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第7話:好きって言ったら解決するの?
しおりを挟む「どぉりゃああああ!! 筋肉大旋風ッ!!」
「重力係数7、空間座標固定……『グラビティ・プレス』」
「はぁぁぁっ!!」
眼下では、地獄のような光景が広がっていた。
カイが竜巻のように回転し、シオンが重力魔法で木々をなぎ倒し、ハルが必死に防御魔法を展開している。
そして、その中心で。
ルーク・アージェントが、たった一人で全員を圧倒していた。
「雑魚が。私の愛の邪魔をするな」
ルークが剣を一閃させるたび、衝撃波が走り、地面が抉れる。
強い。強すぎる。これがラスボス(攻略対象)のスペックか。
「……ここから行くのか、俺」
俺、橘真(二十二歳・高所恐怖症)は、塔の窓枠に結びつけたシーツを握りしめ、震えていた。
シーツは三枚繋げた。長さは足りないが、最後は飛び降りて受け身を取るしかない。
下では、ルークがハルに切っ先を向けているのが見えた。
「やめろぉぉぉぉぉ!!!」
俺は叫びと共に、窓から身を躍らせた。
風が頬を叩く。内臓が浮く感覚。
シーツがピンと張り、ブチリと嫌な音を立てる。
俺は残り数メートルの高さから手を離し、地面へと落下した。
ドスッ!
「ぐっ……いったぁ……!」
派手に転がり、泥まみれになる。
だが、痛みにかまっている暇はない。俺はよろめきながら立ち上がり、戦場の中心へと走った。
「やめろ! 喧嘩はやめろって言ってんだろ!!」
俺の声に、全員の動きが止まった。
砂煙の中、俺はルークとハルの間に割って入った。両手を広げ、ルークの剣の前に立ちはだかる。
「……真?」
ルークが目を見開いた。
その剣先は、俺の喉元数センチで止まっている。
「どけ。そいつは、お前を盗みに来た泥棒だ」
「違う! 彼らは俺の友達だ! 友達を傷つけるなら、俺が許さない!」
俺は大声で叫んだ。
ルークの顔が歪む。悲しみと、怒りと、嫉妬がないまぜになった、子供のような表情。
「……友達、か。またそれだ」
ルークが剣を下ろさず、ジリジリと間合いを詰めてくる。
「なぜだ。なぜ、私以外を庇う? なぜ、私にはその熱い感情を向けない? お前はいつもそうだ。私に対してだけ、壁を作り、敬語を使い、逃げ回る……!」
ルークの声が震えている。
頭上のゲージが見えた。数値はない。だが、どす黒い靄が彼を包み込んでいる。
「私は、お前が欲しいだけだ。ただ、私を見てほしいだけなんだ! なのに、なぜ拒絶する!?」
ブンッ!
剣が振るわれ、俺の横の地面が爆ぜた。
威嚇だ。だが、次外す保証はない。
後ろでハルたちが息を呑む気配がする。
俺は、逃げなかった。
逃げても無駄だと悟ったからだ。
そして何より——彼の叫びが、あまりにも悲痛だったからだ。
「……拒絶なんか、してない」
「嘘だ! ならなぜ逃げる!」
「怖いからだよ!!」
俺は叫び返した。
本音だった。腹の底から出した、二十二歳の実況者ではない、ただの「橘真」の本音。
「あんたが怖いんだよ! いきなり殺されかけるし、睨まれるし、監禁されるし! 当たり前だろ!」
「……っ」
「それに……俺は! 俺はなぁ!」
俺は一歩、ルークに踏み出した。
「俺は二十二歳なんだよ!!」
戦場に、静寂が走った。
ルークが、カイが、シオンが、ハルが、ポカーンとしている。
風の音だけがヒュオオと鳴っている。
「……は?」
ルークが間の抜けた声を出した。
「俺はな、本当は二十二歳の社会人なんだ! 毎日満員電車に揺られて、上司に頭下げて、税金納めてるおっさんなんだよ! お前らみたいなキラキラした十代の王子様とか貴族様とか、住む世界が違うんだよ!」
言ってしまった。
異世界転移のことも、不本意な年齢詐称も、全部ぶちまけてしまった。
「俺が敬語を使ってたのは、俺が大人だからだ! お前らの青春におっさんが混ざっちゃいけないと思って、必死に距離を取ってたんだよ! 嫌いだからじゃない! 俺が! 勝手に引け目を感じてただけだ!!」
俺は肩で息をした。
喉が熱い。目頭も熱い。
ああ、スッキリした。ずっと言いたかった。
「なんで制服着なきゃいけないんだ」とか「恋愛なんて無理だ」とか、全部この「年齢と立場のギャップ」のせいだったんだ。
ルークは、呆然と俺を見ていた。
剣先がだらりと下がる。
「……二十二歳? 社会人……?」
「そうだ。お前より五つも上だ。おっさんだぞ、参ったか」
「……だから、私を避けていたのか? 私が嫌いだからではなく……?」
ルークのアメジストの瞳から、狂気がスッと引いていく。
代わりに浮かんだのは、安堵と、そして困惑だった。
「……関係ない」
ルークが呟いた。
「え?」
「関係ないと言ったんだ!」
ルークが剣を放り捨て、俺の胸ぐらを掴んだ。
強い力。だが、そこに殺意はない。
「年齢などどうでもいい! お前が何者だろうと、おっさんだろうと、関係ない! 私は……私は、お前のその魂が欲しいんだ!」
ルークの瞳から、ボロボロと涙が溢れ出した。
「ずっと、寂しかった……。誰も私を『私』として見てくれなかった。王子としての役割、優秀な能力、そんなものばかり見られた。……でも、お前だけは違った」
ルークの額が、俺の額にコツンと当たる。
「あちらの世界で、お前が選んだデタラメな選択肢……。『パンを買ってくる』だの『一緒に筋肉を鍛えよう』だの……。媚びる気配もなく、あんな風に、私をただの人間として扱ってくれたのは、お前だけだったんだ」
……まじか。
あのクソ選択肢、そんな風に解釈されてたのか。
俺はただふざけてただけなのに。でも、それがこの孤独な王子には「救い」だったのか。
「だから……いなくならないでくれ。おっさんでもいい。異世界人でもいい。私のそばにいてくれ……真」
ルークが俺にしがみつき、子供のように泣きじゃくる。
俺は溜息をついた。
ああ、もう。負けたよ。
こんな風に泣かれたら、突き放せるわけがない。
俺はおずおずと手を伸ばし、ルークの背中に回した。
そして、ポンポンと優しく叩く。
「……悪かったよ。俺も、勝手に壁を作ってた」
「うぅ……」
「でもな、ルーク。監禁はダメだ。恋愛も、まだ早い」
俺はルークの肩を掴み、体を離した。
涙でぐしゃぐしゃの美形を見つめ返す。
「俺たちは、まず『友達』になろう」
「……友達?」
「そう。対等な友達だ。敬語もやめる。お互いのことを知って、普通に遊んで、喧嘩して……そういうの、やってみないか?」
ルークが瞬きをする。
「友達」という単語を、まるで初めて知った未知の宝石のように噛み締めている。
「……友達。お前と、私が?」
「ああ。嫌か?」
「……嫌じゃない。……なりたい」
ルークが小さく頷いた。
その瞬間。
ピコンッ。
軽やかな電子音が聞こえた気がした。
ルークの頭上に、再びあのゲージが現れた。
だが、今度は漆黒ではない。
淡いピンク色で、数値は——
『 ▼ -50 』
マイナスなのは変わらない。
だが、「危険水域」からは脱したようだ。
アイコンも『空っぽの器』から、『半分くらい水の入った器』に変わっている。
(……マイナス50か。まだまだ前途多難だけど、即死ルートは回避したかな)
俺はホッと息を吐いた。
全身の力が抜けて、その場に座り込みそうになる。
「おい、大丈夫か! おっさん!」
後ろからカイが駆け寄ってきた。
「おっさん」呼びが地味に傷つく。
「橘、無茶するなぁ。でも、よかった」
「計算外の展開ですが……まあ、結果オーライというやつですか」
ハルとシオンも集まってくる。
俺たちは泥だらけで、森の中で顔を見合わせた。
そして、誰からともなく——笑い出した。
「あはは! なんだこれ! 青春かよ!」
「ふふっ、みっともないですね、僕たち」
「おう! いい汗かいたな!」
ルークだけは、まだ少し居心地が悪そうにしていたが、俺が「ほら、ルークも」と肩を叩くと、照れ臭そうに、けれど確かに笑った。
こうして。
俺の「異世界監禁生活」は、一泊二日で幕を閉じた。
バッドエンドは回避された。
……はずだった。
俺は空を見上げた。
あれ?
「ゲームクリア」のログが出ない。
エンドロールも流れない。光に包まれて元の世界へ……という現象も起きない。
「……あの、神様?」
俺は心の中で問いかけた。
友達エンド(仮)に到達しましたけど? 帰還は?
シーン。
森には爽やかな風が吹くだけ。
そして、俺の腕をガシッと掴む感触。
見ると、ルークが『-50』のゲージを輝かせながら、俺の腕をロックしていた。
「……真。友達なら、一緒に寮に帰るよな? 当然、部屋も一緒がいいよな?」
「えっ」
「ハルとは同室解消だ。今日から私の部屋に来い。……友達として、朝まで語り明かそう(監禁リトライ)」
その瞳の奥に、まだ消えきっていない『ヤンデレの残り火』を見た気がした。
「……あれ? もしかして、これ……終わってない?」
俺の悲鳴のようなツッコミが、夕暮れの学園都市にこだました。
どうやら、俺の異世界実況(延長戦)は、ここからが本番らしい。
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