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第2話「15年越しの再会」
しおりを挟む洞窟での再会は、静かに、けれど確かな熱を孕みながら続いていた。
レオンハルトは、まるで最初からこの場所に住むつもりだったかのように、着々と生活の場を築いていった。初日は焚き火と毛布だけだったが、翌日にはテント、保存食、魔術用のランタン、そして大小さまざまな生活道具が、洞窟の奥へと次々に運び込まれた。
冷たい空気に満ちた石の空間は変わらないのに、薪のはぜる音、布が擦れる音、足音、何かを置く音──レオンハルトの動作のすべてが、この閉ざされた空間に小さな温度をもたらしていく。無機質な沈黙に、人間の気配がじわじわと沁み込んでいくようだった。
(……本当に暮らす気か、ここで)
呆れたような、しかしどこか諦めの滲んだ思いで、俺は彼の姿を見ていた。王族らしい所作のまま、彼は淡々と床を掃き、封印石のまわりを清めていく。動きに無駄はなく、けれど不器用な優しさが滲んでいた。
けして、喜びに満ちた顔ではなかった。
ただ何かを見据えるように、ひたすらまっすぐで、それでいてどこか寂しげなまなざし。
(……昔から、そうだったよな)
その瞳に宿る揺るがない信念と、誰かをひたむきに思う強さ。子どもだった頃と、何一つ変わらない……どころか、今の彼には、時を超えた強さが加わっていた。
ふと、作業の合間にのぞく彼の腕に、細かな傷跡がいくつも浮かんでいるのが目に入る。旅の最中に負ったものだろう。どれほどの険しい道のりを経てここへ辿り着いたのか──それを示すような静かな証だった。
それでも彼は一切の弱音を吐かない。ただ黙々と、まるで聖域を清める神官のように、封印石の周囲を整え続ける。
「……私は、あのとき。あなたを救えませんでした」
その言葉が落ちたのは、五日目の夜のことだった。
焚き火の炎が、彼の顔を揺らめく影とともに照らし出す。目を伏せながら、レオンハルトはぽつりと呟いた。
「王も、兄も……あなたの力を“脅威”と断じました。かつてあなたを称えた人々も、口を揃えて同じことを言った。……私は、一人で泣いて、叫んで、訴えて……けれど、子供の私には、それを覆す力はなかった」
声が震えていた。けして大きな声ではないのに、その言葉のすべてが、まるで俺の内側へ直接流れ込んでくるようだった。
「どうすれば、あなたを“生かす”ことができるのか──必死に考えて。……唯一の答えが、“封印”だったのです」
怒りでもなければ、誰かを責める声音でもない。そこにはただ、己の無力さへの深い悔いと、いつか赦されることを祈るような、静かな響きがあった。
(……やっぱり、お前だったんだな)
かつて俺を封印したのは、表向きには“あの知人”だった。だが、本当は。あのとき、封印という選択肢を選び、俺を「この世に留める」ことを選んだのは、レオンハルト──お前だったのか。
「王位継承権を捨てました。それと引き換えに、あなたの“石”の保護を申し出たのです。正式に所有権を得るために、書類を何度も書き直して……それでも、石の場所だけは教えてもらえなかった」
レオンハルトの声がかすかに震える。今もなお、あの時の怒りと無力感が、彼の中に深く残っているのだろう。
「“決して探すな”。それが、兄の命令でした」
焚き火の明かりに、彼の拳がぎゅっと握られるのが見えた。手の甲には、血管が浮き出ている。
「でも……私は諦めませんでした。王都の地下、禁書庫、古文書──何年も、何十の伝承を読み漁って。地図を写し、地形を比べて……ようやく辿り着いたのが、ここ。十五年かかって、ようやく……あなたに会えました」
その言葉が、石の中の俺の胸にじわりと沈んでいく。
(……十五年)
それは、俺にとっては何の実感もない時間だった。
ただの暗闇、ただの沈黙、ただの無。季節も風も音さえない場所で、時間の輪郭はとっくに溶けていた。
だが、レオンハルトにとっての十五年は、きっと違う。
一日一日、誰にも認められぬまま積み上げてきた日々。思い出すだけで傷が開くような絶望の中で、それでもただ、俺を探し続けてきた時間──
その重さが、冷たく固まったはずの心の底に、じん、と音を立てて染み込んできた。
十五年という歳月は、一人の少年を、十分すぎるほど成熟した男へと変えるのに足る時間だった。レオンハルトの肩幅は広くなり、声は落ち着きを帯びた低音に変わっていた。
けれど──俺に向けられる想いだけは、幼い頃と何一つ変わっていなかった。純粋で、一途で、熱を失わずに、ずっと灯り続けていた。
「……あなたに会いたかった。ずっと……あなたが、私の中で色褪せずに、笑いかけてくれていたから」
イグニスの胸に、不思議な痛みが走った。微かだが、確かに鋭い痛みだった。それは、何かに強く、強く共鳴するような感覚だった。
(……なんだよ、この気持ち)
名前のない痛みが、静かに渦を巻く。苦しみとも違う。後悔とも、安堵とも違う。ただ、確かにそこにある、何かの芽のようなものだった。
焚き火の炎がぱちりと弾けて、洞窟の壁にレオンハルトの影を揺らす。その横顔を、必死に目で追う。輪郭を、表情を、思い出すように、焼きつけるように──
レオンハルトの手が、そっと濡れた布を取った。
そして、丁寧に──本当に、丁寧に、俺の石の表面を拭きはじめる。年を経てこびりついた汚れ、魔力の澱のようなものが、彼の穏やかな手つきで、少しずつ剥がされていく。
「……やっと、ちゃんと……見えた」
その瞳が、まっすぐ俺に向けられる。封印の術で曇っていた輪郭。結晶化した魔力の膜。少しずつ拭われ、ようやく見えた俺の顔に、彼はそっと手を重ねる。
まるで祈るように。その手は、触れることすら叶わないはずの俺に、あたたかな感触を錯覚させた。
──やわらかくて、優しくて。俺という存在を、何よりも大切に扱うような手のひら。
「……こんな悲しい顔を、していたのですね。……私が、あなたをこんな顔に……」
(ちがう……)
叫びたいのに、声が出ない。そんなつもりじゃなかった。俺が沈んでいたのは、孤独のせいで、絶望のせいで……お前のせいなんかじゃ、断じてなかった。
それでも彼は、自分の罪だと信じて、俺の前でまた、静かに泣いた。零れた涙が石に落ち、ひとしずく、またひとしずくと沁みていく。その音が、まるで俺の心臓を打つように、確かに響いた。
十五年分の後悔と、十五年分の祈りが、その涙に込められていた。それが、ゆっくりと、閉ざされていた俺の胸に染み込んでいく。
(……俺は、あのとき見失っていた。力を持つ意味も、戦う理由も、守るべきものさえ)
ただ、走って、戦って、勝ち続けて……気づけば、すべてを怖がらせていた。それでもなお、こんなふうに、俺という“人間”を見つけてくれる者がいた。
(今は……お前のために、何かをしたいって思ってる。俺という存在を……たった一人の人間として、愛してくれるお前のために)
どこにも届かない言葉が、胸の奥で小さな光を灯した。
それは、生きたいという願いだった。十五年もの間、死ぬことすら許されなかった俺に、ようやく芽生えた──新しい願い。
その夜、レオンハルトが静かな寝息を立てながら眠る傍で、俺の意識は目を閉じることもなく、そっとその小さな火を抱き続けていた。
誰にも気づかれないように、そっと。封印石の表面が、かすかに淡く光を帯びていた。それは、長い沈黙の果てに芽生えた、生への意志のきらめきだった。
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