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第4話:恋愛イベント?いや社会人には無理です
しおりを挟む騎士学園の朝は早い。
だが、今朝の学園は異常な熱気に包まれていた。
遠くから聞こえるファンファーレ。空を飛ぶ爆竹魔法。そして、校庭に整列する血気盛んな学生たち。
「……帰りたい」
俺、橘真(二十二歳・デスクワーク中心の社会人)は、体操着——という名の、やたら露出度の高い古代ギリシャ風のチュニックを着せられ、絶望していた。
今日は、学園の一大イベント『闘技大会(という名の体育祭)』である。
「なぁハル……。なんで俺たち、武器持ってるの?」
「え? 障害物競走で使うからだよ」
「障害物って、モンスターのこと?」
「うん! 低級のゴブリンとかスライムだよ。可愛いもんだね」
可愛くない。全然可愛くない。
俺の知ってる障害物競走は、ネットくぐったりパン食ったりする平和なやつだ。生き物を斬るやつじゃない。
「はぁ……。俺、見学でいいかな。『持病の腰痛が悪化しまして』って」
「ダメだよ橘。全員参加だもん。僕が守ってあげるから!」
ハルがキラキラした笑顔で俺の背中を叩く。
ああ、君だけが俺の心のオアシスだ。
俺は覚悟を決めて、この戦場(グラウンド)に立つことにした。目標は「怪我をしない」「目立たない」「定時(終了時間)に帰る」。これだけだ。
競技が始まった。
第一種目は『クラス対抗・殲滅リレー』。物騒な名前だが、要はバトン代わりに魔石を繋ぐリレーだ。ただし、妨害魔法アリ。
「いくぞおおおお! 俺の筋肉が唸るぜぇぇぇ!!」
第一走者のカイ(脳筋騎士)が、人間とは思えない加速で飛び出した。
砂煙が舞う。爆音が響く。
あいつ、地面爆破しながら走ってないか?
「すげえな……若いっていいな……」
俺はテントの日陰で、完全に保護者の顔になっていた。
手には、魔法で冷やしたタオルと水筒。周りの女子生徒たちが「キャー! カイ様ー!」と黄色い声を上げる中、俺だけ「水分補給大事だよなー」と運営目線で見守っている。
すると、出番を終えたカイが、汗だくで戻ってきた。
「ハッ、ハッ! どうだ橘! 俺の走り、見たか!?」
大型犬が尻尾を振って寄ってきたような圧がある。
俺は自然な動作で、冷えたタオルを彼に差し出した。
「お疲れ、カイくん。凄かったねえ。ほら、汗拭きな」
「えっ……あ、ああ」
「水も飲む? 常温の方が体にいいけど、冷たいのもあるよ」
「……か、感謝する」
カイがタオルを受け取り、耳を赤くしてゴクゴクと水を飲む。
なんだその反応。
俺としては、営業の外回りで帰ってきた後輩を労う感覚だったのだが、周りの女子が「えっ、あのカイ様が大人しくなった……?」とざわついている。
「次は俺の番か……。確率は五分五分、いや風向きを考慮すれば……」
ブツブツ言いながら準備運動をしているのは、眼鏡のシオンだ。
彼は俺を見ると、フンと鼻を鳴らした。
「橘。君のような非論理的な存在が、僕の計算を狂わせるんだ」
「はいはい。靴紐解けてるよ、シオンくん」
「なっ……!?」
俺はしゃがみ込み、シオンのブーツの紐をキュッと結び直してやった。
蝶々結びだ。完璧な仕上がり。
「危ないからね。転んだら計算も台無しでしょ? はい、いってらっしゃい」
「……っ! こ、子供扱いするな!」
シオンは顔を真っ赤にして駆けていった。
いや子供だろ。十七歳なんて、俺から見れば可愛い弟みたいなもんだ。
恋愛対象? 無理無理。未成年と付き合うなんてコンプライアンス的にアウトです。
俺は完全に『お母さん』、あるいは『部活のマネージャー』のポジションを確立しつつあった。
これならいける。恋愛フラグをへし折り、母性(父性?)で包み込む作戦。これこそが、大人の余裕による回避術だ。
だが、そんな平和な時間は長くは続かない。
昼休憩を挟んで、午後の部。『二人三脚・借り物競走』。
俺のパートナーは、もちろんハルだ。
「よしハル、俺たちは安全運転で行こう。一位なんて狙わなくていい。完走が目的だ」
「うん! でも橘、意外と足速いよね?」
「毎日、(満員電車で)鍛えてるからな……」
俺たちは紐で足を結び、スタートラインに立った。
パンッ! と号砲が鳴る。
俺とハルの息はぴったりだった。
「イチ、ニ! イチ、ニ!」
「うまいよ橘! その調子!」
肩を組み、密着して走る。
ハルの体温が伝わってくる。シャンプーのいい匂いがする。
ああ、これが青春か。俺の灰色だった高校時代を取り戻している気分だ。
隣でハルが笑っている。俺も自然と笑顔になる。
「楽しいな、ハル!」
「うん! 最高の思い出になりそうだね!」
——その時だった。
ドォォォォン!!!
突如、俺たちの進路上の地面が爆発した。
いや、正確には、強烈な突風が地面を抉り、俺たちの間に叩きつけられたのだ。
「うわあっ!?」
「おわああっ!」
俺とハルは吹き飛ばされ、結んでいた紐がブチリと切れた。
砂埃にまみれて地面を転がる。
痛ってえ……! なんだ今の? 妨害魔法にしては威力が殺傷レベルだったぞ!?
「ハル! 大丈夫か!?」
「う、うん……。橘こそ……」
起き上がろうとした俺の視界に、来賓席のバルコニーが映った。
そこに、彼がいた。
ルーク・アージェント。
優雅に足を組み、紅茶を飲んでいる。
だが、その瞳だけが、恐ろしいほどの冷たさで俺たちを凝視していた。
頭上のゲージ。
『 ▼ -98 』。
数字は変わっていない。だが、そのゲージから、黒い靄のようなオーラが立ち上っている。
……やったな?
あいつ、今、魔法撃ったな?
俺とハルを引き剥がすためだけに、ピンポイントで爆撃しやがったな!?
「……マジかよ」
俺は戦慄した。
嫉妬? いや、違う。
あれは『気に入らないおもちゃを壊す子供』の目だ。
俺が楽しそうにしているのが気に入らないんだ。自分がバッドエンド確定でイライラしているのに、俺だけが青春を謳歌しているのが許せないんだ。
「橘、足、怪我してる!」
「あ……」
見ると、膝から血が出ていた。
ハルが慌ててハンカチを取り出し、手当てをしてくれる。
その様子を、ルークはずっと見ていた。
表情一つ変えず。
まるで「罰」を与える神のように。
俺は直感した。
この世界で、俺が誰かと仲良くすることは許されない。
俺が幸せになろうとすると、この理不尽な王子様が、全力で潰しにかかってくるのだ。
結局、俺たちはリタイヤとなった。
保健室へ向かう途中、廊下でルークとすれ違った。
俺は思わず身構える。だが、ルークは俺を見ようともしなかった。
すれ違いざま、小さな声が聞こえた。
「……みっともない」
それだけだった。
俺は立ち尽くした。
膝の痛みよりも、その言葉の棘が心に刺さった。
「……悪かったな、みっともないおっさんで」
俺は誰にともなく呟いた。
悔しかった。
俺だって、普通に笑いたい。友達を作りたい。
なんであんたに、そこまで管理されなきゃいけないんだ。
俺の中で、何かが少しずつ変わり始めていた。
ただ逃げるだけじゃダメだ。
この誤解(嫌われ)をどうにかしないと、俺はこの世界で息をすることすら許されないのかもしれない。
その夜。
寮のベッドで、俺は天井を見上げながら考えた。
ルークのゲージ。あれは本当に『好感度』なのか?
見たくないほど嫌いな相手に、わざわざ魔法を使ってまで干渉してくるか?
無視すればいいはずだ。なのに、あいつは常に俺を見ている。
「……わかんねえ。男心、わかんねえよ……」
俺の社会人スキル(対人折衝能力)が、ヤンデレ王子という未知の生物の前で、音を立てて崩れ去ろうとしていた。
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