魔王様は切実に隠居したい

塩おむすび

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第3章 魔王様と元勇者は諸悪の根源に喧嘩を売る

魔王様と元勇者は永遠に共にーー。

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 その後の話をしよう。

 女神ルミエラがいなくなったことにより、人間には大きな混乱が訪れるかと思われた。しかしネーブルはその混乱を予測していたのか、自分の本来の名を隠し『女神ルミエラの代理』と名乗ってしばらくの間は人間と魔族両方に神託を下し、仲を取りもつことで、神に頼らずとも生きていける世界にしていくのだと語った。

 実際にその神託は下され、ルミエラの信仰を重視していた人間からの反発はありながらも、ルークが実質的に支配をした村や街にはすでに神託が下る前から魔族に友好的な人間も増えていたため、末端からではあるが徐々に魔族と人間との交流は増えていった。

 世間では魔王や勇者はどこへ消えたのか?ということが話題にもあったが、これもネーブルが新しい神話として『勇者と魔王の話』を作ったため魔王は消え、勇者も役目を終えて生涯を閉じたのだと人々の間には伝わった。

 ではルークとノアはどうなったのか。

 まずルークは約束通りネーブルへの願いを叶え、不老不死となった。最後の最後までノアは文句を言っていたが、ルークは断固として譲らなかったらしい。

 不老不死となったことで2人は他の知り合いの最期を看取ることとなった。まずはフェイロン、次にドロシー、ガルムとメルトは看取られるのが嫌だと言って、最期を迎える前にどこかへ去ってしまった。最後に残ったリリシュは、ベッドの上で2人の手を握りしめ、皺だらけになっても美しさを保った美貌で優しく微笑むと「2人とも、お幸せにね」と残してこの世から去っていった。

 こうして2人だけになったルークとノアはもうこの場所にはもう自分たちは必要ないと、少しの荷物だけ持って旅に出ることにした。

 自分の知らないことを知る旅へ。時間だけは山ほどあると東西南北の果てまで2人は歩みを進めた。
 東の果てにあるドラゴンの隠れ里を訪ねたり、西の果てにある砂漠の遺跡を一つ一つ調査したり、南の果てにある深海に眠る宝石を泳いで取りに行ったり、北の果てにある山岳の山頂まで氷でできた花を取りに行ったり。

 そんな忙しい毎日の中、時折り一つの街に逗留しては2人で享楽に耽ることもあったが、決して2人は離れることはなかった。

 そして数百年をかけてようやく満足したのか歩みを止めた2人。ノアはそこで初めてネーブルに己の願いを口にした。





 ・・・・・・・・・・





 ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、バンッ!


「ん…ぅんー……」

「………ノア様、ノア様?もう朝ですよ」

「んんー…あと五分…」

「そう言って、前は三十分は寝たのを忘れましたか?はい、起きてください」

「うぅ…!寒い……おふとん…」


 べりっと布団を取られたせいか、ノアは寒そうに縮こまってしまう。それでもちゃんと起きようとしないあたりノアの寝汚さは筋金入りなのかもしれない。

 前までのルークであればこういう時に力づくで起こそうとしていたが、そこはもうすでに数百年の付き合いのせいか効果的な起こし方というものを会得していた。


「今日はせっかくノア様に喜んでいただこうとフレンチトーストのご用意をしましたのに…廃棄することになってしまいそうですね。僕はとっても悲しいです」


 先ほどまで夢の続きを見ようとしていたはずのノアは、その言葉にピクリと反応した。


「フレンチトーストってあの…この前俺がテレビで見ていたやつか?」

「はい」

「生クリームはついているのか?苺のジャムは?」

「もちろん両方ともご用意しております。ノア様がお好きですからね」

「んぐぅー…よし、交渉成立だ!」


 ガバッと身体を起こすと、ノアはルークに向かって腕を伸ばす。


「でもまだ眠いから移動は頼んだ」

「ふふっ、かしこまりました」


 数百年の付き合いともなれば気を許せないことはないのか、ノアはずいぶんとルークに対して甘えるようになった。ルークももちろん断ることはないため、気づけば室内ではずっと2人でくっついていることも少なくなかった。


「はい、どうぞ。熱いので気をつけてお召し上がりくださいね」

「うまそー!いただきまーす!」


 子供のように目を輝かせてノアはフレンチトーストを頬張る。ルークは向かい側でそれを幸せそうに見つめていた。


「あれ?ルークは食わないのか?」

「僕は朝はあまり食べないので。これで充分です」


 そう言うとルークは手元のコーヒーを一口飲んだ。しかしノアはその返答に不服そうな顔をすると、せっせとフレンチトーストを一口大に切り、その一つにフォークを刺してルークにずいっと差し出した。


「何も食べないってのも身体に悪いだろ!一個でも食べろ!」

「しかしそれはノア様の分で…」

「いいから、早く!」


 こうなれば引くことがないのはノアの方である。ルークがフレンチトーストの一欠片を食べると、ノアは満足そうに笑った。


「上手いだろ!料理人が特別だからな!」

「お粗末さまです。それより、ノア様の今日のご予定は覚えておられますか?」

「当たり前だ!講義は三限目からだな。心理学と…後はこの国の歴史の授業だ。それが終われば特には無いな。ルークは経済学と外国語の講義だっただろう?そういえば…この前お前のことを噂している女の子がいたぞ、格好いいだとかなんだとか…」

「あいにくノア様以外には全く興味がないもので、今後もその女性にはお会いすることもないでしょうね」

「ま、まぁそれならいいけど…。とにかく、ネーブル殿に頼んでよかったな。おかげで俺はまだまだ知らないことを学ぶことに専念できるわけだし」

「ノア様が『他の世界へ行きたい』と言い出した時は、ついに僕といることが嫌になったのかと思いましたよ…。まぁ僕としては、あなたと共に居ることができればどこでもいいですからね。それよりも、僕もノア様も午後は特に予定がないようですから良ければ新しくできたカフェに行きませんか?」

「いいのか!あそこフルーツパフェが美味しいって聞いてたから一度食べたかったんだよなー」

「そうですか、つかぬことをお聞きしますがそれはどちらからお聞きになられたので?」

「どちらからって…普通に同級生から…ってお前、顔怖いぞ?」

「その件に関しては後ほどノア様の口から詳しく聞かせていただきますね?とりあえずそろそろ出る時間ですけれど、お支度はお済みですか?」

「おうばっちり!いつでも出れるぜ!」


 着替えて荷物を持ったノアは準備万端とばかりに自慢げに胸を反らした。


「あれ?お忘れものですよ、ノア様」

「あ、えぇ…またやるのかよ…」

「もちろんです、それにしてもノア様は相変わらずこういったことはまだ慣れないみたいですね」

「し、仕方ないだろ!こんなことお前以外やったことないんだし…」


 そう言うと、ノアは背伸びをしてルークの唇に軽く口づけた。自分からしたものの恥ずかしくなったのか、ノアは真っ赤になったままプイッと横を向いた。


「い、行くぞ!ルーク!」

「はい、ノア様」


 2人は新しい世界でも共に生き続けることを選んだ。たとえどんな世界であっても2人はきっとこの先も離れることはないのだろう。


「ノア様」

「なんだよ」

「隠居はなさる気はないのですか?」

「あー…まぁ…この世界には俺の知らないことがまだまだあるからな。もうしばらくはいい」

「では僕もまだまだノア様の側近ですね」

「おう、せいぜい気張ってついてこいよ!」





『魔王様は切実に隠居したい』

(と思っていましたが、どうやら魔王様は当分隠居する気はなさそうです)

 終
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