【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。

キノア9g

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第4話「近づく距離と恐れ」

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 ──誰かが、俺の名前を呼んでいる。

 意識の奥で、低く優しい声が響いていた。

 体が重い。熱い。喉が乾いて、息をするのさえしんどい。

 ──ああ、俺、倒れたんだっけ……?

 ぼんやりとした意識の中で、うっすらと目を開ける。

 そこには、俺の顔を覗き込むエルヴェルの姿があった。

「……エルヴェル、さん……?」

「目が覚めたか」

 彼は安堵したように微笑みながら、俺の額にそっと手を添えた。ひんやりとした感触が心地いい。

「熱はまだ少し残っているな。無理をするな」

「俺、何で……?」

「異世界に来た影響だろう」

 エルヴェルの金色の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめる。

「そなたの体には、この世界の法則がまだ馴染んでいない。そのせいで、体調を崩したのだろう」

 ──異世界の法則?

 そんなの、考えたこともなかった。そりゃあ、全く違う世界に来たんだから、体に負担がかかってもおかしくない。

「……迷惑かけて、すみません……」

「謝る必要はない。そなたは我の番なのだから」

 その言葉が、心に引っかかる。

 ──俺が、番だから?

 だから、こんなに優しくしてくれるのか?

 そう考えた途端、無性に胸がざわついた。

 エルヴェルの手は、まだ俺の額に触れたままだった。ほんのわずかに肌が触れ合うだけなのに、不思議と心が落ち着いていく。

「……ずっと、ここにいたんですか?」

「ああ。そなたが倒れたと聞いてから、ずっとそばにいた」

 言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。

「……徹夜、ですか?」

「当然だ」

 あまりにもあっさりとした返答に、息を呑む。

「当然って……王様なんですよね?」

「そなたのことを放っておけるはずがない」

 まただ。

 また、この人は、迷いもなくそんなことを言う。

 俺なんかのために、一国の王が徹夜で看病した?

 ──そんなに、大切にされるような人間じゃないのに。

 喉の奥が苦しくなる。

 俺は、誰かにこんなふうに扱われたことなんて、今までなかった。

 ずっと一人で生きてきた。誰かに甘えようとしたこともあったけど、結局、最後には突き放されるばかりだった。

 だから、俺は恋愛を諦めた。

 どうせ、大切になんてされない。

 期待したら、傷つくだけだから。

 ──なのに、この人は、あまりにも簡単に、俺の存在を肯定してくる。

「……王様、俺が男だって知ってますよね」

「ああ、もちろんだ」

「……俺が、番を拒否してるのも」

「知っている」

「なのに、なんで……そんなに優しくするんですか」

 どうして、そんな顔で俺を見つめるんですか。

 そんなに大切にされたら、俺、また勘違いしそうになる。

 期待なんか、しちゃいけないのに。

「そなたが我の番だからだ」

 エルヴェルは、それだけを答えた。

 まるで、俺がどれだけ拒絶しても、その事実は揺るがないとでも言うように。

「……それだけ?」

「それだけで十分だろう」

 彼は迷いなくそう言った。

「番を大切にするのは、当然のことだ」

「……」

「そなたがどんな存在であろうと、我がそなたを拒む理由はない」

 心臓が、ひどくうるさい。

 そんな言葉を、俺は求めていたのかもしれない。

 ──けれど、信じるのが怖かった。

 俺がもし、この気持ちを認めてしまったら。

 もし、俺がエルヴェルに惹かれてしまったら。

 ──それがバレたとき、きっと、嫌われる。

 そうやって、何度も傷ついてきた。

 だから、俺はエルヴェルの手をそっと振り払った。

「……すみません。ちょっと、休みたいです」

 エルヴェルは何も言わなかった。

 ただ、少しだけ寂しそうに微笑んで、「わかった」とだけ言った。

 彼の優しさが、俺にはまぶしすぎた。
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