【8話完結】実況お兄さん、BLゲームの世界へ行く。

キノア9g

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第4話:恋愛イベント?いや社会人には無理です

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 騎士学園の朝は早い。
 だが、今朝の学園は異常な熱気に包まれていた。
 遠くから聞こえるファンファーレ。空を飛ぶ爆竹魔法。そして、校庭に整列する血気盛んな学生たち。

「……帰りたい」

 俺、橘真(二十二歳・デスクワーク中心の社会人)は、体操着——という名の、やたら露出度の高い古代ギリシャ風のチュニックを着せられ、絶望していた。
 今日は、学園の一大イベント『闘技大会(という名の体育祭)』である。

「なぁハル……。なんで俺たち、武器持ってるの?」
「え? 障害物競走で使うからだよ」
「障害物って、モンスターのこと?」
「うん! 低級のゴブリンとかスライムだよ。可愛いもんだね」

 可愛くない。全然可愛くない。
 俺の知ってる障害物競走は、ネットくぐったりパン食ったりする平和なやつだ。生き物を斬るやつじゃない。

「はぁ……。俺、見学でいいかな。『持病の腰痛が悪化しまして』って」
「ダメだよ橘。全員参加だもん。僕が守ってあげるから!」

 ハルがキラキラした笑顔で俺の背中を叩く。
 ああ、君だけが俺の心のオアシスだ。
 俺は覚悟を決めて、この戦場(グラウンド)に立つことにした。目標は「怪我をしない」「目立たない」「定時(終了時間)に帰る」。これだけだ。

 競技が始まった。
 第一種目は『クラス対抗・殲滅リレー』。物騒な名前だが、要はバトン代わりに魔石を繋ぐリレーだ。ただし、妨害魔法アリ。

「いくぞおおおお! 俺の筋肉が唸るぜぇぇぇ!!」

 第一走者のカイ(脳筋騎士)が、人間とは思えない加速で飛び出した。
 砂煙が舞う。爆音が響く。
 あいつ、地面爆破しながら走ってないか?

「すげえな……若いっていいな……」

 俺はテントの日陰で、完全に保護者の顔になっていた。
 手には、魔法で冷やしたタオルと水筒。周りの女子生徒たちが「キャー! カイ様ー!」と黄色い声を上げる中、俺だけ「水分補給大事だよなー」と運営目線で見守っている。

 すると、出番を終えたカイが、汗だくで戻ってきた。

「ハッ、ハッ! どうだ橘! 俺の走り、見たか!?」

 大型犬が尻尾を振って寄ってきたような圧がある。
 俺は自然な動作で、冷えたタオルを彼に差し出した。

「お疲れ、カイくん。凄かったねえ。ほら、汗拭きな」
「えっ……あ、ああ」
「水も飲む? 常温の方が体にいいけど、冷たいのもあるよ」
「……か、感謝する」

 カイがタオルを受け取り、耳を赤くしてゴクゴクと水を飲む。
 なんだその反応。
 俺としては、営業の外回りで帰ってきた後輩を労う感覚だったのだが、周りの女子が「えっ、あのカイ様が大人しくなった……?」とざわついている。

「次は俺の番か……。確率は五分五分、いや風向きを考慮すれば……」

 ブツブツ言いながら準備運動をしているのは、眼鏡のシオンだ。
 彼は俺を見ると、フンと鼻を鳴らした。

「橘。君のような非論理的な存在が、僕の計算を狂わせるんだ」
「はいはい。靴紐解けてるよ、シオンくん」
「なっ……!?」

 俺はしゃがみ込み、シオンのブーツの紐をキュッと結び直してやった。
 蝶々結びだ。完璧な仕上がり。

「危ないからね。転んだら計算も台無しでしょ? はい、いってらっしゃい」
「……っ! こ、子供扱いするな!」

 シオンは顔を真っ赤にして駆けていった。
 いや子供だろ。十七歳なんて、俺から見れば可愛い弟みたいなもんだ。
 恋愛対象? 無理無理。未成年と付き合うなんてコンプライアンス的にアウトです。

 俺は完全に『お母さん』、あるいは『部活のマネージャー』のポジションを確立しつつあった。
 これならいける。恋愛フラグをへし折り、母性(父性?)で包み込む作戦。これこそが、大人の余裕による回避術だ。

 だが、そんな平和な時間は長くは続かない。
 昼休憩を挟んで、午後の部。『二人三脚・借り物競走』。
 俺のパートナーは、もちろんハルだ。

「よしハル、俺たちは安全運転で行こう。一位なんて狙わなくていい。完走が目的だ」
「うん! でも橘、意外と足速いよね?」
「毎日、(満員電車で)鍛えてるからな……」

 俺たちは紐で足を結び、スタートラインに立った。
 パンッ! と号砲が鳴る。
 俺とハルの息はぴったりだった。

「イチ、ニ! イチ、ニ!」
「うまいよ橘! その調子!」

 肩を組み、密着して走る。
 ハルの体温が伝わってくる。シャンプーのいい匂いがする。
 ああ、これが青春か。俺の灰色だった高校時代を取り戻している気分だ。
 隣でハルが笑っている。俺も自然と笑顔になる。

「楽しいな、ハル!」
「うん! 最高の思い出になりそうだね!」

 ——その時だった。

 ドォォォォン!!!

 突如、俺たちの進路上の地面が爆発した。
 いや、正確には、強烈な突風が地面を抉り、俺たちの間に叩きつけられたのだ。

「うわあっ!?」
「おわああっ!」

 俺とハルは吹き飛ばされ、結んでいた紐がブチリと切れた。
 砂埃にまみれて地面を転がる。
 痛ってえ……! なんだ今の? 妨害魔法にしては威力が殺傷レベルだったぞ!?

「ハル! 大丈夫か!?」
「う、うん……。橘こそ……」

 起き上がろうとした俺の視界に、来賓席のバルコニーが映った。
 そこに、彼がいた。

 ルーク・アージェント。
 優雅に足を組み、紅茶を飲んでいる。
 だが、その瞳だけが、恐ろしいほどの冷たさで俺たちを凝視していた。

 頭上のゲージ。
 『 ▼ -98 』。
 数字は変わっていない。だが、そのゲージから、黒い靄のようなオーラが立ち上っている。

 ……やったな?
 あいつ、今、魔法撃ったな?
 俺とハルを引き剥がすためだけに、ピンポイントで爆撃しやがったな!?

「……マジかよ」

 俺は戦慄した。
 嫉妬? いや、違う。
 あれは『気に入らないおもちゃを壊す子供』の目だ。
 俺が楽しそうにしているのが気に入らないんだ。自分がバッドエンド確定でイライラしているのに、俺だけが青春を謳歌しているのが許せないんだ。

「橘、足、怪我してる!」
「あ……」

 見ると、膝から血が出ていた。
 ハルが慌ててハンカチを取り出し、手当てをしてくれる。

 その様子を、ルークはずっと見ていた。
 表情一つ変えず。
 まるで「罰」を与える神のように。

 俺は直感した。
 この世界で、俺が誰かと仲良くすることは許されない。
 俺が幸せになろうとすると、この理不尽な王子様が、全力で潰しにかかってくるのだ。

 結局、俺たちはリタイヤとなった。
 保健室へ向かう途中、廊下でルークとすれ違った。
 俺は思わず身構える。だが、ルークは俺を見ようともしなかった。
 すれ違いざま、小さな声が聞こえた。

「……みっともない」

 それだけだった。
 俺は立ち尽くした。
 膝の痛みよりも、その言葉の棘が心に刺さった。

「……悪かったな、みっともないおっさんで」

 俺は誰にともなく呟いた。
 悔しかった。
 俺だって、普通に笑いたい。友達を作りたい。
 なんであんたに、そこまで管理されなきゃいけないんだ。

 俺の中で、何かが少しずつ変わり始めていた。
 ただ逃げるだけじゃダメだ。
 この誤解(嫌われ)をどうにかしないと、俺はこの世界で息をすることすら許されないのかもしれない。

 その夜。
 寮のベッドで、俺は天井を見上げながら考えた。
 ルークのゲージ。あれは本当に『好感度』なのか?
 見たくないほど嫌いな相手に、わざわざ魔法を使ってまで干渉してくるか?
 無視すればいいはずだ。なのに、あいつは常に俺を見ている。

「……わかんねえ。男心、わかんねえよ……」

 俺の社会人スキル(対人折衝能力)が、ヤンデレ王子という未知の生物の前で、音を立てて崩れ去ろうとしていた。
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