2 / 20
2話
また人間の足音が聞こえたような気がした。
かすかな意識の中でも、それがどこか力強く、規則正しい足音であることだけは感じ取れた。誰かが近づいてくる。
けれど、体は動かない。目を開けようとしても、まぶたが重くて開かない。
やがて、その足音は僕のすぐそばで止まった。
気配がすぐ近くに感じられ、わずかに開いた視界の隅に、大きな影がぼんやりと映る。
あのおじさんが戻ってきたのかと思い、恐怖で体がこわばる。しかし、違った。
影は僕をそっと抱き上げ、驚くほど優しい手つきで、包み込むように支えてくれた。
その腕の中は、驚くほど温かった。
冷え切っていた体が少しずつ温もりに包まれていき、安らぎが心の奥に広がっていく。
ぼんやりと意識が戻りかけたとき、彼が静かに何かを口にした。
「エリオット」──それだけはかろうじて聞き取れた。多分彼の名前だろう。
(エリオット……)
彼の名前を心の中で繰り返す。無意識のうちに、彼の胸元に顔をうずめてしまう。
彼の温かい心音が聞こえてきて、不思議と安心する。
力が抜けて、安らぎに満たされると、僕は再び意識を手放していた。
次に目が覚めると、やわらかな布の感触が体を包んでいた。
手作りの籠のようなものの中に寝かされているようで、体の痛みは残っているものの、冷たい地面にいたときの絶望感は消えていた。
隣を見ると、エリオットが静かに木にもたれて座っていた。
短い黒髪に、深い青の瞳が印象的な顔立ち。体格はがっしりしているが、表情はどこか穏やかで、まるで微笑んでいるかのようだ。
僕に気づくと、そっと微笑んで安心させるようにうなずいてくれた。
その微笑みを見た瞬間、胸の奥にあった恐怖と不安がふわりと溶けていくような気がした。なんとかお礼を伝えたかったけれど、声がうまく出ない。体を起こそうとしても、まだ力が入らず動けない。
それでも、エリオットは気にすることなく、静かに僕の髪を撫でてくれた。
その手の温かさが、体だけでなく心にまで染み渡っていく。
言葉は交わしていないけれど、彼の優しさはしっかりと伝わってきた。
僕は彼の温もりに安心し、もう一度そっと目を閉じた。
数日が過ぎても、エリオットはずっと僕のそばにいて、看病を続けてくれた。
静かに果物らしきものを口元に運んでくれたり、布を整えたり、やさしく体を支えてくれたり。
僕が何もできないまま甘えているだけなのに、エリオットは嫌な顔ひとつせず、むしろ僕を気にかけてくれているように見えた。
彼がそばにいてくれるだけで、僕の心は少しずつ癒されていくようだった。
(エリオット……)
心の中でそう呼ぶたびに、不思議と安心する。
この名前が、僕にとっても特別なものになっているのかもしれない。彼のそばにいるだけで、ここが居場所のように感じられる。
さらに数日が過ぎ、僕は少しずつ体力を取り戻し始めた。まだふらつくものの、手足をゆっくり動かすことができるようになって、籠から起き上がって歩ける日も増えてきた。
エリオットは僕が少しでも動けるようになるたびに、静かに微笑んでくれた。
その微笑みが、どれだけ僕を勇気づけてくれたことか。
彼のそばにいると、どんな不安も静かに和らいでいく気がする。
ただ、時折エリオットの表情に、かすかな悲しみが浮かんでいるように見えた。
それは何か憂いているような、彼は何かを背負っているのかもしれない。
彼が何を思っているのか僕にはわからないけれど、僕を助けてくれた彼に、いつか恩返しがしたいと思った。
ある日、エリオットが静かに立ち上がり、僕のそばを離れようとする気配を感じた。
胸が急に締め付けられるような気がして、彼ともう会えないかもしれない不安が押し寄せてくる。
何度か試してみたが言葉は通じず、感謝の気持ちもまだ伝えられていない。
それなのに、エリオットが森を出てしまうのは寂しかった。
僕は必死でエリオットを見つめ、少しでもこの気持ちが伝わるようにと願った。
エリオットはその視線に気づいてか、ふと振り返り、静かに微笑んだ。
その表情が「大丈夫だよ」とでも言っているかのようで、少しだけ胸の中が暖かくなる。それでも、エリオットが森を出て行く姿を想像するととても耐えられそうにない。
もう彼のいない森で生活できる気がしなかった。
あなたにおすすめの小説
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜
キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」
(いえ、ただの生存戦略です!!)
【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】
生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。
のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。
「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。
「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
拾われたのはたぶん僕です 〜ポンコツ魔法使いと騎士団の平和な大事件〜
ニア。
BL
崖から落ちただけなのに、騎士団長に拾われました。
真面目に生きてきた魔法使いモーネ。
ただ薬草を採ろうとして滑落しただけなのに、なぜか王国最強の騎士団長イグラムに連れて行かれ、騎士団で暮らすことに。
しかしこの魔法使い、少しだけ普通ではありません。
回復魔法を使えば何かが増え、
補助魔法を使えば騎士団が浮き、
気づけば庭はプリンになります。
——本人はちゃんとやっています。
巻き込まれる騎士団と、なぜか楽しそうな団長。
さらに弟子や王子、ドラゴンまで加わって、騎士団は今日も平和に大騒ぎ。
これは、ポンコツ魔法使いが真面目に頑張るたびに世界が少し壊れる、騒がしくて優しいファンタジーです。
異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた
k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。
言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。
小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。
しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。
湊の生活は以前のような日に戻った。
一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。
ただ、明らかに成長スピードが早い。
どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。
弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。
お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。
あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。
後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。
気づけば少年の住む異世界に来ていた。
二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。
序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。
悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する
スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。
そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。
春野くんち―僕の日常は、過保護な兄弟たちに囲まれている―
猫に恋するワサビ菜
BL
春野家の朝は、いつも賑やかで少しだけ過保護。
穏やかで包容力のある長男・千隼。
明るくチャラめだが独占欲を隠さない次男・蓮。
家事万能でツンデレ気味な三男・凪。
素直になれないクールな末っ子・琉生。
そして、四人の兄弟から猫のように可愛がられている四男の乃空。
自由奔放な乃空の振る舞いに、兄たちは呆れながらも、とろけるような笑顔で彼を甘やかす。
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~
蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。
転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。
戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。
マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。
皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた!
しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった!
ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。
皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。