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8話
目を覚ますと、甘い香りがふわりと鼻先をくすぐった。まだ夢見心地でぼんやりと目を開けると、ベッドの上がバラのような花で敷き詰められているのを目にし、思わず驚いて身を起こす。
「え? これ……何?」
呆然としていると、部屋の入り口で様子を見ていたエリオットが、照れたように微笑みながら歩み寄ってくる。
「(おはよう、陽貴。よく眠れたか?)」
「あ、うん……これって、もしかしてエリオットが?」
ベッドの上の花に目を落としながら聞くと、エリオットは少し赤くなりながら頷いた。
「(そうだ。君が目を覚ました時、喜んでくれたらいいなと思って、用意したんだ)」
エリオットの言葉に、思わず目が丸くなる。
ベッドに花を敷き詰めるなんて、こちらの文化か何かなんだろうか? 昨日おばあさんに無料で花をもらったし、こういうのが普通なのか? これはどう反応したらいいんだろうか?
悩んでエリオットの姿をチラりと見てみると、期待に満ちたキラキラの目でこちらを見ている。それがなんだか褒められ待ちの犬のようで、自然と微笑んでしまった。
とりあえず、当たり障りのない感謝を伝えておこう。
「……ありがとう、エリオット。綺麗だし、とてもいい香りだね」
なぜか顔が熱くなるのを感じながら感謝を伝えると、エリオットは安堵したように柔らかく微笑み返してくれた。
僕は花を落とさないように気をつけながら、そっとベッドから立ち上がる。
綺麗な花を見つめていると、いつの間にか近寄ってきたエリオットにぎゅっと抱きしめられた。あまりに自然な動作に何も言えず、されるがままになる。
「(それなら良かった)」
……なんか、この雰囲気おかしくないか?
今まであまり感じたことのなかった甘い空気に戸惑う。バディに向けるような感じじゃない。それに困惑が隠せない。
だが、結局それを聞き出す勇気は出ず、とりあえず朝の支度を済ませることにした。
エリオットが作ったという手の込んだ朝食を終えると、彼が何か思い出したように僕の方を見つめて言った。
「(陽貴、俺は今日も休みをもらっているんだ。一緒に街に行かないか? 君に見せたいものがある)」
「うん、行きたい!」
また街に行けるのが嬉しくて、笑顔で返事をすると、エリオットは満足げに頷き、早速二人で街へと出かけることにした。
今日も街は色とりどりの屋台が立ち並び、人々がにぎやかに行き交っている。
僕はあちこちを目移りしながら、昨日と同様はしゃいでしまった。
「エリオット、あの屋台昨日なかったよね? 見たことのないアクセサリーがいっぱい並んでる!」
思わず指差す僕に、エリオットは微笑みながら説明してくれる。
「(あれはこの街の特産品だ。地元の職人が作った装飾品で、一つ一つ手作りだと聞いている)」
エリオットの念話を聞きながら、そのアクセサリーの細かな造りや、輝く石の美しさに見とれた。
「綺麗な石。宝石みたい……」
僕がそう呟くと、エリオットが何かを思いついたように、真剣な眼差しで僕を見つめてくる。
「(陽貴、もし良かったら……君にこの中から好きなものを一つ選んでほしい)」
「え? 僕が選ぶの?」
突然の申し出に驚いたが、エリオットは真剣な表情で頷いてくる。
「(……君に何か特別なものを贈りたいんだ。これまでの感謝の気持ちを込めて)」
感謝するのはむしろこっちの方だからと即座に遠慮したが、エリオットはどうしてもと譲らない。
何度話しても平行線を辿る会話。必死のエリオットに、これ以上拒否するのも申し訳なくなってくる。
少し申し訳ない気分になりながら「じゃあ……せっかくだから、選ばせてもらうね」と答えた。
アクセサリーを眺めていると、ふと小さなブローチが目に留まる。
それは淡い青色の石が中央に嵌め込まれたシンプルなデザインで、優しい光を放っている。
「この青い石のブローチ、すごく綺麗……」
ブローチを手に取ってじっくり眺めていると、エリオットもそれに視線を向け、柔らかな微笑みを浮かべる。
「(……陽貴によく似合う綺麗な色だ。見ているだけで心が和むな。これをもらおう)」
エリオットの言葉に、少し頬が赤くなるのを感じながら、買ってもらったブローチを胸に大切に抱えた。
「ありがとう、エリオット。ずっと大事にするね」
感謝の気持ちを込めてそう言うと、エリオットは嬉しそうに頷き、ブローチをそっと僕の服に留めてくれた。
その手つきはまるで恋人に触れるように甘く優しい。その甘さにまたも困惑し、ドキドキする胸を抑えた。
その後、エリオットは僕を連れて街の中心から少し離れた丘へと案内してくれた。
丘の上に登ると、街の全景が一望でき、遠くには青く澄んだ湖が輝いて見える。
「ここ……すごく綺麗な場所だね!」
僕が感激していると、エリオットが隣に立ち、穏やかな眼差しで景色を眺めながら言った。
「(ここは街で一番景色のいい場所なんだ。俺が小さい頃から、何か大切なことがあるたびにこの場所を訪れていた。母がよく連れてきてくれた秘密の場所なんだ)」
エリオットの話に耳を傾けながら、そんな大切な場所に連れてきてもらえたことになぜか胸が苦しくなると同時に、とても幸せな気持ちが湧き上がってくるのを感じた。
「エリオット……今日も色んな場所に連れて行ってくれて、ありがとう」
僕が感謝の言葉を伝えると、エリオットは照れたように微笑みながら、視線を合わせてくれる。
「(陽貴……君のためなら、何だってしてやりたいと思っている。君が喜んでくれるなら、それだけで俺は満足なんだ)」
エリオットの真剣な眼差しに、頬が熱くなっていく。僕の顔は今真っ赤に違いない。
甘いセリフに戸惑いながらも、エリオットの気持ちの深さが伝わってくるのを感じた。
僕を大切に思ってくれているエリオットの姿にまたぎゅうっと胸が苦しくなる。
二人でしばらく景色を眺めながら、静かな時間を共有した。
やがて夕暮れが近づき、空が茜色に染まり始めると、エリオットがそっと僕の手を取る。
「(陽貴、もう一ヶ所、君を連れて行きたい場所があるんだ)」
何か決意のようなものを秘めたその言葉に、驚きながらも頷く。エリオットに手を引かれるまま再び街の方へと向かって歩き出す。
どこか緊張した面持ちのエリオットの姿に、これからどこに連れて行かれるのか少し不安を感じた。
エリオットに手を引かれて向かった先は、街で最初に見たあの教会だった。
夕闇に染まり始めた空を背景に、教会のシルエットが重々しくも美しく浮かび上がっている。
中に入ると、柔らかな燭台の明かりが祭壇を包み込み、荘厳な雰囲気が漂っていた。
エリオットはそのまま無言で僕を導き、静かに祭壇の前で立ち止まる。そして、ゆっくりと僕の手を取り、真剣な眼差しで見つめてくる。
「(……陽貴、ここでもう一度、今度は言葉で誓わせてほしい)」
エリオットのまっすぐな瞳に見つめられ、僕は息をのむ。
心臓が早鐘のように打ち始め、何か特別な瞬間が訪れていることを感じた。
「言葉で誓う……って、どういうこと……?」
戸惑いを隠せないまま尋ねると、エリオットは僕の手を握りしめ、静かに言葉を紡ぎ出す。
「(俺は……君を愛している。君がどんな存在だとしても、俺にとってかけがえのない大切な人だ。だから、神の前で誓いたい。君を生涯、守り、支え続けることを)」
エリオットの言葉が真っ直ぐに胸に響き、まるで夢を見ているような気持ちになった。
どう聞いてもプロポーズだった。今まで勝手にバディだと勘違いしていた自分が恥ずかしくなる。それと同時にその言葉の重さに、不安が押し寄せてきた。
「……エリオット、待ってほしい」
僕は握られていた手を小さく引き、エリオットの視線から逃げるように俯いた。
こんなにも真剣に想ってくれているエリオットに対し、自分が本当に応えられるのか、迷いが胸に渦巻く。
「君に伝えていないことがあるんだ。今まで黙っていてごめん。僕……実は、他の世界の記憶を持っているんだ。それに……僕の体は、君たちと違うかもしれない」
僕は勇気を振り絞って、これまで知る限りのことを全て話した。
僕の元の世界のこと。謎の大きな植物の中で目覚めたこと。そして鏡を見て知った、人間と異なる存在であるかもしれないこと。
こんなに大事にしてくれているエリオットにそれらを隠したままでいるなんてできなかった。
僕のすべてを知ってもらった上でもう一度考えてほしい。
「こんな僕が、君の大切な人でいていいのか、僕にはわからないんだ」
その言葉を聞いたエリオットは、驚いた表情を浮かべたが、すぐに優しく微笑み、僕の手をしっかりと握りしめてくれた。
「(陽貴、さっきも言ったが、君がどんな存在であろうと俺は気にしない。君がこの世界に生きていること、俺の隣にいてくれること、それだけで俺には十分なんだ)」
エリオットの言葉には何の迷いもなく、僕をまっすぐに見つめるその瞳には深い愛情が宿っている。
「(君がどこから来たか、何者であるかなんて関係ない。俺にとっては、ただの『陽貴』で、それ以上でも以下でもない。だから、どうか俺のこの想いを受け入れてくれ)」
その言葉に胸がじんわりと温かくなり、今まで抱えていた不安が少しずつ消えていくのを感じた。エリオットの隣で生きていくこと、それがどれほど幸せなことか、少しずつ実感が湧いてくる。
「……エリオット、僕も……ずっと君と一緒にいたい」
小さく呟くようにそう言うと、エリオットの表情が一層柔らかくなり、そっと僕を抱きしめてくれた。温かな腕の中で、自分がどれだけ大切に思われているのかを改めて感じ、自然と微笑みがこぼれる。
「(陽貴、愛している)」
エリオットの優しい声が耳元に響き、僕の心は一層幸せに包まれる。
彼の温かな体温に包まれながら、僕たちは神の前で口づけを交わした。
静寂に包まれていたはずの教会の鐘が鳴る。まるでこの世界の神に祝福されているようだった。
そして二人は、神の前で互いを見つめ合い、伴侶としての誓いを心に刻み、新たな一歩を共に踏み出した。
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―――
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(名義を統合しこちらに移動することになりました)