(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g

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2章

16話


 ガチャリ。
 乾いた金属音がして、寝室のドアノブが回った。
 次の瞬間、ドアが乱暴に蹴破られ、木片が飛び散る。

 踏み込んできたのは、黒い装備に身を包んだ男たちだった。
 顔は布で覆われ、目元だけが鋭く光っている。手には短剣や杖が握られ、その切っ先は明確に僕たち――いや、僕に向けられていた。

「――、――!!」

 先頭の男が短く指示を出すと、後続の男たちが雪崩れ込んでくる。
 狭い寝室が一瞬にして殺意で満たされた。

「(陽貴、壁際へ!)」

 エリオットが叫ぶと同時に、銀色の閃光が走った。
 彼が抜き放った長剣が、先頭の男の武器を弾き飛ばし、そのまま肩口を斬り裂く。

「グアッ……!」

 男が悲鳴を上げて吹き飛んだ。
 エリオットは僕を背中に庇うように立ち、切っ先を敵に向けた。
 その背中は、普段の優しくて甘いエリオットのものとは違っていた。
 冷たく、硬く、そして恐ろしいほどに静かな『修羅』の背中だ。

「……俺の警告を無視して踏み込んだ代償だ。生きて帰れると思うな」

 エリオットの全身から、青白い魔力が噴き上がる。
 それは以前見た時よりも遥かに濃密で、圧倒的な圧力を放っていた。
 僕の命――『神の愛し子』の生命力が、彼の中で燃え盛っているのだ。

 男たちが怯んだ隙を逃さず、エリオットが動いた。
 速い。
 目で追うことすらできない速度だ。
 剣閃が舞うたびに、襲撃者たちの武器が砕かれ、悲鳴が上がる。

 エリオットは容赦がなかった。
 急所を一撃で貫くことはせずとも、二度と武器を持てないように腕を狙い、機動力を奪うために足を狙う。
 冷徹で、機械のように正確な殲滅劇。

 僕は部屋の隅で縮こまりながら、その光景を見つめていた。
 怖い。
 血が飛び散り、人が倒れていく光景は、平和な日本で生きてきた僕には刺激が強すぎる。
 けれど、目を逸らすことはできなかった。
 エリオットが、僕を守るために戦ってくれているから。

「――、――!」

 男たちの一人が、何かの魔法を唱えた。
 炎の弾がエリオットに向かって放たれる。
 しかし、エリオットは避けようともしなかった。左手で無造作に炎を払いのける。

 ジュッ、と音がして、炎がかき消された。
 魔法すら効かない。
 今のエリオットは、まさに無敵の要塞だった。

「ば、化け物か……!?」

 襲撃者たちの動揺が、空気を通して伝わってくる。
 彼らは「ただの騎士」と「無力な妖精」を襲うつもりだったのだろう。だが、彼らが踏んだのはドラゴンの尾だったのだ。

 戦況は一方的だった。
 数人の男たちが床に伏し、残った者たちも後退り始めている。
 このままエリオットが全員を制圧する。そう思った、その時だった。

 ふと、部屋の空気が歪んだ気がした。

 エリオットは正面の敵に集中している。
 部屋の入り口付近で倒れている男たちの影から、ゆらりと立ち上がる人影があった。
 気配がない。
 他の男たちとは違う、異質な存在感。

 その影――小柄な男が、音もなく杖を構えた。
 杖の先には、鋭く研ぎ澄まされた氷の刃が形成されている。
 狙いは、エリオットの背中。
 鎧の継ぎ目、首筋だ。

「――っ!」

 僕は息を呑んだ。
 エリオットは気づいていない。前の敵を斬り伏せた直後の硬直を狙っている。
 念話で伝えなきゃ。

「(エリオット、後ろ!)」

 頭の中で叫ぶ。
 でも、届かない。
 戦闘中の極限の集中状態にあるエリオットの意識は、目の前の敵と僕を守ることに全振りされていて、念話が一時的に遮断されているようだった。

 間に合わない。
 氷の刃が放たれる。
 あのままじゃ、エリオットが死んでしまう。

 嫌だ。
 僕を守って、エリオットが傷つくなんて嫌だ。
 僕とずっと一緒にいるって約束したんだ。

 熱い塊が、喉の奥からせり上がってくる。
 恐怖も、躊躇いも、全部吹き飛ばして。
 僕は喉を引き裂くような勢いで、空気を吸い込んだ。

「エリオットーーーーッ!!!」

 部屋の空気を震わせる、物理的な絶叫。
 言葉の練習の時とは比べ物にならない、大きく、明瞭な声。

 その声は、戦闘の轟音を切り裂いてエリオットの耳に届いた。
 エリオットの肩がビクリと反応する。

 僕は叫ぶと同時に、無我夢中で右手を突き出した。
 あいつだ。あいつがエリオットを狙っている!
 指差した先。
 僕の中の魔力が暴発した。

 カッッッ!!!

 昨日の練習で作った「光の花」なんて可愛いものじゃない。
 目くらましのような強烈な閃光が、僕の手のひらから迸った。
 それは一直線に、影の男へと殺到する。

「グアァァァッ!?」

 不意打ちの閃光に目を焼かれた男が、悲鳴を上げて顔を覆った。
 放たれようとしていた氷の刃が軌道を逸れ、壁に突き刺さる。

 その一瞬の隙で十分だった。
 僕の声に反応し、光の方向を確認したエリオットが、流れるような動作で振り返る。

「……そこかッ!」

 旋回に勢いを乗せた斬撃が、横薙ぎに閃いた。
 影の男が杖ごと吹き飛ばされ、壁に激突して崩れ落ちる。

 静寂が戻った。
 立っているのはエリオットだけだ。
 彼は荒い息を吐きながら、血振るいをして剣を鞘に納めた。
 そして、ゆっくりとこちらを振り返る。

 その瞳は、まだ戦いの興奮で光っていたが、僕を見るとすぐにいつもの色に戻った。

「(……陽貴)」

 エリオットが駆け寄ってきて、腰が抜けて座り込んでいた僕を抱き上げた。
 彼の鎧は返り血で汚れていたけれど、そんなことはどうでもよかった。

「(怪我はないか?)」

 エリオットの手が僕の体中を触って確認する。

「(う、うん……僕は大丈夫。エリオットこそ……)」

「(俺は平気だ。君の命が守ってくれているからな)」

 エリオットは安堵のため息をつき、僕を力強く抱きしめた。

「(……聞こえたよ。君の声が)」

 耳元で囁かれる念話に、心臓が跳ねる。

「(……君が叫んでくれなければ、俺はあの一撃をもらっていたかもしれない)」

 エリオットの声が震えている。
 彼は僕の頭を撫で、何度も口づけを落とした。

「(助けられたな。……ありがとう、陽貴)」

 僕はエリオットの首に腕を回し、しがみついた。
 怖かった。本当に怖かった。
 でも、声が出た。魔法も出た。
 僕も、エリオットを守れたんだ。

 その時、廊下の方から足音が聞こえてきた。
 エリオットが瞬時に体を強張らせ、再び剣に手をかける。
 だが、現れたのはお母さんだった。
 彼女はフライパンを片手に、鬼のような形相で立っていた。

「エリオット! 陽貴さん! 無事なの!?」

 お母さんの言葉はわからないけれど、無事を確認して泣き崩れる姿を見て、僕も涙が溢れてきた。
 どうやらお母さんは別の部屋に隠れていて無事だったようだ。あるいは、襲撃者たちの狙いが完全に僕の部屋に絞られていたおかげかもしれない。

 エリオットはお母さんに駆け寄り、言葉を交わす。
 そして、厳しい表情で部屋の中の惨状を見渡した。

「(……ここには、もういられない)」

 エリオットの重い念話が届く。

「(敵は、俺たちが騎士団の人間だと知っていて襲撃してきた。しかも、これだけの手練れを用意してだ。……素性が全てバレている以上、ここは危険すぎる)」

 家の結界が破られ、これだけの人数に踏み込まれた。
 これ以上ここにいれば、お母さんまで巻き込んでしまう。

 エリオットは決断を下した。

「(陽貴。……旅に出よう)」

「(旅?)」

「(ああ。この国を出る。ギルドにも、騎士団にも、誰も手の届かない場所へ。……君を守れる場所を探すんだ)」

 それは、エリオットが全てを捨てることを意味していた。
 騎士としての地位も、名誉も、生まれ育った家も。
 僕一人のために。

「(でも、エリオットの仕事は? お母さんは?)」

「(仕事など、君の命に比べればどうでもいいことだ。母上には……事情を話して、安全な場所に避難してもらう)」

 エリオットの瞳に迷いはなかった。
 彼は僕の手を取り、その手の甲に誓いのキスをした。

「(俺は誓ったんだ。君を生涯守り抜くと。……もう絶対に傷つけさせたりはしない。俺を信じてついてきてくれるか?)」

 僕は涙を拭い、彼を見つめ返した。
 そうだ。僕はもう決めたんだ。
 エリオットと命を共有して、一緒に生きると。

「(うん。一緒に行くよ、エリオット)」

 僕が答えると、エリオットは優しく微笑んだ。

 夜明け前。
 僕たちは必要最低限の荷物をまとめ、住み慣れた家を後にした。
 お母さんとは涙の別れをしたけれど、彼女は「元気でいてね。エリオットを頼むわね」と、気丈に僕達を送り出してくれた。

 振り返ると、薄暗い空の下に、僕たちの家が静かに佇んでいた。
 平穏で、温かかった日々。
 キラキラした異世界への憧れだけで過ごせた時間は、もう終わった。

 これからは、逃避行だ。
 僕という「歩く不老不死薬」を狙う世界中の悪意から逃げながら、安住の地を探す旅。

 エリオットが僕の手を強く握る。
 その手から伝わってくるのは、絶対的な安心感と、燃えるような愛。

「(行こう、陽貴。俺たちの新しい旅の始まりだ)」

「(うん!)」

 僕は前を向いた。
 不安はある。でも、エリオットと一緒なら、きっと大丈夫だ。
 だって僕たちは、命も心も繋がった、最強の伴侶なのだから。

 朝日が昇り始める。
 僕たちの背中を照らす光は、まるでこれからの過酷で、でも愛に満ちた旅路を祝福しているようだった。

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