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第1話:異世界転移、まさかの学園モノ
しおりを挟む「——はい! というわけでね! 本日の配信はここまで! いやー、まさかここまでバッドエンド引くとは思いませんでしたよ! マジで!」
俺、橘真(たちばなまこと)こと、配信者『まこっちゃん』は、マイクに向かって大げさに両手を広げた。
PC画面のコメント欄には、『www』の文字と『お疲れー』『その選択肢は草』『王子の地雷踏み抜きすぎw』という文字が滝のように流れている。
「いやみんな笑ってるけどさあ! 王子の『ルーク』くん、厳しすぎない!? 俺、普通の選択肢選んだだけだよ? 『パンを買ってきてあげる』って言っただけで好感度下がるってどういうこと!? パシリなんていらねぇってこと!? 乙女心……じゃなかった、男心ムズすぎだろ!」
俺がツッコミを入れると、同接数はさらに跳ね上がる。
俺は本来、ホラーゲームやバカゲーの実況をメインにしているのだが、視聴者からの熱烈なリクエストで、初めて『BLゲーム』というジャンルに手を出したのだ。
タイトルは『愛しき君に捧ぐ恋歌』。
キラキラしたイケメンたちが騎士学園で恋を育む、王道にして高難易度の乙女風BLゲームだ。
「はい、というわけでね。何回やってもルーク王子が闇落ちして終わるんで、もうこのゲームは封印します! 俺には荷が重い! 皆さん、夜も遅いんでね、明日の学校や仕事に備えて寝てください! まこっちゃんも明日早いんで! おつー!」
配信終了ボタンを押し、ふぅ、と大きく息を吐く。
深夜二時。社会人の体にこの時間は堪える。明日も普通に仕事だ。
「……はあ。売るか、これ」
俺はパッケージを手に取った。ジャケットには、憂いを帯びた銀髪の美少年――ルーク・アージェントが描かれている。
顔はいい。顔はめちゃくちゃいいのだ。だが、中身が地雷原すぎる。
俺みたいな二十二歳一般男性には、彼の繊細な精神構造は理解不能だった。
「じゃあな、王子様。次はもっと包容力のあるスパダリ(視聴者に教えてもらった単語だ)に愛されるんだぞ」
ゲームソフトをケースに戻そうと、ディスクに指をかけた、その時だった。
ズズッ。
奇妙な音がした。
まるで、重たい扉を引きずるような音。
ん? と思い手元を見ると、ディスクが回転していた。ゲーム機の中ではない。俺の手の上で、ありえない速度で回転している。
「え、熱っ!?」
摩擦熱のような熱さを感じて手を離そうとするが、離れない。指が吸い付いている。
視界がぐにゃりと歪んだ。
部屋のLED照明が遠のき、代わりに、モニター画面から強烈な光が溢れ出す。
「うわっ、ちょ、なんだこれ! 漏電!? まっ——」
待って、明日会議あるんだけど。
そんな、あまりにも社畜じみた思考を最後に、俺の意識はプツンと途切れた。
……寒い。
背中に当たる感触がゴツゴツしている。
布団じゃない。フローリングでもない。土と、草の感触。
「ん……う……」
重いまぶたを開ける。
最初に目に入ってきたのは、見覚えのない天井——ではなく、鬱蒼と茂る木々の隙間から見える、紫がかった空だった。
「……はい?」
俺はガバッと上半身を起こした。
周囲を見渡す。森だ。どう見ても森だ。しかも、日本の植生じゃない。なんかキノコが蛍光色に光ってるし、木々の幹がねじれまくっている。
「夢か。……にしては、リアルだな」
頬をつねる。痛い。
土の匂い、草の湿った匂い、風の冷たさ。すべてが五感に訴えかけてくる。
俺は立ち上がり、自分の服装を確認した。
スウェット上下。足元は裸足。
深夜の配信スタイルのままである。
「……これ、あれじゃん」
俺は、実況者としての勘が瞬時に働いた。
アニメや漫画で擦り切れるほど見た導入。
異世界転移。
「マジでかー……。あるんだ、こういうの」
普通ならパニックになるところかもしれない。だが、俺は長年ゲーム実況をしてきた男だ。こういう異常事態への耐性は、無駄についてしまっている。
とりあえず、状況整理だ。
俺はゲームを片付けようとした。そしたら光った。で、ここだ。
つまり、あのゲーム『愛しき君に捧ぐ恋歌』の世界である可能性が高い。
「ってことは、俺にも何かしらのチート能力(スキル)が?」
俺は少しワクワクして、右手を前に突き出した。
誰も見ていない森の中だ。黒歴史にはならない。
「我が前に現れよ、紅蓮の炎……!」
シーン。
風が木々を揺らす音しかしない。
「……ステータスオープン!」
シーン。
何も出ない。
「……鑑定!」
シーン。
虚しい。めちゃくちゃ虚しい。
二十二歳、森の中で裸足のスウェット男が、中二病ポーズを決めているだけという地獄絵図。
「嘘だろ……無能力(ノー・スキル)系主人公とか、一番ハードモードなやつじゃん」
ガックリと肩を落とした、その時だ。
ガササッ!
背後の茂みが激しく揺れた。
振り返ると、そこには熊と狼を足して二で割ったような、凶悪な顔つきの獣がいた。サイズは軽自動車くらいある。
目が真っ赤だ。そして、よだれを垂らしている。
明らかに友好的ではない。
「……あ、どうも」
グルルルルッ!!
獣が咆哮と共に飛びかかってきた。
待って待って待って! 実況ならここで「はい回避ー!」とか言えるけど、現実は無理!
俺は反射的に地面を転がった。鋭い爪が、俺のいた場所を抉る。
「洒落になんねえ!」
立ち上がり、全力で走る。
だが、裸足だ。小石や枝が足の裏に刺さって激痛が走る。
後ろから獣の足音が迫る。速い。勝てるわけがない。
あ、これ死んだわ。異世界転移して五分で死ぬとか、配信のネタにもならないバッドエンドだ。
獣の熱い吐息が首筋にかかるのを感じた。
俺はギュッと目を閉じた。
ヒュンッ——!
風を切る音。
その直後、ドサッ、という重い音が響き、獣の気配が消えた。
「……え?」
恐る恐る目を開ける。
目の前には、首を落とされた魔獣が転がっていた。
そして、その上に、一人の青年が立っていた。
月光を浴びて輝く、サラサラの銀髪。
宝石のようなアメジストの瞳。
仕立ての良さそうな、深い紺色の軍服風の衣装。手には、血の滴る長剣が握られている。
息を呑むほど美しい、作り物めいた容姿。
「……ルーク、王子?」
思わず呟いていた。
間違いない。ついさっきまで画面越しに見ていた、あの攻略対象キャラだ。
実物は、グラフィックの比じゃない。オーラが違う。圧倒的な「主人公感」に、俺はただ呆然とするしかなかった。
助かった。
そう安堵したのも束の間、ルークはこちらを振り向き、冷ややかな視線を突き刺してきた。
「……また、貴様か」
低い声。
絶対零度の響きだった。
え? 「また」って何? 俺たち初対面だよね?
ルークは剣についた血を振り払うと、カツン、カツンと俺に歩み寄ってくる。
感謝を伝えようと口を開きかけた俺は、彼の頭上に見慣れないものが浮かんでいるのに気づいた。
『 ▼ -98 』
黒く澱んだような色のゲージと、マイナス98という数字。
なんだあれ。HPバーじゃない。MPでもない。
……好感度、か?
「あ、あの、助けてくれてあり——」
「黙れ」
ぴしゃりと言われた。
ルークは俺の目の前まで来ると、侮蔑の色を隠そうともせずに俺を見下ろした。
「なぜこんなところにいる。貴様はいつもそうだ。私の想定の外側ばかりをうろつき、理解不能な行動で私を掻き乱す」
「へ?」
「あの時の言葉もそうだ。『パンを買ってくる』? 王族の私に向かって、貴様は何を考えているんだ」
……はい?
待って。そのセリフ、俺がさっきゲームで選んだ選択肢だ。
え、繋がってるの? この世界、俺がプレイしたあのセーブデータの続きってこと!?
俺はもう一度、彼の頭上のゲージを見た。
『 -98 』。
ほぼカンストじゃん。
マイナス100でゲームオーバーだとしたら、俺、首の皮一枚で繋がってる状態ってこと?
嫌われすぎだろ! あの選択肢一つでここまで憎まれるとか、どんだけカルシウム足りてないんだよこの王子!
「……殺してやりたいが、ここで死なれては目覚めが悪い」
ルークは吐き捨てるように言うと、俺に背を向けた。
「ついて来いとは言わない。その無様で滑稽な姿で森を彷徨うのが趣味なら、勝手にしろ」
うっわ、冷たい。
塩対応どころか氷河期だよ。
でも、ここで放置されると俺は死ぬ。プライドを捨ててついていくしかないのか……?
「おーい! 大丈夫かー!」
その時、森の奥から別の声がした。
カンテラの明かりが近づいてくる。
茶色の髪に、優しげな垂れ目。見るからに温厚そうな青年が走ってくるのが見えた。
「ハル!」
俺は思わず叫んだ。
ハル・アッシュフィールド。ゲーム内でのサポートキャラで、攻略対象外の「いい人」だ。
今の俺には、彼が天使に見える。
「橘! よかった、無事だったか……! 寮を抜け出したって聞いて心配したんだぞ!」
ハルは俺の肩を抱き、心底ホッとした表情を見せた。
橘って呼ばれてる。俺の名前も認識されてるのか。
……ん? 寮を抜け出した?
「ハル、探す手間が省けたな。その愚か者を連れて帰れ」
ルークはハルに冷淡に告げると、俺にはもう一瞥もくれず、闇の中へと去っていった。
その背中からは「関わるな」「視界に入れるな」という強烈な拒絶オーラが出ていた。頭上の『 -98 』が、心なしか点滅して見えた気がする。
「……嫌われすぎだろ、俺」
思わず本音が漏れる。
ハルは苦笑しながら、俺の背中をさすってくれた。
「ルーク様も、本当は心配してたんだよ。わざわざ探しに来てくれたんだから」
「いや、あれは完全にゴミを見る目だったよ……」
「ははは。さ、帰ろう橘。明日は始業式だろ? 制服、ちゃんと準備してあるから」
ハルの言葉に、俺は思考を停止させた。
……始業式? 制服?
俺、二十二歳。社会人三年目。
ここ、騎士学園(高校生相当)。
「……嘘だと言ってくれ」
「え? 何が?」
森の出口から見えたのは、巨大な城のような学舎と、月明かりに照らされたファンタジーな街並み。
俺はこれから、このBLゲーの世界で、あの殺意全開の王子がいる学園に通わなければならないらしい。
しかも、全校生徒の中で俺だけが、バッドエンド直前の好感度(マイナス98)を背負って。
「詰んだ……」
俺の呟きは、夜風に虚しく消えていった。
こうして、俺の『実況お兄さん異世界サバイバル(ハードモード)』が幕を開けてしまったのである。
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