【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。

キノア9g

文字の大きさ
1 / 8

第1話「恋を諦めた男」

しおりを挟む


 目が覚めれば朝で、気づいたら夜だった。そんな日々を繰り返しているうちに、人生はあっという間に流れていく。

 俺の毎日は、工場と家を往復するだけの単調なものだ。



 印刷工場の仕事を終え、家へと続く道を歩く。指先にはインクの匂いが染みつき、夜風に晒してもなかなか消えない。

(……今日も、何もなかったな)

 淡々とした作業、気心の知れた同僚との適度な会話、それ以上でもそれ以下でもない人間関係。寂しさを感じないわけじゃない。でも、これが俺にはちょうどいい距離感だった。

 ──俺は、恋を諦めた。

 ガキの頃から、周りと違うことには気づいていた。好きになるのは女じゃなく、男。でも、それを口に出す前に、周囲の何気ない言葉で理解してしまった。

『男が男を好きになるなんて気持ち悪い』

『ありえねえよな、そんなの』

 ああ、そうか。俺の恋は間違いなんだな。

 そう思った瞬間から、心の奥に鍵をかけた。告白することも、誰かに期待することもなくして、ただ淡々と日々を生きる。それが俺の生き方になった。

 ──このまま、一人で生きて、一人で死ぬんだろうな。

 そんなことを考えながら、いつもの公園を横切る。



「……お前、またいるのか」

 夜の公園、ベンチの足元に黒い影がうごめく。黒猫だ。

 艶やかな毛並みに、金色の瞳。こいつはなぜか、俺がここを通るたびに近寄ってくる。最初は警戒していたが、最近は慣れた。

「悪いな、今日も何も持ってないぞ」

 俺がそう言うと、黒猫は気にする素振りも見せず、するりと足元に身体をすり寄せてくる。

 その仕草が妙に愛らしくて、俺は思わずそっと抱き上げた。

「……お前、意外と重いな」

 黒猫の金色の瞳を覗き込む。

 ──その瞬間。

 視界がぐにゃりと歪んだ。



◇◇◇


 身体が重力ごと引っ張られるような感覚とともに、俺は硬い地面に膝をついた。

(……何だ、ここ……?)

 辺りを見回すと、見たことのない世界が広がっていた。

 白い石畳、荘厳な建物、遠くには城のようなものがそびえ立ち、空には異様なほど大きな月と星が輝いている。

 ──夢、か?

「……オマエ、驚かないな」

 低く、よく通る声が耳を打った。

 驚いて振り向くと、そこにいたのは──

 黒髪に、鋭い金色の瞳を持つ男だった。

 高身長でしなやかな身体つき。整った顔立ちに、黒豹のようなしなやかな雰囲気。そして、頭には獣の耳がついている。

「……ちょっと待て」

 俺は思わずまじまじと男を見つめる。

「お前、まさか……さっきの黒猫か?」

「そうだ」

 あっさりと肯定されて、俺は思考が追いつかなくなる。

「いや、いやいや……え? 夢か?」

「違う。オマエ、こっちの世界に連れてきた」

「……は?」

「王の番だから」

「王の……何だって?」

「番」

「……」

「王の伴侶」

 さらっと恐ろしいことを言われた。

「ちょっと待て、俺はただの工場勤務の男だぞ!? 王の、なんだって?」

「番」

「……それさっきも聞いた!」

「王の伴侶」

「だから、そう何度も繰り返すな!」

 ライナスは淡々としたまま、続けた。

「王はオマエが生まれた時に気づいた。でも、異世界の人間だから、無理に呼ばなかった。幸せを奪いたくなかったから」

「……幸せ?」

「でも、オマエ、幸せじゃない。だから連れてきた」

 心臓が、ドクリと鳴った。

(……俺は、幸せじゃない?)

 それは、誰よりも俺自身がよく知っていることだった。だけど、だからといって、異世界に連れてこられる理由にはならない。

「……俺は、帰れるのか?」

「王に会ってから決めろ」

 そう言うと、ライナスは俺の腕を掴んだ。

「……おい、勝手に──」

「行くぞ」

 抵抗する間もなく、俺は城へと連れて行かれた。



◇◇◇


 王宮は、息を呑むほど美しかった。

 大理石の床に、金細工の施された柱、煌めくシャンデリア。まるで絵本の中の世界だ。

 そして、重厚な扉が静かに開かれる。

 その奥に立っていたのは──

 長身で、ゆるやかに金色の髪をなびかせた男だった。

 湖のような深い青の瞳。堂々とした佇まい。

 俺を見つめる視線は、驚くほど優しく、そして──

「──ようやく、会えたな」

 まるで、俺をずっと待っていたかのようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

短編版【けもみみ番外編】卒業の朝〜政略結婚するつもりで別れを告げた宰相子息ユリウスは黒豹エドワードの策略に嵌る〜

降魔 鬼灯
BL
 銀の髪が美しい銀狼獣人ユリウスは宰相家の一人息子だ。  留学中、同室になった黒豹獣人のエドワードと深い仲になる。  子供の頃からエドワードに想いを寄せていたが、自国では同性の婚姻は認められていない。しかも、文官トップの宰相家と武官トップの騎士団長家の仲は険悪だ。  エドワードとは身体だけの関係。そう言い聞かせて、一人息子のユリウスは、帰国を期にエドワードと別れ政略結婚をする決心をする。  一方、エドワードは……。  けもみみ番外編  クロードとアンドレアに振り回される学友2人のお話。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

神獣様の森にて。

しゅ
BL
どこ、ここ.......? 俺は橋本 俊。 残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。 そう。そのはずである。 いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。 7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。 行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。 異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

君さえ笑ってくれれば最高

大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。 (クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け) 異世界BLです。

処理中です...