皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?

akechi

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二章 小蘭(シャオラン)の掃除

貴族令嬢の末路③

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小蘭の発言に顔色が変わった秦心侯夫人。

「失礼な発言よ。追い出していないわ」

「そう?庸おじさんが戦に赴いている間に出て行ってしまったって聞いたよ?」

無邪気なのか、悪意が隠っているのか分からない小蘭の発言に怒りが込み上げる秦心侯夫人。

「愛然(アイサ)様はお身体が弱いので実家で療養しているだけですわ。旦那様も承知です!」

ムキになって語気を強める秦心侯夫人に、王達や皇帝陛下も冷たい視線を向けていた。特に紅州王は今にも殺しそうなほどの怒りを滲ませていた。

「まあ、それは庸おじさんが解決する事だから良いけど、今回の事は謝罪に来た事だし許します。でも女官だからと何をしても許されると思っているのは改めた方が良いですよ?」

にこやかに言ってはいるが、決して目は笑っていない小蘭に恐怖を感じた秦心侯夫人はただただ素直に一礼したのだった。



心身ともに疲れつつも何とか帰宅した秦心侯夫人と凛黎は、待ち構えていた庸衞(ヨウエイ)侯に許しを得たと報告していた。

「紅州王には死罪と言われましたけど、あの娘が冷酷ではないのは分かっていましたから案の定、間に入り抗議してくれましてお咎めなしですわ」

「まさかあの女官が紅州王の娘だったなんて⋯何で女官なんてしているのよ!紅州王も何で止めないのかしら!?紅州王の娘ってだけでも贅沢なのに!?」

計算高い妻と反省しない娘の話を聞いていた庸衞侯は怒りが込み上げ、近くにあった燭台を思いっきり床に叩きつけた。

「良いか?あの方を甘く見るな!!お前達はただの小娘だと馬鹿にしているのだろうが権勢を見誤るな!!」

普段は寡黙でこんなにも感情を爆発させた事なの無い庸衞侯の反応を見て、秦心侯夫人や凛黎は驚き固まってしまった。

「麗蘭様の背後には誰がいると⋯お前達などが到底敵う相手では無い!!愛然もそうだった⋯愚かにも紅州王を怒らせてしまい⋯」

「愛然様は具合が悪くて実家に帰っているのでしょう?巷では私が追い出した事になっているけど⋯」

そう言って頭を抱えてしまった庸衞侯に、秦心侯夫人が不満そうに詰め寄る。

「お前には悪いと思っている。だが紅州王の本当の恐ろしさを知らないだろう⋯戦場で敵を殺めてきた私でも紅州王の残忍さはには震えてしまった」

庸衞侯の正妻であった愛然侯夫人は緑州にある貴族出身であった。昔から紅州王こと紅司炎(コウシエン)は見目麗しく文武両道の完璧さで国内外の女子達の憧れであった。愛然も幼い頃から司炎に憧れ、そして次第に好意に変わっていった。

だが、紅司炎は皇帝陛下である龍飛の妹と政略結婚してしまい、皇族という最高位の家柄では到底敵わない愛然は、少しでも近くにいたいと思い紅州王の部下である江家の次期当主に嫁ぐ事にした。貴族の間では愛のない結婚は当たり前であり、紅司炎もそうだと見て明らかだったので愛然は我慢が出来たのだ。

自分の妻にも子供達にも冷たく、仕事一筋の紅司炎。愛然はそう思っていた。実際、妻や子の大事な祭事に参加することすら無かったのだった。

だが、憎き紅麗蘭が生まれて全てが変わった。当時の黒州王の長女である麗華と紅司炎の間に生まれた子だった。それを聞いた時は信じられずに怒りで気が狂いそうになった。いつの間に黒州王の娘と知り合ったのか?あんなに仕事一筋の紅司炎にそんな時間があったのか?愛然は信じられずに紅府に様子を見に行ったほどだった。

そこで信じられない光景を見る事になり後悔する事になる。あの無表情で笑うという感情が欠落して生まれたような男が赤子を抱え愛しそうに笑顔を向けていたのだ。愛然はひどく衝撃を受け、怒りで体が震え、立っていられなくなった。屋敷に連れ帰られてもあの笑顔が忘れられなくて、向けられてるのが自分ではない事に傷つき、日に日に心身ともに弱っていった。

それから数年後、江家の祭事に紅州王が足を運ぶと聞いた愛然は弱った身体に鞭を打ち、化粧をした綺麗な姿を見てもらおうと朝早くから準備をして待ち侘びていた。側室である秦心を祭事から追い出し、我が子ですら邪魔だと乳母に預けた。

そしてやって来た紅州王は、息を飲むほどに美しく気品に満ち溢れていた。だが、紅州王の横には可憐な少女が立っていた。

「父上、お腹が減りました!」

「⋯朝食べたばかりだろう?」

愛娘の食欲に引き気味の紅司炎だが手は離さない。

「江家って庸おじさんの家?」

「そうだ」

「じゃあ食べ物もいっぱい用意してくれてるかな!?」

「⋯⋯」

お腹を摩っている愛娘を無言で抱きかかえる司炎。それを見ていた愛然は抱き抱えられている少女を憎々しく睨みつけ、近くにいた侍女に何やら指示をしている。その後に事件は起こった。食事を楽しんでいた可憐な少女が急に吐血して倒れてしまったのだ。

だが、幸いなことに霊気が膨大な少女は臓腑が傷付く事なく数分で起き上がったのだが、毒を盛られたのは明らかだった。娘が倒れても冷静であった紅州王を目の当たりにした来賓達はやはり冷酷な男だと誰もが口にしたのだった。

来賓が全て帰った後、紅州王の兵が徹底的に調査に入り調べた結果、庸衞侯の正妻である愛然とその侍女の犯行だとすぐに分かった。紅州王は平伏している庸衞侯と愛然、そして侍女の前に静かに立った。

「何故に麗蘭へ毒を盛った?」

「⋯⋯。貴方があの子に笑顔を向けたから!!憎たらしい!何で死なないのよ!!」

「お前という奴は!!何を言っている!?」

妻の発言に怒りを露わにする庸衞侯だが、紅州王は無表情のまま愛然を見下ろしていた。

「身体が弱くては江家の正妻として今後は任せられないだろう?」

「⋯⋯あ、そうです!妻は身体が弱く⋯」

庸衞侯が話し始めた瞬間、紅州王がいきなり平伏して震えていた侍女の首を躊躇いなく刎ねた。その血飛沫が愛然の顔に降りかかり彼女は悲鳴を上げた。

「侍女はお前のせいで死んだ。侍女の家族も容赦はしない。お前達が相手にしているのは紅州王だ」

血が滴る剣先を愛然に向け、冷たく言い放つ紅司炎。

「私の唯一許せない事をお前がしたんだ。庸衞侯、江家をお前の代で没落させたくないなら愛然を引き渡せ。周りには実家に帰らせたと言え」

「⋯⋯承知致しました」

放心状態の愛然を兵士が拘束すると紅州王と共に闇に消えて行ったのだった。

それから毎年、紅麗蘭が毒を盛られた日に庸衞侯宛に紅州王から届くものがあった。綺麗な箱に入っている”それ“を見て吐き気と恐怖でおかしくなりそうになるのを必死で抑え込むのが恒例になり、あの日を忘れられないでいた。

「指が終わった⋯今度は⋯」

そう言って顔面蒼白のまま頭を抱えてしまった庸衞侯を見た秦心侯夫人は何かを感じ取ったのか夫の背中を優しく摩るが、凛黎は小蘭に対する嫉妬心で頭がいっぱいだった。

(紅州王の娘だなんて!!絶対に許さないから!!)

母親である愛然と同じ破滅への道は近付いていたのだった。







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