【8話完結】実況お兄さん、BLゲームの世界へ行く。

キノア9g

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第2話:制服姿で恋愛スキル試される地獄

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 朝。
 小鳥のさえずりと、窓から差し込む爽やかな木漏れ日。
 なんて優雅な目覚めだろうか。これが俺の1Kアパートなら、隣の住人の目覚まし時計か、ゴミ収集車の音で叩き起こされるところだ。

「……って、現実は甘くねえな!!」

 俺は勢いよくベッドから跳ね起きた。
 夢オチを期待して二度寝を試みたが、目の前に広がるのは相変わらず中世ファンタジー風の石造りの部屋。
 隣のベッドでは、同室のハルがすでに着替えを終え、爽やかに微笑んでいる。

「おはよう、橘。よく眠れた?」
「……おはよう、ハル。おかげさまで、ここが異世界であることを再確認する夢を見たよ」
「はは、異世界? まだ寝ぼけてるのか? ほら、早く着替えないと遅刻するぞ。今日は始業式だからね」

 ハルが指差した先。
 壁にかけられたハンガーには、昨晩は見なかったことにした『それ』が鎮座していた。

 俺は恐る恐る、『それ』を手に取る。
 騎士学園の制服。
 ゲーム画面で見たときは「カッコいいデザインだな~」くらいにしか思っていなかった。だが、実物を前にすると破壊力が違う。

「……これ、本気で着るの?」
「? もちろんだよ。校則だし」

 俺は震える手で袖を通した。
 ベースは濃紺のロングジャケット。ここまではいい。問題は装飾だ。
 金色の刺繍がこれでもかと施され、肩には立派なエポレット(肩章)。左胸には無駄にデカい宝石付きのエンブレム。腰にはチェーンジャラジャラ。
 極め付けは、なぜか右肩からだけ垂れ下がっている短いマントだ。

「……」

 姿見の前に立つ。
 そこにいたのは、これからアイドルでも始めるのかという出立ちの、二十二歳男性だった。

「痛い……! 心が痛い!!」

 俺は鏡の中の自分に頭を抱えた。
 似合っていないわけではない。元の顔立ちは悪くないし(自称)、スタイルも平均的だ。
 だが、中身が「一般社会人」であることが致命的な拒絶反応を起こしている。
 これはコスプレだ。ハロウィンの渋谷でも、ここまでガチな格好をしている奴はそういない。

「相変わらず、似合うよね橘! 貴族科の生徒みたいだ」
「やめてハルくん! その純粋な褒め言葉が俺のライフを削ってるの!」
「? 襟、曲がってるぞ」

 ハルが甲斐甲斐しく襟を直してくれる。
 その距離が近い。至近距離で上目遣い。ゲームならここで『ドキッ☆』というSEが鳴るところだが、俺の心臓は『羞恥心で爆発寸前』という警告音を鳴らしている。
 俺、二十二だよ? 新卒の部下もいる年齢だよ? なんで高校生に服の乱れ直されてんの?

「……行こうか、ハル」
「うん!」

 俺は死んだ魚のような目で、人生二度目の高校生活(ハードモード)へと足を踏み出した。

 学園への道のりは、精神修業の場だった。
 すれ違う生徒たちは、みんなこのキラキラ制服を違和感なく着こなしている。
 そして、世界全体に『恋愛ゲーム補正』がかかっているのか、背景の花がやたらと舞い散り、光の粒が浮遊していた。

「なんだこの演出過剰な世界……。常に写真映えでも狙ってんのか?」
「橘、さっきから独り言が多いけど大丈夫?」

 ハルに心配されつつ、教室へ向かう廊下を歩いていた時だ。

「どぉりゃあああああ!!!」

 爆音と共に、廊下の曲がり角から何かが突っ込んできた。
 人間だ。いや、人間大の砲弾だ。

「危ない!」

 ハルに腕を引かれ、壁際に避難する。
 その鼻先を、赤い髪の男が風のような速度で駆け抜けていった。

「朝練んんんん! 廊下は直線! つまり走る場所ぉぉぉ!!」
「いや廊下は歩く場所だろ!?」

 俺のツッコミは彼方の残像に消えた。
 カイ・クロフォード。騎士団長の息子で、脳筋体育会系攻略キャラだ。
 あんなのと恋愛ルートに入ったら、デートが全部トライアスロンになる未来しか見えない。

「カイ様、相変わらず元気だね」
「元気のベクトルがおかしいよ。校舎壊す気か」

 気を取り直して進むと、今度は教室の前で、眼鏡をかけた知的な青年がブツブツ言いながら壁に数式を書いていた。
 シオン・ヴァーミリオン。宰相の息子、インテリ眼鏡枠だ。

「風の流速と魔力伝導率の相関が……いや、ここに愛の変数を代入すれば……」
「……ねえハル、あの人壁に落書きしてるけど通報しなくていい?」
「シオン様は研究熱心だからね。邪魔しちゃダメだよ」

 チョークでもない、指先から出た光で壁を焦がしながら数式を書いている。器物破損だ。
 攻略キャラたち、顔はいいのに奇行が目立ちすぎる。
 ゲーム画面越しなら「キャラ立ってるな~w」で済むが、同じクラスの同級生となると「関わりたくない」の一言に尽きる。

 そして、教室に入ろうとした瞬間。

「おや、可愛い迷い猫ちゃんたちだね?」

 背後から甘ったるい声がかかった。
 振り返ると、やたらと着崩した教師風の男が立っていた。
 アルフレッド・リドリー。この学園の理事でありながら、暇さえあれば生徒に粉をかけるチャラ男枠だ。

「おはようございます、理事長」
「堅いな~。アルフレッドでいいよ? ……ん? 君、見ない顔だね」

 アルフレッドの顔がスッと近づく。整った顔立ちだが、目が笑っていない。
 香水の匂いがキツイ。朝からとんこつラーメン屋の前を通った時くらいの胸焼けがする。

「橘です。……あの、顔近いです」
「ふふ、照れ屋さんだね。困ったことがあったら、いつでも理事長室においで。秘密の個人レッスンをしてあげるから」

 ウィンクと共に去っていく理事長。
 俺は背筋に走る寒気を抑えながら呟いた。

「……コンプラ案件だろ、今の」
「橘、理事長に気に入られるなんてすごいじゃないか!」
「ハルくん、君のそのピュアさは時として凶器だよ」

 教室に入る前から、俺のHPはもう赤ゲージだった。
 この世界、イケメンの顔面偏差値と常識の欠如が比例している気がする。

 教室に入り、自分の席につく。
 幸い、俺の席は窓際の後ろの方——いわゆる主人公席だった。
 ハルは隣の席だ。ここだけが唯一の安息地だ。

 だが、平穏はすぐに破られる。
 教室のドアが開き、空気が凍りついた。

 入ってきたのは、ルーク・アージェント。
 昨晩、俺を助け、そして見捨てたヤンデレ王子だ。
 彼の登場に、クラス中の女子(と一部男子)から黄色い声援が飛ぶが、本人は完全無視。
 そして、彼の後ろにはもう一人、鋭い目つきの美少年が付き従っていた。
 ゼノス・ナイトレイ。悪役令息枠にして、ルークの婚約者(男同士だが政略的なアレだ)。

 ルークは俺の姿を見つけると、一瞬だけ眉をひそめ、すぐに興味なさげに視線を逸らした。
 頭上のゲージは『 -98 』のまま。
 うん、安定の嫌われっぷりだ。

 問題は、その後ろのゼノスだ。
 彼はルークの視線の先——つまり俺をギロリと睨みつけ、カツカツと足音を立てて歩み寄ってきた。

「貴様か」
「……はい?」

 初対面(ゲーム内では何度か殺されかけたが)の挨拶にしては、殺意が高すぎる。
 ゼノスは俺の机をバン! と叩いた。

「ルーク様に付き纏っている薄汚いネズミというのは!」
「い、いえ! 付き纏ってないです! むしろ全力で距離を置かせていただいております!」

 俺は必死に弁明した。社会人の処世術、即座の全否定だ。
 だが、ゼノスは聞く耳を持たない。

「ふん。昨日、森でルーク様に助けられたそうだな。身の程を知れ。ルーク様の剣は、貴様のような平民を守るためにあるのではない」
「おっしゃる通りで! 本当に申し訳ございません!」
「二度とその薄汚い視界にルーク様を入れるな。次はないと思え」

 捨て台詞を残し、ゼノスはルークの隣の席へ去っていった。
 教室中がシーンとしている。
 公開処刑だ。学園初日にしていじめられっ子ルート確定演出だ。

「……はあ」

 俺は机に突っ伏した。
 周りの視線が痛い。「あいつ何したの?」「王子に嫌われてるの?」というヒソヒソ話が聞こえる。

 ゲーム実況なら、ここで「おーっと! 悪役令息からの熱烈なラブコール(殺害予告)だー! 嫉妬乙!」とか言って笑い飛ばせる。
 でも、今は当事者だ。
 普通に怖いし、何より理不尽すぎる。

「大丈夫か、橘……」
「……ありがとう、ハル。君だけが癒しだ」

 俺は顔を上げ、黒板を見つめながら今後の戦略を練った。
 現状、ルーク王子からの好感度は底辺(と俺は思っている)。
 取り巻きのゼノスからは明確な敵意。
 他の攻略キャラは関わると災害級のトラブルに巻き込まれそう。

 結論は一つだ。

 ——『友情エンド』を目指すしかない。

 このゲームには、誰とも結ばれないが、仲間たちと熱い友情を築いて終わる「大団円ルート」が存在する。
 恋愛イベントをすべてへし折り、ひたすら好感度を「知り合い以上、恋人未満」の安全圏に留める高難易度ルートだ。
 だが、今の俺にはこれしかない。
 二十二歳男性の尊厳と、社会的地位と、命を守るために。

「決めたぞ……」
「何を?」
「俺は、この学園生活、徹底的に『モブ』に徹する! 恋愛イベントなんて知ったことか! 俺はハルと学食で一番安いパンを食べて平和に卒業するんだ!」

 俺の悲痛な決意表明に、ハルはきょとんとして、それからふわりと笑った。

「ふふ、変な目標。でも、僕でよければ付き合うよ」

 ああ、後光が見える。
 このハルとの友情だけを育てていこう。
 そう心に誓った俺だったが、その時の俺は気づいていなかった。

 教室の前方。
 窓の外を眺めるフリをして、ルークがガラスに映る俺たちの姿を、じっと見つめていることに。
 その頭上のゲージが、ピクリとも動かず、しかしドス黒い色を深めていることに。

 俺の「モブ計画」が、開始早々にして最大の障壁にぶち当たろうとしていることを、俺はまだ知らなかった。
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