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第8章 俺たちは『完璧な姿』じゃなくて、『不器用な団らん』がしたい
第57話 噛み合わない家族論
しおりを挟むヴァーデル子爵家への里帰りを終え、俺たちは王都にあるクライス伯爵家の屋敷へと戻ってきていた。
あの「泥の巨人」討伐と、オルドリンによる過剰なアフターケアから数日。
俺たちは今、リビングのソファでぐったりと……いや、俺だけがぐったりとしていた。
「……なぁ、オルドリン」
「何だ、ルシアン」
「アンタの辞書に『適度』という言葉を書き足しておいてくれ。大至急だ」
俺の手には、先ほど商業ギルドの担当者に渡した『配送依頼書』の控えが握られている。
品目は『王都銘菓詰め合わせ』。
送り先は実家の弟、ジュリアンだ。
問題はその数量である。
「なぜだ? 義弟君は確かに『山ほど』と言った。だから私は、子爵家の裏庭に『菓子の山』を建設しようと設計図を引いたのだぞ? 子爵家の五倍ほどの高さの」
「それを止めさせたんだよ! アンタ、クッキーとマカロンで山を作ったらどうなると思う? 虫と魔獣が湧いて実家が滅ぶだろ!」
「ふむ……。管理魔法(サニタリー・コート)を掛ければ三ヶ月は持つ計算だったが」
「そういう問題じゃない。食べきれないだろ」
結局、俺が全力で止めに入り、「山ほど」の定義を「一生かかっても食べきれない量」から「毎日食べても半年は持つ量(これでも多い)」に下方修正させた。
それでも、大型馬車三台分のお菓子が実家に向かうことになったのだから、家族は絶句することだろう。
「……義兄としての威厳を見せたかったのだが」
「十分見せつけたって。あんな大量の高級菓子、ジュリアンも目を輝かせて喜ぶだろうよ」
「そうか? ……ならいい」
俺がフォローを入れると、不服そうだったオルドリンの機嫌が目に見えて回復した。
単純だ。
彼は「ふぅ」と一仕事終えた顔で、ソファに座る俺の身体にずしりと体重を預けてきた。
「配送手続きで一時間も離れ離れだった。……ルシアン成分を補給させてくれ」
「はいはい、どうぞ」
ここからが、いつもの時間の始まりだ。
窓から差し込む陽光よりも熱く、そして物理的に「重い」甘さに包まれていく。
「……ん、ぁ……ちょ、そこは擽ったいって……っ」
「動くな、ルシアン。まだ足りない」
「アンタ、さっきから吸いすぎ……!」
リビングの広々としたソファの上。
俺は今、銀髪の魔王――オルドリンによって、クッションもろとも完全に捕獲されていた。
後ろから覆い被さるように抱きしめられ、逃げ場はない。
それだけならまだいい(よくないが)。問題なのは、彼が俺の首筋に顔を埋め、スーハースーハーと深呼吸を繰り返しながら、隙あらば耳の裏やうなじにリップ音を落としていることだ。
「はぁ……最高だ。君からは陽だまりのような匂いがする」
「汗くさいだけだって」
「いいや、これは『聖成分(ルシアン・エレメント)』だ。離れていた三日間の禁断症状が、ようやく癒やされていく……」
オルドリンは陶酔した声で囁くと、俺の鎖骨あたりに愛おしげに頬ずりをした。
その銀髪がさらさらと肌をくすぐり、背中に密着した体温がじわりと伝わってくる。
外では「氷の魔王」と恐れられ、絶対零度の瞳で他者を射抜く男が、俺の前ではただの「甘えん坊の大型犬」になり下がる。
しかも今の彼は、実家での分離不安を経て、甘えん坊レベルがカンストしていた。
「ルシアン、こっちを向いてくれ」
「……なんだよ」
俺が首だけで振り返ると、至近距離に国宝級の美貌があった。
氷のような瞳が、熱っぽい色でとろりと俺を見つめている。
「愛している」
「……はいはい」
「つれないな。だが、照れて耳が赤くなっているところも愛おしい」
チュッ、と音を立てて、彼が俺の耳たぶにキスを落とす。
俺はカッと顔が熱くなるのを感じた。
「っ、不意打ちすんな!」
「君が可愛すぎるのが悪い。……ああ、その唇も、私だけのものだ」
言うが早いか、オルドリンの長い指が俺の顎を掬い上げ、角度を変える。
重ねられた唇は柔らかく、甘い。
一度では終わらず、角度を変えて二度、三度と啄まれ、深いキスへと誘われる。
抵抗しようにも、腰に回された腕がガッチリとホールドしていて動けない。というか、俺自身もだいぶ絆されてしまっているのが悔しい。
「……んっ、ぷはっ! ……もういいだろ、休憩時間だぞ」
「だから休憩している。君を愛でることが、私にとって至高の休息なのだから」
オルドリンは満足げに目を細め、俺の手を取ると、その指先一本一本にまで恭しく口づけを落とし始めた。
まるで教徒が神像に祈るような手つきだ。
「私のルシアン。君が隣にいて、こうして触れられる現実が、私にはまだ夢のように思える時がある」
「まだそんなこと言ってんのかよ。ほら、痛いだろ?」
俺は彼の頬をむにーっと摘んで引っ張った。
「むぐ……痛い。だが、君の手なら痛みすらご褒美だ」
「重症だな、アンタ……」
俺は呆れつつも、引っ張っていた手を離し、そのまま彼の手を握り返した。
弟へのお菓子も無事に(?)手配できたし、実家の問題はこれですべて片付いたと言っていい。
平和だ。
砂糖壺をひっくり返したような甘ったるい時間。
俺はこの心地よい重みに身を預けながら、ふと、先ほどのお菓子騒動で考えていたことを切り出した。
「なあ、オルドリン」
「何だ? もっと激しいのがいいか? 寝室へ移動するか?」
「休憩を逸脱しようとすんな。……そうじゃなくてさ」
俺は彼の指を弄りながら、本題に入った。
「今回の里帰り、ダンジョンはさておき、俺の家族に良くしてくれただろ? 兄貴や父さんたちの誤解も解けたし、ジュリアンへの約束も、その……量はともかく、守ってくれたし」
「礼には及ばない。君を育んだ環境を守り、義弟の笑顔を作るのは、夫として当然の義務だ」
「ああ、本当に感謝してる。……だからさ、次は俺の番だと思って」
俺は彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「俺の家族にあれだけしてもらったんだ。次は俺も、オルドリンの家族に挨拶に行かないとな」
俺たちは夫婦であり、数々の修羅場を乗り越えた「相棒」だ。
俺の実家には(結果的に)挨拶に行けた。ならば、相手の実家にも顔を出すのが「筋」というものだろう。
魔王と恐れられる彼のことだ、きっと一筋縄ではいかない家族なのだろうが、パートナーとしてけじめはつけておきたかった。
「伯爵家に挨拶なんて、何を用意したらいいんだろ。やっぱり高級な菓子折りか? それとも実家から『沼香草』でも取り寄せるか? ……あ、いや、あれはアンタが消し飛ばそうとしたからダメか」
ご家族は何が好きなんだろう。
俺が問いかけると、オルドリンは俺の手の甲に頬を擦り付けたまま、きょとんとした顔で瞬きをした。
そして、本当に不思議そうに、さらりと言った。
「家族は君だけだが」
「……は?」
「?」
会話が、止まった。
俺とオルドリンの間に、目に見えない「?」マークが浮かぶ。
いやいや、待て待て。
「家族が俺だけって、そんなわけないだろ。アンタの母親とか、育ててくれた人とか……ほら、いるだろ? この屋敷だって、代々受け継いできたもんなんじゃないのか?」
「ああ、そういうことか」
オルドリンは納得したように頷いたが、すぐにまた不思議そうな顔に戻る。
俺を抱きしめる腕にギュッと力を込め、耳元で甘く囁くように続けた。
「だが、挨拶に行く必要はないぞ。私の家族は、現在進行形で私の腕の中にいるのだから」
(……どういうことだ?)
俺は内心で首をひねった。
言葉通りの意味なのか、それともいつもの「オルドリン語(愛のフィルター)」による超翻訳なのか。
以前、俺が「日焼け」しただけで「皮膚が剥がれ落ちる奇病」だと周囲に喧伝した男だ。今回もまた、独自の解釈が炸裂している可能性がある。
例えば、家族と絶縁しているとか。あるいは、会わせたくないほど危険な人物だとか。
結婚が決まった時、俺が旦那様に興味ゼロだったせいで、その辺の事情を全く聞けていなかったという落ち度もあるが……先代は亡くなってるにしても、俺だけってことはないだろう。
「えっと……それは、会わせたくない事情があるとか、そういう感じか? めちゃくちゃ怖いとか」
「怖い? 君は私を怖がらないのに、他に怖いものなどないだろう」
「じゃあ、俺が挨拶したいって言ってもダメなのか?」
「ダメではないが……君が挨拶したいなら、セバスチャンを呼ぶが……」
「は? なんでそこでセバスチャンが出てくるんだ?」
俺の頭の中は、疑問符で埋め尽くされた。
オルドリンの言っていることが、根本的に噛み合わない。
俺は「親族」の話をしているのに、彼はなぜか執事を呼ぼうとしている。
「君が会いたいなら呼ぶぞ? 彼なら今、厨房でおかわりのお茶を準備しているはずだ」
「いや、そうじゃなくて! 俺が会いたいのはアンタの『血縁』のことであって、執事のセバスチャンじゃなくてだな……」
堂々巡りだ。
互いに顔を見合わせ、沈黙が落ちた甘ったるいリビングルーム。
そこへ、タイミングを見計らったかのように、静かな足音が近づいてきた。
「……お呼びでしょうか、旦那様」
ワゴンを押して現れたのは、話題の主である万能執事、セバスチャンだった。
彼は銀のトレイに載ったティーセットをテーブルに置きながら、眼鏡の奥の瞳をすっと細めた。俺たちの間の、奇妙にねじれた空気を感じ取ったようだ。
「お茶をお持ちしましたが……何やら、込み入ったお話のご様子で」
セバスチャンが視線を俺とオルドリン(まだ密着中)に行き来させる。
俺は助け舟を求めるように、彼に声をかけた。
「ああ、セバスチャン、ちょうどよかった。今、オルドリンの家族に挨拶に行きたいって話をしてたんだけど……全然話が通じなくてさ」
「家族に、ご挨拶ですか」
セバスチャンは一瞬、眉を動かした。
彼は恭しく一礼すると、静かに口を開いた。
「……奥様。恐れながら、その件につきましては、私がご説明差し上げるのがよろしいかと存じます」
その声のトーンは、いつになく真剣だった。
俺はごくりと唾を飲み込む。
やはり、何かあるのか。魔王を生んだ一族の、触れてはいけない闇が。
俺はオルドリンの腕を少しだけ解いて向き直り(彼は不満そうに唸ったが)、覚悟を決めてセバスチャンの話を聞くことにした。
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