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四.揺れる心 2
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言葉を切るディオシス。そして彼がごくりと喉を鳴らしたのが、マリアスにも分かった。いくらか緊張しているらしい。
「私の記憶する限り、我がライ国にある歴史書のいずれにも、粛正ないしは誅殺を行ったという記載はございません。我が国ではそのようなことはなかったとされていますし、他国の粛正・誅殺について、我が国が知る由はほとんどないのです。それなのに、姫は知っておられるご様子。これはいったい、どうしたことなのですか?」
将軍から言葉を突きつけられた瞬間、マリアスは息が詰まりそうに感じた。私は今、この国の王女としてあるまじきことを知ろうとしている……。
その意識が恐れとなって、マリアスの内で渦を形成しつつあった。
「私は責めているのではありません。繰り返しますが、ここには私の他、誰も聞いている者はいません。ぜひ、いきさつというものをお話ください」
「……」
「お願いいたします。早くしなければ、スワンソンが呼びに来るやもしれません。そうなる前に」
「分かったわ」
覚悟を決め、鋭く答えたマリアス。いつになく、表情が硬くなってしまう。
「ディオシス将軍は、ランペター達のことを憶えている?」
「もちろんです。最終的に不審な身の隠し方をしましたが、姫の病を救ってくれたのですから」
「あの人達がいなくなった日の前の夜、私、目が冴えていたの」
マリアスの切り出しように、ディオシスは戸惑ったらしかった。
「話が見えなくても、しばらく聞いてちょうだい。いきなり話すと、私の方がおかしくなりそうだから……。
それで、眠れなくて、お城の中を歩き回ってみたの。そうしたら、あの人達に与えられていた部屋から明かりがこぼれ出ているのに気が付いて。それから、そう」
唇を噛みしめるマリアス。あのときの恐怖を思い出したのだ。
「何かひそひそ話をしていたわ、あの人達。その内容が、あの人達、最初から計画していたって。私の病を治してお父様の信頼を得、それから政に関わり、徐々に権力を握るという計画を」
マリアスの舌足らずな説明に、ディオシスはいくつか質問をして、正確なところを掴んだらしかった。
「それからどうなりましたか?」
「すぐに誰かに知らせようと思ったんだけど、部屋の扉が急に開いて、私、捕まってしまって……」
「何ですって? そんなことがあったのですか!」
ディオシスはマリアスの両肩を横からつかみ、何度か揺すぶった。
「興奮しないで。大丈夫。今はこの通り、何ともなかったんだから」
「それにしても……。いえ、失礼をしました。時間がないのでしたね、お話をお続けください」
「そうして……私は自由を奪われて、部屋の中では相談が始まったわ。私をどうするか、これからどうするかっていう相談。ネイアスって人がいたでしょ」
「はい、一人、女性が」
「その人があの人達の中で一番偉いみたいなの。ランペターを始め、誰もが『ネイアス様』と呼んでいたし。
ネイアス、私のことを凄く憎んでいた。殺したいぐらいだったに違いないと思う。だけど、その人の最終的な判断で私は助かって、あの五人は全ての計画を無にして、姿を消したの」
「……」
「それでね、そのとき、ネイアスが残していった物があるの。どこか他の国の歴史書、多分、トゥル国の歴史書だと思う」
「その書物はどこにありますか」
「私の部屋に。見つかったらと思うと何だか恐くて、隠してあるけれど」
「……それに、粛正などのことが書いてあったんですね? トゥル国の、ですか?」
「……ううん、ライ国のよ」
マリアスの答に、ディオシスは力が抜けたように呆然と立っていた。気のせいか、小刻みに震えている。
「――ディオシス?」
「もう……あとにしましょう。ほら、スワンソンがこちらに来ます。話の続きは時間を作って、夜、お会いできるようにはからっていただきます」
ディオシスが指差したその先には、スワンソンがいつものまま、かけてきていた。
「姫、そろそろお戻りを。もうすぐお食事の用意が整いますので」
ディオシスの言った話の続きは、その夜はできなかった。やはり、一将軍が姫であるマリアスに、急に夜、部屋を訪れたいと申し出ても、上が許すはずがなかった。
結局、実際に話の続きができたのは、二日経った昼過ぎ、場所は再び、城の中庭となった。
「いつものことながら、姫とお話をしようと思えば、苦労をさせられますね」
ディオシスは、彼らしくもなく、いくぶん投げやりな調子で始めた。
「あの続きですが……私も覚悟を決めてお話ししましょう。姫には、この国の真の歴史を知っていただくことも大切だと思いますし、また必要なのでしょう。……僭越な点はお許しください」
「いいのよ、そんなこと」
マリアスはそう言いながら、心の中、やっぱりと思っていた。ライ国には裏の歴史があった……。
「私のことをお話しいたします。自分で言うのも気が引けますが、戦功があった将軍の一人だと自負しております。それも、粛正の対象となるほどの。
改めて申し上げるまでもありませんが、私はレオンティール国王に忠誠を誓っています。ですが、当時の国王様は全ての将軍をお疑いでした」
「では、ディオシス。あなたの同僚の将軍の方々も」
「はい。姫の前では申し上げにくいことですが……レオンティール国王の命で、処刑された者もおります」
「私の記憶する限り、我がライ国にある歴史書のいずれにも、粛正ないしは誅殺を行ったという記載はございません。我が国ではそのようなことはなかったとされていますし、他国の粛正・誅殺について、我が国が知る由はほとんどないのです。それなのに、姫は知っておられるご様子。これはいったい、どうしたことなのですか?」
将軍から言葉を突きつけられた瞬間、マリアスは息が詰まりそうに感じた。私は今、この国の王女としてあるまじきことを知ろうとしている……。
その意識が恐れとなって、マリアスの内で渦を形成しつつあった。
「私は責めているのではありません。繰り返しますが、ここには私の他、誰も聞いている者はいません。ぜひ、いきさつというものをお話ください」
「……」
「お願いいたします。早くしなければ、スワンソンが呼びに来るやもしれません。そうなる前に」
「分かったわ」
覚悟を決め、鋭く答えたマリアス。いつになく、表情が硬くなってしまう。
「ディオシス将軍は、ランペター達のことを憶えている?」
「もちろんです。最終的に不審な身の隠し方をしましたが、姫の病を救ってくれたのですから」
「あの人達がいなくなった日の前の夜、私、目が冴えていたの」
マリアスの切り出しように、ディオシスは戸惑ったらしかった。
「話が見えなくても、しばらく聞いてちょうだい。いきなり話すと、私の方がおかしくなりそうだから……。
それで、眠れなくて、お城の中を歩き回ってみたの。そうしたら、あの人達に与えられていた部屋から明かりがこぼれ出ているのに気が付いて。それから、そう」
唇を噛みしめるマリアス。あのときの恐怖を思い出したのだ。
「何かひそひそ話をしていたわ、あの人達。その内容が、あの人達、最初から計画していたって。私の病を治してお父様の信頼を得、それから政に関わり、徐々に権力を握るという計画を」
マリアスの舌足らずな説明に、ディオシスはいくつか質問をして、正確なところを掴んだらしかった。
「それからどうなりましたか?」
「すぐに誰かに知らせようと思ったんだけど、部屋の扉が急に開いて、私、捕まってしまって……」
「何ですって? そんなことがあったのですか!」
ディオシスはマリアスの両肩を横からつかみ、何度か揺すぶった。
「興奮しないで。大丈夫。今はこの通り、何ともなかったんだから」
「それにしても……。いえ、失礼をしました。時間がないのでしたね、お話をお続けください」
「そうして……私は自由を奪われて、部屋の中では相談が始まったわ。私をどうするか、これからどうするかっていう相談。ネイアスって人がいたでしょ」
「はい、一人、女性が」
「その人があの人達の中で一番偉いみたいなの。ランペターを始め、誰もが『ネイアス様』と呼んでいたし。
ネイアス、私のことを凄く憎んでいた。殺したいぐらいだったに違いないと思う。だけど、その人の最終的な判断で私は助かって、あの五人は全ての計画を無にして、姿を消したの」
「……」
「それでね、そのとき、ネイアスが残していった物があるの。どこか他の国の歴史書、多分、トゥル国の歴史書だと思う」
「その書物はどこにありますか」
「私の部屋に。見つかったらと思うと何だか恐くて、隠してあるけれど」
「……それに、粛正などのことが書いてあったんですね? トゥル国の、ですか?」
「……ううん、ライ国のよ」
マリアスの答に、ディオシスは力が抜けたように呆然と立っていた。気のせいか、小刻みに震えている。
「――ディオシス?」
「もう……あとにしましょう。ほら、スワンソンがこちらに来ます。話の続きは時間を作って、夜、お会いできるようにはからっていただきます」
ディオシスが指差したその先には、スワンソンがいつものまま、かけてきていた。
「姫、そろそろお戻りを。もうすぐお食事の用意が整いますので」
ディオシスの言った話の続きは、その夜はできなかった。やはり、一将軍が姫であるマリアスに、急に夜、部屋を訪れたいと申し出ても、上が許すはずがなかった。
結局、実際に話の続きができたのは、二日経った昼過ぎ、場所は再び、城の中庭となった。
「いつものことながら、姫とお話をしようと思えば、苦労をさせられますね」
ディオシスは、彼らしくもなく、いくぶん投げやりな調子で始めた。
「あの続きですが……私も覚悟を決めてお話ししましょう。姫には、この国の真の歴史を知っていただくことも大切だと思いますし、また必要なのでしょう。……僭越な点はお許しください」
「いいのよ、そんなこと」
マリアスはそう言いながら、心の中、やっぱりと思っていた。ライ国には裏の歴史があった……。
「私のことをお話しいたします。自分で言うのも気が引けますが、戦功があった将軍の一人だと自負しております。それも、粛正の対象となるほどの。
改めて申し上げるまでもありませんが、私はレオンティール国王に忠誠を誓っています。ですが、当時の国王様は全ての将軍をお疑いでした」
「では、ディオシス。あなたの同僚の将軍の方々も」
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