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第3話「異世界の日々」
しおりを挟む異世界に来て数日が経った。
最初は信じられなかったことも、少しずつ現実として受け入れつつある。王宮の広大な庭園、空を舞う鳥とは思えない幻獣、光る花。魔法の灯りがともる廊下を歩くたびに「ファンタジーの世界に迷い込んだみたいだ」と思うのも、もう何度目だろう。
それでもやっぱり、一番の驚きは──
「そなたの食事は、そなたの好みに合わせて用意させた」
「……俺の?」
目の前の豪華な食事を見て、俺は思わず唖然とした。
焼き立てのパン、香ばしく焼かれた肉、見たこともない果実。それだけならまだしも、ご飯と味噌汁に、漬物まで揃っている。
「……どうして?」
「そなたの口に合うものを用意するのは当然だろう?」
エルヴェルは何でもないことのように言うが、これ、日本の食事だよな?
「まさか、わざわざ用意させたんですか……?」
「そなたが慣れぬ環境で疲れぬように、できる限りのことをしたまでだ」
まるで「何か問題でも?」とでも言いたげな顔をしている。
俺が日本の飯を恋しくなるかもしれないから用意した? それを王が当然のように言う?
「……いや、さすがにやりすぎじゃ……」
俺が戸惑っていると、横で食事を運んでいた侍女が微笑んだ。
「王は、番を何よりも大切にするものですから」
「……番を?」
「ええ。この国では、王が最も優先すべきは、自らの番の幸福だとされています」
それは、俺が今まで生きてきた価値観とはあまりにも違いすぎた。
王なら、国や民を優先するものじゃないのか?
俺の疑問を察したのか、エルヴェルは静かに説明を続けた。
「この国において、王の力の源は番との絆にある。ゆえに、王が番を大切にすることは、国を守ることと同義なのだ」
──だから、王は番を最優先にする。
何だ、その文化。
「……そんなの、重すぎるでしょう」
「そうか?」
「そうですよ。だって、俺のためにこんなに気を遣って、わざわざ日本の食事まで……」
「それが当然のことだからな」
エルヴェルは微笑む。
「そなたがここで過ごす間、少しでも快適にあれるように。我はそれを望んでいる」
その言葉は、嘘偽りのないものだった。
彼は、本気で俺を大切にしようとしている。
俺が男だとか、番を拒否しているとか、そういうことは関係なく。
──そんなの、ずるい。
こんなにまっすぐに大切にされたら、勘違いしそうになるじゃないか。
◇◇◇
そんなふうに戸惑いながらも、俺は異世界での日々を送っていた。
ライナスが付き添い、王宮を案内してくれる。
「ここが王の執務室。エルヴェル様は基本的にここで仕事してる」
「……すげえな、広すぎる……」
「王宮だからな。国の運営やること多い」
「王様って、もっと威張ってるもんだと思ってた」
エルヴェルは、王らしくないほど気さくで優しい。
威厳がないわけじゃない。むしろ圧倒されるほどの存在感はある。でも、民や番を第一に考えていて、必要以上に偉そうにすることもない。
──本当に、良い王なんだろうな。
「……なあ、ライナス」
「ん?」
「王様が番を大切にするって文化、昔からあるのか?」
「ああ。王の力は番との絆で強まる。番を幸せにすること、王の力にもつながる」
「……じゃあ、もし番がいなかったら?」
「王の力が不完全になる」
「……」
俺がこの世界に来るまで、エルヴェルはずっと番なしだった。
もしかして、今までずっと不完全なまま王をやっていたのか?
──そんなことを考え始めた矢先だった。
体が、急に熱くなった。
「……あれ?」
ぐらりと視界が揺れる。頭がぼうっとして、力が入らなくなる。
「おい、どうした?」
ライナスの声が遠くなっていく。
喉が渇いて、胸の奥が妙にざわざわする。
何だ、これ。
異世界に来たせいか? それとも、何かの病気か……?
気づけば、俺はその場に崩れ落ちていた。
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