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3.真・闘会始
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カーンという高い金属音は観客からの歓声ですぐに消えた。
ゴングと動じにコーナーを出た両者。まっすぐ飛び出した小石川だったが、やがて歩を止め、円運動に切り替える。宇城はゆっくりとだが、大きな歩幅ですでにリング中央に陣取り、構えていた。小石川の動きに合わせ、相手から目を離さないように自らの身体の向きを換えていく。
小石川は幾度か動く方向を左右スイッチしたが、宇城が着いてくるのを見て、じきに立ち止まった。
正対した二人はどちらからともなく手四つの姿勢を求めた。組み合い、力比べになると宇城が押す。小石川はじりじりと押されながら、上体を後ろに倒していき、やがてブリッジの体勢になった。足先と脳天だけで支える見事な人間橋に、場内から拍手が起きる。
体格が近い者同士なら、ここからブリッジしている側が起き上がって盛り返すのがよくあるセオリーだが、二人の身長差は二十センチ近くある。そんなブリッジの攻防では説得力がない。
そのまま宇城が相手を押し潰さんと、身体ごとブリッジの腹の辺りに乗っかる。通常なら小石川はこれを一度耐えるところだが、今日の試合はちょっと違った。すぐさまブリッジを解き、自由になった自らの足を、のしかかってくる宇城の胴体に巻き付けた。ボディシザーズに取り、上下体勢を入れ替えようと試みる小石川。
が、宇城も掴んだ小石川の両手を簡単には放さず、踏ん張った。脚力を活かして一気に立ち上がる。無理矢理起こされた形の小石川だが、宇城の引く力を利してロープまで押し込むと同時に腰の高さまでジャンプし反動を付け、後方に飛ぶ。
モンキーフリップ――柔道でいう巴投げの要領で、宇城の巨体を投げ飛ばした。これで両手が解放された。手のしびれを取るために軽く振りながら宇城に向かう。だが、宇城はトレードマークとも言えるその長い足を、前蹴りのように振り上げた。寸前で立ち止まって回避する小石川。
躊躇した小石川の隙を縫い、宇城は突進。ロープに振るための体勢に入ろうとした。が、ここで三分経ったぞというサインがレフェリーから来た。
小石川がロープに飛ばされるのを拒み、立ったまま宇城ともつれ合う。その最中、小石かはヘッドバットを相手のこめかみに入れた。いつもよりきつめになったのは、もう目前に迫った真剣勝負の幕開けに、血が昂ぶったためかもしれない。
そして距離が少しできたところへ、挑発のために宇城の胸板を両手で突いた。張り手を出させるきっかけ作りだ。小石川は足を前後に開いて踏ん張った。来たるべき張り手に備え、レスラーにしてはまだ細い顎を突き出すようにして身構える。
(さあ来い、宇城さん。その張り手は、あなたから俺に対する最後の攻撃になるぜ)
宇城の右腕が高く振りかぶられた。会場の照明の逆光となり、黒く巨大なヒトデかカエデのようだ。宇城の大きな手は、いつものプロレスと同じ軌道を描いて迫ってきた。
(――ん? 何か――)
普段とは違うものを小石川が感じたときには遅かった。宇城の手は、いつもより加速して小石川の頬から顎にかけてヒットした。
(あ、れ)
踏ん張って耐えたつもりなのに、視界が傾く。足を前後に開いた姿勢のまま、小石川拓人の身体は右を下にして倒れていった。
意識はある。起き上がろうとする。いや、起き上がったつもりだ。なのに視界は九十度傾いたまま。
歓声が聞こえる。何を言っているのかは分からない。
視界に宇城の姿が入って来た。いきなり目の前が黒くなる。
(何だこれは。――ああ、宇城さんのシューズの裏)
次の瞬間、衝撃と痛みとで目から火花が散った。そんな気がした小石川。
(ああ、俺、蹴られてる。ストンピング。いてえな。口の中が切れた)
自分が痛い目に遭っているというのに、第三者的な視点から見ていた。それだけ張り手の衝撃が強く残っているのかもしれない。
打撃を受けざるを得ないときは、自分の肉体の固い部分、たとえば額で受けろ。
やや朦朧としてきた意識の中、格闘技や喧嘩におけるそんなセオリーを思い出した小石川。
(あれってパンチだけだったっけ? それともキックにも有効? キックと言っても今食らっているこれはストンピング。靴という凶器で殴られているみたいなもんだからなあ。下手に食らったら、頭頂部辺りが切れて、大流血に見舞われる恐れがある。そうなったらレフェリーストップされても文句を言えなくなるじゃないか。ここは起きないと)
ようやく冷静に考えられ始めた。実情を正確に判断するなら一方的に蹴られ続けるだけでも、止められる可能性は充分にあった。何せ、試合はプロレスからプロレスルールの真剣勝負に移行したのだから。
続く
ゴングと動じにコーナーを出た両者。まっすぐ飛び出した小石川だったが、やがて歩を止め、円運動に切り替える。宇城はゆっくりとだが、大きな歩幅ですでにリング中央に陣取り、構えていた。小石川の動きに合わせ、相手から目を離さないように自らの身体の向きを換えていく。
小石川は幾度か動く方向を左右スイッチしたが、宇城が着いてくるのを見て、じきに立ち止まった。
正対した二人はどちらからともなく手四つの姿勢を求めた。組み合い、力比べになると宇城が押す。小石川はじりじりと押されながら、上体を後ろに倒していき、やがてブリッジの体勢になった。足先と脳天だけで支える見事な人間橋に、場内から拍手が起きる。
体格が近い者同士なら、ここからブリッジしている側が起き上がって盛り返すのがよくあるセオリーだが、二人の身長差は二十センチ近くある。そんなブリッジの攻防では説得力がない。
そのまま宇城が相手を押し潰さんと、身体ごとブリッジの腹の辺りに乗っかる。通常なら小石川はこれを一度耐えるところだが、今日の試合はちょっと違った。すぐさまブリッジを解き、自由になった自らの足を、のしかかってくる宇城の胴体に巻き付けた。ボディシザーズに取り、上下体勢を入れ替えようと試みる小石川。
が、宇城も掴んだ小石川の両手を簡単には放さず、踏ん張った。脚力を活かして一気に立ち上がる。無理矢理起こされた形の小石川だが、宇城の引く力を利してロープまで押し込むと同時に腰の高さまでジャンプし反動を付け、後方に飛ぶ。
モンキーフリップ――柔道でいう巴投げの要領で、宇城の巨体を投げ飛ばした。これで両手が解放された。手のしびれを取るために軽く振りながら宇城に向かう。だが、宇城はトレードマークとも言えるその長い足を、前蹴りのように振り上げた。寸前で立ち止まって回避する小石川。
躊躇した小石川の隙を縫い、宇城は突進。ロープに振るための体勢に入ろうとした。が、ここで三分経ったぞというサインがレフェリーから来た。
小石川がロープに飛ばされるのを拒み、立ったまま宇城ともつれ合う。その最中、小石かはヘッドバットを相手のこめかみに入れた。いつもよりきつめになったのは、もう目前に迫った真剣勝負の幕開けに、血が昂ぶったためかもしれない。
そして距離が少しできたところへ、挑発のために宇城の胸板を両手で突いた。張り手を出させるきっかけ作りだ。小石川は足を前後に開いて踏ん張った。来たるべき張り手に備え、レスラーにしてはまだ細い顎を突き出すようにして身構える。
(さあ来い、宇城さん。その張り手は、あなたから俺に対する最後の攻撃になるぜ)
宇城の右腕が高く振りかぶられた。会場の照明の逆光となり、黒く巨大なヒトデかカエデのようだ。宇城の大きな手は、いつものプロレスと同じ軌道を描いて迫ってきた。
(――ん? 何か――)
普段とは違うものを小石川が感じたときには遅かった。宇城の手は、いつもより加速して小石川の頬から顎にかけてヒットした。
(あ、れ)
踏ん張って耐えたつもりなのに、視界が傾く。足を前後に開いた姿勢のまま、小石川拓人の身体は右を下にして倒れていった。
意識はある。起き上がろうとする。いや、起き上がったつもりだ。なのに視界は九十度傾いたまま。
歓声が聞こえる。何を言っているのかは分からない。
視界に宇城の姿が入って来た。いきなり目の前が黒くなる。
(何だこれは。――ああ、宇城さんのシューズの裏)
次の瞬間、衝撃と痛みとで目から火花が散った。そんな気がした小石川。
(ああ、俺、蹴られてる。ストンピング。いてえな。口の中が切れた)
自分が痛い目に遭っているというのに、第三者的な視点から見ていた。それだけ張り手の衝撃が強く残っているのかもしれない。
打撃を受けざるを得ないときは、自分の肉体の固い部分、たとえば額で受けろ。
やや朦朧としてきた意識の中、格闘技や喧嘩におけるそんなセオリーを思い出した小石川。
(あれってパンチだけだったっけ? それともキックにも有効? キックと言っても今食らっているこれはストンピング。靴という凶器で殴られているみたいなもんだからなあ。下手に食らったら、頭頂部辺りが切れて、大流血に見舞われる恐れがある。そうなったらレフェリーストップされても文句を言えなくなるじゃないか。ここは起きないと)
ようやく冷静に考えられ始めた。実情を正確に判断するなら一方的に蹴られ続けるだけでも、止められる可能性は充分にあった。何せ、試合はプロレスからプロレスルールの真剣勝負に移行したのだから。
続く
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