【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?

キノア9g

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第5話:疑念とすれ違い


 朝の森は静かだった。
 揺れる木漏れ日がまだ眠気を引きずったように淡く、焚き火の煙が細く空へと溶けていく。

 俺は、ぼんやりとその煙を眺めながら、スープの入った鍋をかき混ぜていた。

 背後では、勇者パーティの仲間たち――
 剣士のカイルが剣を手入れしていて、神官のエリザが近くで朝の祈りを唱えている。
 その少し離れた場所で、アレンが俺の寝袋を畳んでいた。

 ――そう、今はもう“二人きり”じゃない。

 村を出て、アレンと一悶着ありながらも勇者パーティに加入した。
 そして、いつの間にかアレンも同行者として皆に溶け込んでいる。

 ……いや、“溶け込んでいる”というより、“食い込んでいる”と言った方が正確な気がする。

「おはよう、レオン」

 振り向くと、アレンが柔らかく笑っていた。
 寝袋を抱えて、自然な仕草で隣に座る。スープの匂いを嗅いで、うれしそうに目を細めた。

「今日も美味しそうだね。レオンの作る朝ごはん、好きだよ」

「……お前、昨日も同じこと言ってたぞ」

 そう言いつつ、こいつに褒められるのはまんざらでもない。
 だが、そんな軽いやりとりのなかにも、微妙な違和感があった。

 “わざと”、寄ってきている気がするのだ。
 誰よりも早く声をかけ、誰よりも近くにいて、誰よりも俺に触れる。

 何かを埋めるように――あるいは、確かめるように。

「アレン、ちょっといいか?」

 鍋の縁を掬いながら、気づけば声が口をついていた。
 呼びかけに、アレンの瞳が揺れる。

「……なに?」

「お前さ、最近……ちょっと過保護すぎじゃね?」

「え?」

「なんか、ずっと俺の世話してくれてるけどよ……もう村じゃねえんだぞ。そろそろ自分のことを優先しろって」

 アレンは困ったように笑った。

「だって、レオンが心配なんだもん」

「心配しすぎだって。俺、子どもじゃねえからな」

 それは軽口のつもりだった。
 でも、アレンの表情はわずかに翳った。

「……それでも、もしまた何かあったらって思うと……怖くて」

「何かって……そんな、大げさだろ」

 そう言いながらも、言葉の端に潜む“また”の意味が引っかかる。
 まるでアレンは――すでに“何か”を経験したような言い方だった。
 一緒に過ごした日々で危険だったことなんか一度もないのに。

 アレンは鍋の中でぐつぐつ煮えるスープを見つめたまま、ぽつりと呟いた。

「……僕ね、ずっと君のそばにいたいだけなんだよ」

 その声は、冗談みたいに柔らかくて、けれどどこか壊れそうだった。

 俺は、何も言い返せなかった。


 ◇◇◇

 昼を過ぎたあたりで、パーティは小川の近くで休憩を取ることになった。
 浅瀬に手を浸せば、ひやりとした感触が火照った肌に心地いい。

「レオン、水汲んできたよ。……それと、はい」

 差し出されたのは、手拭いに包まれた干し果実と、蜂蜜を垂らした硬パン。
 アレンの小さな包みは、いつも俺用に味がひと工夫されている。

「……これ、お前が作ったのか?」

「うん。昨夜のうちに。疲れてるときは甘いものが一番でしょ?」

「……ありがとな」

 自然と笑みがこぼれる。優しさが染みる瞬間だった。
 けれど――その分だけ、胸がざわつく。

 アレンは、いつだって“俺のことを一番に”考えている。
 それが嬉しくないわけじゃない。むしろありがたい。
 けど、なんでだろう――最近、その“優しさ”が怖い。

「アレンさ……旅に出て、後悔してないか?」

 問いかけに、アレンは目を瞬かせた。
 まるで“そんなの当然じゃないか”と言いたげに、笑う。

「レオンがここにいる限り、後悔なんてあるわけないよ」

 その返事に、言葉を失った。
 まるで“俺がいなければ後悔する”とでも言いたげな、どこか縛るような響き。

「お前、他に……夢とかねえのか?」

「あるよ。でもそれは、レオンと一緒にいられる未来のこと」

 即答だった。迷いが一片もなかった。
 俺が言葉を失っている間に、アレンは隣に腰を下ろし、小川に手を浸す。

「……水、冷たいね。レオンの指、こうして冷やしておかないと」

 俺の手を取る仕草が、あまりにも自然だった。
 当たり前のように俺の手を包んで、指先をさすってくる。

「昨日、ちょっと火傷してたでしょ。焚き火、無理してたの気づいてたから」

 どこまで見てるんだよ――そう思っても、言えなかった。
 ただ、アレンの細い指に触れられたまま、何もできずにいた。

「……あったかいな」

 ぽつりと零すと、アレンは笑った。

「でしょ。僕の手、レオン専用だから」

 そう言って、冗談みたいに笑う。けれどその言葉に、妙な真実味があった。

 この笑顔の裏に、まだ見えない“何か”がある。
 きっとそれは、アレンが口にしないまま抱えている“過去”だ。

 俺の知らないアレン。
 それでも俺を包もうとする、やさしくて、苦しい手。

 俺はその手を、そっと握り返した。

 けれどその問いを口にするより早く、カイルの声が飛んできた。


「おーい、そろそろ出発するぞー。レオン、また先制頼むな」

「了解ー」

 慌ただしく立ち上がる。話の続きをする余裕もないまま、旅路を再開する。

  馬に荷物を括りつけ、隊列を組み、薄曇りの林道を歩いていく。
 途中、魔物との小競り合いもあったが、パーティの連携は上々で、大きな被害もなく進んでいった。

 ……にもかかわらず、俺の心は晴れないままだった。

 その理由は、後ろを歩くアレンにある。
 さっきまで隣にぴったり張りついていたはずのアレンが、今は少しだけ距離を取っていた。

 ――いや、あれは“気を使って離れている”んだ。
 それがわかってしまうことが、余計に息苦しかった。


「……僕ね、ずっと君のそばにいたいだけなんだよ」

 あの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。

 “だけ”じゃない。
 その言葉の奥に、もっと大きな何かがある。
 ただの幼馴染が口にするには、重すぎる。

 手綱を握る指に力を込めた。

 ――俺は、何かに気づきかけている。
 けれど、それが何なのかまではわからない。

 アレンは、何も話さない。
 隠している。
 その瞳の奥に、ずっと何かを。

 俺を見て笑うその顔が、たまに“泣きそうに見える”のは、きっと気のせいじゃない。

「なあ、アレン……お前、俺に何隠してんだ?」

 そう問いかけた言葉は、風の音にかき消された。
 だがアレンは、まるで聞こえたかのように一瞬だけ、歩みを止めた。

 そして――何も答えず、また歩き出した。

 レオンは、うまく言えないもやもやを抱えたまま、馬の背に揺られて空を仰いだ。

 林を抜けた先、空はすこしずつ夕暮れの色を滲ませていた。

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