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第2話「運命の番」
しおりを挟む目の前の男は、夢のように美しかった。
長身で整った顔立ち。ゆるやかに波打つ金の髪は光を受けて輝き、湖のように深い青の瞳は、俺をひたむきに見つめている。
威厳がありながらも、どこか優しげな雰囲気をまとった男──この国の王、エルヴェル・リゼヴァーン。
「……ようやく、会えたな」
その声は、驚くほど穏やかで、どこか安堵すら滲んでいた。
──待て。何なんだ、この状況は。
俺はただの工場勤務の男で、こいつは異世界の王。そして、俺は今「番」とやらにされているらしい。
(何を言ってるのか全然わからない……)
「……どういうことですか?」
何とか声を絞り出すと、エルヴェルはゆっくりと歩み寄り、俺の前で膝をついた。
王が、俺なんかに膝をつく?
戸惑う俺をよそに、彼は俺の手をそっと取り、まるで宝物でも扱うように優しく握りしめた。
「そなたは、我の番だ」
低く、落ち着いた声音が耳に響く。
番。
さっきライナスも言っていた、王の伴侶。
異世界に突然連れてこられた上に、王に「番」と断言されるなんて、頭がおかしくなりそうだ。
「……いや、待ってください」
俺は思わず手を引こうとするが、エルヴェルの手は驚くほど温かく、力強いのに優しくて、振りほどけなかった。
「そなたが生まれた時、我はそなたの存在を感じた。だが、異世界にいると知り、無理に呼ぶことはしなかった」
エルヴェルは俺を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そなたの人生はそなたのもの。我が望むからといって、そなたを縛ることはできぬからな」
「……なら、なぜ今さら?」
「そなたが幸せではなかったからだ」
心臓が、ドクンと跳ねた。
また、それを言うのか。
俺は別に、不幸じゃない。恋愛を諦めたって、仕事はあるし、飯も食えてる。ただ、何かが足りないだけだ。
「……そんなの、余計なお世話ですよ」
言いながら、ようやくエルヴェルの手を振りほどいた。
「俺は……男です。それに、恋愛なんてもう諦めました。だから、番なんて言われても困るんです」
俺の拒絶を聞いても、エルヴェルの表情は変わらなかった。ただ、少し寂しげに目を伏せただけだ。
「……そうか」
まるで、俺がそう言うことを初めから分かっていたかのような反応だった。
拒絶されることを覚悟していたみたいな、そんな目をしていた。
「ならば、無理に引き留めることはしない。そなたが望むなら、元の世界に帰そう」
思っていたよりもずっとあっさりとした答えだった。
拍子抜けする俺を見て、エルヴェルはふっと微笑む。
「だが、急に異世界に放り込まれたのだ。すぐに決断を迫るのは酷というもの。しばらくここで過ごすといい」
「……え?」
「そなたの心が決まるまで、我はそなたをもてなそう」
◇◇◇
その後、俺はエルヴェルの手厚いもてなしを受けることになった。
まず、用意された部屋がとんでもなかった。
広い寝台に、上質な絨毯、窓からは城下の美しい夜景が一望できる。まるで貴族の住まいのような豪華な空間に、俺は思わず「場違いすぎる」と呟いてしまった。
「本当に、ここで寝るんですか……?」
「当然だ。我の番を、ぞんざいに扱うわけにはいかぬ」
「……だから、俺は番じゃなくて……」
俺がぐずぐずと否定しようとすると、部屋の隅にいたライナスが口を挟んできた。
「ここで暮らしながら考えればいいだろ。俺が護衛としてつく。この世界の生活、悪くないぞ?」
「いや、俺は帰りたいって……」
「その選択肢ちゃんと残ってる。だが、今すぐ決めるは早すぎる」
「……それは、まあ……」
否定できなかった。
確かに、混乱しすぎてまともに考えられていない。元の世界に帰るにしても、状況をちゃんと整理してからのほうがいい。
「……分かりました。しばらくここにいます」
そう言うと、エルヴェルはどこか安堵したような微笑みを浮かべた。
「よい。そなたが望むなら、ここはそなたの居場所だ」
その優しすぎる言葉が、なぜか少しだけ胸に引っかかる。
こうして、俺の異世界生活が始まった。
──恋を諦めたはずの俺が、王の「番」として。
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