王子に彼女を奪われましたが、俺は異世界で竜人に愛されるみたいです?

キノア9g

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2章

第12話:旅路に刻む、永遠の誓い

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 朝の光が差し込む部屋で、俺たちは静かに朝食をとっていた。昨夜あれほど激しく泣いたのが嘘のように、俺の心は軽やかだった。隣に座るセレスティンを見ると、彼もまた穏やかな笑みを浮かべている。

「おいしいですか?」

 俺が尋ねると、セレスティンは幸せそうに頷いた。

「とても。昨夜以来、全てが美味しく感じられる。君が心を開いてくれたおかげだな」

 彼の言葉に、俺は恥ずかしくなって視線を逸らした。でも、その恥ずかしさすらも、昨夜までの重苦しいものとは違って、温かく感じられる。

「そんな、大げさです……」

「大げさではない」

 セレスティンは俺の手を取ると、その甲に軽くキスを落とした。

「君が本当の笑顔を見せてくれるだけで、私の世界は輝いて見える。これほど美しい朝を迎えられるなんて、まるで奇跡のようだ」

 相変わらず大げさなセレスティンだったが、その言葉の端々に込められた愛情が、俺の胸を温かくした。

「さあ、悠真」

 朝食を終えたセレスティンが立ち上がり、俺に手を差し出した。その瞳には、まるで子供のような輝きがあった。

「今日から本当の意味での新婚旅行だ。君と私の、新しい旅の始まりだ」

 俺は彼の手を取って立ち上がった。確かに、昨夜を境に何かが変わった気がする。心の奥に澱のように沈んでいたものが消えて、すべてが新鮮に感じられる。

「どこに行くんですか?」

「それは、行ってからのお楽しみだ。今日は特別な場所を巡る予定なんだ。君に、必ず気に入ってもらえる」

 セレスティンはにっこりと笑うと、俺の荷物をさっと持ち上げた。彼の自信満々な様子に、俺は思わず笑ってしまった。

「分かりました。セレスティンに任せます」

 馬車に揺られて最初に到着したのは、「愛の誓いの滝」という場所だった。その名前を聞いただけで俺は赤面してしまったが、実際に目の前に現れた光景は息を呑むほど美しかった。

 高さ百メートルはあろうかという巨大な滝が、轟音を立てて流れ落ちている。水しぶきが虹を作り、太陽の光と相まって幻想的な光景を作り出していた。

「すごい……」

 俺が感嘆の声を上げていると、セレスティンが急に真剣な表情になった。滝の前に立つと、両手を天に向けて広げ、深呼吸をする。

「セレスティン?」

 俺が声をかけようとした瞬間、セレスティンが大声で何かを叫び始めた。しかし、滝の轟音があまりに大きくて、彼が何を言っているのか全く聞き取れない。

「なぜだ!?」

 と、突然セレスティンが振り返って、悔しそうに叫んだ。

「この愛の叫びは滝すらも超えられないというのか!?」

 彼の真剣な表情と、どこか子供じみた台詞に、俺は思わず吹き出しそうになった。

「セ、セレスティン? 何をしていたんですか?」

「愛の誓いを立てていたのだが……」

 セレスティンは不満げに滝を見上げた。

「この滝には、真実の愛を込めて叫べば、それが愛する人のもとに届くという言い伝えがある。しかし、どうやら私の声では力不足だったようだ」

「あの、どんなことを?」

「私が必ず悠真を幸せにすると。悠真の家族が、安心できるように」

「セレスティン……」

「もう一度やってみよう」

 セレスティンは俺の手を引いて、さらに滝に近づいた。その真剣な横顔に、少し影がさしているように見えた。

「君の想いも一緒に込めれば、きっと届くはずだ。私の力だけでは、遠く離れた君の故郷に届かせることはできない。でも、君の心が加われば……」

 彼の声には悔しさがにじんでいた。強大な力を持つ彼でも、異世界にいる俺の家族には直接届けられないのだろう。そのどうすることもできない歯がゆさが、彼のこの不器用なほどの懸命さにつながっているのだと、俺は初めて理解した。

 俺たちは手を繋いで、滝に向かって願いを込めた。もちろん、滝の音で自分たちの声すら聞こえないのだが、セレスティンの必死さが愛おしくて、俺も心を込めて祈った。

 次に向かったのは「約束の森」という神秘的な森だった。古い木々が鬱蒼と茂り、木漏れ日が幻想的な光の帯を作っている。

 森の奥深くまで歩いて行くと、セレスティンは突然立ち止まって、足元を見回し始めた。

「何をしているんですか?」

「完璧な石を探しているんだ」

 セレスティンは真剣な表情で、地面に落ちている小石を一つ一つ検分していく。まるで宝石でも探しているかのような慎重さだった。

「あった!」

 ついに小さな丸い石を見つけたセレスティンは、それを両手で大切そうに包み込んだ。

「この石には、大地に根ざす不変の力が宿っている。私の力と合わせれば……」

 彼は石に向かって、まるで恋人に語りかけるように優しく話しかけ始めた。

「悠真の家族に永遠の安寧を願う」

 そして、その石に情熱的なキスを落とした。

 俺は思わず吹き出してしまった。セレスティンは本当に、石に愛を語りかけている。その真剣さと、あまりの可愛らしさに、笑いが止まらなかった。

「セレスティン……!」

 俺が笑いながら彼の名前を呼ぶと、セレスティンは少し不満げに俺を見た。

「笑うことではないだろう。これは真剣な儀式だ」

「はい……すみません。でも、セレスティンがあまりにも可愛くて」

「可愛くなどない。私は真剣に君の家族の幸せを願っているのだ」

 そう言ってふいと顔を背けた彼に、俺はさらに笑ってしまった。

「これで一つ」

 セレスティンは満足そうに石をポケットにしまった。

「次に行こう」

 その後、俺たちは数多くの聖地を巡った。「永遠を見守る巨岩」「愛の星座が見える丘」「運命の泉」「絆の橋」「幸せの鐘楼」「希望の展望台」「平和の神殿」「調和の庭園」……。

 そして、それぞれの場所で、セレスティンは必ず何らかの願掛けを行った。

 巨岩では彼の魔力で岩肌に俺の家族の名字を彫り、「この岩が風化するまで、彼らの幸せは不変である」と宣言した。丘では夜空に向かって、家族への想いを長々と語り、泉では硬貨を何枚も投げ入れて祈りを捧げた。

 どの行動も、セレスティンにとっては真剣そのものだった。しかし、次元を超えるほどの魔法は使えないようで、その努力には切なさが滲んでいた。

 最初は困惑していた俺だったが、次第にセレスティンの必死さと不器用な優しさに、心の奥から温かいものがこみ上げてきた。

 彼は俺のために、こんなにも一生懸命になってくれている。俺の家族を想う気持ちを理解して、できる限りの方法で支えようとしてくれている。

 神殿では、セレスティンは神官の前で正式な祈りの儀式まで行った。俺の家族の健康と幸福を願って、複雑な呪文を唱えながら魔法陣を描く姿は、どこか微笑ましかった。

 庭園では、願いを叶える花に向かって「悠真の家族に私の愛を届けてくれるか」と語りかけていた。花が聞いているとは思えないが、セレスティンの姿は本当に美しかった。

 そして、旅の最後の場所。「永遠の誓いの丘」という小高い丘の上で、セレスティンは俺の方を向き直った。夕日が彼の金髪を染めて、まるで神話の神のように美しく見える。

「悠真」

 セレスティンは俺の両手を取ると、真剣な眼差しで見つめた。

「君の故郷の家族の幸せを、この世界の聖なる場所に刻み込んだ」

 彼の瞳には、達成感と自信が輝いている。

「一つ残らず、一つも漏らさず、全てに誓いを立てた。愛の滝も、約束の森も、永遠の巨岩も、全ての神聖な力を借りて、君の家族の幸せを願った」

 セレスティンは胸を張って、誇らしげに続けた。

「二人でここまでやったのだから、きっと、絶対に大丈夫だ。君の家族は幸せに暮らしているし、これからもずっと幸せでいられる。私が保証する」

 そして、少しだけ眉を下げて付け加えた。

「……まあ、あくまで神頼みなのだが」

 切実さが胸に迫ってくるのに、同時に子供みたいに一途なその姿が愛しくて、笑いが込み上げてきた。

 くすくすと笑い出すと、次第に声が漏れ、気がつけばお腹が痛くなるほど、心の底から笑っていた。

 セレスティンはそんな俺に戸惑っていたが、俺の笑い声につられるように、やがて優しく笑い出した。俺を愛おしそうに見つめる彼の瞳も、嬉しさに揺れているようだった。

 心の奥底から湧き上がるこの笑顔は、昨夜までの重苦しい日々で忘れかけていたものだった。愛しい人と一緒に、心の底から笑い合える喜び。罪悪感も、不安も、全てが吹き飛んで、ただ純粋な喜びだけが俺の心を満たしていた。

 セレスティンの腕の中に飛び込むと、彼は力強く俺を抱きしめ返した。

「ありがとうございます、セレスティン」

 俺は彼の胸の中でつぶやいた。

「あなたがいるから、大丈夫です。もう何も、心配いらない気がします」

 セレスティンの温かい腕の中で、俺は心からそう思えた。

「悠真……」

 セレスティンの瞳が潤んでいるのを見て、俺は彼の頬に手を当てた。セレスティンは俺の手を握る。

「君は私の最愛の人だ。君の心に影が差すなら、私はどんなことでもする。たとえこの世界の全ての聖地を回ることになっても」

 彼の言葉に、俺の心は完全に満たされた。

「実際には、あの願掛けって効果あるんですか?」

 俺が尋ねると、セレスティンは少し困ったような顔をした。

「正直に言うと……あまり期待はできない」

 彼の正直な答えに、俺はまた笑ってしまった。

「でも」

 セレスティンは俺を見つめて、真剣に続けた。

「君がそれで安心できるなら、たとえ迷信でも意味がある。君の心の重荷を取り除くことができるなら、無駄な行動だったとしても──」

「無駄なんかじゃないです!」

 俺はセレスティンの胸に顔を埋めた。

「セレスティンの愛は、確実に俺に届いています。俺の心を軽くしてくれています」

 家族への想いは消えない。時々寂しくなることもあるだろう。でも、それは自然なことだ。愛する人を想うのに、もう罪悪感を持つことはない。

 丘の上で、夕日を背景に、俺たちは永遠の愛を誓い合った。それは形式的な誓いではなく、心の奥底からあふれ出る、真実の愛の表現だった。

「この旅で、君が笑顔を取り戻してくれて嬉しい」

 セレスティンが俺の髪を優しく撫でながら言った。

「私にとって、それが何よりも大切なことだ」

「俺も、セレスティンから大切なものをもらいました」

 俺は彼を見上げた。

「愛と、安心と、そして何より、ありのままの自分でいてもいいんだという自信を」

 この旅は、セレスティンが俺に「安心」という最高の贈り物を与えるためのものだったのだ。彼の不器用で、けれど真剣な愛の形に触れることで、俺は故郷への想いを抱えながらも、この世界で幸せになることを心から受け入れることができた。

 俺はセレスティンと手を繋いで、丘を下りていった。心は軽やかで、足取りも弾んでいる。昨夜までの重苦しさは、もうどこにもなかった。
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