【8話完結】魔力欠乏の義弟を救うため、魔族の末王子に嫁入りします

キノア9g

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第7話 契約ではなく、愛おしいから

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 目を開けると、視界いっぱいに天蓋付きのベッドの天井が広がっていた。
 ふかふかの枕と、肌触りの良いシルクのシーツ。
 そして、ベッドの脇には、椅子に腰掛けたまま腕組みをして眠っている銀髪の男――グレンの姿があった。

「……グレン、さん」

 掠れた声で呼ぶと、彼は弾かれたように目を開けた。
 その赤い瞳が、俺を捉えるなり安堵の色に染まる。

「気がついたか。……気分はどうだ」
「だいぶ、楽になりました。身体も軽いです」

 嘘ではなかった。
 昨日のような鉛のような重さは消え、身体の奥からポカポカとした温かさを感じる。
 グレンが俺の額に手を当て、熱を確かめる。その手がひんやりとしていて心地よい。

「魔力酔いによる衰弱だ。昨晩、我の魔力をよく馴染ませたから当分は持つだろうが……二度とあのような無理はするな。寿命が縮むかと思ったぞ」
「はい……本当に、すみませんでした」

 俺がシュンと縮こまると、グレンはため息をつき、サイドテーブルから湯気の立つボウルを手に取った。
 彼が指先をかざすと、冷めていた中身からふわりと湯気が立ち上る。魔法で温め直してくれたのだ。
 中には、黄金色に透き通ったスープが入っている。

「ほら、口を開けろ」
「えっ、自分で食べられます」
「病人は黙っていろ」

 有無を言わさぬ迫力に負け、俺は大人しく口を開けた。
 差し出されたスプーンから、温かいスープが流れ込んでくる。
 優しい味だ。野菜の甘みと、少しの塩気。身体の芯まで染み渡るような滋味。

 ……あれ? この味。

「これ、俺のレシピ……?」
「ああ。使い魔に作らせた。お前がいつも作っている『こんそめ』とかいうやつだ」
「そう、ですか……」

 俺が寝込んでいる間に、使い魔たちが俺の味を再現してくれたらしい。
 味は、完璧だった。俺が作るよりも雑味がなく、透き通っているかもしれない。
 
 嬉しいはずなのに、なぜか胸がキュッと痛んだ。
 城の仕事は、俺がいなくても滞りなく回る。
 家事も、料理も、俺じゃなきゃできないことなんて、実は一つもないのだ。魔法があれば、俺の代わりなんていくらでも……。

 俺の表情が曇ったのを、グレンは見逃さなかったらしい。
 彼はスプーンをボウルに戻すと、カチャンと音を立ててテーブルに置いた。

「湊。何を考えている」
「……え?」
「お前のその、捨てられた子犬のような目は、何を恐れているのだと聞いている」

 グレンの赤い瞳が、逃がさないとばかりに俺を射抜く。
 この人には、隠し事はできない。
 俺は観念して、視線を膝元のシーツに落としたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。

「……怖かったんです」
「何がだ」
「優斗はもう元気になって、すごい才能もあって……グレンさんも、強くて立派な王族で……。二人は、この世界で輝く力を持っています」
「……」
「でも、俺はただの人間です。魔力もないし、特別な力もない。息をするのにも、こうしてグレンさんに守ってもらわないといけない」

 口に出してしまうと、胸の奥に押し込めていた本音が溢れてきた。
 あの完璧なスープの味が、俺の無力さを後押ししていた。

「優斗が元気になった今、俺が『契約』としてここにいる理由はもうありません。それなのに、俺がここに居座り続けたら……いつか二人の『お荷物』になってしまうんじゃないかって」

 好きだからこそ、邪魔になりたくない。
 グレンは優しいから、俺を追い出したりはしないだろう。でも、その優しさに甘えて、足枷になるような真似はしたくない。

「俺は、あなたに恩返しがしたいんです。……迷惑をかけるだけの存在には、なりたくないんです」

 涙が溢れて、視界が滲む。
 ああ、情けない。本当はもっと、胸を張って隣にいたかったのに。

「――馬鹿者が」

 低い声と共に、俺の体が強く引き寄せられた。
 驚いて顔を上げると、グレンが痛ましげな表情で俺を抱きしめていた。

「湊。お前は、自分がなぜ我に選ばれたと思っている?」
「え……? 優斗を助けるための、対価として……」
「違う。契約など、お前を手元に置くための口実に過ぎん」

 グレンは俺の肩を掴み、真っ直ぐに俺の目を見つめた。

「あのダンジョンで、お前を見た時……我は震えたのだ」
「震えた?」
「ああ。自分の命が尽きようとしているその瞬間に、己の身ではなく、他者の命(魔石)を守ろうと背を丸めたお前の姿にだ。……あんなに綺麗で、愚直な魂を、我は見たことがなかった」

 グレンの指が、俺の頬を伝う涙を優しく拭う。

「魔界は力こそが正義の世界だ。皆、力を求め、他者を蹴落とし、欲望のままに生きる。……だが、お前は違った。無力で、弱いくせに、誰よりも強い心を持っていた。見返りを求めず、ただ愛するもののために泥だらけになれるお前が、我には誰よりも眩しく見えたのだ」

 グレンの言葉の一つ一つが、凍えていた俺の心に熱を与えていく。
 俺は、ただ必死だっただけだ。でも、それを「綺麗だ」と言ってくれる人がいる。

「それにな、湊。お前に魔力がないことが、我にとっては救いなのだ」
「救い……?」
「我のような高位の魔族は、常に過剰な魔力に苛まれている。周囲の魔力を感知しすぎ、雑音が頭に響くのだ。……だが、お前は『無』だ」

 グレンは俺の胸に頭を預けるようにして、額を押し当ててきた。
 彼は深く、安堵の息を吐き出した。

「お前の側にいると、世界が静かになる。魔力の嵐が止み、凪いだ海のような安らぎが訪れる。……お前は、我が唯一、心安らげる場所なのだ」

 知らなかった。
 俺の「欠点」だと思っていたものが、彼にとっては「救い」だったなんて。
 俺が彼を必要としていた以上に、彼もまた、俺の「空っぽさ」を必要としてくれていたのだ。

「恩返しなど不要だ。ただ、側にいろ。それが我にとって最大の幸福だ」

 グレンが顔を上げ、俺を真っ直ぐに見つめた。
 その瞳には、燃えるような情熱と、深い慈愛が宿っていた。

「愛している、湊。お前の魂が、お前のすべてが、愛おしい」
「グレン、さん……」

 もう、言葉にならなかった。
 自分は不要なんじゃないかという不安は、彼の熱い言葉で跡形もなく溶かされた。
 俺は、ここにいていいんだ。俺にしかできないことが、ここにあったんだ。

「……はいっ、俺も……グレンさんが好きです……!」

 俺が泣きながら頷くと、グレンは嬉しそうに目を細め、俺を強く抱きしめた。
 折れそうなほど強く、でも壊さないように優しく。
 そして、俺たちの唇が重なった。

 今度のキスは、魔力を渡すための事務的なものではなかった。
 互いの体温を確かめ合い、想いを伝え合うような、甘く、長い口づけ。
 唇が離れると、グレンは少し照れくさそうに笑った。

「……ようやく、心から笑ったな」
「え?」
「お前はいつも、どこか遠慮がちに笑っていた。だが、今の顔の方が数倍いい」

 言われてみれば、肩の力が抜けているのがわかる。
 そうか。俺はずっと、無意識に「契約相手」として弁えていたのかもしれない。
 でも、この人の前では、ただの湊でいていいんだ。

「――にーちゃんっ!!」

 その時、ドアが勢いよく開き、小さな影が飛び込んできた。
 優斗だ。
 優斗はベッドの上の俺たちを見ると、一瞬目を丸くし、次の瞬間には顔を真っ赤にして走り寄ってきた。

「ずるい! おうじ、またにーちゃんにくっついてる!」
「優斗、見てたのか!?」
「だめぇー! にーちゃんはぼくの!」

 優斗がベッドによじ登り、俺とグレンの間にぐいぐいと小さな体をねじ込んでくる。
 「んー!」と唸りながら、必死にグレンの胸板を押しのけようとするが、当然びくともしない。

「こら小僧、邪魔をするな。今は大事なところだぞ」
「やだやだ! にーちゃんは、ぼくといっしょにいるの! おうじはあっちいって!」
「ほう? だが今は我の『嫁』だ。所有権は我にある」
「しょゆうけん? よくわかんないけどだめなの! ぼくがまんなか!」

 ぷくーっと頬を膨らませ、リスのように怒る優斗。
 理屈なんてない。「お兄ちゃんを取られるのはイヤだ」という、純粋で幼い独占欲だ。
 優斗は俺の首にぎゅっとしがみつくと、グレンに対して「べーっ」と舌を出して威嚇した。

「……まったく。これでは甘い雰囲気も台無しだな」

 グレンは呆れたように息を吐いたが、その瞳は楽しそうに笑っていた。
 彼は大きな腕を伸ばすと、俺にしがみつく優斗ごと、俺の肩を抱き寄せた。

「わっ!? やだー!」
「無駄だ。我の腕からは逃げられんぞ」

 ジタバタする優斗と、それを余裕で抑え込むグレン。
 右に魔族の王子、左に怒れる5歳児。
 二人の体温に挟まれて、俺は思わず吹き出してしまった。

「……ふふっ、あはははっ!」
「何がおかしい、湊」
「だって、グレンさんも子供みたいで……兄弟が増えたらこんな感じかなって」

 俺の言葉に、グレンは一瞬目を丸くした後、不服そうに「我は兄弟ではない、夫だ!」と俺の首筋に顔を埋めた。
 窓の外、二つの月が優しく輝いている。
 ここが俺の居場所だ。
 もう、迷うことはない。

「よし、湊。元気になったのなら、腹が減っただろう」
「あ、そうですね。何か作りますよ」
「いや、今日はいい。使い魔に用意させる。お前は座っていろ」
「えー、でも俺、オムライスを作りたい気分で。……グレンさんにも、俺の手料理を食べてもらいたいんです」

 俺がそう言うと、グレンは少し目を見開き、そして柔らかく微笑んだ。

「……仕方ないな。では我が手伝ってやる」
「えっ、グレンさんが!?」
「何事も経験だ。それに、お前のやることに興味がある」

 まさかの魔王子のキッチンデビュー宣言に、俺は目を丸くする。

「ぼくも! ぼくもやるー!」
「よし、では三人で作るぞ。……ただし、卵を割るのは湊、お前がやれ。優斗は混ぜる係だ」
「はーい!」

 賑やかな夜が更けていく。
 俺たちの新しい生活は、まだ始まったばかりだ。
 不安がないわけではないけれど、この手だけはもう二度と離さないと誓った。

 契約から始まった関係は、いつしか本物の「家族」へと変わっていた。
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