世界の秩序を守るため、悪役になります!〜悪役特典でチート無双!?早期退場を目指しているのに、覚醒したはずの彼が離してくれません〜

キノア9g

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第5話:断罪イベントは愛の告白と共に

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 その夜、アステリア魔法学園の大講堂は、かつてない熱気に包まれていた。
 煌びやかなシャンデリア、生演奏の優雅な旋律、そして色とりどりのドレスや礼服に身を包んだ卒業生たち。
 華やかな宴。だが、俺、ミシェル・ヴァイオレットにとっては、これが人生最後の「戦場」だった。

 大広間の入り口で、俺は一つ深呼吸をした。
 胃が痛い。今日で最後だと思うと、逆に緊張してくる。
 だが、準備は完璧だ。
 昨晩、結界の強度も上げた。逃走用の転移スクロールも懐に入れた。
 あとは、シナリオ通りに彼を罵倒し、怒らせ、追放を宣言するだけ。

『マスター、心拍数が急上昇気味です。ポーカーフェイスを維持してください』

 脳内ナビの指示に頷き、俺は一歩を踏み出した。
 瞬間、会場の空気が凍りつく。
 ザッ、ザッ、と俺が歩くたびに、談笑していた生徒たちが波を打ったように静まり、俺の前だけ綺麗に道が空いていく。
 漆黒の礼服に身を包み、氷のような無表情(緊張で固まっているだけ)で歩く俺は、まさしく悪のカリスマに見えているはずだ。

 その視線の先。
 会場の中央に、その人物はいた。
 純白の礼服を着た、ライオネル・ブレイブ。
 彼は俺の姿を認めると、逃げるどころか、真っ直ぐに俺を見据えて待っていた。
 その堂々たる立ち姿。周囲の令嬢たちが熱っぽい視線を送っているが、彼は俺以外目に入っていないようだ。

(いい度胸だ。さあ、始めようか)

 俺は彼の前で足を止めた。
 音楽が止まる。静寂が支配する。
 全校生徒の視線が俺たち二人に集中する。
 俺はゆっくりと口を開いた。

「……ライオネル・ブレイブ」

 低く、よく通る声が出た。

「貴様のような下賤な者が、この神聖な場にいること自体が不愉快だ」

 会場がざわめく。
 典型的な貴族の差別発言。本来なら眉をひそめられる言動だが、悪役としては百点満点だ。
 さあ、怒れ。屈辱に震えろ。

 だが、ライオネルは微動だにしなかった。
 ただ静かに、俺の瞳を覗き込んでくる。

「……続けてください、ヴァイオレット様」

 挑発か?
 俺は眉をひそめ、さらに言葉を重ねた。

「この学園は、選ばれし者のための場所。貴様のような紛い物がいていい場所ではない。……今すぐ消え失せろ。二度と俺の視界に入るな」

 言い切った。
 噛まなかった。完璧な仕事だ。
 これで「追放イベント」は成立した。ナビの判定も『MISSION CLEAR』と出ている。
 あとは、ライオネルが「ふざけるな!」と魔法を放ってくれば、俺はそれを合図に逃げる――はずだった。

 しかし。
 ライオネルは、ふわりと優しく微笑んだのだ。
 まるで、駄々っ子をあやす聖母のような慈愛に満ちた顔で。

「……やはり、そうおっしゃるのですね」

「……は?」

 予想外の反応に、俺の仮面が崩れそうになる。

「貴方は、最後までその『嫌われ者』を演じきるおつもりですか。……俺のために」

「何の話だ。俺はただ、貴様が嫌いで……」

「嘘だッ!!」

 ライオネルが叫んだ。
 その声の大きさに、俺だけでなく会場中の人間がビクッとした。

「嫌いな人間に、あんな繊細な魔法制御で怪我を防いだりするものか! 嫌いな人間のために、わざわざダンジョンで魔石を譲ったりするものか!」

 ライオネルが一歩踏み出す。俺は思わず一歩下がる。

「貴方はいつもそうだ! 言葉では冷たく突き放し、行動では誰よりも深く俺を守り、導いてくれた! あの粘土味のクッキーも、難解な魔導書も、全ては俺を強くするための貴方の愛だった!」

 会場が「えっ?」「愛?」「そういうことだったの?」とざわめき始める。

 待て待て、空気変えるな!
 クッキーは余り物だし、魔導書は俺が読めなかったからだ!

「ち、違う! あれはただの嫌がらせで……」

「まだご自身を偽るのですか! 貴方は今、この腐敗した貴族社会から俺を守るために、あえて悪名を被り、俺を追放しようとしている!」

 ライオネルの瞳から、ツーっと涙が流れた。
 美しい涙だった。だが、言っていることは全て妄想だ。

「貴方は優しすぎる……! その優しさゆえに、自分を犠牲にして俺を守ろうとしている! そんな悲しい結末、俺がさせるわけがない!」

(な、なんだこのとんでも展開は……!?)

 俺はパニックになった。
 ナビ、どうなってる! シナリオと違うぞ! こいつ俺のこと嫌ってないのか!?

『警告:ターゲットの感情値が限界突破(オーバーフロー)。「憎悪」ではなく「崇拝」と「独占欲」の方向で覚醒が始まっています』

 方向性が逆だろ!
 俺は必死に否定しようとしたが、ライオネルの勢いは止まらない。

「ヴァイオレット様、いえ、ミシェル様。貴方が俺のために悪になるというなら……」

 カッ!!

 ライオネルの体から、目もくらむような黄金の光が溢れ出した。
 大講堂が光に包まれる。
 床が震え、窓ガラスがビリビリと共鳴する。
 これは――勇者の覚醒だ。間違いなく、伝説の『光の勇者』の力だ。
 だが、その光は俺を断罪するためのものではなかった。

「俺が、この世界ごと作り替えてみせる! 貴方が悪にならなくていい世界に!」

 ドォォォォォン!!

 光の柱が天井を突き破り、夜空へと昇る。
 凄まじい魔力だ。会場にいた生徒たちが腰を抜かし、衛兵たちが槍を取り落とす。
 俺は呆然とその光景を見上げていた。

『ターゲット:ライオネル・ブレイブ、覚醒確認。覚醒率100%……いえ、120%到達』

 ナビの声が淡々と告げる。

『ミッション・コンプリート。お疲れ様でした、マスター』

 ……え? これでいいの?
 とりあえず「覚醒させる」という目的は達成されたらしい。
 光の中で、ライオネルの姿が変わっていく。
 純白の礼服が輝く鎧のように変化し、背中には光の粒子でできた翼が揺らめいている。
 神々しい。まさに人類の希望、光の勇者だ。

 だが、その勇者は、魔王ではなく俺に向かって手を差し伸べてきた。

「さあ、行きましょうミシェル様! 二人で、新しい世界へ! もう貴方を一人にはさせない。一生、俺の傍で笑っていてください!」

 その笑顔は、完全に「囚われの姫を迎えに来た王子様」のそれだった。
 俺の背筋に、悪寒が走った。

(やばい)

 俺の本能が警鐘を鳴らす。
 これ、捕まったら最後だ。
 「勇者のパートナー」として一生最前線で戦わされるか、あるいはもっと重い「何か」に絡め取られる未来しか見えない。
 俺の無人島が! ヤギが! トマトが遠ざかる!

 逃げなければ。
 今すぐ、ここから消えなければ!

 幸い、覚醒の衝撃で会場はパニック状態だ。土煙と光で視界も悪い。
 今しかない。
 俺は震える足を踏ん張り、最後の力を振り絞って「悪役」を演じた。

「……フッ、よくぞ覚醒したな、ライオネル」

 俺はニヒルな笑みを浮かべた(つもりだが、多分ひきつっていた)。

「だが、俺はお前と馴れ合うつもりはない。俺の役目は終わった」

「役目……? 待ってください、どういうことですか!」

「さらばだ! その力で世界を救え!」

 俺は懐から『超長距離転移スクロール(特注品)』を取り出し、地面に叩きつけた。
 魔法陣が展開し、俺の体を包み込む。
 本来は無人島への直行便だが、ライオネルの魔力干渉が強すぎて座標がずれるかもしれない。だが、ここにいるよりはマシだ!

「待て! ミシェル様ッ!」

 ライオネルが光の速さで手を伸ばしてくる。
 その顔は、慈愛から一転、獲物を逃がすまいとする鬼気迫る形相に変わっていた。

「逃がさない……! 地の果てまで追いかけてみせる……!」

 ヒィッ!
 勇者にあるまじきホラーな叫び声。
 その指先が俺のマントにかかる寸前、転移陣が発動した。

 シュンッ!

 視界が歪み、大講堂の喧騒が、ライオネルの絶叫が、遠のいていく。
 最後に見たのは、絶望と執着に染まった蒼い瞳。
 それが俺の脳裏に焼き付き、俺は意識を手放した。


 ◇◇◇

 ザザァ……ザザァ……。

 波の音が聞こえる。
 潮の香りが鼻をくすぐる。
 俺はゆっくりと目を開けた。

「……ここは……」

 目の前に広がっていたのは、満天の星空と、白い砂浜。
 そして、俺が事前にお願いしておいた『Welcome to My Paradise』という看板だった。

「つ、着いた……?」

 俺はガバッと起き上がり、周囲を見渡した。
 誰もいない。
 追っ手の気配もない。
 座標設定しておいた、地図にも載っていない南海の孤島だ。

「は、ははは……」

 乾いた笑いが漏れる。
 やった。逃げ切った。
 最後、なんかすごい修羅場だった気がするが、結果オーライだ。
 彼は覚醒した。世界平和は守られた。そして俺は退場した。
 契約完了だ。

「終わったんだ……俺の悪役人生……!」

 俺は砂浜に大の字に寝転がった。
 これからは、好きな時に起き、好きなものを食べ、好きなものを作る。
 誰にも「平民」と罵る必要もないし、棒読みを気にする必要もない。
 あの勘違い勇者からも解放されたのだ。

『おめでとうございます、マスター。ミッション完了ボーナスとして、島の設備グレードをSランクにアップグレードしました。温泉、湧いてます』

 ナビも祝福してくれる。
 温泉! 最高じゃないか!

「勝利! 完全勝利だ!」

 俺は高らかに宣言し、夜空に向かって拳を突き上げた。
 さようなら、ライオネル。
 君は立派な勇者になって、世界を救ってくれ。
 俺はここで、トマトとヤギと温泉と共に、余生を過ごすから。

 俺は知らなかった。
 勇者の覚醒能力の一つに『愛の探知(ストーカー・サーチ)』という、とんでもないスキルが含まれていたことを。
 そして、置いていかれたライオネルが、「俺の前から消えるなんて許さない」と、世界平和そっちのけで捜索を開始したことを。

 つかの間の平和。
 嵐の前の、あまりにも静かな夜だった。
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