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18.ルールの隙間
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窮屈そうに腕組みをして考え込む福田。車椅子が軋んだ。
「その二人は、俺よりキャリアはあるが年下で、実木さんは総合に対応できるだけの練習をしている反面、気短で怒りっぽい。長羽さんは冷静で温厚だが、試合運びは体格を利したスケールのでかいものであり、総合の練習はほぼゼロのはず。見るに堪えない試合になる可能性を残しつつも実木さんを送り出すか、やられちまう可能性はあるが長羽さんを出して、その後のストーリーにつなげるかだが……どちらも駄目だと思えるんだよな。こっちのチャンピオンを出すからには、負けは絶対に駄目だ。そのあとの純プロレス興行での動員が減る。かといって、凄惨な試合になるのもまずい。一歩間違えると、女子供のファンが来なくなる」
ほんの一年と数ヶ月前までは道山力が絶対的エースとして君臨していたが、肉体を長年酷使してきたことによる故障の積み重ねと年齢の問題もあって、緩やかな世代交代に転じ、長羽と実木のダブルエース体制に移ったところであった。道山自身は現在もチャンピオンの座をキープしてはいるが、年間を通じての試合数は減らしている。今シリーズは若手や中堅にガチンコをやらせるているせいもあって、地方巡業にも参加しているが、絶対的エースの地位を降りた直後は、大会場のみ出場するようになっていた。
「キャリアがあって、どんな事態になっても大人の対応ができて、負けることはまずないとなると……道山社長の顔しか浮かばねえ」
「えっ、つまりは道山社長と向こうの代表・獅子吼とが初っぱなにぶつかるかもしれないってことですか」
「獅子吼代表は一応、第一線を退いてはいるが正式に引退した訳じゃないと聞いた。対抗戦を契機に復帰するかもしれないぞ。血がたぎったとでも言えばいくらでも格好は付く」
「二人が闘えば絶対に盛り上がりますよ。俺だって一ファンに戻るかも」
半分冗談半分本気で発言し、自嘲の笑みを浮かべた小石川。一方、福田は真顔を崩そうとしない。
「ただ、厄介なのはどちらかが仕掛ける可能性がゼロじゃないってことだろう。組織のメンツが掛かった戦いでもあるのだからな。反則だろうとだまし討ちであろうと、ばれなきゃいい。ばれたって、喧嘩なんだから油断する方が悪いと見なされる恐れもある。大観衆の前で相手をぶっ倒して勝った方が正義だ」
「結局、きれいな戦いは望めそうにもないってことになるじゃないですか」
「だな。その辺を詰めるためにも、話し合いは長引くと思うんだが……これ以上、俺らレベルが頭を悩ませたって仕方あるめえ」
ようやく頬を緩ませ、さばさばした様子になる福田。
「俺の当面の目標は、鶴口に借りを返すことだな。物事には順番てものがある。井関らにはそのあとだ」
「そういえば忘れてた。鶴口、勢いに乗って次も勝ち上がるとみていたのに」
小石川は先日聞いた二回戦最後の試合の内容をざっと思い起こしていた。
鶴口の相手は悪役レスラーの鬼頭。一回戦はプロレス内ルールの流血の仕掛けをうまく利用して勝利をもぎ取った格好だが、選手としての伸びしろは少ないと見られている。プロレスの試合ではほぼ互角の対戦成績を残しているが、ここ数試合の両者のシングルマッチは、鶴口の勝ちが増えた。技術面でもアマレスの猛者だった鶴口に鬼頭がかなうとは思えず、ここは福田を倒した勢いに乗って鶴口が勝ち上がるのが妥当な予想だった。
いつガチンコにするかのタイミングは、五分経過して初めての場外乱闘からリングに戻って以降という取り決めで行われた。
試合は開始直後から鶴口が本領を発揮、鬼頭を掴まえてはスープレックスでポンポン投げる。反則を封じられた鬼頭は、時折一人で場外にエスケープして体力を回復させ、戻ってはまた投げられるの繰り返し。五分が過ぎようかという頃になって、トップロープを掴んで投げられないように踏ん張る展開に。
その後、鬼頭が場外乱闘に持ち込む手筈だったが、これがなかなか行こうとしない。鬼頭はとにかくロープを掴んでエスケープを重ねるばかりで、場外へは出なかった。七分も経過する頃には、これがガチンコトーナメントの一戦だと知る者からすれば、鬼頭がぎりぎりまでガチンコ展開になるのを先延ばしにする作戦なんだと分かる。プロレスなら原則的に何度ロープエスケープしようがかまわないというルールを最大限に活かした奇策だった。
残り時間が六分となった段階で、鶴口がしびれを切らす。ロープに逃げた鬼頭をそのまま押し出し、自ら場外乱闘に持ち込んだのだ。
これを待っていたように鬼頭は場外乱闘で己の真価を存分に発揮した。椅子攻撃で相手の腕といい足といい、遠慮なしにばんばんぶっ叩いたのだ。
両者リングアウト寸前にリングに戻り、いよいよ真剣勝負に入る。このとき残り五分ほど。長引かせると面倒だと感じたのか、鶴口はスープレックスで危険な角度で叩き付けようと、組み付きに行った。
が、直前の場外乱闘で徹底的にダメージを与えられていた手や腕は、力が普段に比べて半減していた。身体を持ち上げられた鬼頭はグリップをあっさり外すとともに、のけぞった鶴口の顎を押した。そのままの姿勢で押し倒された鶴口は受け身が不充分なまま、後頭部をマットに強打。あえなくテンカウントを聞くことになった。
続く
「その二人は、俺よりキャリアはあるが年下で、実木さんは総合に対応できるだけの練習をしている反面、気短で怒りっぽい。長羽さんは冷静で温厚だが、試合運びは体格を利したスケールのでかいものであり、総合の練習はほぼゼロのはず。見るに堪えない試合になる可能性を残しつつも実木さんを送り出すか、やられちまう可能性はあるが長羽さんを出して、その後のストーリーにつなげるかだが……どちらも駄目だと思えるんだよな。こっちのチャンピオンを出すからには、負けは絶対に駄目だ。そのあとの純プロレス興行での動員が減る。かといって、凄惨な試合になるのもまずい。一歩間違えると、女子供のファンが来なくなる」
ほんの一年と数ヶ月前までは道山力が絶対的エースとして君臨していたが、肉体を長年酷使してきたことによる故障の積み重ねと年齢の問題もあって、緩やかな世代交代に転じ、長羽と実木のダブルエース体制に移ったところであった。道山自身は現在もチャンピオンの座をキープしてはいるが、年間を通じての試合数は減らしている。今シリーズは若手や中堅にガチンコをやらせるているせいもあって、地方巡業にも参加しているが、絶対的エースの地位を降りた直後は、大会場のみ出場するようになっていた。
「キャリアがあって、どんな事態になっても大人の対応ができて、負けることはまずないとなると……道山社長の顔しか浮かばねえ」
「えっ、つまりは道山社長と向こうの代表・獅子吼とが初っぱなにぶつかるかもしれないってことですか」
「獅子吼代表は一応、第一線を退いてはいるが正式に引退した訳じゃないと聞いた。対抗戦を契機に復帰するかもしれないぞ。血がたぎったとでも言えばいくらでも格好は付く」
「二人が闘えば絶対に盛り上がりますよ。俺だって一ファンに戻るかも」
半分冗談半分本気で発言し、自嘲の笑みを浮かべた小石川。一方、福田は真顔を崩そうとしない。
「ただ、厄介なのはどちらかが仕掛ける可能性がゼロじゃないってことだろう。組織のメンツが掛かった戦いでもあるのだからな。反則だろうとだまし討ちであろうと、ばれなきゃいい。ばれたって、喧嘩なんだから油断する方が悪いと見なされる恐れもある。大観衆の前で相手をぶっ倒して勝った方が正義だ」
「結局、きれいな戦いは望めそうにもないってことになるじゃないですか」
「だな。その辺を詰めるためにも、話し合いは長引くと思うんだが……これ以上、俺らレベルが頭を悩ませたって仕方あるめえ」
ようやく頬を緩ませ、さばさばした様子になる福田。
「俺の当面の目標は、鶴口に借りを返すことだな。物事には順番てものがある。井関らにはそのあとだ」
「そういえば忘れてた。鶴口、勢いに乗って次も勝ち上がるとみていたのに」
小石川は先日聞いた二回戦最後の試合の内容をざっと思い起こしていた。
鶴口の相手は悪役レスラーの鬼頭。一回戦はプロレス内ルールの流血の仕掛けをうまく利用して勝利をもぎ取った格好だが、選手としての伸びしろは少ないと見られている。プロレスの試合ではほぼ互角の対戦成績を残しているが、ここ数試合の両者のシングルマッチは、鶴口の勝ちが増えた。技術面でもアマレスの猛者だった鶴口に鬼頭がかなうとは思えず、ここは福田を倒した勢いに乗って鶴口が勝ち上がるのが妥当な予想だった。
いつガチンコにするかのタイミングは、五分経過して初めての場外乱闘からリングに戻って以降という取り決めで行われた。
試合は開始直後から鶴口が本領を発揮、鬼頭を掴まえてはスープレックスでポンポン投げる。反則を封じられた鬼頭は、時折一人で場外にエスケープして体力を回復させ、戻ってはまた投げられるの繰り返し。五分が過ぎようかという頃になって、トップロープを掴んで投げられないように踏ん張る展開に。
その後、鬼頭が場外乱闘に持ち込む手筈だったが、これがなかなか行こうとしない。鬼頭はとにかくロープを掴んでエスケープを重ねるばかりで、場外へは出なかった。七分も経過する頃には、これがガチンコトーナメントの一戦だと知る者からすれば、鬼頭がぎりぎりまでガチンコ展開になるのを先延ばしにする作戦なんだと分かる。プロレスなら原則的に何度ロープエスケープしようがかまわないというルールを最大限に活かした奇策だった。
残り時間が六分となった段階で、鶴口がしびれを切らす。ロープに逃げた鬼頭をそのまま押し出し、自ら場外乱闘に持ち込んだのだ。
これを待っていたように鬼頭は場外乱闘で己の真価を存分に発揮した。椅子攻撃で相手の腕といい足といい、遠慮なしにばんばんぶっ叩いたのだ。
両者リングアウト寸前にリングに戻り、いよいよ真剣勝負に入る。このとき残り五分ほど。長引かせると面倒だと感じたのか、鶴口はスープレックスで危険な角度で叩き付けようと、組み付きに行った。
が、直前の場外乱闘で徹底的にダメージを与えられていた手や腕は、力が普段に比べて半減していた。身体を持ち上げられた鬼頭はグリップをあっさり外すとともに、のけぞった鶴口の顎を押した。そのままの姿勢で押し倒された鶴口は受け身が不充分なまま、後頭部をマットに強打。あえなくテンカウントを聞くことになった。
続く
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