魔王様は切実に隠居したい

塩おむすび

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第2章 隠居に成功(?)した魔王様

魔王様は元勇者に触れて欲しい

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「えっと…ちょっと待ってください…。少し、お時間をいただけますか…」

「お、おう!全然いいぞ!」


 ノアから飛び出るはずもない発言を受けたせいか、ルークの頭は混乱してしまっていた。


(今のは僕の聞き間違いか…?それか、もしかすると僕の欲望が具現化してしまっただけかも…)

「あの…ノア様。差し支えなければもう一度言っていただいてもよろしいでしょうか?少々耳が遠くなっていたようで、聞き間違えてしまったかもしれません」

「あ、そ…そうなのか…で、でも…また言うのは恥ずかしいな…」


 先ほどまでの何かを決意した雰囲気はどこへやら、ノアはしおしおと恥ずかしそうに俯くと今度は言いづらそうにおずおずと切り出した。


「その、今日だけでいいから俺のこと…抱いて欲しいんだ」

(僕の聞き間違いでも幻聴でもなかったのか…)


 ルークはノアにアプローチをしつつ、まずは慣れるまでどれだけでも待つつもりだった。それこそ最初は失敗したと言っても過言ではなかったのだ。今度はちゃんと段階を踏んで、まずは自分の気持ちをわかってもらうところから始めて、その先のことはおいおい考えればいいと思っていた。

 そう考えていた時にこの発言が飛んできたものだから、混乱するのも無理はなかった。


(僕としては、汚名返上の絶好の機会なのだからこの誘いに乗りたい気持ちは山々だ。けれどもしこれで身体目当てだとでも思われたら…?次失敗したらもう二度とこの人のお側に置いてもらえないかもしれない…)

「いやー…俺もこんな年になって人に頼むのなんて恥ずかしいんだけどさ!さすがに色々とあったからさ…。今日くらいは誰かと一緒にいた方が気が紛れるかと思って!1人だとなんか夜通し考えちゃいそうだからな…」 

「……つかぬことをお聞きしますが、ノア様の言う『抱いて欲しい』と言うのは…」

「あぁ、その…笑わないで欲しいんだけど……俺、ルークに抱き締めてもらうとなんか安心するんだよな…。だから、抱きしめたまま寝て欲しいって意味なんだけど………どうしたんだルーク?突然しゃがみ込んだりして。もしかして、腹でも痛いのか?」

「いえ…今、早とちりをして暴走しそうになった己を恥じているところです…」


 本来であれば夜の誘いの言葉であるものが、ノアからしてみればただの健全な意味になっていた。無知とは何とも恐ろしいものである。


「ノア様…まさかとは思いますが、同じようなことを他の誰かに言ったことはございませんよね?」

「い、言うわけないだろ!怖いから一緒に寝てくれとか、子供でもないのに頼めるわけない!」

「それなら結構ですが…今後のためにも一つ、忠告をさせていただきます」


 ルークがおもむろにノアを抱き寄せると、ノアはバランスを崩しルークの元へ倒れ込む。そしてルークはその耳元へと囁いた。


「本来『抱いてくれ』という文句は、相手をセックスに誘う時に使う言葉です。ましてや…僕はあなたを恋い慕う人間です。今もノア様に触れたくて、仕方がないただの1人の男なんです」

「そ、そんな…俺、そんなことを…」

「あなたにそんな気がないのは承知の上ですが、今後は軽々しく言ってはいけませんよ。本来愛しい人から誘われて止まれるほど、僕も聞き分けは良くありません。今回は初めてのことですし、あなたの言うように添い寝役としての役目を全ういたします。ですが二度目は…ありませんからね?」


 こうして釘を刺しておけば、安易に自分に好意を抱いている者を誘うという行為が、どれだけの危険性を孕んでいるかをわかってもらえる。それに、間違っても自分以外の誰かに言うこともなくなるだろう。


(とりあえず…今日はなるべく意識しないうちに早めに寝てしまった方がいいだろう。最悪眠れなくても明日の公務に支障は無い)


「それでは、お部屋へ行きましょうか……どうされました?ノア様。行かないのですか?」


 ノアの泊まる部屋へと向かおうとしたルークの身体が、ぐっと後ろへ引っ張られる。振り返ると、俯いたノアがルークの服を掴んでいた。


「あの、ルーク…」

「なんでしょうか」

「お前は…今でも俺と…その、あの日みたいなこと…シたいと思ってるのか…?」


 お互いの間であの日の話題が出たことはない。うっすらと、触れてはいけないことなのだと思っていたのかもしれない。


「…えぇ、僕はいつでもあなたに触れたいと思っております。ですが、それはあなたに負担を強いることになる。二度と僕は、あなたに無理なんてさせたくはないんです」

「その…俺、はしたないって思われるかもしれないけど…ルークに、触れられたい…。触れて欲しいんだ…」


 ルークは驚いて目を見開く。
 ノアは先ほどよりも顔を赤くして俯いていた。


「俺、最近自分の気持ちがわからないんだ。お前のこと、本当は拒まなきゃいけないのかもしれない。だけど…気がついたらルークのことをいつも考えていて…。俺、おれ…!」


 続きは告げられることはなかった。
 告げようとしたノアの唇は、そのままルークに奪われた。
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