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いってらっしゃい
しおりを挟む何十年という時間が流れた。
雄太は音楽を流す。
あの時、カラオケで歌った曲だ。雄太は、母と思い出を刻んだ時は必ず聴くようにしていた。あの日の後悔を忘れないためだ。この曲を聴くと、あの日の後悔が鮮明に思い出せる。
「推しは推せるときに推せ」まさに雄太の後悔はこれに尽きる。誰かと思い出を作りたくても、楽しい時間を過ごしたくても、その人が明日笑って過ごしているとは限らないのだ。雄太の推しのように突然消えてしまうことも、あり得るのだ。
だから雄太は音楽を流す。後悔を忘れないために。
しかし、それも今日でお終いだ。
雄太は眠る母の顔を見下ろす。
見慣れた母の顔だ。でも、寝ている場所はいつもと違う。母は棺の中で眠っていた。
雄太は、母の安らかな顔を見ながら思いをはせた。
あれから雄太は親孝行と称して、両親を色々なところに連れまわった。
初めて連れて行ったのはディナーだった。働き始めて、そのお金で連れて行った。あの時の嬉しそうに泣いていた顔は、一生忘れないだろう。
どんなに忙しくても、毎年一回は帰省するようにしていた。帰るたびに甲斐甲斐しく母がお世話をしてくれた。それが、うれしかった。
お金に余裕が出来てきて、連れて行ったのが温泉旅行だ。二泊三日と短くはあったけど両親は楽しそうにしていた。そんな様子を見ることが出来て、ものすごく嬉しかった。
遊園地に行ったこと、公園に行ったこと、ショッピングモールに行ったこと、コンビニに行ったこと。喧嘩した時だってあった。楽しいことも、辛いことも、いろんなことがあった。
雄太は母の遺体に静かに話しかける。
「お母さん。俺はお母さんと沢山の思い出を作ることができた。幸せだった。ほんとうに、ほんとおに、ありがとう」
消え入るような声だった。心からの感謝の言葉だった。雄太の目には涙で溢れている。でもそれは、辛い涙では無かった。あの時のような、鋭い痛みは無かった。
雄太の心は、ぽかぽかとてした。雄太と母の、思い出の温かさだ。
そして、雄太は口を開いた。
元気に送る挨拶だ。
「いってらっしゃい」
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