魔王様は切実に隠居したい

塩おむすび

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第2章 隠居に成功(?)した魔王様

魔王様は元勇者に揶揄われる

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「短期間で発生した大量の失踪事件ですか…。しかし、この惨状…どうして僕が毎晩こちらに来ているのに半日足らずでこうなるんですか?」

「ご、ごめんなさい…」


 夜も深くなったころ、宿屋の一室でノアとルークは2人、何枚もの紙とにらめっこしていた。
 その紙にはこの数日間でノアが集めてきた情報が詳細まで書かれていたが、あいにく『片付ける』という作業が苦手なノアは、見聞きしたことの全てを書いてはそこらへんに置いてしまうため、ルークに小言を言われてしまっていた。


「それであのー…ルーク…?」

「なんでしょうか?」

「これは…どういう状況なんだ?」

「あなたの散らかし癖は昔からのものですけれど、そろそろ治していただこうかと思いまして。何かペナルティでもあったら自発的に治そうと思うでしょう?」

「それで…こうなってる、と…」

「えぇ、僕としては役得なので一石二鳥です。それに情報の共有だってこのままできるでしょう?もし恥ずかしくて嫌だと仰るのであれば…今度からは『おかたづけ』、頑張りましょうね?」

(お、俺五百歳超えてるのに……なんで子供みたいな扱いされてるんだ…!ルークの方が子供なのに…!)


 誰も見ていないとはいえノアはソファに座った状態のルークの上に、まるでぬいぐるみかのように抱えられる自分が心底恥ずかしかった。

 とりあえず今回は自分のしたことなのだから甘んじて受け入れつつ、次からは頑張って片付けようと決めたノアだったが、多分明日も同じことになっているのは想像に難くなかった。

「し、失踪した人間に共通点も無いし、人質にとって金の要求だったりも無かったらしい。怨恨か、はたまた別の目的があったにしろ、それにしては数が異常なんだよな…。俺が知らない間にどこかの魔族が誘拐しているって線も拭えないし………くそっ、こうなるくらいならもう少し魔族の動向も細かく探っとくんだった…」

「ノア様が警戒すべきは勇者であって魔族ではありませんからね。これだけ大量の人間を短期間で運ぶとなると、いくら転移ができたとしても、物理的に距離も限られるでしょう。僕も少しこちらで探ってみたいと思います」

「ありがとな、助かるよ。ただ…俺としては勇者の召喚に関係している可能性もあると思う。時期的には大体合っているし、これはあくまでも仮説だけど、他の世界から人間を連れてくるとするなら膨大な魔力を必要とすると思う。それこそ…人間1人の魔力じゃ到底賄えないくらいにな」

「女神の介入があった、とノア様は前に仰っていましたよね?」

「あぁ、だが神とはいえ自分が作ったこの世界の法則から全く外れたことはできないはずだ。確証はないけどな。人智を超えた術を使えたとして、この世界で魔術を使う場合は魔力が必要だ、それがこの世界の不文律。だが世界の浄化を謳って多種族の王を殺すことを命じる女神が、自分の力をわざわざ削るような真似をすると思うか?」

「それは…。じゃあ、失踪した人は強制的にその魔力を供給させられる役割にさせられたと…?」

「あくまで仮説、だけどな。正直断定するには集まった情報では少なすぎる。まだまだ突き詰めていく必要があるだろうな。でもこれだけ大規模な失踪事件なら、当時のことを良く知っている人もいるだろし、次の街でも聞いてみるつもりだ」

「次の街まではどれくらいかかる予定なんですか?」

「たしか…歩くと5日くらいだな。あ、今度はちゃんとお前に言われないように旅支度は済ませてるからな!」


 どうだ!とばかりにノアは得意げに胸を反らす。


「それは素晴らしいですね。ですが先ほど確認しましたところ少々食料が少なく、その代わりに見慣れない書物が多いように見えましたが…」


 ぎゅっと腰に回った腕に力が籠る。
 心なしかノアを見るルークの目が鋭く光った気がして、ノアはとっさに明後日の方向に目を泳がせた。


「あー…そ、それは…そのぉ…寝る前に読む用のものと言いますか…俺たちのところじゃ見たことない物とかいっぱいあって…」

「はぁ……仕方ないですね。あなたのその好奇心は止めようと思っても止められるものでないことはさすがに理解していますからね。その代わり、夢中になったからと言って食事や睡眠をおろそかにすることは許しませんからね」

「はい……」


 しっかりとルークに釘を刺されてしまったので、ノアは明日の朝一で保存食を追加しようと決めた。


「夜も深くなってきましたし、そろそろ休まれますか?」

「そうだなぁ…まだ調べたいことはある………あ、はい、休みます。ちょうど寝たいと思ってました」

「そうですよね。僕もそうだと思いました」


 半ば強制的に眠る約束をさせられて、ようやく自分を拘束していた腕から解放される。


「添い寝はご入用ですか?」

「い、いるわけないだろ…!お前もさっさと寝ろ!おやすみ!」


 揶揄われたと思ったノアは顔を真っ赤にしてさっさとベッドに潜り込む。それでも律儀に挨拶をしていくのがノアらしいとも言える。


「はい、おやすみなさいノア様」

「ひっ、…お、おいルーク!」


 ルークに背中を向けていたせいか、無防備に出ていた耳に一つ口付けを落とされて、思わずくすぐったさから声が漏れ出る。
 しかしノアが怒って振り向いた時にはもう、ルークの姿はそこにはなかった。


(くそ…あいつ、覚えてろよ…いつか絶対やり返してやるからな…!)
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