【8話完結】実況お兄さん、BLゲームの世界へ行く。

キノア9g

文字の大きさ
3 / 8

第3話:推しは安らぎ、王子は危険

しおりを挟む

 異世界転移から三日目。
 俺、橘真(二十二歳・会社員)は、人生の真理に到達していた。

「……ハルくん、君は天使か何かなの?」
「え? 何言ってるの、橘。ただの紅茶だよ?」

 放課後の寮の部屋。
 同室のハルが、湯気の立つティーカップを俺の前に置いてくれた。
 茶葉のいい香り。そして、テーブルには手作りのクッキー。
 部屋は完璧に整頓され、俺が脱ぎ散らかした制服(あの恥ずかしいマント付きのやつ)も、いつの間にかハンガーにかけられている。

「いや、ただの紅茶じゃない。これは聖水だ。そして君は神だ」
「大袈裟だなあ。僕、寮係の補佐だからこういうの慣れてるだけだよ」

 ハルは困ったように笑いながら、自分の分のカップを持って向かいに座った。
 ハル・アッシュフィールド、十六歳。
 年下だ。俺より六つも年下だ。なのに、この包容力はどうだ。
 俺が仕事(実況と編集)に追われてコンビニ弁当とエナドリで命を繋いでいた日々が、前世のように思えてくる。

(……これが『スパダリ』ってやつか? いや、ハルは攻略対象じゃないけど)

 俺はクッキーを齧りながら、しみじみと感動していた。
 あのキラキラして突飛な行動ばかりする攻略対象たち(奇行種)と違い、ハルは常識人だ。話が通じる。そして優しい。
 この過酷なBLゲームの世界で、唯一心休まるオアシス。

「俺、決めたよハル。この学園生活、君の背中についていく。金魚のフンと言われようとも」
「ふふ、大歓迎だよ。僕も橘といると楽しいし」
「うっ……眩しい……! その笑顔だけで白飯三杯いける……」

 俺は涙ぐみながら紅茶を啜った。
 よし、友情エンドルートは順調だ。このままハルと平和な学園ライフを送り、恋愛フラグを全てへし折って元の世界に帰還する。完璧な作戦だ。

 ——そう、この時はまだ、俺は楽観視していたのだ。
 『推し』と仲良くすることが、一番厄介な『彼』の逆鱗に触れる行為だということに。

 翌日の昼休み。
 俺とハルは、中庭のベンチで昼食をとっていた。
 学食のサンドイッチだが、ハルと一緒に食べればミシュランの味だ。

「そういえば橘、魔法の実技はどうだった? 先生に怒られてたけど」
「やめて、思い出させないで。俺だけ杖から『ポンッ』って鳩が出ただけだったんだから。手品かよ」
「あはは! でも、無属性魔法って珍しいから、きっと何か才能があるんだよ」

 ハルが俺の肩を叩いて励ましてくれる。
 その距離感の近さに、少しだけドキッとする。いや、BL的な意味ではなく、パーソナルスペース広めの現代人としての反応だ。
 だが、周囲の視線は違った。

 ……視線?

 背筋に、冷たいものが走った。
 ゾワリ、とした感覚。誰かに見られている。それも、ただならぬ執着を持って。

「……?」

 俺はサンドイッチを口に運ぶ手を止めて、視線の方角——校舎の二階テラスを見上げた。
 そこに、彼がいた。

 ルーク・アージェント。
 手すりに頬杖をつき、無表情でこちらを見下ろしている。
 遠目でもわかる美貌。そして、その頭上に浮かぶ禍々しい数値。
 『 ▼ -98 』

 ……ヒエッ。
 目が合った瞬間、俺は喉にパンを詰まらせかけた。
 動かない。あのゲージ、俺が転移してきてから1ミリも動いていない。
 これってバグ? それとも俺の存在自体がマイナス要素なの?

「……橘? どうしたの、顔色が悪いよ」
「あ、いや……なんでもない。ちょっと悪寒が……」

 俺が視線を逸らそうとした時だ。
 ルークが、スッ、と指を動かした。
 何かを指示するような、あるいは魔法を行使するような、短いジェスチャー。

 ドササササッ!!!

「うわっ!?」

 突如、俺たちの頭上にある大樹から、大量の木の葉と木の実が落下してきた。
 それも、ピンポイントで俺とハルの間を分断するように。

「ごほっ、ごほっ! なんだ!?」
「大丈夫かい、橘!?」

 俺たちは慌ててベンチから飛び退いた。
 幸い怪我はないが、ランチタイムは台無しだ。
 見上げると、テラスにいたはずのルークの姿は、いつの間にか消えていた。

「……今の、絶対偶然じゃないよな」
「風のいたずらかな……? 変だね、今日は風なんてないのに」

 ハルは不思議そうに首を傾げているが、俺の直感(ゲーマーの勘)が告げている。
 あれは嫌がらせだ。
 俺がハルと仲良くしているのが気に食わなかったのか? 王族の自分を差し置いて、平民同士でつるんでいるのが目障りだったのか?

 『 -98 』の意味を、俺は改めて噛み締めた。
 嫌われてる。マジで嫌われてる。
 これ以上刺激しないようにしなければ。

 その日の放課後。
 俺は一人で図書室に向かっていた。ハルは寮の仕事があるため別行動だ。
 異世界の歴史や常識を少しでもインプットしておかないと、ボロが出るからだ。

「えーっと、『魔力循環の基礎』……これかな」

 高い棚にある本に手を伸ばす。
 届かない。身長175センチはあるはずなんだが、この世界の棚は巨人仕様か?

「よいしょ……っ」

 背伸びをして指先をかけた、その時。
 背後から、誰かの腕が伸びてきた。
 白い手袋に包まれた手が、俺の狙っていた本を軽々と抜き取る。

「あっ、すみませ——」

 振り返り、俺は言葉を失った。
 至近距離。
 整いすぎた顔。アメジストの瞳。
 ルーク・アージェントが、俺の背後に立っていた。壁ドンならぬ、本棚ドンに近い体勢で。

「……ル、ルーク様」

 心臓が跳ねた。
 怖い。シンプルに怖い。
 頭上のゲージは相変わらず『 -98 』。点滅こそしていないが、威圧感がすごい。

「……貴様は、この本が読めるのか」

 開口一番、それかよ。
 馬鹿にされている。

「……一応、これでも勉強はしておりましたので。あの、その本を……」
「ふん」

 ルークは本を俺に渡さず、パラパラとページをめくり始めた。
 興味なさそうだ。完全に俺をからかっている。
 俺は意を決して、一歩下がった。
 物理的距離を取る。そして、精神的距離も取る。これが「嫌われている相手」への正しい対処法だ。

「申し訳ありません、ルーク様。私の手が届かなかったばかりに、お手間を取らせてしまいました。その本はもう結構ですので、私はこれで失礼いたします」

 完璧な敬語。
 完璧なビジネスマナー。
 一介の生徒が王子に対してとるべき、最上級の「他人行儀」だ。
 これで彼も、鬱陶しい俺がいなくなって清々するはず——。

 ダンッ!!

 耳元で爆音がした。
 ルークが、本を棚に叩きつけた音だった。

「……ひっ」
「……なぜ、引く」

 低い声。
 ルークの瞳が、揺らいでいた。怒り? いや、もっとドロドロとした何か。
 彼は俺に詰め寄る。一歩下がる俺を、さらに追い詰める。

「あの男……ハル・アッシュフィールドには、あんなに無防備な顔で笑いかけていたくせに」
「え?」
「私には、その張り付いたような笑顔と、他人行儀な言葉しか向けないのか? ……私が、王子だからか?」

 違う。お前が俺を嫌ってる(マイナス98)からだよ!
 そう叫びたいが、言えるわけがない。
 ルークの顔が近づく。吐息がかかる距離。
 彼の瞳の奥に、昏い炎が見えた気がした。

「不愉快だ。……貴様のその、何もかも分かったような顔をして、私を線引きする態度が」

 ルークの手が伸びてくる。俺の頬に触れようとして——寸前で止まる。
 まるで、触れたいのに触れられない、見えない壁があるかのように。

「……私の前から消えろと言ったはずだ。なのに、なぜ視界に入る」

 言ってることとやってることが矛盾してますよ殿下!
 壁際に追い詰めといて「消えろ」は理不尽すぎる!

「も、申し訳ありません! 以後、気をつけますので!」

 俺は脱兎の如く、その隙間を潜り抜けて逃げ出した。
 背中に、突き刺さるような視線を感じながら。

「はぁ、はぁ……っ!」

 廊下の角を曲がり、心臓を押さえる。
 怖かった。マジで怖かった。
 あれがヤンデレ王子のプレッシャーか。
 ただ怒られているだけなのに、なぜか「食われる」という動物的な恐怖を感じた。

「……ん? 待てよ」

 俺はふと、違和感を覚えた。
 ルークは確かに怒っていた。
 でも、最後の表情。
 怒りの中に、一瞬だけ——『寂しさ』のような、縋るような色が混じっていなかったか?

「……いやいや、ないない。マイナス98だぞ? 俺の幻覚だ」

 俺は首を振って、その思考を打ち消した。
 あんな危険人物に同情したら、バッドエンドへ一直線だ。
 俺にはハルがいる。ハルとの友情エンドだけを目指せばいいんだ。

 だが、俺はまだ知らなかった。
 俺が逃げ出した後の図書室で。
 ルークが、俺が触れようとしていた本の背表紙を、愛おしそうに、そして執拗に撫で回していたことを。
 そして、その頭上のゲージが、マイナス98のまま、赤黒く明滅し始めていたことを。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

BLゲームの主人公に憑依した弟×悪役令息兄

笹井凩
BL
「BLゲーの主人公に憑依したら、悪役令息の兄が不器用すぎてメロかった」……になる予定の第一話のようなものです。 復讐不向きな主人公×ツンツンクーデレな兄ちゃん 彼氏に遊ばれまくってきた主人公が彼氏の遊び相手に殺され、転生後、今度こそ性格が終わっている男共を粛清してやろうとするのに、情が湧いてなかなか上手くいかない。 そんな中、ゲームキャラで一番嫌いであったはずのゲスい悪役令息、今生では兄に当たる男ファルトの本性を知って愛情が芽生えてしまい——。 となるアレです。性癖。 何より、対人関係に恵まれなかったせいで歪んだ愛情を求め、与えてしまう二人が非常に好きなんですよね。 本当は義理の兄弟とかにしたほうが倫理観からすると良いのでしょうが、本能には抗えませんでした。 今日までの短編公募に間に合わなかったため供養。 プロットはあるので、ご好評でしたら続きも載せたいなと思っております。 性癖の近しい方に刺されば、非常に嬉しいです。 いいね、ご感想大変励みになります。ありがとうございます。

無愛想な氷の貴公子は臆病な僕だけを逃さない~十年の片想いが溶かされるまで~

たら昆布
BL
執着ヤンデレ攻め×一途受け

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました

西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて… ほのほのです。 ※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

異世界召喚に巻き込まれた料理人の話

ミミナガ
BL
 神子として異世界に召喚された高校生⋯に巻き込まれてしまった29歳料理人の俺。  魔力が全てのこの世界で魔力0の俺は蔑みの対象だったが、皆の胃袋を掴んだ途端に態度が激変。  そして魔王討伐の旅に調理担当として同行することになってしまった。

異世界オークションで売られた俺、落札したのは昔助けた狼でした

うんとこどっこいしょ
BL
異世界の闇オークションで商品として目覚めた青年・アキラ。 獣人族たちに値踏みされ、競りにかけられる恐怖の中、彼を千枚の金貨で落札したのは、銀灰色の髪を持つ狼の獣人・ロウだった。 怯えるアキラに、ロウは思いがけない言葉を告げる。 「やっと会えた。お前は俺の命の恩人だ」 戸惑うアキラの脳裏に蘇るのは、かつて雨の日に助けた一匹の子狼との記憶。 獣人世界を舞台に、命の恩人であるアキラと、一途に想い続けた狼獣人が紡ぐ、執着と溺愛の異世界BLロマンス。 第一章 完結 第二章 完結

とある美醜逆転世界の王子様

狼蝶
BL
とある美醜逆転世界には一風変わった王子がいた。容姿が悪くとも誰でも可愛がる様子にB専だという認識を持たれていた彼だが、実際のところは――??

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

処理中です...