幼子は最強のテイマーだと気付いていません!

akechi

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4巻

4-3

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         †

 何とかサラダを食べ終えたユリア達は、今度こそごちそうさまをすると、木漏こもれ日が射し込むリビングによちよちと集まり、積み木の続きを始めた。フェンはお腹いっぱいになって眠くなったのか、ふかふかのソファーでウトウトしている。

『ユリア~! フフフ~ユリアを独り占め~!』
「俺もいるぞーー!」

 そう言ってユリアの周りを嬉しそうに飛び回るピピと妖精コウ。その光景は見ていてとてもメルヘンで可愛いが、当のユリアは気にすることなくぽっこりお腹を摩りながら積み木を集めている。その横で何故かカイルが興奮して、嬉しそうにピピを追いかけていた。

「完全に片思いね、息子よ」

 そんな息子を見て苦笑いするナタリーは、フローリアと食事を摂りながら、リビングの様子を見ている。
 ルイーザはミルクを飲み終えると、頑張って皆の元へ行こうとハイハイするが、途中で眠気という赤子の宿命に襲われて力尽きた。
 フローリアはそんな愛娘を抱き上げてフェンの隣に寝かせた。

「ルウ、おおきいちゅみきとって~」
「あい」

 ピピを追い回すカイルの横で、真剣に積み木でお城を作っているユリアとルウ。慎重に一つ一つ積み木を重ねては、額の汗をぬぐう仕草をする。ちなみに汗は一滴も出ていない。

「おーい! 帰ったぞーー!」

 勢い良くドンと開いた玄関のドアの振動で、順調に積み重なっていた積み木が見るも無惨に崩れ落ちた。一瞬のことで唖然とするユリアとルウ。

「あー! あにちだーー!」

 ピピを追いかけていたカイルが、玄関に立つチェスターの元へ駆けていく。思考が停止していたユリアとルウは、カイルの声にピクリと反応して玄関の方を見る。そこには仁王立ちしたチェスターがいたが、後ろにいたネオとガルムが邪魔とばかりに横に押しやる。
 その後ろからラーニャやゼノス、そしてシリウスやチェビ、ユリアの住んでいた家だと聞いて興味津々のジェスが、キョロキョロと周りを見渡しながら入ってきた。
 彼らが家に入ってすぐに見たのは、怒り心頭のユリアとルウがチェスターをポカポカ叩いている光景だった。
 ジェスは首を傾げる。

「……どうしたんだ?」
「さぁね。いつものことだからほっといても大丈夫よ」
「そうだな」

 ラーニャの言葉に納得してしまうジェス。

「おい! 何だよ!」
「あにちのおバカ!」
「……おバカ」

 チェスターを囲んで、積み木の恨みを晴らそうとポカポカ攻撃をするユリアとルウ。カイルは状況が分からず指をくわえて首を傾げているが、ピピやコウはユリアの周りを飛び回りながら応援している。
 ルーブニア帝国帰還組からすると、そんな微笑ましい光景を見ているだけで、ユリアの元に帰ってきたんだという安心感が湧いてくる。

「ユリア、その辺にしておけ。後ででかいお城を作ろう」

 ジェスはそう言ってユリアの頭を優しく撫でる。

「あー! じぇちゅ!」

「あっ! おい! 俺もいるぞ!」と、ネオは羨ましいのかユリアに抗議する。
 ジェスを見たユリアは嬉しそうに抱きつく。そんなユリアの元に集まってくる魔物達、いやユリアのお友達。
 そんな暖かい空気の中、遅れて入ってきたのはクロじいだ。その横にはルーブニアから連れてきたピアの姿がある。ピアの歩幅に合わせて歩いてきたので皆より時間がかかったが、森が新鮮なのか自分で歩きたがる彼女の意思を尊重したのだ。
 そんなピアは、クロじいやラーニャによって身綺麗になり、可愛い姿になっていた。綺麗になった茶髪をツインテールにして、ピンクのリボンを付けている。瞳は淡いブルーで、推定年齢は三歳から四歳くらいだろう。
 クロじい達は可愛い服を着せてやりたかったが、ピアが選んだのは白いシャツに茶色のオーバーオールというかなりボーイッシュな組み合わせだった。それを見てやはりワンピースにしようとした二人だが、嬉しそうなピアを見て着せ替えを諦めたのだった。
 ピアが入ってきたことに気付いたユリア達は、興味津々な目でジッと見つめている。ピアの方も自分と同じくらいの年のユリア達に気付いて、恥ずかしそうにサッとクロじいの後ろに隠れてしまう。

「ホホ、ユリアよ。この子はピアじゃ。仲良くしてくれるかのう?」
「ピア~? ピア! ユリアはユリアっていうにょ~!」

 ユリアは元気いっぱいにピアに挨拶あいさつする。

「……ユリア?」

 首を傾げながらも何処か嬉しそうにユリアの名を呼ぶピア。

「しょうだよ! ピアよろちく!」
「うん!」

 ピアはユリアの元へ走っていき、嬉しそうに手を繋ぐ。そんな二人を見ていたカイルとルウも恥ずかしそうに近付いていく。

「ぼくはカイルっていうにょ! よろしく!」
「ルウでしゅ。かーちゃがちゅけてくれたにょ」
「カイルー! ルウー! ピアでしゅ!」

 四人は仲良く手を繋いで何故かクルクル回り出した。そんな幼子達を見てチェスターは腹を抱えて爆笑する。

「……どういう状況だ?」
「さぁ?」

 食事から戻ってきたシロと桔梗が見たのは、シリウスの周りをユリア達と見知らぬ幼女が手を繋いでクルクル回っている異様な光景だった。

         †

 ピアとの出会いから仲良くなるまでに時間は必要なかった。初めましての挨拶を済ませたピアとユリアひきいるおちび達は仲良く遊び始めた。
 暫くしてピアもお腹が空いたので、軽く食事を摂ることにする。彼女は椅子に座り、目の前に並べられた焼きたてのパンやトロトロのスクランブルエッグ、そしてオーク肉のベーコンと温かいスープに、目を輝かせながら美味しそうに食べ始めた。

「ピアちゃん、美味しい?」

 ナタリーがピアの口元をきながら聞く。

「うん! おいちー! ピア、しあわしぇ!」

 ピアはそう言って慣れないフォークを使い、一生懸命に食べている。生きるために――死んでしまったお姉ちゃんやお兄ちゃんの分まで生きるためにだ。
 そんなピアの事情をクロじいから聞いたフローリアは酷く心を痛めた。

「酷い話ね……まだあんなに幼いのに酷な経験をしてるのね」
「そうじゃな、あの子は戦争孤児じゃろう。あの国には浮浪者や戦争孤児が沢山おったからのう。なのに国は対処するどころか差別、見せしめの対象にしておった。自分達でそういった者達を生み出しておいて簡単に切り捨てるような国は滅びるべきじゃ!」

 クロじいの怒りに皆が賛同する。

「じーじ、どうちたにょ?」

 クロじいの怒りに反応したピアが、心配そうに見ている。

「ああ、大丈夫じゃ。ほらよく噛んで食べるんじゃぞ?」
「はーーい!」

 ピアの横に座り、肉を細かく切り始めたクロじいは、この子の幸せを心から願うのだった。


 そしてその頃、リビングではユリア率いるおちび達が、ソファーに寝転がるチェスターにむらがっていた。

「おい! 俺は疲れてるんだ! 寝させてくれ!」

「あにち、おくちゅぬがないでねー!」とユリアが鼻をまみながら言う。

「脱がねーよ!」

 チェスターの足が臭いことは周知の事実で、おちび達はそれを嫌がっている反面、しょっちゅう笑い話の種にしていた。
 チェスターにしっしっと遠ざけられたユリア達は輪になり、コソコソと話し始めた。
「あにち、まだあちくちゃいかな?」とユリアがチェスターをちらっと見ながら言う。
「ぜったいくちゃいでしゅよ!」とカイルが断言する。
「……そんなにくちゃいの?」とルウは何故か興味津々だ。

「お前ら……全部聞こえてるからな!」

 そんな光景を見て、ジェスは腹を抱えて笑う。他の魔物達は微笑みながら見ているが、被害者になったことのあるネオやゼノス、そしてピピは、当時を思い出してガタガタと震えている。
「あれは世界をも滅ぼせるぞ!」とネオは頭を抱える。
「そうだね。かなり危険だよ!」とゼノスはネオの発言に頷いている。
『あれは怖い……思い出したくない!』とピピはパタパタと飛び回っている。

「ユリアー! やめておいた方が身のためだぞ!」

 コウも被害者なので、何かしでかしそうなユリアを珍しく止めている。
 ユリアは好奇心が勝りそうになったが、周りからの必死の説得によって我に返り、カイルと共にさっさと積み木遊びを再開した。だが、一人だけ好奇心が勝った子がいた。
 これまでもチェスターの靴を脱がせる場面に遭遇はしていたが、その頃チェスターは妻であるエリーと娘のアネモネに靴を新調させられ、足の清潔さを保つために常にクリーン魔法をかけることを強要されていた。なのでその臭いを知らないのだ。
 だが、今は遠征えんせいしていて口煩くちうるさく言う人も周りにいないので、クリーン魔法もかけていない。
 そんなかなり危険な状況下で好奇心が勝った子、ルウは、自分だけ仲間はずれなのが嫌で、意を決して禁断の行為に及んだのだった。ルウの渾身こんしんの力をもってしても、片方しか靴を脱がせられなかったが。


「ルウ! 離れな!」

 ルウの行動にいち早く気付いた母親の桔梗は、魔法でルウを浮かせて避難させる。それと同時に、近くにいたユリアやカイルも浮かせて、キッチンに避難させた。積み木を持ったまま唖然とするユリアとカイルは、チェスターの靴が片方脱げているのに気付いた。

「きゃーー! たいへんでしゅ! ひなんちましゅよ!」

 ユリアは急いで鼻を摘まんで身をかがめる。

「ちにましゅ! かーしゃま、にげましゅよ!」

 カイルは食事を摂っている母親のナタリーの腕を引っ張って、外に避難しようとしていた。

「ぎゃああ! ルウ、お前なんてことをしたんだ⁉ 息を止めろー!」

 コウはユリアの頭の上に避難して鼻を摘まんでいる。
 そしてネオやゼノス、ピピはパニックになり、防御魔法を使うのも忘れて、慌ててキッチンに逃げてきた。
 そんな中、ルウだけは臭いを嗅ぐ前に避難させられて悲しそうにしていた。そんな息子を見て複雑な気持ちになった桔梗は、その行き場のない思いをチェスターにぶつけ始めた。

「あんた! 何でちゃんとクリーン魔法をかけないのさ! エリー達に報告するからね!」
「俺が悪いのか! コイツが勝手に脱がせたんだぞ⁉」

 チェスターも靴を履きながら反論するが、ちょうどその時、開いた窓からタイミング良く心地よい風が部屋に流れてきた。

「うっ! くちゃい!」

 そう言ってふらつくユリアを後ろから支えたシロも、この臭いに顔をしかめている。

「たあ!(臭いわね!)」
「にゃんだ⁉ だれにょオナラだ! くちゃいぞ!」

 あまりの臭さに、気持ち良く寝ていたルイーザとフェンも飛び起きたのだった。

         †

 異臭騒動は、冷静になったシロがクリーン魔法をかけたお陰で無事に解決した。ユリアは不貞腐ふてくされてしまったチェスターに近付いていき、ヨシヨシと頭を撫でる。

「いや、お前のせいでもあるからな?」

 チェスターがジト目でユリアを見る。

「あにち~、あたらしいおくちゅはいたらー?」

 ユリアがまともな意見を言ってきたので、チェスターはそれ以上何も言えない。


 それから、ご飯を食べ終わったピアを入れたおちび達は、お絵描きを始めた。
 初めて紙とクレヨンを見たピアは目をキラキラと輝かせて喜びを噛み締めると、嬉しそうに描き始めた。異臭騒動で起きてしまったルイーザはユリアの隣に堂々と座り、自分を描いて欲しいとアピールしている。

「たあ! たああ!(ユリア、私を描いて!)」
「いいよー!」

 ユリアは笑顔で快諾かいだくすると真剣に描き始めた。
 そんな娘と孫の会話を聞いていたフローリアは疑問を口にした。

「ユリアちゃんはあの子の言っていることが分かるのよねぇ~」

「あの……フローリア様も分かっていますよね?」とナタリーが感心しながら言う。

「私は何となくよ。……あの子、分かりやすいから。でも、他の子もそうだけど、子供同士で何か通じるものがあるのかしらね」

 そう言ったフローリアとナタリーは顔を見合わせて笑った。
 そしてもう一人、初めてのお絵描き体験をしているのが人化したままのフェンだ。ピアと同じように、目をキラキラさせながら渡された白い紙に何かを描いている。

「フェンしゃまはなにかいてりゅのー?」

 ユリアがテーブルを挟んで向かいにいるフェンに聞く。

「おれしゃまはコウをかいてるじょ!」

 フェンは嬉しそうに描いている絵を皆に見せる。

「お……俺か? まぁ良いんじゃないか!」

 キラキラと虹色の羽を羽ばたかせて、皆の周りを照れ臭そうに飛んでいるコウは嬉しそうだ。
 フェンが描いたのは様々な色を使った独特な絵だが、妙にセンスが良い。それを見たおちび達は盛大に拍手をして、大人達は感心していた。
 一方、カイルやルウは、それぞれ大好きな母親を描いている。それを見ていたナタリーと桔梗は、一生懸命に描いている我が子に感動していた。
 少し前までこんな幸せな未来がやってくると思っていなかったナタリーは、自然と涙が込み上げるのを必死に我慢していた。愛する息子は元気にすくすく育ち、今では魔法の練習もするようになった。

「かーしゃま! みて!」

 ドヤ顔でナタリーに自分の描いた絵を見せるカイル。そこには女の人と手を繋ぐ小さな子供が描かれていた。それは多分ナタリーとカイルであろう。だが、もう一人背の高い男の人が描かれていた。

「ねぇ、カイル。この人は誰?」
「ん~? オーランドだよ!」

 カイルはニコニコと答える。
 ナタリーは現在、ユリアの長兄で国王でもあるオーランドと交際中だ。カイルも彼によく懐いている。カイルはただ純粋に、魔法を教えてくれるオーランドが好きで描いたのかもしれないが、ナタリーは自然と頬が赤くなるのが自分でも分かった。

「あらあら~!」

 そんな親子を微笑ましく見つめるフローリアは、今後進展しそうな孫の恋を密かに応援するのだった。
 そしてユリア画伯がはくはというと、見事に棒人間を描き上げていた。

「はい! りゅいーじゃちゃん!」

 ドヤ顔でルイーザに渡すと、ルイーザもドヤ顔でフローリアに見せびらかす。

「ふふ、はいはい。良かったわね」
「あと、あにちもかいたにょ!」

 ユリア画伯は後ろのソファーで横になっているチェスターに、大きい棒人間が紙一面に描かれた芸術的な作品を渡した。そこにはミミズのような字で〝ごめんね〟と書いてあった。多分近くにいたクロじいが教えたのだろう。いつもなら描いた絵をからかうチェスターだが、ただ黙ってユリアが描いた絵を見ていた。

「……あにち~?」

 何も言わないチェスターに不安を覚えたユリア画伯は、よちよちと立ち上がり顔を覗き込む。

「ああ、ありがとうな。字も書けたのか、偉いな!」

 チェスターは起き上がり、嬉しそうにユリアの頭を撫でた。

「エヘヘ~!」

 ユリアも珍しく褒められたので、照れながらも嬉しそうにチェスターに抱きついたのだった。
 ピアもクロじいを描いたので本人に渡したが、貰ったクロじいが感動のあまり大号泣したのでびっくりしてしまう。フローリアやナタリーがピアに何故泣いているのか優しく説明してあげた。理由を聞いたピアは、泣いているクロじいを思いっきり抱きしめた。
 そしてルウはというと、胸を強調した桔梗の絵を描いて皆を苦笑いさせていた。


 遊び疲れたおちび達が目を擦り始めたので、大人組が力を合わせてこの大人数をお風呂に入れる準備を進めていた。

「おい、ちびども! 風呂に入る準備をしろ!」

 チェスターは、大きなソファーに綺麗に横並びで座りうとうとし始めているユリア、カイル、ルウ、ピア、フェンの五人を順番に立たせていく。

「あにち~……ユリアねむいでしゅ……」
「我慢して入れ!」

 そう言ってユリアを抱えると、目の前にいるシロに預けた。カイルはナタリーが、ルウは桔梗が、ピアはクロじいがそれぞれ抱えて風呂場まで連れていったのだった。そしてフェンは自分の足でふらふらと皆の後を歩いてついていった。
 ルイーザも脱衣所で、お湯を入れたおけのようなものにかり、気持ち良さそうに入浴していた。勿論フローリアが面倒を見ている。ルウズビュード国では昔から乳母うばや女官に任せるのではなく、王族達が自ら子の育児や教育をする。なので、フローリアも汗を拭いながら、ルイーザやお風呂で騒ぐおちび達の面倒を見ていた。

「キャハハー! たのちー! おふりょってあったかいでしゅね!」

 一番嬉しそうなのはピアだ。今まで一度も温かい湯に入ったことがなく、真冬でも川の水で体を洗うしかなかったと聞いて、大人達は心が痛む。

「ピアちゃん、ゆっくり入りなさい」

 ナタリーが優しく頭を撫でるとピアは頷き、気持ち良さそうに肩まで浸かった。
 ユリア達は順番にシャンプーハットを被らされてシロに髪の毛を洗ってもらい、流れ作業のようにナタリーが体を洗う。そのあとは桔梗がお湯で流して湯船に入れる。そして二十数えたら終了だ。
 ピアとフェンがまだまだ入っていたいとグズったが、これからは毎日お風呂に入れると聞いてやっと納得してくれた。
 脱衣所ではラーニャとフローリアが、動き回ってはしゃぐおちび達を追いかけながら、風邪を引かないように急いで体を拭いて着替えさせた。


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