【8話完結】実況お兄さん、BLゲームの世界へ行く。

キノア9g

文字の大きさ
7 / 8

第7話:好きって言ったら解決するの?

しおりを挟む

「どぉりゃああああ!! 筋肉大旋風ッ!!」
「重力係数7、空間座標固定……『グラビティ・プレス』」
「はぁぁぁっ!!」

 眼下では、地獄のような光景が広がっていた。
 カイが竜巻のように回転し、シオンが重力魔法で木々をなぎ倒し、ハルが必死に防御魔法を展開している。
 そして、その中心で。
 ルーク・アージェントが、たった一人で全員を圧倒していた。

「雑魚が。私の愛の邪魔をするな」

 ルークが剣を一閃させるたび、衝撃波が走り、地面が抉れる。
 強い。強すぎる。これがラスボス(攻略対象)のスペックか。

「……ここから行くのか、俺」

 俺、橘真(二十二歳・高所恐怖症)は、塔の窓枠に結びつけたシーツを握りしめ、震えていた。
 シーツは三枚繋げた。長さは足りないが、最後は飛び降りて受け身を取るしかない。
 下では、ルークがハルに切っ先を向けているのが見えた。

「やめろぉぉぉぉぉ!!!」

 俺は叫びと共に、窓から身を躍らせた。
 風が頬を叩く。内臓が浮く感覚。
 シーツがピンと張り、ブチリと嫌な音を立てる。
 俺は残り数メートルの高さから手を離し、地面へと落下した。

 ドスッ!

「ぐっ……いったぁ……!」

 派手に転がり、泥まみれになる。
 だが、痛みにかまっている暇はない。俺はよろめきながら立ち上がり、戦場の中心へと走った。

「やめろ! 喧嘩はやめろって言ってんだろ!!」

 俺の声に、全員の動きが止まった。
 砂煙の中、俺はルークとハルの間に割って入った。両手を広げ、ルークの剣の前に立ちはだかる。

「……真?」

 ルークが目を見開いた。
 その剣先は、俺の喉元数センチで止まっている。

「どけ。そいつは、お前を盗みに来た泥棒だ」
「違う! 彼らは俺の友達だ! 友達を傷つけるなら、俺が許さない!」

 俺は大声で叫んだ。
 ルークの顔が歪む。悲しみと、怒りと、嫉妬がないまぜになった、子供のような表情。

「……友達、か。またそれだ」

 ルークが剣を下ろさず、ジリジリと間合いを詰めてくる。

「なぜだ。なぜ、私以外を庇う? なぜ、私にはその熱い感情を向けない? お前はいつもそうだ。私に対してだけ、壁を作り、敬語を使い、逃げ回る……!」

 ルークの声が震えている。
 頭上のゲージが見えた。数値はない。だが、どす黒い靄が彼を包み込んでいる。

「私は、お前が欲しいだけだ。ただ、私を見てほしいだけなんだ! なのに、なぜ拒絶する!?」

 ブンッ!
 剣が振るわれ、俺の横の地面が爆ぜた。
 威嚇だ。だが、次外す保証はない。
 後ろでハルたちが息を呑む気配がする。

 俺は、逃げなかった。
 逃げても無駄だと悟ったからだ。
 そして何より——彼の叫びが、あまりにも悲痛だったからだ。

「……拒絶なんか、してない」
「嘘だ! ならなぜ逃げる!」
「怖いからだよ!!」

 俺は叫び返した。
 本音だった。腹の底から出した、二十二歳の実況者ではない、ただの「橘真」の本音。

「あんたが怖いんだよ! いきなり殺されかけるし、睨まれるし、監禁されるし! 当たり前だろ!」
「……っ」
「それに……俺は! 俺はなぁ!」

 俺は一歩、ルークに踏み出した。

「俺は二十二歳なんだよ!!」

 戦場に、静寂が走った。
 ルークが、カイが、シオンが、ハルが、ポカーンとしている。
 風の音だけがヒュオオと鳴っている。

「……は?」

 ルークが間の抜けた声を出した。

「俺はな、本当は二十二歳の社会人なんだ! 毎日満員電車に揺られて、上司に頭下げて、税金納めてるおっさんなんだよ! お前らみたいなキラキラした十代の王子様とか貴族様とか、住む世界が違うんだよ!」

 言ってしまった。
 異世界転移のことも、不本意な年齢詐称も、全部ぶちまけてしまった。

「俺が敬語を使ってたのは、俺が大人だからだ! お前らの青春におっさんが混ざっちゃいけないと思って、必死に距離を取ってたんだよ! 嫌いだからじゃない! 俺が! 勝手に引け目を感じてただけだ!!」

 俺は肩で息をした。
 喉が熱い。目頭も熱い。
 ああ、スッキリした。ずっと言いたかった。
 「なんで制服着なきゃいけないんだ」とか「恋愛なんて無理だ」とか、全部この「年齢と立場のギャップ」のせいだったんだ。

 ルークは、呆然と俺を見ていた。
 剣先がだらりと下がる。

「……二十二歳? 社会人……?」
「そうだ。お前より五つも上だ。おっさんだぞ、参ったか」
「……だから、私を避けていたのか? 私が嫌いだからではなく……?」

 ルークのアメジストの瞳から、狂気がスッと引いていく。
 代わりに浮かんだのは、安堵と、そして困惑だった。

「……関係ない」

 ルークが呟いた。

「え?」
「関係ないと言ったんだ!」

 ルークが剣を放り捨て、俺の胸ぐらを掴んだ。
 強い力。だが、そこに殺意はない。

「年齢などどうでもいい! お前が何者だろうと、おっさんだろうと、関係ない! 私は……私は、お前のその魂が欲しいんだ!」

 ルークの瞳から、ボロボロと涙が溢れ出した。

「ずっと、寂しかった……。誰も私を『私』として見てくれなかった。王子としての役割、優秀な能力、そんなものばかり見られた。……でも、お前だけは違った」

 ルークの額が、俺の額にコツンと当たる。

「あちらの世界で、お前が選んだデタラメな選択肢……。『パンを買ってくる』だの『一緒に筋肉を鍛えよう』だの……。媚びる気配もなく、あんな風に、私をただの人間として扱ってくれたのは、お前だけだったんだ」

 ……まじか。
 あのクソ選択肢、そんな風に解釈されてたのか。
 俺はただふざけてただけなのに。でも、それがこの孤独な王子には「救い」だったのか。

「だから……いなくならないでくれ。おっさんでもいい。異世界人でもいい。私のそばにいてくれ……真」

 ルークが俺にしがみつき、子供のように泣きじゃくる。
 俺は溜息をついた。
 ああ、もう。負けたよ。
 こんな風に泣かれたら、突き放せるわけがない。

 俺はおずおずと手を伸ばし、ルークの背中に回した。
 そして、ポンポンと優しく叩く。

「……悪かったよ。俺も、勝手に壁を作ってた」
「うぅ……」
「でもな、ルーク。監禁はダメだ。恋愛も、まだ早い」

 俺はルークの肩を掴み、体を離した。
 涙でぐしゃぐしゃの美形を見つめ返す。

「俺たちは、まず『友達』になろう」
「……友達?」
「そう。対等な友達だ。敬語もやめる。お互いのことを知って、普通に遊んで、喧嘩して……そういうの、やってみないか?」

 ルークが瞬きをする。
 「友達」という単語を、まるで初めて知った未知の宝石のように噛み締めている。

「……友達。お前と、私が?」
「ああ。嫌か?」
「……嫌じゃない。……なりたい」

 ルークが小さく頷いた。
 その瞬間。

 ピコンッ。

 軽やかな電子音が聞こえた気がした。
 ルークの頭上に、再びあのゲージが現れた。
 だが、今度は漆黒ではない。
 淡いピンク色で、数値は——

 『 ▼ -50 』

 マイナスなのは変わらない。
 だが、「危険水域」からは脱したようだ。
 アイコンも『空っぽの器』から、『半分くらい水の入った器』に変わっている。

(……マイナス50か。まだまだ前途多難だけど、即死ルートは回避したかな)

 俺はホッと息を吐いた。
 全身の力が抜けて、その場に座り込みそうになる。

「おい、大丈夫か! おっさん!」

 後ろからカイが駆け寄ってきた。
 「おっさん」呼びが地味に傷つく。

「橘、無茶するなぁ。でも、よかった」
「計算外の展開ですが……まあ、結果オーライというやつですか」

 ハルとシオンも集まってくる。
 俺たちは泥だらけで、森の中で顔を見合わせた。
 そして、誰からともなく——笑い出した。

「あはは! なんだこれ! 青春かよ!」
「ふふっ、みっともないですね、僕たち」
「おう! いい汗かいたな!」

 ルークだけは、まだ少し居心地が悪そうにしていたが、俺が「ほら、ルークも」と肩を叩くと、照れ臭そうに、けれど確かに笑った。

 こうして。
 俺の「異世界監禁生活」は、一泊二日で幕を閉じた。
 バッドエンドは回避された。
 ……はずだった。

 俺は空を見上げた。
 あれ?
 「ゲームクリア」のログが出ない。
 エンドロールも流れない。光に包まれて元の世界へ……という現象も起きない。

「……あの、神様?」

 俺は心の中で問いかけた。
 友達エンド(仮)に到達しましたけど? 帰還は?

 シーン。
 森には爽やかな風が吹くだけ。

 そして、俺の腕をガシッと掴む感触。
 見ると、ルークが『-50』のゲージを輝かせながら、俺の腕をロックしていた。

「……真。友達なら、一緒に寮に帰るよな? 当然、部屋も一緒がいいよな?」
「えっ」
「ハルとは同室解消だ。今日から私の部屋に来い。……友達として、朝まで語り明かそう(監禁リトライ)」

 その瞳の奥に、まだ消えきっていない『ヤンデレの残り火』を見た気がした。

「……あれ? もしかして、これ……終わってない?」

 俺の悲鳴のようなツッコミが、夕暮れの学園都市にこだました。
 どうやら、俺の異世界実況(延長戦)は、ここからが本番らしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

BLゲームの主人公に憑依した弟×悪役令息兄

笹井凩
BL
「BLゲーの主人公に憑依したら、悪役令息の兄が不器用すぎてメロかった」……になる予定の第一話のようなものです。 復讐不向きな主人公×ツンツンクーデレな兄ちゃん 彼氏に遊ばれまくってきた主人公が彼氏の遊び相手に殺され、転生後、今度こそ性格が終わっている男共を粛清してやろうとするのに、情が湧いてなかなか上手くいかない。 そんな中、ゲームキャラで一番嫌いであったはずのゲスい悪役令息、今生では兄に当たる男ファルトの本性を知って愛情が芽生えてしまい——。 となるアレです。性癖。 何より、対人関係に恵まれなかったせいで歪んだ愛情を求め、与えてしまう二人が非常に好きなんですよね。 本当は義理の兄弟とかにしたほうが倫理観からすると良いのでしょうが、本能には抗えませんでした。 今日までの短編公募に間に合わなかったため供養。 プロットはあるので、ご好評でしたら続きも載せたいなと思っております。 性癖の近しい方に刺されば、非常に嬉しいです。 いいね、ご感想大変励みになります。ありがとうございます。

無愛想な氷の貴公子は臆病な僕だけを逃さない~十年の片想いが溶かされるまで~

たら昆布
BL
執着ヤンデレ攻め×一途受け

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました

西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて… ほのほのです。 ※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

異世界召喚に巻き込まれた料理人の話

ミミナガ
BL
 神子として異世界に召喚された高校生⋯に巻き込まれてしまった29歳料理人の俺。  魔力が全てのこの世界で魔力0の俺は蔑みの対象だったが、皆の胃袋を掴んだ途端に態度が激変。  そして魔王討伐の旅に調理担当として同行することになってしまった。

異世界オークションで売られた俺、落札したのは昔助けた狼でした

うんとこどっこいしょ
BL
異世界の闇オークションで商品として目覚めた青年・アキラ。 獣人族たちに値踏みされ、競りにかけられる恐怖の中、彼を千枚の金貨で落札したのは、銀灰色の髪を持つ狼の獣人・ロウだった。 怯えるアキラに、ロウは思いがけない言葉を告げる。 「やっと会えた。お前は俺の命の恩人だ」 戸惑うアキラの脳裏に蘇るのは、かつて雨の日に助けた一匹の子狼との記憶。 獣人世界を舞台に、命の恩人であるアキラと、一途に想い続けた狼獣人が紡ぐ、執着と溺愛の異世界BLロマンス。 第一章 完結 第二章 完結

とある美醜逆転世界の王子様

狼蝶
BL
とある美醜逆転世界には一風変わった王子がいた。容姿が悪くとも誰でも可愛がる様子にB専だという認識を持たれていた彼だが、実際のところは――??

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

処理中です...