宇城が相手を押し潰さんと、身体ごとブリッジの腹の辺りに乗っかる。通常なら小石川はこれを一度耐えるところだが、今日の試合はちょっと違った。すぐさまブリッジを解き、自由になった自らの足を、のしかかってくる宇城の胴体に巻き付けた。ボディシザーズに取り、上下体勢を入れ替えようと試みる小石川。
 が、宇城も掴んだ小石川の両手を簡単には放さず、踏ん張った。脚力を活かして一気に立ち上がる。無理矢理起こされた形の小石川だが、宇城の引く力を利してロープまで押し込むと同時に腰の高さまでジャンプし反動を付け、後方に飛ぶ。
 モンキーフリップ――柔道でいう巴投げの要領で、宇城の巨体を投げ飛ばした。これで両手が解放された。手のしびれを取るために軽く振りながら宇城に向かう。だが、宇城はトレードマークとも言えるその長い足を、前蹴りのように振り上げた。寸前で立ち止まって回避する小石川。
 躊躇した小石川の隙を縫い、宇城は突進。ロープに振るための体勢に入ろうとした。が、ここで三分経ったぞというサインがレフェリーから来た。
 小石川がロープに飛ばされるのを拒み、立ったまま宇城ともつれ合う。その最中、小石かはヘッドバットを相手のこめかみに入れた。いつもよりきつめになったのは、もう目前に迫った真剣勝負の幕開けに、血が昂ぶったためかもしれない。
 そして距離が少しできたところへ、挑発のために宇城の胸板を両手で突いた。張り手を出させるきっかけ作りだ。小石川は足を前後に開いて踏ん張った。来たるべき張り手に備え、レスラーにしてはまだ細い顎を突き出すようにして身構える。
(さあ来い、宇城さん。その張り手は、あなたから俺に対する最後の攻撃になるぜ)
 宇城の右腕が高く振りかぶられた。会場の照明の逆光となり、黒く巨大なヒトデかカエデのようだ。宇城の大きな手は、いつものプロレスと同じ軌道を描いて迫ってきた。
(――ん? 何か――)
 普段とは違うものを小石川が感じたときには遅かった。宇城の手は、いつもより加速して小石川の頬から顎にかけてヒットした。
(あ、れ)
 踏ん張って耐えたつもりなのに、視界が傾く。足を前後に開いた姿勢のまま、小石川拓人の身体は右を下にして倒れていった。
 意識はある。起き上がろうとする。いや、起き上がったつもりだ。なのに視界は九十度傾いたまま。
 歓声が聞こえる。何を言っているのかは分からない。
 視界に宇城の姿が入って来た。いきなり目の前が黒くなる。
(何だこれは。――ああ、宇城さんのシューズの裏)
 次の瞬間、衝撃と痛みとで目から火花が散った。そんな気がした小石川。
(ああ、俺、蹴られてる。ストンピング。いてえな。口の中が切れた)
 自分が痛い目に遭っているというのに、第三者的な視点から見ていた。それだけ張り手の衝撃が強く残っているのかもしれない。
 打撃を受けざるを得ないときは、自分の肉体の固い部分、たとえば額で受けろ。
 やや朦朧としてきた意識の中、格闘技や喧嘩におけるそんなセオリーを思い出した小石川。
(あれってパンチだけだったっけ? それともキックにも有効? キックと言っても今食らっているこれはストンピング。靴という凶器で殴られているみたいなもんだからなあ。下手に食らったら、頭頂部辺りが切れて、大流血に見舞われる恐れがある。そうなったらレフェリーストップされても文句を言えなくなるじゃないか。ここは起きないと)
 ようやく冷静に考えられ始めた。実情を正確に判断するなら一方的に蹴られ続けるだけでも、止められる可能性は充分にあった。何せ、試合はプロレスからプロレスルールの真剣勝負に移行したのだから。

 続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

2回目の逃亡

158
恋愛
エラは王子の婚約者になりたくなくて1度目の人生で思い切りよく逃亡し、その後幸福な生活を送った。だが目覚めるとまた同じ人生が始まっていて・・・

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...