王子に彼女を奪われましたが、俺は異世界で竜人に愛されるみたいです?

キノア9g

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2章

第11話:月明かりの下、明かされた心

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 その夜、俺はなかなか寝つけずにいた。隣で安らかな寝息を立てるセレスティンの顔を見つめる。幸せな新婚旅行の真っ最中で、こんなにも満たされているはずなのに、胸の奥がざわついて、どうしようもなく苦しかった。

 美咲の言葉が、まるで呪いのように脳裏にこだまする。

『悠真は、家族を捨てるの?』

 俺は本当に、家族を捨てたのだろうか。日本に残してきた両親や弟は、俺がいなくなったことで、どれほど悲しんでいるだろう。彼らを悲しませて、心配をかけて、自分だけがこんなにも幸せになっていいのだろうか。

 静かにベッドを抜け出し、足音を立てないようにテラスへと向かう。扉をそっと開けると、ひんやりとした夜風が頬を撫でた。空には、まるで宝石箱をひっくり返したような満天の星。故郷の夜空よりもずっと多くの星が瞬いていて、天の川がくっきりと見える。

 あまりの美しさに息を呑みながら、俺は手すりにもたれかかった。こんなに美しい景色を、セレスティンと一緒に見ることができる。この世界で、俺は確かに愛されている。それなのに、どうしてこんなに心が痛むのだろう。

 星空を見上げていると、ふと弟のことを思い出した。幼い頃、ベランダから一緒に星を眺めたことがあった。俺が星座の名前を教えてあげると、弟は目を輝かせて「兄ちゃん、すごい!」と言ってくれた。

 あの時の弟の笑顔。俺を慕ってくれる、あの純粋な瞳。疲れて帰ってきた俺を迎えてくれる「おかえり」の声。何気ない日常の中にあった、かけがえのない愛情。それら全てを、俺は置き去りにしてしまった。

 セレスティンとの幸せは、家族の悲しみの上に成り立っているのではないか。俺が笑うたびに、向こうで誰かが泣いているのではないか。そんな想いが胸を締め付け、気づけば涙が頬を伝っていた。

「……っ」

 こんなところで泣いている場合じゃない。セレスティンが起きてしまったらどうしよう。俺は慌てて涙を拭おうとしたが、一度溢れ始めた涙は止まらなかった。

 家族への愛おしさと、申し訳なさと、そして自分だけが幸せになっていることへの罪悪感。それらが混ざり合って、俺の心を苦しめる。

「セレスティンを愛してる。この世界で生きていきたい。でも……」

 声に出してみても、答えは見つからない。俺の小さなつぶやきが、夜風にさらわれていく。

 その時、背後から温かい手のひらが、そっと俺の肩に置かれた。

「悠真?」

 振り返ると、心配そうな表情のセレスティンが立っていた。寝間着姿の彼は、いつもより幼く見えた。俺は慌てて袖で顔を覆った。

「セレスティン!どうして起きてるんですか、俺は……その……」

「君がいないことに気づいて、目が覚めたんだ」

 セレスティンは俺の隣に立つと、星空を見上げた。そして、俺の顔を見て、その瞳を大きく見開いた。

「悠真……泣いていたのか?」

 彼の驚いた声に、俺はさらに慌てた。

「違います!ちょっと、風が強くて目に入っただけで……」

 必死に否定する俺を見て、セレスティンの表情が深い悲しみに沈んだ。

「悠真……」

 彼は俺をそっと抱きしめると、額に優しくキスを落とした。その唇は微かに震えていて、俺は彼がどれほど心を痛めているかを感じ取った。

「もう隠さないでほしい、悠真。君の心が傷ついているのを、私はずっと感じていた。君のその小さな嘘が、私にとってどれほど寂しいことか、わかってくれないか?」

 セレスティンの声は、いつもの自信に満ちた響きではなく、どこか切なげだった。

 彼の言葉に、俺の心臓が激しく鼓動した。セレスティンは、すべて気づいていたのだ。俺が嘘をついていることも、心に傷を抱えていることも。

「私は君の伴侶だ。君が苦しんでいるのに、何も分からないほど鈍感ではない。それなのに君は、私に本当のことを話してくれない。まるで、私が信頼に値しない人間であるかのように」

 セレスティンの声に、わずかに震えが混じった。俺は、彼をこんなにも苦しめていたのだ。

「そんなことない!」

 俺は思わず大きな声を出してしまった。慌てて声を潜め、セレスティンの胸に顔を埋めた。

「そんなことないです。セレスティンは俺にとって、一番大切な人です。……だから、悲しませたくなかった。心配かけたくなかったんです」

 俺の言葉に、セレスティンは大きくため息をついた。

「悠真、君は本当に優しすぎる。でも、その優しさが君自身を苦しめているのなら、私は君のそんな優しさを憎らしく思ってしまう」

 彼の手が、俺の頭を優しく撫でる。

「私は君を愛している。君の全てを愛している。だからこそ、君が一人で苦しんでいる姿を見るのが辛いんだ。君の痛みを分かち合いたい。君を支えたい」

 セレスティンの真摯な言葉に、俺の心の防壁が崩れ始めた。

「でも……でも俺、どう話せばいいのか分からなくて……」

「ゆっくりでいい。私はここにいる」

 彼の温かい腕の中で、俺はついに堰を切ったように本心を吐露した。

「家族を置いて、自分だけ幸せになっていいのか分からないんです」

 言葉にした途端、涙がさらに溢れてきた。

「俺がこの世界で愛されて、笑って、幸せになってる間、向こうでは俺の家族が悲しんでるかもしれない。俺を探してるかもしれない。俺がいなくなって、どれだけ心を痛めてるか……」

 俺の声は嗚咽で途切れ途切れになった。

「セレスティンに嘘をついてる自分も嫌で、でも……でも心配をかけたくなくて。そんな自分がまた嫌で……」

 俺はセレスティンの胸に拳を当てた。力はこもっていない。ただ、自分の不甲斐なさへの怒りを表しただけだった。

「でも!でも帰りたいわけじゃないんです!だって、ここがもう俺の居場所だから!セレスティンがいるから!セレスティンを愛してるから!」

 俺の心の叫びに、セレスティンの腕に力がこもった。

「俺は、ここで生きていきたい。セレスティンと一緒に。でも、家族のことを考えると胸が苦しくて、罪悪感で押し潰されそうになって……」

 すべてを吐き出した俺は、セレスティンの胸で声を上げて泣いた。長い間押し込めていた感情が、止めどなく溢れてくる。セレスティンは、俺が泣き止むまで、ずっと黙って抱きしめていてくれた。時折、俺の髪を撫でたり、背中をさすったりしながら。

 やがて、俺の嗚咽が小さくなった頃、セレスティンがゆっくりと口を開いた。

「悠真、話してくれて、ありがとう。君がそう思っていてくれるだけで、私は満たされる。ここが君の居場所だと言ってくれるだけで、私の心は喜びで震える」

 セレスティンは俺の顔を両手で包み、涙で濡れた頬を親指で拭ってくれた。

「君の家族への愛は、君という人間の素晴らしさを表している。その気持ちを否定する必要はない。ただ、その愛が君を苦しめるものであってはならない」

 彼の瞳は、月光の下で優しく輝いていた。

「君がここにいることで、君の家族が不幸になっているわけではない。愛する人を想う気持ちは、決して罪ではないのだから」

「でも……」

「悠真、君は自分のことを責めすぎている。君がこの世界にいるのは、君が選んだことだ。そして、その選択は間違っていない」

 セレスティンの言葉に、俺は新たな涙を流した。今度は、安堵の涙だった。

「君のその純粋な優しさからくる葛藤を、私は理解している。だからこそ、君を苦しめるものは全て取り除きたい」

 彼の決意に満ちた声に、俺は顔を上げた。

「セレスティン……」

「この旅で、君の心を完全に解き放ちたい。君が心から笑えるように、君が自分の幸せを素直に受け入れられるように」

 セレスティンは俺の手を取り、その手のひらにキスを落とした。

「私は君を愛している。君が幸せになることを、心から願っている。だから、君にもっと幸せになってほしい。罪悪感ではなく、純粋な喜びで満たされてほしい」

 彼の言葉が、俺の凍り付いた心を溶かしていく。

「一緒に考えよう。君の家族への想いと、私たちの愛の両方を大切にする方法を。君が背負わなくてもいい重荷を、私と分かち合おう」

 俺は、セレスティンの提案に、小さく頷いた。

「はい……」

「では、まずは全てを話してくれるか?君が故郷で過ごした日々のこと、家族のこと、君が愛している人たちのこと」

 セレスティンに促されて、俺は星空の下で、家族のことを語り始めた。

 両親の温かさ、弟の純真さ、一緒に過ごした何気ない日常の美しさ。そして、彼らを置いてきてしまった申し訳なさ。セレスティンは、俺の話を最後まで黙って聞いてくれた。時々相槌を打ちながら、俺の手を握り続けて。

「君の家族は、とても愛に満ちた人たちなのだな」

 俺の話を聞き終えた後、セレスティンがそう言った。

「そして、君を愛してくれる人たちだからこそ、君の幸せを願ってくれるはず。君が罪悪感で苦しむことを望んではいないだろう」

「……そう、かもしれません」

「君を愛してくれる家族がいるということは、君がどれほど愛される価値のある人間かということの証明でもある。私が君を愛するのも、当然のことだ」

 セレスティンの言葉に、俺の心が軽くなっていくのを感じた。

 朝焼けが空を染め始めた頃、セレスティンが俺に言った。

「悠真、愛は分け合うほどに大きくなるもの。君の家族への愛も、私への愛も、どちらも本物で、どちらも大切なもの。それらを秤にかける必要はない」

 俺は、セレスティンの言葉を噛みしめた。

「これからは、一人で抱え込まないでほしい。君の苦しみも、喜びも、全て私と分かち合おう」

 セレスティンの提案に、俺は心から頷いた。

「はい。もう、隠し事はしません。嘘もつきません」

「それが聞けて、安心した」

 セレスティンは俺を優しく抱きしめ、額に唇を寄せた。その温もりに包まれ、俺の心は満たされていく。

 まだ完全に解決したわけではない。家族への想いが消えることはないし、時々寂しくなることもあるだろう。でも、それでいいのだと思えた。それらの感情も、俺の一部なのだから。そして、セレスティンがそばにいてくれる限り、俺は乗り越えていけるような気がした。

「セレスティン、愛してます」

 素直に、心から、そう言うことができた。

「私も君を愛している、悠真。心から」

 夜が明けたばかりの静かなテラスで、俺たちは互いを見つめ合い、微笑み合った。昨夜の涙は、もう過去のもの。今日からは、本当の意味で、二人で歩んでいける。
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