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第2話:逃亡劇とアレンの追跡
しおりを挟む朝目覚めると、やけに村が静かだった。
昨日のアレンの態度が気になりつつも、俺は村の広場へと向かう。
勇者がこの村を出発するのは、ゲームのシナリオ通りなら今日。
前回の流れでは、この日に彼に認められて、そのまま仲間に加わったのだ。
(よし、今度こそ――)
意気込んで歩き出した瞬間。
「あら、レオン。どこへ行くの?」
顔見知りの村人に声をかけられた。
「ちょっと広場に……」
そう答えた途端、その村人は不自然なほど大げさに笑った。
「あらあら、広場に行く必要なんてないわよ! 今日は特に何もないもの!」
「……え?」
何もない? そんなはずはない。
「いや、でも今日は勇者が――」
「あら、お腹が空いてるでしょう? ほら、こっちに来てパンでも食べなさいな」
そう言って、俺の腕をぐいっと引っ張る。
……なんか、おかしくないか?
さらに、他の村人たちも次々と集まってきた。
「レオン、今日は大人しくしていなさい」
「そんなに急がなくてもいいじゃない」
「旅なんてしない方がいい、ずっと村にいればいいんだよ」
その中の誰かがぽつりと呟いた。
「アレンくんに頼まれてるんだ。君を止めるようにって」
(……アレンが? 村人たちにまでそんなことを……)
全く想定していなかった“村ぐるみの足止め”。
これじゃ、いくら俺がゲームのルートをなぞろうとしても、意味がない。
そのまま強引に家へ連れ戻されそうになり、俺は村人たちの手を振り払った。
「待ってくれ! なんで皆俺を止めるんだ!? 俺は勇者に――」
「レオン」
背後から、静かな声がした。
振り向くと、アレンがそこに立っていた。
昨日と同じく、俺をじっと見つめる瞳。
けれど、いつもの穏やかな微笑みはない。
「勇者には会えないよ」
アレンは、はっきりと言った。
「……は?」
「もう、村を出るのは諦めて」
静かだけど、現実を突きつけるようなそんな声だった。
俺の中で、確信が生まれる。
(こいつ……何か知ってる)
この異常な状況に、アレンが関与している。それだけは間違いない。
それなら――
俺がやるべきことは、一つだ。
◇◇◇
夜。
村人たちの目を盗み、俺は静かに家を出た。
(……これでいい)
たとえアレンが何を企んでいようが、俺は勇者の仲間になる。
そして、死の運命をぶっ潰す。
……それにしても。
(なんで、俺は1年前に戻ったんだ……?)
死に戻りなんて、ゲームにはなかった設定だ。蘇生術は存在せず、キャラが死ねばもうその人と冒険することは叶わないし、パーティが全滅すればゲームオーバーである。
もしかしてこの世界では、独自ルールか何かでこれが普通な設定?いやいや、そんなわけないよな。
同じような体験をした人間が他にいたなら、これまでも何かしら手がかりがあったはず。
(俺だけが特別なのか? それとも、ただのバグか何かか?)
答えは出そうにない。だけど――時間はない。
暗闇の中、そっと村の門へと近づく。
警備の村人が見張っているが、俺の魔法なら簡単に眠らせられるだろう。
(あと少し……)
そう思った瞬間。
「どこに行くの?」
背筋が凍った。
振り向けば、そこにはアレンが立っていた。
暗がりの中、ほんのわずかに見える微笑みを浮かべている。
だけど、それがなぜだか恐ろしいほど冷たく見えた。
(……誰だよ、こいつ。こんなアレン、俺は知らない)
直感が警鐘を鳴らす。
ここで捕まったら、もう二度と村を出られない気がする。
だから――俺は走った。
「レオン!」
アレンの声が聞こえたが、振り向かなかった。
迷いなんてない。
俺は全力で、村の外へと駆け出した。
◇◇◇
朝日が昇る頃。
ようやく森を抜け出せた俺は、見晴らしのいい丘で一息ついていた。
(……やった。流れとは違ったが、ついに自由だ)
旅の始まりに、胸が高鳴る。
今度こそ、勇者のもとへ――
そう思った矢先。
「やっと見つけた」
静かな声がした。
アレンだった。
「……は?」
なぜ? どうして?
村を抜け出したのは昨日の夜。移動強化の魔法も使っていた。
アレンが追いつける時間なんて、なかったはず。
(いや、無理なはずだ。ゲームの仕様なら絶対に――)
なのに、彼は目の前にいる。
(……俺の知ってるルールが、もう通用しないのか?)
呆然とする俺に、アレンは微笑んだ。
その笑顔は昨日の冷たいものではなく、どこか儚げなものだった。
「レオン、もう戻ろう? こんなに遠くまで来たんだから、気は済んだでしょ」
そう言いながら、アレンは俺の手を取った。
その手はなぜか震えていた。
「お前、なんかおかしいよ。何考えて――」
「お願いだから、行かないで」
泣きそうな声。
アレンは俺の手を、強く握りしめた。
まるで、俺が側にいないと自分が壊れてしまうとでもいうかのように。
(……なんで、そこまで必死なんだよ)
戸惑いながらも、俺はその手をそっと振り払った。
「悪いけど、俺は行くからな」
はっきりと告げる。
「俺は絶対に勇者パーティに入る。それが、俺の運命だから」
それだけ言い残し、俺は前を向いた。
けれど、アレンは諦めなかった。
「……じゃあ」
微かに震える声が、俺の背中に届く。
「僕も、ついていく」
「……え?」
アレンは小さく微笑んだ。
「レオンがどうしても行くなら、僕も一緒に行く」
「お前……村は?」
「もう関係ないよ。アレンが旅立つのなら、他はどうでもいい」
その言葉が、妙に怖かった。
だけど、俺はそれ以上何も言えず、アレンを見つめることしかできなかった。
(……こいつ、本気なのか?)
そんな俺の心境を察したのか、アレンはふわりと微笑んで、優しく言った。
「ね? ずっと一緒だよ」
それが、俺の運命を決定づける言葉になるなんて。
この時の俺は、まだ気づいていなかった。
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