16 / 20
2章
13話
応接室に落ちた衝撃的な沈黙の後、僕の「寿命がめっちゃ長いから大丈夫」理論によって、空気は少しだけ弛緩した。
エリオットはまだ少し泣きそうな顔をしているけれど、僕の手をきゅっと握りしめて離さないその体温は、以前よりも温かく感じられる。
ギルドマスターのガガンは、面白そうに顎をさすりながら、テーブルの上に広げられたままの鑑定紙片を指でトントンと叩いた。
「『……さて。寿命の件は一旦良しとしよう。だが、もう一つ見過ごせないスキルがある』」
ガガンの太い指が差したのは、もう一つのスキル名だった。
――固有スキル:『万病治癒(コスト:生命力)』
「『騎士様。あんた、さっき言ってたな。母親の病気が治ったと』」
「(……ああ)」
エリオットが警戒心を滲ませながら頷く。
「『その時、この子はどうやって治したんだ? 魔法陣を描いたか? 呪文を唱えたか?』」
エリオットは首を横に振った。そして、助けを求めるように僕を見た。
僕は当時のことを思い出しながら、念話で説明する。
「(えっと……魔法とかじゃない。お母さんの胸のあたりに、黒いもやもやした煙みたいなのが見えたんだ。それがすごく嫌な感じで、お母さんを苦しめてる気がして……)」
僕の説明を、エリオットがガガンに通訳する。
「『ほう、黒いもや、か』」
「(うん。だから、手で触って、それを取り払った。そうしたら、体が黒くなったり透けたりして、すごく重くなったんだけど……でも、お母さんの顔色は良くなったから嬉しくて)」
エリオットが通訳している途中、ガガンの表情が険しくなった。
そしてエリオット自身も、自分の言葉として口に出すことで、改めて事の重大さに気づいたように顔を強張らせた。
「『……なるほどな。読めたぜ』」
ガガンは重々しく頷き、腕を組んだ。
「『その“黒いもや”ってのは、病魔そのものが可視化されたもんだろう。普通の人間にゃ見えねぇ。神の愛し子だからこそ視認できる“汚れ”みたいなもんだな』」
「(汚れ……?)」
「『ああ。そして、こいつの治癒のカラクリは単純だ。“身代わり”だよ』」
ガガンの言葉に、エリオットが息を呑む。
「『他人の体にある汚れ――病や呪い――を、自分の体に取り込んで、自分の膨大な生命力で中和して消滅させる。それがこいつの言う“治癒”の正体なんだろう』」
ガガンは僕を指差した。
「『体が黒くなったり透けたりしたってのは、取り込んだ毒に体が蝕まれていた証拠だ。もしこいつの生命力が尽きるほど強力な呪いだったら……こいつは中和しきれずに、そのまま消滅していただろうな』」
――消滅。
その単語が、部屋の空気を再び凍りつかせた。
エリオットの手が、痛いくらいに強く僕の手を握りしめる。
彼の顔色は、先ほど寿命の話をした時よりもさらに悪い。蒼白を通り越して土気色だ。
「(……俺は、陽貴に……毒を飲ませていたようなものか……)」
震える念話が届く。
「(母上を救うために、君は……自分が消えるかもしれないリスクを背負って、猛毒を吸い出し続けてくれていたのか……っ)」
エリオットの瞳から、ポロリと涙がこぼれ落ちた。
違う、そんなつもりじゃなかった。
僕はただ、エリオットの大切な人を助けたかっただけで。
「(エリオット、泣かないで! 僕もよくわかってなかったし、結果的に大丈夫だったんだから!)」
僕が慌てて慰めようとするが、エリオットの自責の念は深まるばかりだ。
彼は僕を抱き寄せ、その肩に顔を埋めて震えている。
「『まあ、そう自分を責めるな』」
ガガンが少し気まずそうに声をかけた。
「『結果として、あんたが“騎士の誓い”をしたことで、こいつの器は強化された。今のこいつなら、ちょっとやそっとの病気を取り込んだくらいじゃビクともしねぇだろうよ。……だが、無茶はさせるな。いくら無尽蔵の命があっても、痛みや苦しみはあるはずだからな』」
エリオットは顔を上げ、濡れた瞳で強く頷いた。
「(……二度と、させない。陽貴、約束してくれ。もう二度と、自分の身を削って誰かを治すような真似はしないと)」
真剣な眼差し。
ここで「嫌だ」なんて言える雰囲気じゃない。
僕はこくりと頷いた。
「(わかった。約束する)」
エリオットは安堵の息を吐き、僕の額に口づけを落とした。
話はそれで終わりかと思われたが、ガガンにはまだ言い足りないことがあるようだった。
彼は少し言い淀んだ後、さらに深刻な声色で切り出した。
「『……騎士様。あんた、森に入ったのは“妖精の涙”を探すためだったんだよな?』」
その単語に、エリオットの背筋が伸びる。
「(ああ。母の病にはそれが効くと聞いていたからな)」
「『“妖精の涙”が、実際にどういうモノか知ってるか?』」
エリオットは首を傾げた。
「(美しい結晶のようなものだと聞いている。朝露のように葉の上に溜まるものだと)」
それは、物語の中の美しいイメージだ。僕もそう思っていた。
妖精さんが悲しい時にポロリと流した涙が宝石になる、みたいなメルヘンな設定だと。
だが、ガガンは冷笑を浮かべ、首を横に振った。
「『それはおとぎ話だ。現実はもっと血生臭せぇ』」
ガガンの声が低くなる。
「『妖精の涙ってのはな、妖精の“生命力の結晶”だ。……葉の上になんて落ちてねぇよ。妖精の体を切り刻んで、極限の恐怖と痛みを与えて、無理やり搾り取るんだ』」
ドクン。
心臓が嫌な音を立てた。
脳裏に、あの時の記憶がフラッシュバックする。
――森の中で出会った、おじさん。
――背中をむしり取られた激痛。
――ハサミで髪を切られた恐怖。
――ビンを押し当てられ、体を叩かれた記憶。
「『恐怖で流した涙、傷口から流れる血、体液……。それら全てが高い魔力を帯びて結晶化する。それが市場に出回る“妖精の涙”の正体だ』」
ガガンの説明に、僕は震えが止まらなくなった。
あのおじさんは、ただの乱暴者じゃなかった。
彼は、僕を「材料」として加工しようとしていたんだ。
背中をむしったのも、髪を切ったのも、僕を痛めつけて「涙」を搾り取るためだったんだ。
「(……っ!)」
エリオットもまた、同じ事実に辿り着いたようだ。
彼が僕を抱きしめる力が、痛いほどに強くなる。
「(あの時の……ッ!)」
エリオットの心の中から、どす黒い怒りと殺意が噴き上がってくるのが伝わってくる。
今のエリオットの殺気を感じる限り、もし今あのおじさんが目の前にいたら、間違いなくボコボコにされているだろう。
エリオットは、自分がお母さんのために探していたものが、結果として僕を苦しめる源だったという事実に、打ちのめされているようだった。
「『そいつは“神の愛し子”だ。普通の妖精よりも遥かに純度が高い。密猟者どもにとっちゃ、歩く宝の山……いや、一生遊んで暮らせる金ヅルだ』」
ガガンは警告するように人差し指を立てた。
「『この街にも、そういう裏の連中が出入りしている。特に“一つ目の男”……最近うろついている不審な密猟者の噂がある。そいつが探している獲物が何なのかは知らねぇが、用心するに越したことはねぇ』」
一つ目の男。
不穏な言葉に、エリオットが鋭く反応する。
「(……忠告、感謝する。もしそいつが陽貴に近づいたら、俺がこの手で葬る)」
「『へっ、頼もしいこって』」
ガガンはニヤリと笑い、ソファから立ち上がった。
「『話は以上だ。偽装したギルドカードはすぐに用意させる。……いいか、騎士様。あんたの役目は重大だぞ。その可愛い坊主を守れるのは、命を共有したあんただけだ』」
「(言われるまでもない)」
エリオットは立ち上がり、僕を抱き直した。
その腕には、先ほどまでの迷いや罪悪感はもうない。あるのは、鋼のような決意だけだ。
応接室を出て、再びカウンターへ戻る。
ギルドホールは相変わらずの喧騒だったが、エリオットの纏う空気が鋭すぎて、誰も僕たちに近づこうとはしなかった。
受付のお姉さんが、出来上がったばかりのギルドカードを差し出してくれた。
名前:ハルキ・アマカワ
種族:精霊族
ランク:F
手渡されたカードは、ただの金属片のように冷たい。
偽装された情報。けれど、これを受け取ったことで、僕は正式にこの世界の一部になったのだ。
たとえその裏に、恐ろしい真実が隠されていたとしても。
「(……帰ろう、陽貴)」
「(うん)」
エリオットに手を引かれ、ギルドを後にする。
外はもう完全に日が暮れ、街には魔法灯の明かりが灯り始めていた。
行き交う人々の影が長く伸び、路地裏の闇が濃くなっている気がする。
街の喧騒から少し離れた、静かな通りに差し掛かった時だった。
エリオットが不意に足を止め、僕を路地の陰へと引き込んだ。
「(エリオット?)」
どうしたの、と聞く間もなく、彼は僕を壁に押し付け、覆いかぶさるようにして抱きしめた。
彼の体が、小刻みに震えている。
「(……怖かった)」
耳元で、彼のか細い念話が響く。
「(君が……そんな残酷な目に遭っていたなんて。そして、俺が探していた“薬”が、君を傷つけるものだったなんて……俺は、君を救ったつもりで、君を苦しめる原因を探していたんだ)」
エリオットの声には、深い悔恨が滲んでいた。
彼は自分が「妖精の涙」を求めていたこと自体を、僕への加害のように感じているのだ。
「(エリオットは知らなかったんだから、仕方ないよ。それに、君は僕を助けてくれた。それが全てでしょ?)」
僕は彼の背中に腕を回し、精一杯の優しさで撫でた。
僕が生きているのは、エリオットのおかげだ。過去に何があったとしても、今、彼が僕をこんなにも愛してくれている事実があれば、僕はそれでいい。
「(……愛している、陽貴。誰にも、指一本触れさせない。君の涙一粒だって、誰にも渡さない)」
エリオットが顔を上げ、僕を見つめる。
その瞳は、暗い炎のように燃えていた。
それはただの愛じゃない。執着と、狂気にも似た独占欲。
でも、それが心地いいと思ってしまう僕は、もう完全に彼に毒されているのかもしれない。
「(うん。僕はエリオットだけのものだよ)」
僕が答えると、彼は貪るように僕の唇を塞いだ。
路地裏の闇の中で交わされる口づけは、甘くて、少しだけ血の味がするような、切実なものだった。
僕たちはまだ気づいていなかった。
僕の放つ「神の愛し子」としての甘い香りが、夜の闇に乗って、招かれざる客を引き寄せ始めていることに。
そして、ガガンが警告した「一つ目の男」の影が、すぐそこまで迫っていることに。
エリオットの腕の中で、僕は一瞬だけ、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
けれど、彼の熱い体温がすぐにそれを打ち消してしまった。
そう、エリオットがいれば大丈夫。
根拠のない自信にすがりながら、僕は彼の手を強く握り返した。
あなたにおすすめの小説
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜
キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」
(いえ、ただの生存戦略です!!)
【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】
生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。
のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。
「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。
「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
拾われたのはたぶん僕です 〜ポンコツ魔法使いと騎士団の平和な大事件〜
ニア。
BL
崖から落ちただけなのに、騎士団長に拾われました。
真面目に生きてきた魔法使いモーネ。
ただ薬草を採ろうとして滑落しただけなのに、なぜか王国最強の騎士団長イグラムに連れて行かれ、騎士団で暮らすことに。
しかしこの魔法使い、少しだけ普通ではありません。
回復魔法を使えば何かが増え、
補助魔法を使えば騎士団が浮き、
気づけば庭はプリンになります。
——本人はちゃんとやっています。
巻き込まれる騎士団と、なぜか楽しそうな団長。
さらに弟子や王子、ドラゴンまで加わって、騎士団は今日も平和に大騒ぎ。
これは、ポンコツ魔法使いが真面目に頑張るたびに世界が少し壊れる、騒がしくて優しいファンタジーです。
異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた
k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。
言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。
小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。
しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。
湊の生活は以前のような日に戻った。
一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。
ただ、明らかに成長スピードが早い。
どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。
弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。
お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。
あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。
後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。
気づけば少年の住む異世界に来ていた。
二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。
序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。
悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する
スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。
そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。
春野くんち―僕の日常は、過保護な兄弟たちに囲まれている―
猫に恋するワサビ菜
BL
春野家の朝は、いつも賑やかで少しだけ過保護。
穏やかで包容力のある長男・千隼。
明るくチャラめだが独占欲を隠さない次男・蓮。
家事万能でツンデレ気味な三男・凪。
素直になれないクールな末っ子・琉生。
そして、四人の兄弟から猫のように可愛がられている四男の乃空。
自由奔放な乃空の振る舞いに、兄たちは呆れながらも、とろけるような笑顔で彼を甘やかす。
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)