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第1話:リクルート・オブ・ヴィランズ
しおりを挟む気がつくと、俺は見知らぬ真っ白な世界に立っていた。
足元には境目のない白が広がり、天井も見えない。
俺は……誰だっけ。
名前を思い出そうとするが、霧がかかったように出てこない。自分の顔立ちすら思い出せない。ただ一つ確かなのは、俺の人生が終わったということだけだ。それも、あまり良くない終わり方だった気がする。
ふと周りを見渡すと、俺と同じように呆然と立ち尽くす人々がいた。
……なんだ、この集団は。
どいつもこいつも、髪の色がやたらとどぎつい。毒々しい紫、血のような赤、深海のような濃紺。しかも、なぜか吊り目の人間が多い気がする。
派手なドレスを身に纏った女、禍々しい鎧を着た男。その身から漂う空気は、明らかに一般人のそれではない。
どこかで見たことがある。
誰だっけ、あの巻き髪の女。あの強面の男。
喉元まで出かかっているのに言葉にならない、もどかしい感覚。
俺は首を傾げ、記憶の糸を手繰り寄せる。
派手な見た目。高圧的な態度。そして、その身から漂う独特の悲壮感。
――そうだ! 物語の悪役たちだ!
雷に打たれたように記憶が蘇る。視界が急速にクリアになり、自分自身の輪郭もはっきりと思い出した。そうだ、俺もまた、彼らと同じ側にいた人間だ。
あそこの巻き髪は、ゲームでヒロインをいじめ抜いて国外追放された公爵令嬢。向こうで腕を組んでいるのは、勇者に討たれた魔王軍の将軍。
芋蔓式に思い出されていくその衝撃で、俺は自分自身のことも思い出した。
しがない社畜だった俺は、とある物語の「悪役」に転生した。
俺は転生者だったのだ。
「……って、なんで死んだ後に思い出してんだよ」
思わず口をついて出たツッコミは、周囲のざわめきにかき消された。
キャラの名前までは思い出せないが、自分の末路はありありと思い出せる。
主人公の邪魔をする小悪党として暗躍し、最後は自分の策に溺れて命を散らした。痛みと絶望、そして「やっと終わった」という奇妙な安堵感。とてもいい死に方だったとは思えない。
そんな俺たちの前に、突如として空間が歪み、謎の人物が現れた。
年齢も不詳。ただ、貼り付けたような完璧な笑顔を浮かべた、白衣の人物だ。
「悪役の皆様、お疲れ様でした。あなた方のおかげで、世界はつつがなく平和に保たれています」
性別を感じさせない、高くも低くもない不思議な響きの声だった。
管理者、あるいは神の使いとも呼べそうなその人物は、慇懃無礼なほど丁寧に頭を下げた。
「皆様は、世界の『均衡』を保つために必要な『試練』としての役割を全うされました。苦労され、壮絶な経験をされた方が多数かと思います。理不尽な断罪、予定調和の敗北……心よりお見舞い申し上げます」
その言葉に、周囲の空気が少し緩むのがわかった。
誰もが、自分の人生が「理不尽」だったと感じていたのだ。それを肯定されたことで、毒気が少し抜かれたのだろう。
「そこで。次回の転生では、素敵な能力たちと共に平和に暮らせるようサポートいたします! あなた方が主役となる、幸せな第二の人生をご用意させていただきます」
その場がどっと沸いた。
力、富、地位。どれも高待遇から始められるらしい。
ある者は「次は王として君臨できるのか」と目を輝かせ、ある者は「今度こそ愛する人と」と涙ぐむ。
俺もまた、安堵の息を漏らした一人だった。
もう、あんなふうに誰かを陥れる策を練ったり、正義の味方に怯えたりしなくていいのだ。次の人生は田舎で畑でも耕して暮らそう。そう思った。
しかし。
「ただ、一つだけ、お願いがございます」
管理者は、にっこりと笑ったまま、指を一本立てた。
「……もう一度、悪役をやっていただけないでしょうか?」
シン、と静まり返る空間。
何を言われたのか理解できない、といった顔で全員が管理者を見つめる。もちろん俺もだ。
「いえ、皆様のお気持ちは痛いほど分かります! ですが、どうしても人材が不足しておりまして……。悪役をやりたがる魂(ひと)がいないため、元々悪役としての適性が高く、実績のある皆様なら受け入れやすいだろうと、こうしてお声をかけさせていただいているのです」
世界の秩序を守るため、もう一度悪役になってほしいというのである。
やっぱり上手い話なんてあるわけがなかったのだ。
途端にざわつきだすその場。皆、悪役の末路という苦痛を骨の髄まで知っている。
「ふざけるな! またあんな思いをさせるのか!」
「私はもう疲れたんだ……」
落胆するもの、悩むもの、中には「次はもっと上手くやってやる」と悪どく笑う戦闘狂もいるが、大半は拒否反応を示していた。俺だって御免だ。
ここで、勇気ある誰かが手を挙げた。Q&Aの時間のようだ。
「どんな人生になるかは選べるのですか?」
「それは、ご自身で決めていただいて結構です。家柄、才能、容姿。すべて最高ランクのものをご用意します。ただし、『悪役』として、一定期間過ごしていただき、とある方の覚醒を促せましたら、ご退場という形で構いません」
退場。つまり、物語からのフェードアウトだ。
「覚醒が失敗したら、どうなる?」
「どうもなりませんが、悪役期間が長引くと思っていただければ。結末もご自身で決められなくなる可能性はございます。まあ、皆様なら大丈夫ですよ」
無責任な笑顔だった。
別の者が食ってかかる。
「覚醒させるだけなら、悪役じゃなくてもいいんじゃないか? 師匠とか、ライバルとか!」
「その可能性もなくはありません。ただ、これまでの経験上、かなり難しいかと思います。人は平穏な環境では成長しません。理不尽な悪意、圧倒的な絶望、奪われる喪失感……人は窮地の時こそ、進化を遂げるのです」
なるほど、と俺は妙に納得してしまった。
要するに、ブラック企業の中間管理職のようなものだ。
将来有望な新入社員(ヒーロー)を育てるために、あえて厳しく当たり、壁となり、乗り越えさせるための踏み台。
それを、一定期間勤め上げ、とある方とやらを覚醒させれば、力、富、地位全てを持ったまま退場できる可能性があるということである。しかも、引退後の人生は完全保証。
俺は頭の中でそろばんを弾いた。
前世の俺は、小悪党だった。世界征服なんて大それた野望はなく、ただ自分の安泰のために動いて、結果的に破滅した。
俺が求めているのは「権力」でも「復讐」でもない。
――平穏だ。
誰にも邪魔されず、誰の顔色も窺わず、ただ好きなように生きて、好きな時に寝る。そんな生活だ。
もし、ここで「悪役やりません」と言って、一般人として転生したらどうなる?
能力も地位もないまま、また運命に翻弄されるかもしれない。魔王軍に村を焼かれる農民Aになり、為す術なく理不尽に死ぬかもしれない。
……冗談じゃない。
それならば。
ここまでお膳立てされるなら、利用してしまえばいいのではないか?
最高の地位と能力をもらって、サクッと仕事を終わらせて、あとは悠々自適な隠居ライフ。
悪役のノウハウはある。心の痛まない程度の嫌がらせをして、適当にヒーローを煽ればいいだけだ。
断るには惜しい条件だった。
リスクはあるが、リターンがでかい。
周囲が躊躇している今こそ、好条件を引き出すチャンスだ。
「俺、やります!」
気づけばそう答えていた。
周囲の視線が一斉に俺に集まる。「正気か?」という目と、「勇気があるな」という目が入り混じる。
管理者の顔が、パァッと輝いた。
「素晴らしい! 第一号ですね! ありがとうございます、その英断に敬意を表します。さあさあ、こちらへ!」
俺は手招きされ、他の悪役たちから離れた個別のカウンターへと案内された。まるで役所の窓口のようだ。
管理者は空中にホログラムのようなウィンドウを展開した。
「では、詳細を詰めましょうか。ご希望の条件は?」
「まず、引退後の生活について確約が欲しいです」
俺は身を乗り出した。ここが一番重要だ。
「俺は、人間関係に疲れているんです。退場後は、誰にも関わらず、一人でのんびり暮らしたい。例えば……そう、無人島とか」
「無人島! いいですね、ロマンがあります。ご用意しましょう、世界地図に載っていない、極上の孤島を」
「そこでの生活に不自由しない能力もください。俺一人で、家も建てられて、飯も作れて、インフラも整備できるような……こう、何でも作れるチート能力が欲しいです」
「承知しました。スキル『万物創造(クラフト・マスター)』を付与します。魔力と素材がある限り、イメージしたものを何でも具現化できる能力です。城でも温泉でも作り放題ですよ」
素晴らしい。DIYに憧れていた俺には垂涎の能力だ。
「あと、退場した後に、復讐とかで追いかけられると面倒なので……絶対に誰も入ってこれないような防御力も」
「では、『絶対防御(サンクチュアリ)』もセットで。物理、魔法、精神干渉、すべてを遮断する結界能力です」
「完璧すぎる……」
思わず口元が緩む。これさえあれば、引きこもり生活は約束されたも同然だ。
「では、肝心の『転生先』の情報ですが……」
管理者がウィンドウを操作すると、一人の青年のプロフィールが表示された。
金髪碧眼、いかにも「光属性」といった風貌の美少年。
「今回のターゲットは、この『ライオネル・ブレイブ』君です。とある王国の平民出身ですが、実は強大な魔力を秘めています。ですが、性格が優しすぎて、力が発現していないんです」
「なるほど。彼をいじめて、怒らせて、覚醒させればいいわけですね」
「仰る通りです。貴方様の新しい体は、この国の大貴族ヴァイオレット公爵家の長男、『ミシェル・ヴァイオレット』。地位も権力も、ライオネル君を追い詰めるには十分すぎるスペックです」
画面に映し出された新しい「俺」の姿。
艶やかな紫の髪に、切れ長の黒い瞳。美しいが、どこか冷たさを感じさせる顔立ちだ。黙って立っているだけで「何か企んでいそう」に見える、悪役のサラブレッドである。
「ただ、一つ懸念がありまして……」
俺は少し言い淀んだ。
「俺、なんていうか……詰めが甘いというか、迫力が足りないって他の悪党によく言われてたんですよね」
「ご安心ください! そんな貴方様のために、『悪役ナビゲーター』を搭載しておきます」
「ナビゲーター?」
「はい。その場面に最適な『悪役としてのセリフ』や『行動』を脳内に直接アナウンスするサポートシステムです。それに従っていれば、誰でもカリスマ悪役になれますよ。さらに、効率的に相手のメンタルを削るための『追放レート』や『覚醒ゲージ』も可視化できるようにしておきます」
至れり尽くせりだ。
これなら、演技力に少し自信がない俺でも、マニュアル通りにこなすだけでミッションコンプリートできる。
「やります。ぜひやらせてください」
「契約成立ですね! それでは、良き悪役ライフを!」
管理者が指を鳴らす。
足元の白が消え、俺の体は光の粒子となって吸い込まれていく。
高待遇スタート。強力なチート能力。そして完全な引退計画。
完璧だ。これから始まるのは、少しの労働と、その後に待つ永遠のバカンス。
俺は意気揚々と、新たな世界へとダイブした。
――この時の俺は、まだ知らなかったのだ。
「サポートの指示通り」に動くことが、どれほど危険なことかを。
そして、ターゲットであるライオネルという男が、俺の想像を遥かに超える「ポジティブ思考の怪物」であることを。
◇◇◇
気がつくと、俺は豪奢な天蓋付きベッドの上にいた。
最高級の絹のシーツの感触。窓から差し込む朝日は柔らかく、小鳥のさえずりが聞こえる。
起き上がって鏡を見ると、そこには先ほど見た通りの、紫髪の美少年が映っていた。
ミシェル・ヴァイオレット。今日から俺はこの男として生きる。
『おはようございます、マスター・ミシェル』
脳内に、機械的な女性の声が響いた。特典の『悪役ナビゲーター』だ。
「ああ、おはよう。これからよろしく頼むよ」
『システム起動確認。本日はアステリア魔法学園の入学式です。ターゲットであるライオネルとの初接触イベントが発生します』
「いきなりか。まあ、早い方がいい。で、俺はどうすればいい?」
『推奨アクション:登校中の馬車でターゲットとすれ違いざまに、泥水をかける。または、校門でぶつかって「気安く触れるな」と罵倒する』
「……泥水は洗濯が大変そうで可哀想だな。校門での罵倒にしよう」
俺は鏡の中の自分に向かって、ニヒルな笑みの練習をした。
引きつっていた。
どう見ても「腹痛を我慢している人」だ。
だが、俺の本来の性格など関係ない。これは仕事だ。心を無にして、台本を読み上げるだけの簡単なお仕事。
「よし、行くか」
俺は貴族の制服に袖を通し、戦場(学園)へと向かった。
目指すは早期退場。そして、夢の無人島スローライフ。
待ってろよ、俺の平和!
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