魔王様は切実に隠居したい

塩おむすび

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第2章 隠居に成功(?)した魔王様

魔王様は爆弾発言をする

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「こ、れは…」

 ルークにとってその内容は驚くべきものだった。そして真実を知ったおかげで結びつきたくない情報が結びついてしまった。
 異世界から人間を呼ぶには生贄がいる、それも大量に。そして勇者が召喚されたであろう時期、具体的に言えば6年ほど前にあった大量の失踪事件。

 それらが意味すること、それはつまり…。


(そういうことか……。魔王を倒すためというだけで、人間はついに踏み越えてはならない境界を越えていたのか)


 驚きはしたものの、ルークが冷静になるのは早かった。最初から女神や勇者を相手取ろうとしていたのだ、今さら倒すものが増えたところで変わらなかった。

 しかし、心配なのはノアの方だった。
 ノアは数百年も魔王として君臨していた。つまりその間も人間と魔族の争いはあって、いくらノアが直接手を下したことはなかったとしても、前線では少なくない犠牲が出ていたに違いない。

 ルークはノアに寄り添うと、その頭をこちらへと引き寄せる。ノアは抵抗するどころか、ルークに縋りついてきた。


「ノア様…」

「お、俺は…魔王として人間と争うことになんの疑問も持っていなかったんだ。いつか強い勇者に殺されたふりをして、魔王を辞めて隠居ができたら…なんて思ってて…。でも…俺がそんな呑気なことをしていたから大量の人間が死んだのか…?俺は…俺は知らない間に…たくさんの人間を殺していたのか…?それに、前線で戦ってくれていた皆はどうなるんだ…?死んでいった人間も魔族も…女神にとっては塵に等しいのか…?」

「ノア様、気をしっかり持ってください!勇者の召喚を行ったのは人間です!たとえ女神がこの知識を人間に吹き込んだとしても、それを実行に移したのは他でもない、同族である人間なんです!あなたが苦しむ必要はありません」


 魔王としてノアはあまりにも優しすぎたのだった。
 本人は小心者だからだと笑うが、本来敵であるはずの人間にも慈悲をかけ、1人の兵士の死にすら心を痛めていたのだ。魔族の支配者として冷酷になりきれなかった。

 そしてそのせいで今、ノアの心は壊れかけていた。
 元からあった、戦いで散った魔族への罪悪感と召喚魔術の生贄となった人間への罪悪感が合わさり、ついに耐えられなくなったのだ。

 自分が長らく生きていたからこそ、女神が痺れを切らして大量の人間を犠牲にしてでも異世界から1人の勇者を呼んだ。
 その事実は、ノアの心を深く傷つけた。


「おれ…俺はどうしたらいい…?なぁ、ルーク…俺がもっと早くに死んでいれば…あの日、お前に初めて会った日にお前に殺してもらっていれば…犠牲者はもっと少なかったのか…?俺が、俺が生きていたから…」


 深い絶望に彩られたノアの瞳から、ボロボロと涙が溢れる。今にも消えてしまいそうなその姿に、ルークはたまらず力を込めて抱きしめた。


「それを言うなら僕も同罪です!僕は勇者という肩書きを理由にして、この手で多くの魔族を葬ってきました。あなたがいなくなって魔王となった後は、同族である人間も侵略に抵抗したからという理由で殺しました。数だけで言えばあなたに勝るとも劣らないでしょう。僕はあなたのように優しくはなれない……。立場によって変わる敵を切り伏せて、その魂が然るべき場所へ導かれるようにと願ったことはありますが、後悔はありません。振り返ってみても、それが当時の僕にできる最善だったと思っているからです。だから…あなたが自分の存在を罪だと言うのであれば、せめて僕があなたの罪を半分背負いましょう。たとえ行き着く先が光のない暗闇でも、僕が隣でこうしてあなたに触れてその存在が消えないようにします。それなら、何も怖くはないでしょう?」

「あはは…何だよそれ…自信過剰なやつ……。でも、ありがとうな…ルークがそう言ってくれて、少し元気が出た。俺は他の人間や魔族よりも、うんと長く生きている。そんな俺の命を一番欲しがっているのは女神だ。なら…俺のできることは相打ちになってでも女神を少しでも早く止めることだ。それが俺ができる、犠牲になった皆への罪滅ぼしだ。その時は…隣にいてくれるか?」

「愚問ですね、僕はあなたの隣を誰にも譲る気はありません。それに、ノア様もおっしゃっていたでしょう?と。僕は未だあなたの側近を辞めたつもりはございませんよ」

「そう、だったな…うん、そうだ!ルークは俺が隠居するまで俺の側近だから、俺の隣にいないとな!」


 噛み締めるようにルークの言葉を反芻して涙を強く拭う。ルークを見上げたノアの瞳には光が戻り、月の光を反射してきらめいていた。





 ・・・・・・・・・・





「それでは…本日はここでお別れですね。また明日もお伺いいたしますね」


 あらかた目ぼしい情報を書き写した後、2人は禁書庫を出てノアが泊まっている宿屋へと戻った。
 ちなみにやっぱり好奇心が抑えきれなかったノアは、いくつか書物は拝借していたりする。


「そのことなんだけど…あの…」

「どうされましたか?」


 宿屋の前でノアは言いづらそうにもじもじと視線を逸らす。ルークは普段見ないノアの行動を不思議に思った。


「あの、さ…明日って早いか…?」

「これといって片付けなければならない案件はございませんが…。何かご用事でも?」

「あの、その…こんなこと言ったらお前に嫌われるかも、しれないんだけど…」

「その心配はございません。僕がノア様を嫌うことなど、天地が逆さになるほどにありえないことですから」

「そ、そっか…あのさ…お前が嫌じゃなかったらでいいんだけどさ…」


 俯いたノアは意を決したように顔を上げる。その顔は月明かりでもわかるほど真っ赤になっていた。


「俺のこと!抱いてくれないか!」

「は…?」
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