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26.全面開戦のプロローグ
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「ははあ、裏側ってのは面倒臭いもんですねえ。そういう話を聞いていると、俺がもし団体の経営の方のトップに立てと言われたって、やりたくなくなりますよ」
「リング上でもエースなら、好きにできる可能性が充分にあるぞ」
「何年先になることやら」
小石川がぼやき気味に言ったところで、京都大会の様相に戻る。福田と小石川が米国のプロレス事情を話題にしていた間、さして事態は進んでいなかった。というのも獅子吼はプロレスやプロレスラーについては疎いため、リングサイドにいるアナウンサーや団体職員に話し掛けて、道山の話の補足説明をしてもらっていたのだ。それがちょうど終わったところで、獅子吼は新たなマイクを受け取っていた。
「世界王者の代わりになれとは光栄なことだ。が、いいのか、それで」
しびれるような低音で確認を取る獅子吼。
「そちらさんの陣営が手薄なんじゃないのかな? 詳しくは知らないが、その世界王者が来なかったとしても、そちらの王者クラスはガイジン選手達との試合が決まってるんだろう? 今日の伊藤君レベルをまた出すというのなら、うちのチャンピオンが出て行けば苦もなく捻ることになる」
小物扱いされた伊藤は、これがいつものプロレスなら突っかかっていくポーズだけでもしただろうが、現在の状況は勝手が違う。下手に動くと、最前の入雲同様、KOされる恐れが高い。伊藤のみならず、若手中堅の誰もが肌で感じ取っていた。
もちろん、社長の道山も感じ取っていたに違いないが、表面上はおくびにも出さない。
「大言壮語はメンツを出してからにしてくれや。仮の話じゃ答えようがねえ。ま、いざとなりゃあ、カードは組み替えるから安心しといてくれ。社長権限だ、わっはっはっは!」
高笑いのあと、鋭くにらみつける表情を作って、獅子吼の方を指差す。
「何なら初っぱなから獅子吼さん、あんたが文字通りの代表で出て来てもいいんだぜ?」
道山の指名に観客席は大盛り上がり、道山の周りにいる中堅らはいささか焦り顔になった。恐らく予定になかった、聞かされていなかった事態なのだろう。道山のアドリブもしくは秘密めかした行動はよくあることだった。
当の獅子吼は落ち着いたもので、片手で指を鳴らす仕種をしてから、
「喧嘩じゃなくて試合だって言うんなら、少し待ってもらえるか。身体を作らないとあんたを確実に倒す自信が持てない。そっちと違って、現場を離れて久しいんでね」
「何でえ。常在戦場じゃないのかい。まあいい。今度の大阪じゃ器が小さくて、もったいねえよな。ドームか国立で一丁やるか」
「かまわない。いや、今日のところは私が挑む立場でしたね。下駄は預けるので、よろしく頼む」
このやり取りで会場は真の最高潮を迎えた。もう何を言っているのか、ネット配信の動画ではちっとも聞こえない。回線自体、重くなったようで画像がかくかくし始めた。
「ああー、だめだこりゃ。もうこれ以上の進展はないだろうし、切るか」
福田は端末を閉じたところで、小石川の身体が震えていることに気付く。
「どうした? 寒いわけねえよな。体温が上がったか? 高熱が出るとかえって身体が震えるって言うぞ」
「いえ、武者震いってやつだと思います」
案外落ち着いた声で返事した小石川。
「じゃなきゃ、あの場に立てない悔しさですかね。ドームクラスはともかくとして、大阪なら俺にもチャンスはあったはず」
「ま、対抗戦になるとしたら、おまえなんかは先兵にもってこいだろうな」
「ほんと、まじで宇城さんが憎くなってきた。のんびりした性格だと思っていたら、あんな黒いとこがあるなんて」
「例の張り手はアクシデントかもしれんのだから、もう忘れろ」
「恨みには思ってませんよ。だいたい、対戦希望を出したのは俺の方からですしね。ただただ、憎いし悔しい。次、復帰したらすぐにでもやりたいですよ」
「それを決めるのは恐らく社長だろうな。――うん? ケータイ、俺か」
着信音に気付き、自分の携帯端末をポケットから引っ張り出す福田。「何だ、メールか」と呟きつつ、開いてみる。
「おえ? 社長からだ」
「珍しいですね」
「初めてだよ。もうリング上のごたごたは終わったのかな。にしても早すぎる気がするが」
メールを開封しようとして、タイトルに「代理・柳本」とある。
「何だ。何でか知らないが、柳本さんが社長のケータイ使ってメールを送ってきたらしいぞ」
柳本はベテラン選手の一人で、小柄ながら分厚くて頑丈な体躯を誇る。負けん気の強さや思い切りのよさが信条で、人気がある。同期の橋野とのコンビで中堅やホープ向けのタイトルである東洋タッグを獲得した経歴を持つが、最近は下り坂で、マッチメークに力を注ぐことが増えていた。
「どれどれ……『福田、元気でやっているか? 柳本です。道山社長の意向であることが分かるよう、社長の端末から送っている。大阪のカードなんだが、おまえの復帰戦を組みたいようだ。相手は鶴口。行けそうでも無理そうでも早めに返事を求む。 柳本』だとよ。まったく何ごとかと思って焦った。復帰なら大阪よりも手前で充分可能だってのに」
返信の文面を考え、打ち込み始める福田。指が太いこともあるが、小さい機械をいじって文字を入力するのは苦手だ。
「よかったじゃないですか。リベンジマッチですよ」
「だな。ルールはプロレスルールなんだろうが、できたらガチンコトーナメントと同じようにやらせてもらいたいね。――ああ、だめだ、しゃべるとつられてしまうじゃねえか。拓人、おまえが打ってくれ頼む」
「しょうがないっすね」
続く
「リング上でもエースなら、好きにできる可能性が充分にあるぞ」
「何年先になることやら」
小石川がぼやき気味に言ったところで、京都大会の様相に戻る。福田と小石川が米国のプロレス事情を話題にしていた間、さして事態は進んでいなかった。というのも獅子吼はプロレスやプロレスラーについては疎いため、リングサイドにいるアナウンサーや団体職員に話し掛けて、道山の話の補足説明をしてもらっていたのだ。それがちょうど終わったところで、獅子吼は新たなマイクを受け取っていた。
「世界王者の代わりになれとは光栄なことだ。が、いいのか、それで」
しびれるような低音で確認を取る獅子吼。
「そちらさんの陣営が手薄なんじゃないのかな? 詳しくは知らないが、その世界王者が来なかったとしても、そちらの王者クラスはガイジン選手達との試合が決まってるんだろう? 今日の伊藤君レベルをまた出すというのなら、うちのチャンピオンが出て行けば苦もなく捻ることになる」
小物扱いされた伊藤は、これがいつものプロレスなら突っかかっていくポーズだけでもしただろうが、現在の状況は勝手が違う。下手に動くと、最前の入雲同様、KOされる恐れが高い。伊藤のみならず、若手中堅の誰もが肌で感じ取っていた。
もちろん、社長の道山も感じ取っていたに違いないが、表面上はおくびにも出さない。
「大言壮語はメンツを出してからにしてくれや。仮の話じゃ答えようがねえ。ま、いざとなりゃあ、カードは組み替えるから安心しといてくれ。社長権限だ、わっはっはっは!」
高笑いのあと、鋭くにらみつける表情を作って、獅子吼の方を指差す。
「何なら初っぱなから獅子吼さん、あんたが文字通りの代表で出て来てもいいんだぜ?」
道山の指名に観客席は大盛り上がり、道山の周りにいる中堅らはいささか焦り顔になった。恐らく予定になかった、聞かされていなかった事態なのだろう。道山のアドリブもしくは秘密めかした行動はよくあることだった。
当の獅子吼は落ち着いたもので、片手で指を鳴らす仕種をしてから、
「喧嘩じゃなくて試合だって言うんなら、少し待ってもらえるか。身体を作らないとあんたを確実に倒す自信が持てない。そっちと違って、現場を離れて久しいんでね」
「何でえ。常在戦場じゃないのかい。まあいい。今度の大阪じゃ器が小さくて、もったいねえよな。ドームか国立で一丁やるか」
「かまわない。いや、今日のところは私が挑む立場でしたね。下駄は預けるので、よろしく頼む」
このやり取りで会場は真の最高潮を迎えた。もう何を言っているのか、ネット配信の動画ではちっとも聞こえない。回線自体、重くなったようで画像がかくかくし始めた。
「ああー、だめだこりゃ。もうこれ以上の進展はないだろうし、切るか」
福田は端末を閉じたところで、小石川の身体が震えていることに気付く。
「どうした? 寒いわけねえよな。体温が上がったか? 高熱が出るとかえって身体が震えるって言うぞ」
「いえ、武者震いってやつだと思います」
案外落ち着いた声で返事した小石川。
「じゃなきゃ、あの場に立てない悔しさですかね。ドームクラスはともかくとして、大阪なら俺にもチャンスはあったはず」
「ま、対抗戦になるとしたら、おまえなんかは先兵にもってこいだろうな」
「ほんと、まじで宇城さんが憎くなってきた。のんびりした性格だと思っていたら、あんな黒いとこがあるなんて」
「例の張り手はアクシデントかもしれんのだから、もう忘れろ」
「恨みには思ってませんよ。だいたい、対戦希望を出したのは俺の方からですしね。ただただ、憎いし悔しい。次、復帰したらすぐにでもやりたいですよ」
「それを決めるのは恐らく社長だろうな。――うん? ケータイ、俺か」
着信音に気付き、自分の携帯端末をポケットから引っ張り出す福田。「何だ、メールか」と呟きつつ、開いてみる。
「おえ? 社長からだ」
「珍しいですね」
「初めてだよ。もうリング上のごたごたは終わったのかな。にしても早すぎる気がするが」
メールを開封しようとして、タイトルに「代理・柳本」とある。
「何だ。何でか知らないが、柳本さんが社長のケータイ使ってメールを送ってきたらしいぞ」
柳本はベテラン選手の一人で、小柄ながら分厚くて頑丈な体躯を誇る。負けん気の強さや思い切りのよさが信条で、人気がある。同期の橋野とのコンビで中堅やホープ向けのタイトルである東洋タッグを獲得した経歴を持つが、最近は下り坂で、マッチメークに力を注ぐことが増えていた。
「どれどれ……『福田、元気でやっているか? 柳本です。道山社長の意向であることが分かるよう、社長の端末から送っている。大阪のカードなんだが、おまえの復帰戦を組みたいようだ。相手は鶴口。行けそうでも無理そうでも早めに返事を求む。 柳本』だとよ。まったく何ごとかと思って焦った。復帰なら大阪よりも手前で充分可能だってのに」
返信の文面を考え、打ち込み始める福田。指が太いこともあるが、小さい機械をいじって文字を入力するのは苦手だ。
「よかったじゃないですか。リベンジマッチですよ」
「だな。ルールはプロレスルールなんだろうが、できたらガチンコトーナメントと同じようにやらせてもらいたいね。――ああ、だめだ、しゃべるとつられてしまうじゃねえか。拓人、おまえが打ってくれ頼む」
「しょうがないっすね」
続く
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