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第3話:迷宮実習と、捨てられた最高級素材
しおりを挟むアステリア魔法学園に入学して半年。
俺、ミシェル・ヴァイオレットの「悪役業務」は、順調に……いや、停滞していた。
理由は単純だ。前々世の社畜の記憶まで持つ俺が根っからの平和主義者であり、人を傷つけることに抵抗があるからだ。
ナビゲーターの指示に従って嫌味を言ったり、食堂で席を奪ったりはしている。だが、決定的な「悪」になりきれない。
ライオネルもライオネルで、俺に嫌がらせをされているはずなのに、なぜか俺を見る目が日に日にキラキラしてきている。
……なんだろう、この居心地の悪さは。
『マスター、本日は「初級ダンジョン実習」です。危険を伴うイベントは、ターゲットの感情を揺さぶる絶好の機会です』
脳内ナビの提案に、俺は重い腰を上げた。
ダンジョン実習。
生徒たちがパーティを組み、浅い階層の魔物を討伐して単位を得る行事だ。
だが、俺の目的はライオネルの妨害ではない。
(このダンジョンの地下三階には……『ミスリル銀』の鉱脈がある!)
そう、俺の狙いは素材だ。
将来の無人島ライフにおいて、錆びない調理器具や頑丈な風呂釜を作るために、ミスリルは必須アイテムだ。
実習にかこつけて、こっそり採取してポケット(亜空間)に入れて持ち帰る。これが今日の俺の真のミッションである。
◇◇◇
薄暗い洞窟の中、湿った空気が肌にまとわりつく。
俺は貴族の取り巻きたち(勝手についてくる)を「単独行動こそ強者の証だ」と適当な理屈で撒き、一人で地下へ地下へと進んでいた。
もちろん、『隠密スキル』全開だ。
「……あった」
地下三階の奥まった空洞。壁面にきらりと光る銀色の鉱脈を見つけた。
俺は涎が出そうになるのを堪え、チートスキル『万物創造』を応用した採掘魔法を発動しようとした。
その時だ。
「はぁ……はぁ……ッ!」
荒い呼吸音と、硬いものがぶつかる音が聞こえた。
鉱脈のすぐそば、岩陰の向こうだ。
俺は気配を消して覗き込んだ。
そこにいたのは、ライオネルだった。
だが、様子がおかしい。彼は一人で、巨大な『洞窟蜘蛛(ケイブ・スパイダー)』と対峙していた。
通常、生徒は四人一組で挑むものだ。なぜ彼は一人なのか。
……ああ、そうか。彼は特待生(平民)だ。貴族の生徒たちにハブられて、パーティを組めなかったのか。
(うわ、結構ピンチじゃないか?)
蜘蛛の鋭い前脚が、ライオネルの未熟な防御魔法を削っていく。
彼の制服はボロボロで、腕からは血が流れていた。
やばい。このままでは死ぬ。
だが、俺が助けに入れば「悪役」としての面子が潰れるし、なにより彼に「助けられた」という甘えが生まれるかもしれない。
『マスター、放置を推奨。彼が自力で乗り越えなければ覚醒値は稼げません』
ナビが冷酷に告げる。
俺もそう思う。思うのだが……。
「……くッ!」
ライオネルが体勢を崩し、尻餅をついた。
蜘蛛が毒牙を剥き出しにして飛びかかる。
死ぬ。
そう思った瞬間、頭より先に、体が勝手に動いていた。
(俺のミスリル鉱脈の前で死なれてたまるかよ!)
俺は岩陰から飛び出すと、ライオネルと蜘蛛の間に割って入った。
防御なんて考える暇はない。反射的に、一番威力の高い攻撃魔法を放つ。
「邪魔だッ!!」
ドォォォォン!!
俺の杖から放たれた『紫電の雷』が、蜘蛛を直撃した。
断末魔すら上げる暇もなく、巨大な蜘蛛は一瞬で黒焦げになり、崩れ落ちた。
静寂が戻る。
「……あ……」
ライオネルが、信じられないものを見る目で俺を見上げていた。
やってしまった。
完全に「助けに入ったヒーロー」の構図だ。
これでは悪役失格だ。減点だ。無人島がランクダウンしてしまうかもしれない。
俺は必死に脳みそを回転させた。
どう言い訳する? 「助けたかった」なんて死んでも言えない。
そうだ、俺の目的はあくまでミスリルだ。こいつじゃない。
俺は冷徹な仮面(ポーカーフェイス)を貼り付け、倒れているライオネルを見下ろした。
「……チッ。なんだ、貴様か」
俺は舌打ちをした。
精一杯の不機嫌さを演出する。
「ヴァイオレット様……? どうして、ここに……」
「勘違いするな。俺が狙っていた獲物(エモノ)が、たまたまここにいただけだ」
嘘ではない。俺の獲物(ミスリル)はこの場所にもあったのだから。
だが、ライオネルは俺の言葉をどう受け取ったのか、ポカンと口を開けている。
……まさか、「自分を守るために待機していた」とか思ってないだろうな?
俺は慌てて悪役ムーブを追加した。
俺は黒焦げになった蜘蛛の死骸を足先でつついた。
そして、蜘蛛の腹の中から、拳大の魔石が転がり出た。
中級モンスターの魔石だ。学生にとっては高価な素材だが、チート持ちの俺にはただの石ころである。
「……俺の獲物を横取りしようなどと、身の程知らずにも程があるな、特待生」
俺はわざとらしく魔石を拾い上げ、そして――それを無造作にライオネルの足元へ放り投げた。
カラン、と乾いた音が響く。
「え……?」
「そんな薄汚い石、俺の鞄に入れるのも汚らわしい。……貴様にやる。ゴミ処理くらいできるだろう?」
言ってやった。
「お前にはゴミがお似合いだ」という最強のマウンティングだ。
これなら、助けたことにはならず、ただの気まぐれで獲物を奪い、ゴミを押し付けた嫌な奴に見えるはずだ。
「さっさと失せろ。俺はこの奥に用がある」
俺はそれだけ言い捨てると、ライオネルの横を通り過ぎ、奥の鉱脈へと向かった。
背中で彼が何を思っているか確認する余裕はない。
早くミスリルを掘って帰りたい。心臓がバクバクだ。
◇◇◇
ライオネルは、足元に転がる魔石と、遠ざかるミシェルの背中を交互に見つめていた。
体中の痛みが遠のいていくほどの衝撃が、彼の胸を打っていた。
(……獲物を、横取りした?)
違う。ライオネルには分かった。
あのタイミング。蜘蛛が飛びかかってきた、絶体絶命の瞬間。
岩陰から飛び出してきたミシェルの顔は、確かに焦燥に歪んでいた。
「邪魔だ」と叫んだ声には、ライオネルを襲う魔物への激しい怒りが混じっていた。
そして、この魔石だ。
ミシェルはこれを「ゴミ」と言って投げ捨てた。
だが、これは『雷蜘蛛の魔石』。雷属性の魔力を増幅させる、稀少な触媒だ。
ライオネルの適正属性は「光」と「雷」。
今の彼にとって、喉から手が出るほど欲しい、成長のための重要アイテムだ。
(……まさか)
戦慄が走る。
あの『紫電の雷』。あの一撃は、ただ蜘蛛を倒すためだけのものではなかった。
「こうやって使うんだ」という、実演講義(レクチャー)。
そして、そのための触媒(テキスト)として、この魔石を寄越したというのか。
彼ほどの魔法使いが、気づかないはずがない。
ライオネルが陰で特訓しても、成果が出ずに焦っていることを。
それを「ゴミ」と称して渡したのは、ライオネルの未熟なプライドを守るため……。
「恵んでやる」と言われれば、ライオネルは惨めな気持ちになっただろう。
だが、「ゴミ処理」と言われれば、受け取るしかない。
(……なんて人だ)
ライオネルは涙を堪えた。
彼はいつもそうだ。
冷たい言葉の裏に、計算し尽くされた配慮がある。
たった一人でダンジョンに入り、ライオネルの危機を救い、必要な力を授けて去っていく。
恩を着せることもなく。
ただの「嫌われ者」を演じながら。
「……追いかけなきゃ」
礼を言うためではない。
この魔石を使って強くなり、いつか必ず、彼と対等に肩を並べるために。
ライオネルは魔石を強く握りしめ、立ち上がった。
その瞳には、以前のような弱々しさは微塵もなかった。
◇◇◇
数分後。
ミスリルを掘り終えてホクホク顔の俺は、帰り道で盛大な違和感を覚えた。
『マスター、ターゲットが背後から追尾してきています』
「え、嘘だろ。撒いたはずなのに」
振り返ると、遠くの暗がりにライオネルの姿が見えた。
ボロボロの体を引きずりながら、それでも真っ直ぐな瞳で俺を見つめている。
目が合った。
彼は逃げるでもなく、睨むでもなく、ただ深く一礼した。
その瞳には、熱っぽい光が宿っている。まるで、教祖を仰ぐ信者のような、あるいは――。
(……なんだその目は。怖いんだが)
俺はゴミを投げつけたんだぞ? 獲物を横取りしたんだぞ?
なんでそんな、尊敬する師匠を見るような目で見ているんだ。
しかも、その手には俺が押し付けた魔石が大事そうに握られている。
『分析不能。ターゲットの感情値、再び上昇。覚醒進行度、15%へアップ』
「わけがわからない……」
俺は背筋に寒気を感じた。
こいつ、もしかしてドMなのか?
いや、深く考えるのはやめよう。
とにかく、彼は生き延びた。そして俺はミスリルを手に入れた。
Win-Winだ。
俺は足早に出口へと向かった。彼の熱っぽい視線から逃げるように。
この日の出来事が、ライオネルの中で「ヴァイオレット様=不器用な聖人」という致命的な誤解(信仰)を決定づけたことを、俺はまだ知る由もなかった。
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