世界の秩序を守るため、悪役になります!〜悪役特典でチート無双!?早期退場を目指しているのに、覚醒したはずの彼が離してくれません〜

キノア9g

文字の大きさ
1 / 5

第1話:リクルート・オブ・ヴィランズ

しおりを挟む

 気がつくと、俺は見知らぬ真っ白な世界に立っていた。
 足元には境目のない白が広がり、天井も見えない。
 俺は……誰だっけ。
 名前を思い出そうとするが、霧がかかったように出てこない。自分の顔立ちすら思い出せない。ただ一つ確かなのは、俺の人生が終わったということだけだ。それも、あまり良くない終わり方だった気がする。

 ふと周りを見渡すと、俺と同じように呆然と立ち尽くす人々がいた。
 ……なんだ、この集団は。
 どいつもこいつも、髪の色がやたらとどぎつい。毒々しい紫、血のような赤、深海のような濃紺。しかも、なぜか吊り目の人間が多い気がする。
 派手なドレスを身に纏った女、禍々しい鎧を着た男。その身から漂う空気は、明らかに一般人のそれではない。

 どこかで見たことがある。
 誰だっけ、あの巻き髪の女。あの強面の男。
 喉元まで出かかっているのに言葉にならない、もどかしい感覚。
 俺は首を傾げ、記憶の糸を手繰り寄せる。
 派手な見た目。高圧的な態度。そして、その身から漂う独特の悲壮感。

 ――そうだ! 物語の悪役たちだ!

 雷に打たれたように記憶が蘇る。視界が急速にクリアになり、自分自身の輪郭もはっきりと思い出した。そうだ、俺もまた、彼らと同じ側にいた人間だ。
 あそこの巻き髪は、ゲームでヒロインをいじめ抜いて国外追放された公爵令嬢。向こうで腕を組んでいるのは、勇者に討たれた魔王軍の将軍。
 芋蔓式に思い出されていくその衝撃で、俺は自分自身のことも思い出した。
 しがない社畜だった俺は、とある物語の「悪役」に転生した。
 俺は転生者だったのだ。

「……って、なんで死んだ後に思い出してんだよ」

 思わず口をついて出たツッコミは、周囲のざわめきにかき消された。
 キャラの名前までは思い出せないが、自分の末路はありありと思い出せる。
 主人公の邪魔をする小悪党として暗躍し、最後は自分の策に溺れて命を散らした。痛みと絶望、そして「やっと終わった」という奇妙な安堵感。とてもいい死に方だったとは思えない。

 そんな俺たちの前に、突如として空間が歪み、謎の人物が現れた。
 年齢も不詳。ただ、貼り付けたような完璧な笑顔を浮かべた、白衣の人物だ。

「悪役の皆様、お疲れ様でした。あなた方のおかげで、世界はつつがなく平和に保たれています」

 性別を感じさせない、高くも低くもない不思議な響きの声だった。
 管理者、あるいは神の使いとも呼べそうなその人物は、慇懃無礼なほど丁寧に頭を下げた。

「皆様は、世界の『均衡』を保つために必要な『試練』としての役割を全うされました。苦労され、壮絶な経験をされた方が多数かと思います。理不尽な断罪、予定調和の敗北……心よりお見舞い申し上げます」

 その言葉に、周囲の空気が少し緩むのがわかった。
 誰もが、自分の人生が「理不尽」だったと感じていたのだ。それを肯定されたことで、毒気が少し抜かれたのだろう。

「そこで。次回の転生では、素敵な能力たちと共に平和に暮らせるようサポートいたします! あなた方が主役となる、幸せな第二の人生をご用意させていただきます」

 その場がどっと沸いた。
 力、富、地位。どれも高待遇から始められるらしい。
 ある者は「次は王として君臨できるのか」と目を輝かせ、ある者は「今度こそ愛する人と」と涙ぐむ。
 俺もまた、安堵の息を漏らした一人だった。
 もう、あんなふうに誰かを陥れる策を練ったり、正義の味方に怯えたりしなくていいのだ。次の人生は田舎で畑でも耕して暮らそう。そう思った。

 しかし。

「ただ、一つだけ、お願いがございます」

 管理者は、にっこりと笑ったまま、指を一本立てた。

「……もう一度、悪役をやっていただけないでしょうか?」

 シン、と静まり返る空間。
 何を言われたのか理解できない、といった顔で全員が管理者を見つめる。もちろん俺もだ。

「いえ、皆様のお気持ちは痛いほど分かります! ですが、どうしても人材が不足しておりまして……。悪役をやりたがる魂(ひと)がいないため、元々悪役としての適性が高く、実績のある皆様なら受け入れやすいだろうと、こうしてお声をかけさせていただいているのです」

 世界の秩序を守るため、もう一度悪役になってほしいというのである。
 やっぱり上手い話なんてあるわけがなかったのだ。
 途端にざわつきだすその場。皆、悪役の末路という苦痛を骨の髄まで知っている。

「ふざけるな! またあんな思いをさせるのか!」
「私はもう疲れたんだ……」

 落胆するもの、悩むもの、中には「次はもっと上手くやってやる」と悪どく笑う戦闘狂もいるが、大半は拒否反応を示していた。俺だって御免だ。

 ここで、勇気ある誰かが手を挙げた。Q&Aの時間のようだ。

「どんな人生になるかは選べるのですか?」

「それは、ご自身で決めていただいて結構です。家柄、才能、容姿。すべて最高ランクのものをご用意します。ただし、『悪役』として、一定期間過ごしていただき、とある方の覚醒を促せましたら、ご退場という形で構いません」

 退場。つまり、物語からのフェードアウトだ。

「覚醒が失敗したら、どうなる?」

「どうもなりませんが、悪役期間が長引くと思っていただければ。結末もご自身で決められなくなる可能性はございます。まあ、皆様なら大丈夫ですよ」

 無責任な笑顔だった。
 別の者が食ってかかる。

「覚醒させるだけなら、悪役じゃなくてもいいんじゃないか? 師匠とか、ライバルとか!」

「その可能性もなくはありません。ただ、これまでの経験上、かなり難しいかと思います。人は平穏な環境では成長しません。理不尽な悪意、圧倒的な絶望、奪われる喪失感……人は窮地の時こそ、進化を遂げるのです」

 なるほど、と俺は妙に納得してしまった。
 要するに、ブラック企業の中間管理職のようなものだ。
 将来有望な新入社員(ヒーロー)を育てるために、あえて厳しく当たり、壁となり、乗り越えさせるための踏み台。
 それを、一定期間勤め上げ、とある方とやらを覚醒させれば、力、富、地位全てを持ったまま退場できる可能性があるということである。しかも、引退後の人生は完全保証。

 俺は頭の中でそろばんを弾いた。
 前世の俺は、小悪党だった。世界征服なんて大それた野望はなく、ただ自分の安泰のために動いて、結果的に破滅した。
 俺が求めているのは「権力」でも「復讐」でもない。

 ――平穏だ。

 誰にも邪魔されず、誰の顔色も窺わず、ただ好きなように生きて、好きな時に寝る。そんな生活だ。
 もし、ここで「悪役やりません」と言って、一般人として転生したらどうなる?
 能力も地位もないまま、また運命に翻弄されるかもしれない。魔王軍に村を焼かれる農民Aになり、為す術なく理不尽に死ぬかもしれない。
 ……冗談じゃない。

 それならば。
 ここまでお膳立てされるなら、利用してしまえばいいのではないか?
 最高の地位と能力をもらって、サクッと仕事を終わらせて、あとは悠々自適な隠居ライフ。
 悪役のノウハウはある。心の痛まない程度の嫌がらせをして、適当にヒーローを煽ればいいだけだ。

 断るには惜しい条件だった。
 リスクはあるが、リターンがでかい。
 周囲が躊躇している今こそ、好条件を引き出すチャンスだ。

「俺、やります!」

 気づけばそう答えていた。
 周囲の視線が一斉に俺に集まる。「正気か?」という目と、「勇気があるな」という目が入り混じる。
 管理者の顔が、パァッと輝いた。

「素晴らしい! 第一号ですね! ありがとうございます、その英断に敬意を表します。さあさあ、こちらへ!」

 俺は手招きされ、他の悪役たちから離れた個別のカウンターへと案内された。まるで役所の窓口のようだ。
 管理者は空中にホログラムのようなウィンドウを展開した。

「では、詳細を詰めましょうか。ご希望の条件は?」
「まず、引退後の生活について確約が欲しいです」

 俺は身を乗り出した。ここが一番重要だ。

「俺は、人間関係に疲れているんです。退場後は、誰にも関わらず、一人でのんびり暮らしたい。例えば……そう、無人島とか」

「無人島! いいですね、ロマンがあります。ご用意しましょう、世界地図に載っていない、極上の孤島を」

「そこでの生活に不自由しない能力もください。俺一人で、家も建てられて、飯も作れて、インフラも整備できるような……こう、何でも作れるチート能力が欲しいです」

「承知しました。スキル『万物創造(クラフト・マスター)』を付与します。魔力と素材がある限り、イメージしたものを何でも具現化できる能力です。城でも温泉でも作り放題ですよ」

 素晴らしい。DIYに憧れていた俺には垂涎の能力だ。

「あと、退場した後に、復讐とかで追いかけられると面倒なので……絶対に誰も入ってこれないような防御力も」

「では、『絶対防御(サンクチュアリ)』もセットで。物理、魔法、精神干渉、すべてを遮断する結界能力です」

「完璧すぎる……」

 思わず口元が緩む。これさえあれば、引きこもり生活は約束されたも同然だ。

「では、肝心の『転生先』の情報ですが……」

 管理者がウィンドウを操作すると、一人の青年のプロフィールが表示された。
 金髪碧眼、いかにも「光属性」といった風貌の美少年。

「今回のターゲットは、この『ライオネル・ブレイブ』君です。とある王国の平民出身ですが、実は強大な魔力を秘めています。ですが、性格が優しすぎて、力が発現していないんです」

「なるほど。彼をいじめて、怒らせて、覚醒させればいいわけですね」

「仰る通りです。貴方様の新しい体は、この国の大貴族ヴァイオレット公爵家の長男、『ミシェル・ヴァイオレット』。地位も権力も、ライオネル君を追い詰めるには十分すぎるスペックです」

 画面に映し出された新しい「俺」の姿。
 艶やかな紫の髪に、切れ長の黒い瞳。美しいが、どこか冷たさを感じさせる顔立ちだ。黙って立っているだけで「何か企んでいそう」に見える、悪役のサラブレッドである。

「ただ、一つ懸念がありまして……」

 俺は少し言い淀んだ。

「俺、なんていうか……詰めが甘いというか、迫力が足りないって他の悪党によく言われてたんですよね」

「ご安心ください! そんな貴方様のために、『悪役ナビゲーター』を搭載しておきます」

「ナビゲーター?」

「はい。その場面に最適な『悪役としてのセリフ』や『行動』を脳内に直接アナウンスするサポートシステムです。それに従っていれば、誰でもカリスマ悪役になれますよ。さらに、効率的に相手のメンタルを削るための『追放レート』や『覚醒ゲージ』も可視化できるようにしておきます」

 至れり尽くせりだ。
 これなら、演技力に少し自信がない俺でも、マニュアル通りにこなすだけでミッションコンプリートできる。

「やります。ぜひやらせてください」
「契約成立ですね! それでは、良き悪役ライフを!」

 管理者が指を鳴らす。
 足元の白が消え、俺の体は光の粒子となって吸い込まれていく。
 高待遇スタート。強力なチート能力。そして完全な引退計画。
 完璧だ。これから始まるのは、少しの労働と、その後に待つ永遠のバカンス。

 俺は意気揚々と、新たな世界へとダイブした。

 ――この時の俺は、まだ知らなかったのだ。
 「サポートの指示通り」に動くことが、どれほど危険なことかを。
 そして、ターゲットであるライオネルという男が、俺の想像を遥かに超える「ポジティブ思考の怪物」であることを。


 ◇◇◇

 気がつくと、俺は豪奢な天蓋付きベッドの上にいた。
 最高級の絹のシーツの感触。窓から差し込む朝日は柔らかく、小鳥のさえずりが聞こえる。
 起き上がって鏡を見ると、そこには先ほど見た通りの、紫髪の美少年が映っていた。
 ミシェル・ヴァイオレット。今日から俺はこの男として生きる。

『おはようございます、マスター・ミシェル』

 脳内に、機械的な女性の声が響いた。特典の『悪役ナビゲーター』だ。

「ああ、おはよう。これからよろしく頼むよ」

『システム起動確認。本日はアステリア魔法学園の入学式です。ターゲットであるライオネルとの初接触イベントが発生します』

「いきなりか。まあ、早い方がいい。で、俺はどうすればいい?」

『推奨アクション:登校中の馬車でターゲットとすれ違いざまに、泥水をかける。または、校門でぶつかって「気安く触れるな」と罵倒する』

「……泥水は洗濯が大変そうで可哀想だな。校門での罵倒にしよう」

 俺は鏡の中の自分に向かって、ニヒルな笑みの練習をした。
 引きつっていた。
 どう見ても「腹痛を我慢している人」だ。
 だが、俺の本来の性格など関係ない。これは仕事だ。心を無にして、台本を読み上げるだけの簡単なお仕事。

「よし、行くか」

 俺は貴族の制服に袖を通し、戦場(学園)へと向かった。
 目指すは早期退場。そして、夢の無人島スローライフ。
 待ってろよ、俺の平和!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

王子に彼女を奪われましたが、俺は異世界で竜人に愛されるみたいです?

キノア9g
BL
高校生カップル、突然の異世界召喚――…でも待っていたのは、まさかの「おまけ」扱い!? 平凡な高校生・日当悠真は、人生初の彼女・美咲とともに、ある日いきなり異世界へと召喚される。 しかし「聖女」として歓迎されたのは美咲だけで、悠真はただの「付属品」扱い。あっさりと王宮を追い出されてしまう。 「君、私のコレクションにならないかい?」 そんな声をかけてきたのは、妙にキザで掴みどころのない男――竜人・セレスティンだった。 勢いに巻き込まれるまま、悠真は彼に連れられ、竜人の国へと旅立つことになる。 「コレクション」。その奇妙な言葉の裏にあったのは、セレスティンの不器用で、けれどまっすぐな想い。 触れるたび、悠真の中で何かが静かに、確かに変わり始めていく。 裏切られ、置き去りにされた少年が、異世界で見つける――本当の居場所と、愛のかたち。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

処理中です...