【8話完結】実況お兄さん、BLゲームの世界へ行く。

キノア9g

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第1話:異世界転移、まさかの学園モノ

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「——はい! というわけでね! 本日の配信はここまで! いやー、まさかここまでバッドエンド引くとは思いませんでしたよ! マジで!」

 俺、橘真(たちばなまこと)こと、配信者『まこっちゃん』は、マイクに向かって大げさに両手を広げた。
 PC画面のコメント欄には、『www』の文字と『お疲れー』『その選択肢は草』『王子の地雷踏み抜きすぎw』という文字が滝のように流れている。

「いやみんな笑ってるけどさあ! 王子の『ルーク』くん、厳しすぎない!? 俺、普通の選択肢選んだだけだよ? 『パンを買ってきてあげる』って言っただけで好感度下がるってどういうこと!? パシリなんていらねぇってこと!? 乙女心……じゃなかった、男心ムズすぎだろ!」

 俺がツッコミを入れると、同接数はさらに跳ね上がる。
 俺は本来、ホラーゲームやバカゲーの実況をメインにしているのだが、視聴者からの熱烈なリクエストで、初めて『BLゲーム』というジャンルに手を出したのだ。
 タイトルは『愛しき君に捧ぐ恋歌』。
 キラキラしたイケメンたちが騎士学園で恋を育む、王道にして高難易度の乙女風BLゲームだ。

「はい、というわけでね。何回やってもルーク王子が闇落ちして終わるんで、もうこのゲームは封印します! 俺には荷が重い! 皆さん、夜も遅いんでね、明日の学校や仕事に備えて寝てください! まこっちゃんも明日早いんで! おつー!」

 配信終了ボタンを押し、ふぅ、と大きく息を吐く。
 深夜二時。社会人の体にこの時間は堪える。明日も普通に仕事だ。

「……はあ。売るか、これ」

 俺はパッケージを手に取った。ジャケットには、憂いを帯びた銀髪の美少年――ルーク・アージェントが描かれている。
 顔はいい。顔はめちゃくちゃいいのだ。だが、中身が地雷原すぎる。
 俺みたいな二十二歳一般男性には、彼の繊細な精神構造は理解不能だった。

「じゃあな、王子様。次はもっと包容力のあるスパダリ(視聴者に教えてもらった単語だ)に愛されるんだぞ」

 ゲームソフトをケースに戻そうと、ディスクに指をかけた、その時だった。

 ズズッ。

 奇妙な音がした。
 まるで、重たい扉を引きずるような音。
 ん? と思い手元を見ると、ディスクが回転していた。ゲーム機の中ではない。俺の手の上で、ありえない速度で回転している。

「え、熱っ!?」

 摩擦熱のような熱さを感じて手を離そうとするが、離れない。指が吸い付いている。
 視界がぐにゃりと歪んだ。
 部屋のLED照明が遠のき、代わりに、モニター画面から強烈な光が溢れ出す。

「うわっ、ちょ、なんだこれ! 漏電!? まっ——」

 待って、明日会議あるんだけど。
 そんな、あまりにも社畜じみた思考を最後に、俺の意識はプツンと途切れた。

 ……寒い。
 背中に当たる感触がゴツゴツしている。
 布団じゃない。フローリングでもない。土と、草の感触。

「ん……う……」

 重いまぶたを開ける。
 最初に目に入ってきたのは、見覚えのない天井——ではなく、鬱蒼と茂る木々の隙間から見える、紫がかった空だった。

「……はい?」

 俺はガバッと上半身を起こした。
 周囲を見渡す。森だ。どう見ても森だ。しかも、日本の植生じゃない。なんかキノコが蛍光色に光ってるし、木々の幹がねじれまくっている。

「夢か。……にしては、リアルだな」

 頬をつねる。痛い。
 土の匂い、草の湿った匂い、風の冷たさ。すべてが五感に訴えかけてくる。
 俺は立ち上がり、自分の服装を確認した。
 スウェット上下。足元は裸足。
 深夜の配信スタイルのままである。

「……これ、あれじゃん」

 俺は、実況者としての勘が瞬時に働いた。
 アニメや漫画で擦り切れるほど見た導入。
 異世界転移。

「マジでかー……。あるんだ、こういうの」

 普通ならパニックになるところかもしれない。だが、俺は長年ゲーム実況をしてきた男だ。こういう異常事態への耐性は、無駄についてしまっている。
 とりあえず、状況整理だ。
 俺はゲームを片付けようとした。そしたら光った。で、ここだ。
 つまり、あのゲーム『愛しき君に捧ぐ恋歌』の世界である可能性が高い。

「ってことは、俺にも何かしらのチート能力(スキル)が?」

 俺は少しワクワクして、右手を前に突き出した。
 誰も見ていない森の中だ。黒歴史にはならない。

「我が前に現れよ、紅蓮の炎……!」

 シーン。
 風が木々を揺らす音しかしない。

「……ステータスオープン!」

 シーン。
 何も出ない。

「……鑑定!」

 シーン。
 虚しい。めちゃくちゃ虚しい。
 二十二歳、森の中で裸足のスウェット男が、中二病ポーズを決めているだけという地獄絵図。

「嘘だろ……無能力(ノー・スキル)系主人公とか、一番ハードモードなやつじゃん」

 ガックリと肩を落とした、その時だ。

 ガササッ!

 背後の茂みが激しく揺れた。
 振り返ると、そこには熊と狼を足して二で割ったような、凶悪な顔つきの獣がいた。サイズは軽自動車くらいある。
 目が真っ赤だ。そして、よだれを垂らしている。
 明らかに友好的ではない。

「……あ、どうも」

 グルルルルッ!!

 獣が咆哮と共に飛びかかってきた。
 待って待って待って! 実況ならここで「はい回避ー!」とか言えるけど、現実は無理!
 俺は反射的に地面を転がった。鋭い爪が、俺のいた場所を抉る。

「洒落になんねえ!」

 立ち上がり、全力で走る。
 だが、裸足だ。小石や枝が足の裏に刺さって激痛が走る。
 後ろから獣の足音が迫る。速い。勝てるわけがない。
 あ、これ死んだわ。異世界転移して五分で死ぬとか、配信のネタにもならないバッドエンドだ。

 獣の熱い吐息が首筋にかかるのを感じた。
 俺はギュッと目を閉じた。

 ヒュンッ——!

 風を切る音。
 その直後、ドサッ、という重い音が響き、獣の気配が消えた。

「……え?」

 恐る恐る目を開ける。
 目の前には、首を落とされた魔獣が転がっていた。
 そして、その上に、一人の青年が立っていた。

 月光を浴びて輝く、サラサラの銀髪。
 宝石のようなアメジストの瞳。
 仕立ての良さそうな、深い紺色の軍服風の衣装。手には、血の滴る長剣が握られている。
 息を呑むほど美しい、作り物めいた容姿。

「……ルーク、王子?」

 思わず呟いていた。
 間違いない。ついさっきまで画面越しに見ていた、あの攻略対象キャラだ。
 実物は、グラフィックの比じゃない。オーラが違う。圧倒的な「主人公感」に、俺はただ呆然とするしかなかった。

 助かった。
 そう安堵したのも束の間、ルークはこちらを振り向き、冷ややかな視線を突き刺してきた。

「……また、貴様か」

 低い声。
 絶対零度の響きだった。
 え? 「また」って何? 俺たち初対面だよね?

 ルークは剣についた血を振り払うと、カツン、カツンと俺に歩み寄ってくる。
 感謝を伝えようと口を開きかけた俺は、彼の頭上に見慣れないものが浮かんでいるのに気づいた。

 『 ▼ -98 』

 黒く澱んだような色のゲージと、マイナス98という数字。
 なんだあれ。HPバーじゃない。MPでもない。
 ……好感度、か?

「あ、あの、助けてくれてあり——」
「黙れ」

 ぴしゃりと言われた。
 ルークは俺の目の前まで来ると、侮蔑の色を隠そうともせずに俺を見下ろした。

「なぜこんなところにいる。貴様はいつもそうだ。私の想定の外側ばかりをうろつき、理解不能な行動で私を掻き乱す」
「へ?」
「あの時の言葉もそうだ。『パンを買ってくる』? 王族の私に向かって、貴様は何を考えているんだ」

 ……はい?
 待って。そのセリフ、俺がさっきゲームで選んだ選択肢だ。
 え、繋がってるの? この世界、俺がプレイしたあのセーブデータの続きってこと!?

 俺はもう一度、彼の頭上のゲージを見た。
 『 -98 』。
 ほぼカンストじゃん。
 マイナス100でゲームオーバーだとしたら、俺、首の皮一枚で繋がってる状態ってこと?
 嫌われすぎだろ! あの選択肢一つでここまで憎まれるとか、どんだけカルシウム足りてないんだよこの王子!

「……殺してやりたいが、ここで死なれては目覚めが悪い」

 ルークは吐き捨てるように言うと、俺に背を向けた。

「ついて来いとは言わない。その無様で滑稽な姿で森を彷徨うのが趣味なら、勝手にしろ」

 うっわ、冷たい。
 塩対応どころか氷河期だよ。
 でも、ここで放置されると俺は死ぬ。プライドを捨ててついていくしかないのか……?

「おーい! 大丈夫かー!」

 その時、森の奥から別の声がした。
 カンテラの明かりが近づいてくる。
 茶色の髪に、優しげな垂れ目。見るからに温厚そうな青年が走ってくるのが見えた。

「ハル!」

 俺は思わず叫んだ。
 ハル・アッシュフィールド。ゲーム内でのサポートキャラで、攻略対象外の「いい人」だ。
 今の俺には、彼が天使に見える。

「橘! よかった、無事だったか……! 寮を抜け出したって聞いて心配したんだぞ!」

 ハルは俺の肩を抱き、心底ホッとした表情を見せた。
 橘って呼ばれてる。俺の名前も認識されてるのか。
 ……ん? 寮を抜け出した?

「ハル、探す手間が省けたな。その愚か者を連れて帰れ」

 ルークはハルに冷淡に告げると、俺にはもう一瞥もくれず、闇の中へと去っていった。
 その背中からは「関わるな」「視界に入れるな」という強烈な拒絶オーラが出ていた。頭上の『 -98 』が、心なしか点滅して見えた気がする。

「……嫌われすぎだろ、俺」

 思わず本音が漏れる。
 ハルは苦笑しながら、俺の背中をさすってくれた。

「ルーク様も、本当は心配してたんだよ。わざわざ探しに来てくれたんだから」
「いや、あれは完全にゴミを見る目だったよ……」
「ははは。さ、帰ろう橘。明日は始業式だろ? 制服、ちゃんと準備してあるから」

 ハルの言葉に、俺は思考を停止させた。
 ……始業式? 制服?
 俺、二十二歳。社会人三年目。
 ここ、騎士学園(高校生相当)。

「……嘘だと言ってくれ」
「え? 何が?」

 森の出口から見えたのは、巨大な城のような学舎と、月明かりに照らされたファンタジーな街並み。
 俺はこれから、このBLゲーの世界で、あの殺意全開の王子がいる学園に通わなければならないらしい。
 しかも、全校生徒の中で俺だけが、バッドエンド直前の好感度(マイナス98)を背負って。

「詰んだ……」

 俺の呟きは、夜風に虚しく消えていった。
 こうして、俺の『実況お兄さん異世界サバイバル(ハードモード)』が幕を開けてしまったのである。
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