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第5章 俺たちは『英雄』じゃなくて、『愛の逃避行』がしたい
第37話:「幻の砂浜」で愛を拾う
しおりを挟むエメラルド諸島、三日目の昼下がり。
俺とオルドリンの「三番勝負」は、現在1勝1敗のイーブンだ。
運命の最終戦。俺はテーブルに「ドンッ!」と観光資料を叩きつけた。
「決めたぞオルドリン! 最終戦の種目はこれだ!」
俺が指差したのは、島の北部に聳え立つ『断崖絶壁・崖登り』のページ。
昨日の水泳(とジュゴン騒動)で分かった。この旦那様、筋肉と身体能力がバグってる。
まともに競ったら勝てない。だが、ロッククライミングなら体重の軽い俺の方が有利だし、何より「ルート選び」という知能戦も絡んでくる!
「どうだ! この崖をどっちが早く登り切るか、男同士の熱い勝負を……」
「却下だ」
オルドリンは優雅にアイスティーを飲みながら、即答で切り捨てた。
氷の伯爵の瞳は、絶対零度の拒絶を浮かべている。
「なっ、なんでだよ!?」
「君の美しい指先が岩で傷つくかもしれないだろう? それに、万が一足を滑らせて落下したらどうする。想像しただけで、私はこの島を氷漬けにしてしまいそうだ」
「過保護か! 命綱つければいいだろ!」
「ダメだ。君が汗だくになってハァハァと息を切らす姿は、ベッドの上だけで十分だ」
「ぶっ……! アンタ、昼間っから何を……!」
俺は顔を真っ赤にして周囲を見回した。幸い、セバスチャンは遠い。
オルドリンは涼しい顔でグラスを置いた。
「ルシアン。せっかくのバカンスなのだから、もっとこう……優雅で、ロマンチックで、二人の愛が深まるような勝負をするべきだと思わないか?」
「勝負にロマンチック求めてる時点で間違ってる気がするけど……。じゃあ、アンタは何がいいんだよ」
俺が投げやりに聞くと、彼は待っていましたとばかりに、自分の手元にあった別の資料を開いた。
そこには、夕焼けに染まる美しい海と、一本の白い砂浜の絵があった。
「これだ。『幻の砂浜(サンドバー)』」
「サンドバー?」
「ああ。引き潮の時だけ海上に現れる、奇跡の道だ。……ここで、『マーメイド・ティア(人魚の涙)』探しをしたい」
オルドリンの説明によると、ルールはこうだ。
この砂浜には、稀にピンク色のシーグラス――通称『人魚の涙』が落ちているらしい。
制限時間内に、そのピンク色の石を先に見つけた方が勝ち。
「……宝探し対決か。まあ、平和でいいけどさ」
俺は写真を見つめた。確かに綺麗だし、観光としては悪くない。
「でも、なんでこれなんだ?」
「……そ、それは……」
オルドリンが急に視線を泳がせた。
頬がほんのりと朱に染まっている。
「……この石を、愛する人と一緒に見つけると……『永遠に結ばれる』という言い伝えがあるからだ」
ボソリと言ったその声は、完全に乙女のそれだった。
「…………」
俺は天を仰いだ。
なんだそれ。可愛いかよ。
要するに、この最強魔法使いの旦那様は、勝負という名目で俺と夕暮れの浜辺を手繋ぎデートしたいだけなのだ。
しかも、そんなおまじないみたいなジンクスを気にしているらしい。
「……はぁ。分かったよ」
俺は呆れつつも、口元が緩むのを止められなかった。
こんな顔で「一緒に見つけたい」と言われて、断れるわけがない。
「受けて立つよ。その代わり、俺が見つけたら俺の勝ちだからな!」
「ふふ。……望むところだ」
オルドリンは花が咲いたように微笑んだ。
こうして、俺たちの最終決戦は、極甘なデートコースで行われることになった。
◇◇◇
夕刻。
セバスチャンの運転する小型魔導ボートで、俺たちは沖合へ向かった。
太陽が水平線に近づき、空と海が茜色と紫色に溶け合うマジックアワー。
波の向こうに、白く輝く一本の道――『幻の砂浜』が姿を現した。
「うわぁ……! すげぇ!」
俺は思わず声を上げた。
海の上に浮かぶ白い道。左右から波が寄せ、足元だけが陸地になっている。まるで海の上を歩いているみたいだ。
「美しいな……」
「だな。 来てよかったな、オルドリン」
「ああ。……君の横顔が、夕陽に照らされて最高に美しい」
「そっちかよ!」
俺は照れ隠しにツッコミを入れた。
ボートから砂浜に降り立つ。
足元の砂は細かく、さらさらとしている。
「よし、勝負開始だ! ピンクの石、絶対見つけてやる!」
俺は気合を入れて砂浜を見つめた。
白い貝殻や、青や緑のシーグラスは結構落ちている。だが、ピンク色はなかなか見当たらない。
「どこだ……どこだ……」
俺は蟹のような横歩きで、目を皿のようにして地面を探した。
一方、対戦相手のオルドリンはというと。
「ルシアン、足元に珊瑚の欠片がある。気をつけろ」
「ルシアン、風が出てきたな。寒くはないか?」
「ルシアン、その角度で見上げる顔も絶景だ……」
探していない。
こいつ、石を1ミリも探していない。
俺の後ろをピッタリとマークし、俺の顔と背中ばかり見ている。
「おいオルドリン! 真面目にやれよ! 負けても知らねーぞ!」
「私は真剣だ。君という宝物を、一時も見逃さないように監視している」
「目的が変わってるって! 言い伝えはどうしたんだよ!」
俺が抗議すると、彼は「おっと、そうだった」とわざとらしく足元の砂に一度だけ視線を落とした。
「だがルシアン。私にとっての『宝石』はすでに目の前にあるからな……。砂利などに興味を持てというのは、少々酷な話だ」
「うわぁ出た、必殺の口説き文句……!」
俺はカァッと熱くなる顔を手で扇いだ。
ダメだ、ペースに巻き込まれるな。
俺は勝つんだ。勝って、堂々とあのハーフパンツを履いて、明日の観光で美味いものを食うんだ!
「……っと!」
少し沖の方へ歩いた時だった。
潮溜まりがあり、少し深くなっている場所があった。
ジャンプすれば越えられるかな、と思った瞬間。
「危ないッ!」
背後から強い力で引かれ、俺の体は宙に浮いた。
「わっ!?」
気づけば、俺はオルドリンの腕の中にいた。
安定のお姫様抱っこである。
「……水たまりがあった。靴が濡れてしまう」
「これくらい飛べるって! 降ろせ!」
「ダメだ。もし着地に失敗して、君が足を挫きでもしたら……私は海を蒸発させてしまう」
「規模がでかいよ! いいから降ろせ、恥ずかしい!」
俺がジタバタすると、彼は不満げに、しかしとっても丁寧に、水たまりの向こう側の乾いた砂の上に俺を降ろした。
まるで壊れ物を扱うような手つきだ。
(……ほんと、過保護なんだから)
でも、その過保護さが、今は少しだけ心地いい。
夕陽が海に沈んでいく。
波の音だけが響く世界で、俺たちは並んで歩いた。
いつの間にか、勝負のことなんて半分どうでもよくなっていた。
ただ、こうして隣にいる時間が愛おしい。
「……なあ、オルドリン」
「なんだ?」
「ありがとな。……アンタのおかげで毎日楽しい」
俺がポツリと言うと、彼は目を見開き、それから泣きそうなほど優しく微笑んだ。
「……奇遇だな。私も今、同じことを考えていた」
彼はそっと俺の手を取り、指を絡めた。
「君がいない世界など、もう考えられない。……愛している、ルシアン」
「……俺もだよ」
甘い空気が流れる。
もう、石なんてどうでもいい。
このままキスをして、引き分けで終わるのも悪くない――。
キラリ。
その時。
沈みかけた太陽の最後の光が、俺たちの足元の砂を照らした。
二人の靴のちょうど真ん中に、小さな光点があった。
それは、透き通るような桜色。
間違いなく、『マーメイド・ティア』だ。
「あっ」
「む」
俺とオルドリンは同時に気づいた。
そして、同時に動いた。
「見つけたッ!」
「もらったッ!」
ロマンチックな空気は一瞬で霧散した。
俺は冒険者の反射神経で手を伸ばす。
近い! 俺の方が体勢的に有利だ! 取れる!
――ヒュンッ!
風が吹いた、と思った時には遅かった。
俺の指先が砂に触れるより速く、白い影が残像を残してその石を掠め取っていた。
「……え?」
俺は砂に手をついたまま固まった。
目の前には、勝ち誇った顔でピンクの石を掲げるオルドリンの姿があった。
魔法を使った気配はない。純粋な身体能力と、瞬発力。
そして何より、「絶対にこのジンクスを成就させる」という、執念にも似た愛の加速だ。
「……勝負あり、だな」
オルドリンはニヤリと笑った。
その顔は、魔王のように不敵で、子供のように無邪気だった。
「うっわ……大人げなっ!」
俺は砂の上に座り込んだまま抗議した。
「そこは譲れよ! 雰囲気的に『二人で同時に触れる』とかあるだろ!?」
「勝負は非情なものだ、ルシアン。それに……」
彼は俺の前に片膝をつき、視線の高さを合わせた。
「この石は、私が手に入れなければならなかったんだ」
「なんでだよ」
「君に……プレゼントするために」
彼は俺の左手を取り、その手のひらに、拾ったばかりのピンクの石を乗せた。
夕陽を吸い込んで、石はほんのりと温かい。
「これは、君との『永遠』の予約チケットだ」
オルドリンは真剣な眼差しで俺を見つめた。
「私が勝った。……勝者の権利を行使する」
「……なんだよ」
「この石を、受け取ってほしい。そして……いくつになっても、こうして私の隣で、笑っていてほしい」
それは、俺が前に言った言葉だ。
彼は覚えていてくれたのだ。
「……ズルイな、アンタは」
俺は石を握りしめ、鼻の奥がツンとするのを堪えた。
勝負に勝って、こんな願い事をするなんて。
これじゃあ、俺の完敗じゃないか。
「……分かったよ。予約、受け付けてやる」
俺は彼の手を握り返し、精一杯の笑顔を見せた。
「一生、アンタの『重い愛』を笑って受け止め続けてやるよ。覚悟しとけ!」
「ふふ。……ああ、望むところだ」
太陽が完全に水平線の下に消え、一番星が輝き始める。
俺たちは波の音に包まれながら、長い口づけを交わした。
三番勝負、最終結果。
オルドリンの2勝1敗。
けれど、俺の手の中には勝利よりも価値のある、温かい約束が残った。
「さて、戻ろうか。セバスチャンが夕食の準備をしているはずだ」
「そうだな。……腹減ったー!」
俺は立ち上がろうとした。
その時、オルドリンが背中を向けた。
「乗れ」
「は?」
「暗くなってきた。足元が危ない」
「いや、歩けるって!」
「勝者の命令だ。……おんぶさせてくれ」
彼は少しだけ顔を振り返り、照れくさそうに言った。
「……君の温もりを、背中で感じたいんだ」
……本当に、どこまでも甘えたがりな旦那様だ。
俺はため息をつき、その広い背中に飛びついた。
「はいはい。……重いとか言うなよ?」
「羽のように軽いさ。……私の世界(すべて)を背負っているにしてはな」
「はいはい、ごちそうさま!」
俺たちは星空の下、海の上に浮かぶ白い道を、ゆっくりと歩いて帰った。
『脱・守られヒロイン』は、まだまだ先の話になりそうだ。
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