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第2話:棒読みの悪役、指導と誤解される
しおりを挟むアステリア魔法学園。
白亜の校舎に手入れの行き届いた庭園。王道ファンタジーの舞台としては申し分ないが、今の俺にとっては、これから始まる過酷な「業務」の現場でしかない。
ヴァイオレット家の紋章が入った豪華な馬車の中で、俺は一つ息を吐き、乱れてもいない襟元を正した。
「……行くか」
気負いはない。あるのは「さっさと終わらせて引退したい」という切実な願望だけだ。
俺は平和主義者だが、同時に契約を遵守する社会人(元)でもある。
報酬である「無人島での完全なる自由」と引き換えなら、嫌われ役くらい甘んじて受け入れよう。自分の演技力に一抹の不安はあるが、そこは特典の『悪役ナビ』が補正してくれるはずだ。
『マスター、心拍数が上昇しています。臨戦態勢は良好ですか?』
脳内で無機質な声が響く。
「ああ、問題ない。マニュアル通りに進める」
馬車を降りると、周囲の空気が一変した。
突き刺さる視線。畏怖、憧憬、そして妬み。
紫の髪に黒い瞳。生まれ変わったこの「ミシェル・ヴァイオレット」の容姿は、黙って立っているだけで周囲を威圧する悪役仕様だ。これは使える。
『ターゲット確認。正門右側。金髪の少年です』
視線を向ける。いた。
ライオネル・ブレイブ。サイズの合っていない制服を着て、オドオドと周囲を窺っている。
あんな無害そうな少年を精神的に追い詰めるのか。
……正直、気が引ける。だが、ここで情けをかけるのは彼のためにも、世界の秩序のためにもならない。心を無にしろ。これは仕事だ。
『ミッション発生:威圧。彼に近づき、精神的ダメージを与えてください。推奨セリフ:「そこをどけ、平民」』
「了解」
俺は迷いなく歩き出した。
周囲の生徒が慌てて道を空ける。その異変に気づいたライオネルが、ビクリと振り返った。
「あ、あの……」
何かを言いかけた彼の前に立ち塞がる。
感情を込める必要はない。ただ冷徹に、事実として突きつければいい。
「……そこをどけ、平民」
言った。
だが、意識しすぎたせいか、声は予想以上に低く、平坦なものになった。
抑揚ゼロ。感情ゼロ。まるで無機質な宣告だ。
表情筋もこわばり、おそらく今は冷たい能面のような顔をしているだろう。
(……硬すぎたか。まあいい、威圧としては機能している)
ライオネルの顔から血の気が引くのが見えた。周囲の空気も凍りついている。
これ以上の接触はボロが出る可能性がある。
俺は彼の反応を確認することなく、無言でその場を去った。
背中に突き刺さる恐怖の視線を浴びながら、俺は心の中で「タスク完了」とチェックを入れた。
◇◇◇
教室では、最後列の窓際――悪役の指定席に陣取った。
授業中、俺は教師の話を聞き流しながら、今後のスケジュールを脳内で整理していた。
今日のノルマは「威圧」と「実力差の誇示」。
午後の魔法実技が勝負所だ。
そして午後。訓練場。
貴族生たちが派手な魔法を披露しては悦に入る中、特待生のライオネルの番が回ってきた。
「え、えいっ!」
彼が杖を振るも、先端から出たのは豆粒のような火の粉だけ。
ドッと湧く嘲笑。「なんだあれ」「平民が迷い込むからだ」という心ない野次。
ライオネルが恥ずかしさで俯く。
『マスター、好機です。圧倒的な格の違いを見せつけ、彼のプライドを粉砕してください』
ナビの指示が飛ぶ。
『推奨アクション:決闘を申し込み、最大出力の魔法で吹き飛ばす』
(最大出力……?)
俺は眉をひそめた。
今の俺の魔力は、特典によって桁外れに強化されている。最大出力で撃てば、ライオネルは消し炭だ。
ターゲットが消滅しては契約不履行になる。
かといって、手加減しすぎて舐められるのも悪役としてNGだ。
「派手に吹き飛ばす」が「後遺症は残さない」。そのラインを狙うしかない。
俺は杖を手に、悠然と進み出た。
「……おい、そこの特待生」
「ヴァイオレット様……」
「見苦しい。貴様の魔法は魔法ではない。ただの火遊びだ」
淡々と台本を読み上げる。
ライオネルが怯えて後ずさる。悪いが、少し痛い目を見てもらう。これも覚醒のための試練だ。
「俺が本当の魔法を見せてやる。構えろ」
俺は詠唱を始めた。
口では攻撃魔法の呪文を唱えつつ、脳内では冷静に魔力演算を行う。
前世で培った几帳面さと、今のチート能力『万物創造』の応用だ。魔力のベクトル操作など、造作もない。
――第一術式『烈風の鎚(エア・ハンマー)』。威力は拡散させ、面で押す。
――第二術式『風のクッション』。コンマ五秒遅れで背後の壁に展開。
――第三術式『音響爆弾』。視覚と聴覚へのハッタリだ。
一点のミスも許されない精密作業。だが、俺は表情一つ変えず構築を完了させる。
感情を入れると魔法がブレる。今の俺に必要なのは、パッションではなくプレシジョン(正確さ)だ。
「――消えろ。『烈風の鎚』」
無造作に杖を振る。
暴風の塊が唸りを上げて襲いかかり、ライオネルの体を軽々と吹き飛ばした。
ドォォォォン!!
壁際で轟音が響き、土煙が舞う。
周囲から悲鳴が上がる。「死んだか!?」と騒ぐ声。
俺は杖を下ろし、冷ややかな視線で土煙を見つめた。
煙が晴れる。
そこには、腰を抜かして座り込むライオネルの姿があった。
五体満足。外傷なし。計算通りだ。
(……ふむ。制御は完璧だな)
内心で安堵するが、顔には出さない。
俺は怯える彼に、トドメの一言を投げる。
「……目障りだ」
それだけ言い捨て、俺は踵を返した。
背中越しに、呆然とするライオネルの気配を感じる。
これで、彼の中には恐怖と屈辱が刻まれたはずだ。
俺はマントを翻し、誰とも目を合わせることなく訓練場を後にした。
◇◇◇
放課後の保健室。
ライオネルはベッドに腰掛け、自分の手のひらをじっと見つめていた。
体には傷ひとつない。
あれほどの爆音と共に吹き飛ばされたというのに、だ。
かすり傷一つ、打ち身一つない。
「……どういうことなんだ」
ライオネルは混乱していた。
実技では失敗したが、座学の成績は学年トップだ。だからこそ、あの現象の異常さが分かる。いや、それ以上に――肌で感じたのだ。
吹き飛ばされ、壁に激突する寸前。
まるで、見えない「手」に優しく受け止められたような、柔らかな風の感触を。
(ヴァイオレット様は、攻撃と同時に防御魔法を展開していた……?)
もし失敗して威力が弱まっただけなら、こんなに綺麗に無傷で済むはずがない。
あれは、完全なる制御下にあった。
ライオネルの脳裏に、ミシェルの姿が浮かぶ。
あの、冷徹なまでの無表情。
抑揚のない、機械的な声。
そして、「火遊び」という言葉。
(彼は、俺を殺す気などなかった。怪我をさせる気すらなかった)
ライオネルは思考を巡らせる。
なぜそんな回りくどいことを?
本当に嫌っているなら、痛めつければいい。
単なる威嚇なら、あんな高度なクッション魔法など必要ない。
――まさか。
一つの仮説が、ライオネルの中で形を成す。
彼は、周囲の貴族たちの手前、あのように振る舞わなければならなかったのではないか?
公爵家の立場、周囲の視線。それらがある中で、特待生であるライオネルに「魔法とは何か」を教えるには、ああするしかなかったのではないか。
「火遊び」とは、覚悟のなさへの叱責。
「消えろ」とは、未熟なまま戦場(学園)に立つなという警告。
そして、あの凍りつくような無表情と声音は――私情を挟まず、事実だけを伝えるための、彼なりの誠実さの表れだったのではないか。
「……なんて、不器用で、厳しい人なんだ」
ライオネルの胸に去来したのは、恐怖ではなかった。
ドクン、と心臓が熱く脈打つ。
誰にも理解されずとも、誤解を恐れず、圧倒的な実力で真理を示す。その孤高の姿は、あまりにも――美しかった。
「……強い」
ライオネルは拳を握りしめた。
あの人に認めさせたい。
あの冷たい瞳に、今の自分を映させたい。
それは、孤独なライオネルが初めて抱いた、明確な目標だった。
◇◇◇
その日の夜。
自室に戻った俺は、ネクタイを緩めて椅子に深く沈み込んだ。
初日からハードな業務だった。魔法制御に神経を使いすぎたせいで、軽い頭痛がする。
「ナビ、本日の成果報告を」
俺は淡々と求めた。
感情労働の対価を確認する時間だ。
『本日のリザルトを表示します』
空中にウィンドウが浮かぶ。
【ターゲット:ライオネル】
・覚醒進行度:5%(微増)
・追放レート(嫌われ度):ERROR(測定不能)
「……エラー?」
俺は眉を寄せた。
追放レートの欄に、赤い文字が点滅している。
『回答:システムエラーです。ターゲットの感情波動が複雑化しており、既存のパラメータに当てはまりません』
「複雑化……?」
俺は顎に手を当て、冷静に分析する。
恐怖、屈辱、絶望。それらが一気に押し寄せ、処理落ち(パニック)しているということか。
まあ、機械判定なんてそんなものだ。
これ以上深く考えて、変なバグや追加クエストが発生しても面倒だ。俺は「見なかったこと」にするスキルを発動した。
「まあいい。方向性は間違っていないということだ」
俺はウィンドウを閉じた。
憎まれ役は順調だ。ライオネルは俺を恐れ、憎み、それを糧に強くなるだろう。
俺は手元のメモ帳――「無人島開発計画書」を開き、今日思いついたアイデアを書き加えた。
あと数年。数年この仮面を被り続ければ、自由が手に入る。
窓の外には満月。
その月を見上げるライオネルが、「貴方の真意、必ず暴いてみせます」などと、とんでもない方向へ情熱を燃やしていることなど、知る由もなかった。
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