魔王様は切実に隠居したい

塩おむすび

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第2章 隠居に成功(?)した魔王様

魔王様は挨拶をする

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(頬が少し冷たい。また研究途中で居眠りしちまったかなぁ…。ルークに怒られる前に起きないと……)


 目を開けると太陽の眩しさが目を突いて、思わず顔を背けてその光から逃れようと寝返りを打つ。そして目の前に現れた光景に引き攣った声が漏れた。


(ひっ……!…だ、誰……あ、いやちょっと待て…そういえば昨日は…)


 まだよく回らない頭で必死に昨晩の出来事を思い返す。
 そして自分が一体誰と何をしたのかを思い出してしまい、ノアは羞恥でばたばたと暴れ出したくなってしまった。


(き、昨日は…ルークとあ、あんなことを……!こいつはまだ子供なのに…俺はなんて馬鹿なことをしたんだ…!)


 当時は本当にルークのことを助けたい一心だったのだ。自分が迷惑をかけた償いという面も確かにあったが、2年ほど共に過ごしている間に父性でも湧き上がっていたのだろう。自分がどうにかしてやらなくてはならないと本気で思っていた。


(それにしたってやりようはもっとあっただろうに…!あ、あんなあられもない姿で…)





 ・・・・・・・・・・





『ひ…ッ……ん…ルーク…ルーク…っ』

『えぇノア様、僕はここにおります。だから…そんなに辛そうに泣かないでください。痛いですか、苦しいですか。あなたにそんな顔をさせてしまうのは、僕が原因ですか』

『違う、ちがうんだ…。悪いのは…俺だから……ごめん、ごめんな…ルーク…。痛い思いも、苦しい思いも、全部お前に押し付けて。俺は逃げたんだよ……。1人にして…ごめんなぁ……』

『ノア様……』


 ノアは泣きながらルークの首に腕を回すと、その頭を胸にかき抱いた。
 ルークはしばらく自分の頭が濡れるのも構わずにされるがままだったが、ノアを抱き起こすとその瞳を真っ直ぐ見つめた。


『僕はこれまでであなたのことを恨んだことは一度もありません。あなたが僕の目の前からいなくなったあの日、僕はこの世の全てに絶望しました。あなたがいないことが正常だとされるこの世界なんていらないと、そう思ったんです。これは僕の身勝手な復讐です。だからあなたが罪の意識を感じる必要はありません』

『でも、俺は…ッ』


 続く言葉は告げられることはなかった。
 呼吸ごと奪われるような口付けは、ノアにとって五百年も生きてきて初めてのことだったはずなのに、この夜だけで何度も交わされたせいで甘く痺れるような疼きすら感じるようになっていた。


『僕はあなたに出会ってから…ずいぶんと欲張りになってしまったみたいです。あの頃の僕は幼くて、自分の気持ちにすら名前をつけられないほどだった。それが今では、あなたが奪われるのは四肢を引き裂かれるよりも辛いほどなのだから。今ならようやく言えます。僕はあなたを愛しています、ノア様。あなたの存在に勝るものは僕にとって無いんです』

『そんなの…俺に受け取る資格なんて、ない…。第一、それはきっと勘違いだ。お前が追いつめられた時に出会ったのが俺だから…親愛か助けてもらった恩みたいなものを履き違えているだけだ』

『…あなたがそう簡単に頷くとは思っていませんでしたが、これは手強そうですね。では、僕がここまで触れるのをあなたが許してくれた理由は?贖罪の念ですか?あなたは誰が相手であれ、それだけの理由で自分の身体に触れるのを許すのですか?』

『それは違う…!俺はこんなこと、お前以外の誰かにされようものなら全力で抵抗する!俺は、お前だから…』

『今はそれが聞けただけで充分です。少なくとも、なんの兆しも無いわけではなさそうですから。とりあえず今は、ね。2人で気持ちよくなりましょう』

『ぁ…っ…おれ、まだ話して…んんッ…ゃ…ルーク…ッ』





 ・・・・・・・・・・





 その後の記憶は曖昧だ。
 頭の芯まで揺さぶられて、ルークの背に爪を突き立てて、自分のものだとは思えない声で必死に名前を呼んだことまでは覚えている。

 そのうち意識を失ったのか、気づいた時には太陽の光が部屋に差し込んでいた。


(と、というか…俺、どうしたらいいんだ…?逃げる…なんてできるわけないし、かと言ってルークが起きた場合はなんて言ったらいいんだ…!?)


 ノアがまごまごしている間に、ルークの目がゆっくりと開かれる。
 そして何度か眠そうに瞬きをしたかと思うと、瞳がふらふらと彷徨いばっちりとノアのそれと合った。


「ぁ…おはよぅ…ルーク……」


 悩んだ末にノアは掠れきった声でとりあえず朝の挨拶を終えたのだった。
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