【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g

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第8話:三年目の焔を君に

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 季節が巡り、マルフェリアの渓谷には、柔らかな春の陽光が降り注いでいた。王都での喧騒から離れ、アッシュとカイルは、再び旅路に出ていた。今度は、冒険者と特別調査官として、肩を並べて。

 アッシュの新居で暮らし始めて数週間。穏やかな日々は、アッシュの心をゆっくりと溶かしていった。朝、目覚めれば隣にカイルの寝顔があり、夜は肩を寄せ合って眠る。些細な日常が、アッシュにとってかけがえのないものとなっていた。

 カイルは、特別調査官として、王国の辺境に残る魔族の残党や、戦乱の爪痕を調査する日々を送っていた。アッシュは、その護衛として、また、時にはカイルの調査を手伝う者として、彼と共に各地を巡った。

 二人の関係は、以前の秘密めいた恋人同士とは全く違うものだった。

 カイルは、もはや王子の位に縛られることなく、自由にアッシュの隣にいることを選んだ。アッシュもまた、カイルの足かせになるという古い思い込みから解き放たれ、彼と共に歩む道を選んだ。

 互いの立場を尊重し、信頼し合い、そして深く愛し合う。

 それは、三年前には想像すらできなかった、二人の新たな関係性の形だった。

 ある日、二人は、小さな集落を訪れていた。集落の奥には、古びた祠が建っている。かつて魔族の襲撃からこの地を守った英雄を祀る場所だと、集落の者が教えてくれた。

 夕暮れ時、調査を終えたカイルが、祠の前に佇むアッシュの元へやってきた。

 西の空は、茜色に染まり、地平線へと沈む太陽の光が、祠を幻想的に照らし出していた。

「どうかしたのか、アッシュ?」

 カイルが、アッシュの隣に並んで立つ。

「いえ……ただ、ここから見る夕陽が、とても綺麗で」

 アッシュは、空を見上げながら、そっと右手を差し出した。

 その掌には、どこで手に入れたのか、シンプルな銀の指輪が乗っていた。装飾はなく、ただ、滑らかな銀の輝きを放っている。

「これ……」

 カイルが、戸惑ったようにその指輪を見つめる。

「昔、あなたが言っていました。『この焔は祝福の色だ』って」

 アッシュの声は、少しだけ照れくさそうだった。

 それは、騎士団時代、カイルがアッシュのために焚き火を灯してくれた夜の言葉だ。カイルの焔の魔法が、夜の闇を明るく照らし出した時、アッシュが「まるで祝福の光みたいですね」と呟くと、カイルが「これは、祝福の色だ」と答えた。

「この指輪に、あなたの焔を灯してください」

 アッシュは、カイルの瞳をまっすぐ見つめた。

 それは、アッシュなりのプロポーズだった。三年前、アッシュが自ら手放した「祝福の焔」。それを、今、カイルに再び灯してほしい。永遠に、自分と共に。

 カイルは、驚きに目を見開いた。そして、ゆっくりと、指輪へと手を伸ばした。

 彼の指先から、柔らかな火属性の魔力が流れ出し、指輪に宿る。

 銀の指輪の上に、小さな、しかし確かな焔が揺らめいた。その色は、夕陽の色と重なり合い、美しく輝いている。

「……こんなに、嬉しい言葉は、初めてだ」

 カイルの声が、震えている。彼の瞳には、熱いものがこみ上げていた。

 カイルは、震える手で指輪を受け取ると、そのままアッシュの左手の薬指に、そっと嵌めた。

 指輪が、アッシュの指に吸い付くように馴染む。

「今度こそ、離さない」

 カイルは、そう囁くと、アッシュの手を、大切そうに握りしめた。

 その手の温もりが、愛おしさに満ちていた。ぴたりと重なる掌から、互いの鼓動が静かに伝わってくる。

 ふと、アッシュが微笑んだ。

「……なら、もう私の背中を押さないでくださいね」

 半ば冗談めかして言ったその一言に、カイルは短く息を呑み、それからふっと笑った。

「では、君も。今度こそ、私の隣にいてくれ」

 冗談とも本気ともつかぬやりとり。だが、そこには深い信頼と愛情が通っていた。

 そして、夕暮れの光が差し込む祠の中で、二人は顔を寄せ合った。

 ゆっくりと、互いの唇が触れ合う。

 それは、情熱的なものではなく、ただただ、深い愛情と、三年間を経てようやく結ばれた安堵に満ちたキスだった。けれどそのやわらかな触れ合いの中に、再会までの時間がすべて溶けて、愛しさだけが舌先に残るようだった。

 唇が離れると、二人の視線は、再び絡み合った。

 カイルがアッシュの頬をそっと撫でる。アッシュは、その手に頬を預けたまま、まぶたを伏せた。

 その瞳の奥には、未来への希望と、決して消えることのない愛の光が宿っている。

 かつて、消えたと思った焔は、三年を経て、今度こそ永遠に灯り続けるだろう。

 彼らの愛は、どんな困難も乗り越え、共に歩む二人の道を、これからもずっと照らし続ける。

 マルフェリアの夕陽に染まる祠の中で、二人の「三年目の焔」は、確かに、そして永遠に灯り始めたのだった。

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