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3巻

3-1

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 ラ・ヴァナ帝国北部、界境砦かいきょうとりで
 砦内の会議場には、今回の対魔族戦につどった人間側諸国軍の代表が集まり、各々おのおの席に着いていた。
 森羅衆シンラシュウ、ホウライ、モード連合、キャメロット王国。
 彼はそれぞれ異なる表情を見せながら、時折上座かみざに視線を向ける。
 ラ・ヴァナ帝国軍の代表が掛けるべきその椅子いすは、未だ空席だった。
 無言の状態が続く室内に満たされる、張り詰めた空気。
 それに当てられたのか、控えていたメイドは表情を強張こわばらせ、すっかりと冷めてしまったお茶を取り替えている。

「遅い! 帝国の指揮官はまだ着かんのか!?」

 苛立いらだちをあらわにテーブルをこぶしで叩いたのは、キャメロット王国騎士団の紋章もんしょうを胸にきざんだよろいまと壮年そうねんの男。
 その剣幕けんまくにメイドが肩を震わせながら、深々と頭を下げた。

「も、申し訳ありません! 先程の連絡では、もうすぐ到着するとのことで……!」
「どれだけ待たせれば気が済むのだ! 我々はここへ茶を飲みに来たワケではないぞ!!」

 怒鳴どなり散らす男に、萎縮いしゅくした様子で頭を下げ続けるメイド。
 だが、使用人の彼女を責めたところで何も変わらない。
 それは自分でも分かっているのだろう。男は苛立たしく鼻を鳴らすと、新しく出された紅茶を一気にあおった。

「あづっ!?」

 そして思いのほか熱かったらしく、むせた。
 そんな様子を見兼ねてか、口を開く者が1人。

「……落ち着かれよ、王国騎士第3師団長殿。魔族軍が侵攻を始めるまで、まだ2日ある。今からそんな様子では、身が持ちませんぞ?」

 集まっている面々の中では恐らく最も年配であろう、森羅衆代表を務める緑衣りょくいの老人。
 静かな声音で告げた老人の言葉を笑い飛ばし、王国騎士はき捨てるように言う。

「ゲホッゲホッ! あー、死ぬかと思った……フン! 魔族共が言ったことを素直に信じるなど、馬鹿ばかげている! 卑劣極ひれつきわまる奴等のこと、今夜にでも夜襲をかけて来るに決まっておる!」

 これに対し異論を唱えたのは老人ではなく、1人黙々もくもくと剣の手入れをしていた、顔に傷跡のある女性だった。
 ホウライ軍代表である彼女は、みがき終えた剣をゆっくりとさやに戻しながら、淡々たんたんつぶやく。

「それは、ナイ。過去の記録デ、魔族が自ラの宣言を破ッタこと、一度もナイ。ワタシ、そう記憶してル」
左様さよう。魔族が真に手段を選ばぬやからであったなら、我が国森羅衆はうの昔に奴等の手へと落ちていたことでしょう」

 難攻不落なんこうふらくの天然要塞『エリア大森林』に守られているとはいえ、森羅衆は5大国の中で最も兵力にとぼしい。
 他国の助けが無ければ魔族と戦うことさえ難しい彼等は、だからこそ魔族の脅威きょういをよく知っているのだ。

「7年前の大戦で、キャメロットは特に多くの兵を失ったと聞く。貴殿きでんの気持ちも分からないではないが、まずは落ち着かれよ」
「指揮官が苛立てバ、兵にもそれガ伝わル。気を張り過ぎナイことモ、大事ダ」
「むぅ……」

 森羅衆とホウライの各代表が言うことはもっともで、正しい。
 王国騎士の男は自分が少々気負い過ぎていたとかえりみ、やがてゆっくりとうなずいた。

「……うむ。確かにそちらの言い分にも一理ある、私は少々余裕が足りなかったらしい」

 そう呟いた男の肩から、余分な力が抜ける。それにより眉間みけんに刻まれた深いしわも、心なしか薄くなったように見えた。
 彼はメイドに怒鳴ったことをびると、また新しく紅茶をもらい、ぐいと一気に呷るのだった。

「あっづぅ!?」


 会議場に満ちる緊張した空気が、少しだけなごやかになってしばらく。
 唐突とうとつに部屋の扉が開かれると、小柄な人影が中へと入って来た。

「すみません、遅れました。何せ出発前に、政務を押し付け――任せてきた大臣が、年甲斐としがいも無く駄々だだをこねてきたもので」

 やや早口でしゃべりながらも、空席だった上座に掛けるその人物。
 の顔を見た瞬間、各国代表の表情に驚きの色が浮かんだ。

「ク、クリュス皇女殿下……!?」
「えっと、わたしは……あ、はい。自己紹介は要りませんか、そうですか。でもこの際ですからやっちゃいますので悪しからず。今回の界境防衛戦で総指揮をらせて頂きます、帝国第2皇女クリュス=ラ・ヴァナです。どうぞよろしく」

 森羅衆の老人がこぼした声に深々とお辞儀じぎして、いつも通りの眠そうな口調にて名乗りを済ませるクリュス。
 彼女はメイドが紅茶と一緒に出したクッキーを皿ごと持ち上げ、ざーっと口の中に流し込んだ。

「もきゅもきゅ……んくっ。では、わたしの所為せいで会議が遅れ気味なので、早いところ始めましょうか」
「しょ、少々お待ちを! 帝国皇女である貴女が、何故にいくさの指揮など!?」

 時間も押しているので、スピーディーに話を進めようとするクリュスだったが、王国騎士の男が慌てふためき待ったをかける。
 仕方のない話だろう。
 クリュス=ラ・ヴァナと言えば、人間界でその名を知らない者が居ない程の大物。
 やまいせる現皇帝クロウスターに代わり、今の帝国を動かす実質のトップなのだ。
 流行はやり病の鎮静ちんせい、失業者の激減、大陸に悪名あくみょうとどろかせた盗賊団の壊滅かいめつ
 その幼子が如き外見からは考えられないような辣腕らつわんでもって成された功績は、枚挙まいきょいとまが無く。
 未だ帝位こそ継いではいないが、それも時間の問題とまでささやかれる類稀たぐいまれ為政者いせいしゃ
 既に彼女こそが皇帝であると考えるせっかちな者も、少なくはない。
 だからこそ、明らかな場違い。
 彼女がこの戦いの総指揮を執るなど、タチの悪い冗談としか思えない。
 それはここに居る4人の各国代表の、総意であった。

「……なんですか。皇女が戦の指揮しちゃいけないんですか、差別ですか」
「いえ、差別とかではなく! 私はてっきり、武術将軍殿が来るものと!」

 不機嫌そうに頬をふくらませていたクリュスだったが、その言葉に納得したのかポンと手を叩いた。

「ああ。そのゴスペルちゃんなら、テスラさんと一緒に帝都の警護へ回ってもらいました。何があるか分からないんで」
「貴女様に何かあるのが一番マズいでしょうが!!」

 実質的な国のトップが最前線に出張るなど、聞いたことも無い。
 言うなれば、チェスでキングを積極的な攻撃に回すようなもの。途中どれだけ優勢に立とうと、下手を打てば1発で何もかも終わってしまう。
 ゲームならそれも笑い話だが、現実なら笑い事でなど済まない。
 声を張った王国騎士の男だけではない。
 森羅衆の老人も、ホウライの女剣士も。今まで特に口を開かなかったモード連合代表までもが、考え直すべきだと口をそろえた。
 しかし――。

「ちょっと、だまっててもらっていいですか? びーくあいえっと、です」

 強い口調ではない。冷たい声音でもない。
 けれど有無うむを言わせないクリュスのひと言で、全員黙らされてしまった。

「て言うか、もしゴスペルちゃんに今回の総指揮を任せていようと、わたしがここへ来ることは変わりませんでしたよ」

 ――わたしには、義務があるのだから。
 はこの世界に何の関わりもない、ましてや本来なら、魔族との戦争になど関わらせるべきでなかった。
 自分の、人間族の力不足ゆえに頼るしかなかった。すがるしかなかった異邦人いほうじん達が、戦いへと赴く姿。
 そして――これからひとつ、ことになる彼等の行く末。
 どんな結末であろうとも、それらを己の目で見届ける義務があった。

「いいですよ皆さん、入って来て下さい」

 部屋の外に向け、ぱんぱんと手を叩きながらクリュスが告げる。
 それを合図に、開かれた扉の向こうに人影が現れた。

「ああ、やっとか。立ち疲れて寝るところだった」

 そんな、気の入らないだるそうな声と共に、7人の若者達が足を踏み入れてきた。


「……!?」

 突然に姿を見せた、7人の若者達。
 彼等の放つ空気の異質さ。それに最初に気付いたのは、果たして誰だったろうか。
 しかし、そんな問いを向けること自体無駄むだだと思えるくらい、戦いに身を置く者なら一瞬で悟るほど。
 その7人は――異質だった。

「ふぁ……」

 最初に入って来たのは、欠伸あくびをする眼鏡めがねの青年。
 赤い裏地の黒マントでほぼ全身をおおう姿は、まさしく魔法使いを思わせた。
 怜悧れいりな雰囲気を持ち、見事に整った容姿からはどこか神経質な印象を受ける。
 だが、このような場ですら気だるそうな態度を取っていることから、恐らく内面は正反対の性質を備えているのだろう。
 次いで現れたのは、痩躯そうくな美青年から打って変わって大男。

「がっはははは! 待ちくたびれたぞ!」

 2メートルを優に超える身長と、頑強がんきょうに膨れ上がった筋肉。
 腰に巻いた金属製のいかついベルトがやけに印象的な、豪快に笑う巨躯の青年だった。

「痛い……50メートルの高さから落ちたよ、俺っち……」
「はしゃぎまくって、結局自分で落ちるんだから。バカじゃないの、ホント」

 戦いは始まる前だと言うのに、何故か既にひどく負傷している中背の男。
 しかし歩き方や重心の置き方は恐ろしく洗練せんれんされており、更にそれをパッと見では気付かせない。思わず寒気を感じるような、それほどの練度だった。
 彼に後ろから突っ込んだ少女もまた、普通ではない。
 つやをたっぷりと含む、肩上で切り揃った美しい黒髪。切れ味さえ持っていそうな、吊り上がった双眸そうぼう
 首元までファスナーを上げた、ライダースーツのような衣服を着た細い身体は、一見戦闘に不向きとしか思えないが、彼女からは完全に、『狩る側』の空気が流れ出ていた。

「頑丈ですねぇ、柳本やなぎもと君。あんな高い所から落ちたのに」

 つばの広い帽子を胸に抱え、つつじ色のドレスに袖を通した美しい少女。
 緩やかにウェーブがかった長い栗毛、優しげに細められた青い瞳。
 場に居た4人の代表は今度こそ困惑する。
 どう見ても、ただの少女だった。
 とひと言で切り捨てるにはもったいない美しさを持っていたが、本当に、それだけ。
 戦場となるこの場に居ることが、不思議でならない。
 それくらいの、虫も殺せないような雰囲気を持った少女だった。

「……コートから甘い匂いがする。これ美作みまさかさんの移り香か? 微妙に落ち着かねぇ……」

 血の色をしたコート。
 目深まぶかにフードを被った、そこそこ背の高い男。
 男の左袖は、二の腕の半ばほどから膨らみが存在しなかった。
 乱雑な歩き方をしているのに、足音が不自然なほど小さい。
 そしてこの男。各々の目に一瞬――人間以外の、何かに見えた。

「…………」

 最後に入って来たのは、小柄な少女である。
 身に纏うは肩をさらすように着こなした、黒地に赤模様の入った上等な着物。
 右腰に、身のたけ近くある大太刀をいている。
 鮮やかな赤にいろどられた瞳はくらく、けれど澄んでいて、さながら夜に覗く水面を連想させた。
 クリュスの後ろへと横並びに立った、7人の青年達。

「紹介します。我が帝国最強の切り札、『セブンスターズ』の皆さんです」
「略してセッターでよろしく。メンバー全員、煙草たばこの吸えない未成年だがな」
「それは威厳いげんが無くなるので止めて下さいって言ったはずです、マサチカ様」

 各国の代表達がいぶかしげな目を向ける中、クリュスは高らかに宣言した。

「界境付近の魔族軍は総勢3万1千。偵察ていさつ隊の調査報告によれば、その内先発部隊の数は約1万2千」

 人間の軍が魔族に対し確実な勝利を収めるには、状況にもよるが、相手側の10倍近い兵力を要すると言われる。
 つまりこの数は、下手をすれば先発部隊だけで、人間軍10万にも相当する勢力なのだ。
 更に、戦場となるのは巨大な橋上。
 遮蔽物しやへいぶつも何もない完全な平野では、満足に策をろうすることすら出来ない。

「その先発部隊に対して、こちらが迎え撃つ数は……」

 だからクリュスは、策を何ひとつ打たなかった。
 元より彼女は為政者であり、軍人ではない。手の込んだ策など、考えるだけ無駄。

「7人です。魔族軍1万2千を『セブンスターズ』で滅ぼしましょう」

 故に、彼女が用意したものはたったふたつ。
 ひとつは、勇者7人のみで構成された特殊部隊『セブンスターズ』。
 そしてもうひとつは、その部隊がこの上ない活躍を遂げる為の、最高の大舞台だった。
 人間がはるか昔よりおびえ続けてきた魔族への恐怖を絶つ、その剣である彼等が存分に力を振るう為の。


         Ψ


 夜行やこうさやから引き抜いた『娼啜よねすすり』の切っ先を下へと向け、そのまま手放す。
 支えを失った脇差わきざしは重力のまま落ち、勢いをつけて地面にぶつかる。
 切っ先が、やけに甲高かんだかい金属音を立て軽く跳ね返った。

「あらら、よねちゃんが刺さらねぇわ。硬度が鉄以下のモンなら落としただけで何でもつらぬくのに、マジで硬てぇよこの橋」

 カラカラと転がる『娼啜』を拾い上げ、また鞘に戻す。
 そんな夜行の仕草しぐさを横目で見つつ、横に立っていた雅近まさちかが欠伸混じりに呟いた。

「聞くに、大砲の一撃でも傷ひとつ付かんそうだ。外見はただの石にしか見えんが、並の金属より遥かに硬度は高い」
「そいつはすげーや。何がすごいのか、イマイチよく分からんけど」
「よぉし、いっちょ俺様の拳で砕いてみるか!」

 言うが早いか、そのゴツゴツした拳を振りかぶっていた千影ちかげを、九々くくがどこか疲れた声音で止める。

「こんな時にやめなさいよ……」

 そのまま彼女はしわの寄った眉間みけんを指先でみほぐし、目を細め、正面の彼方先を見据みすえた。

「――20キロメートルぐらい先。もう結構近くまで来てるわね、魔族軍」
「や、委員長なんで見えんの? 俺っちぜーんぜん分かんないんだけど」

 九々自身が元々生まれ持った人間離れした視力と、狙撃手スナイパーの特性が合わさった結果か。
 次に高い視力を持つ平助へいすけでさえ比較にならない距離を、九々は鮮明せんめいに見渡せる。
 そして未だ姿は見えずとも、その気配は感じられるのだろう。
 うずうずと身体を揺らしている夜行と、拳を鳴らす千影。
 特に夜行は早くも口元を笑みの形へとゆがめさせ、時折笑い声ともつかない奇声のようなものを零していた。

「進軍速度はどのくらいだ、委員長」
「数の割に結構速いわね……多分、あと1時間するかしない内には接触せっしょくするわ」

 雅近の問いに答えながら、最後の確認とばかりに肩へと担いだ銃のチェックを始める九々。
 この20分間ほどで、かれこれ3度目になる動作であった。
 ――本当に神経質な女だな。こいつと付き合う男はきっと苦労する。
 またもひとつ欠伸を重ね、雅近が内心でそう呟いた。

「それにしても、私達7人で1万2千を相手ですかぁ」

 ふと空を見上げ、いつも通りのふわふわした笑顔で「大変ですねぇ」と続いた躑躅つつじの声。
 言葉とは裏腹に、彼女の口調はなんとも落ち着いたものだった。
 天は雲ひとつ無い快晴、風もまた穏やか。
 いっそ戦いなど忘れてお弁当でも広げ、ピクニックでもしたくなるような行楽日和こうらくびより

「……この戦いが終わったら、私ピクニックするんだぁ」
「ッ!? 開戦前のフラグ建てか鳳龍院ほうろんいん、だったらオレも負けてはいられん! ここはオレに任せて先に行け!」

 何度も欠伸をしていたやる気の無い態度はどこへ行ったのか、一転して死亡フラグになりそうな台詞を次々と吐き始める雅近。躑躅の呟きは、どうやらネタをこよなく愛する雅近を刺激するものだったらしい。

「いや、私達防衛側だから」

 そんな九々の突っ込みは、いつものことだがスルーされていた。

「人は何故フラグを立てるのか! そこにフラグがあるからだ!」
「今の伊達だて君、ちょっとウザい」
「天よ地よ、俺っちに力を与えたまえ! そう、モテモテ王になる為の力を!」
「アンタはアンタでこの上なくウザいわね……」

 神への祈りか何か知らないが、奇妙な踊りを一心不乱に舞う平助の姿。
 ハッキリ言って彼がモテない理由の5パーセントくらいは、この辺の奇行にあるのではないかと考えられる。
 無論、残りの9割5分は、既に手遅れなレベルの変態性で決まりである。

「うおおおお! 血が騒ぐ! 肉が躍る! 骨が……骨が……骨がぁぁぁぁッ!!」
「オチを思いつかないなら、血と肉だけで終わらせればいいじゃない! 最終的に骨折した人の叫びみたいになってるわよ!?」
「ヒャッハハハハハハァッ!! ド派手なパーリィの始まりだ、ヒャハハハハハッ!」
「ああ……もうイヤ、突っ込むの面倒……」

 天井知らずのテンションにより、今にも飛び出して行きそうになって叫ぶ千影と夜行。
 そんな彼等の所為せいで、一気にレッドゾーンまで削られる九々の精神力ゲージ。
 どうせ突っ込んでも無視されるし、そろそろやめていいかも知れない。
 彼女は割と本気で、そう思い始めていた。

「Zzz……」
「……そして、どうしてこの子は立ったまま寝てるのよ」

 これから本気の殺し合いが始まると言う時に、野太刀のだち流桜りゅうおう』を支えとして寝息を立てるサクラの姿に、九々は頭痛を起こしそうだった。
 余談よだんだが彼女、昨夜ずっとベッドの中でちょっとした掛け算(攻めと受け)の想像をしている内、気付けば朝になってしまっていた為、全く寝れなかったらしい。
 緊張して眠れなかったとか、断じてそんなカワイイ理由ではなかった。

「ハアァ……」

 溜息ためいきいた九々が、自らの極限まで強化された視力で橋向こうを見遣れば、その先には魔族と思しき異形いぎょうの者達の軍勢。
 武装した歩兵、中型種以上の魔物に騎乗した騎兵、杖をたずさえた魔導兵……少数だが、空を飛ぶ者の姿もある。
 そして今からアレらと戦うにもかかわらず、仲間達はこの体たらく。
 救いようのない変態と、脳味噌のうみそまで筋肉なバカに、脳味噌まで軽くなってるバカ。
 死亡フラグを自分で建設している頭のいいバカ、天然お嬢様、立ったまま寝てるなんちゃって花魁おいらん
 これで魔族軍に勝てるのか、正直疑わしい。
 そんなネガティブ思考にとらわれていた彼女の肩へと、不意に小さな手が乗せられた。

「まあまあクク様、元気出して下さい。皆様はやる時になったらやる人達だと、わたし信じてますから」
「……なんで当たり前のようにここに居るのよ、姫様」

 彼女が振り向いた先には、眠たげな表情かおで板チョコを5枚重ねにして食べるクリュスの姿があった。
 1時間後には、戦場のど真ん中となるこの場所に。

「細かいこと気にしたら駄目ですクク様。オタクになりますよ」
「大きなお世話よ! てか砦に戻りなさい! 今すぐ!」

 わめく九々の言葉など聞こえていないとばかりに、その場へピクニックシートを広げ、お弁当の用意まで始める帝国第2皇女。
 今度はバスケットから取り出したドーナツを頬張りながら、力強く宣言した。

「もふもふふもふもふもふふもふ!!」
「分かるかぁッ!! ものを食べながら喋るなッ!!」

 恐らくは「わたしは戻りません、ここで全てを見届けます!」的なことでも言ったのだろうが、生憎あいにくと口の中にあるドーナツが邪魔立じゃまだてして、全く伝わらない。
 しかもみ込む端から新しく口に詰め込んでいく為、いつまで経っても話が出来なかった。
 ――もう駄目だ、私1人の手には負えない。
 そう判断した九々は、仲間を頼るべく、半分涙目で振り返った。


「神にも等しきこのオレを、下等生物の力などで殺すことは到底不可能……フハハハハハハハハ! 仲間達が出るまでもない、このオレ1人で十分! 下らない魔族共よ、今日が貴様等の命日となるのだ! ……えっと、あとは何があったか……」
「ゴォォォォッド! 俺っちに、俺っちにどうかモテロードへの栄光を! 女子にキャーキャー言われてぇぇぇぇッ!!」
「Zzz……やっぱり、『戌×伊』が鉄板てっぱん……でも、どっちが攻めかで悩む……」
「ゴハァー……ゴハァー……気が高まる……溢れるぞぉッ!!」
「ヒャハ、ヒャハハハハハ! ヒャーハハハハハハハァッ!!」
戌伏いぬぶしくーん、帰ってきて下さーい。言語機能なくなってますよー? ロシア式修理方法で再起動させちゃいますよー?」


 雅近、平助、サクラ、千影、夜行、躑躅……。
 こちらもこちらで収拾しゅうしゅうがつかなくなっており、混沌こんとん極まる状況におちいっていた。
 天気は雲ひとつ無い快晴の筈なのに、局地的にバカの熱帯低気圧が大荒れである。
 ちょっと目を離しただけにも拘らず、この有様。
 やはり自分が居ないと、この集団は勢力を拡大して荒れ狂うばかりらしい。
 ――神様、突っ込み面倒なんて言って本当に御免ごめんなさい。
 そう、私がやらなきゃ基本的に誰もやらないんだから。唯一例外に近い戌伏君だって、戦場の空気に高揚してあの有様だし。
 己の使命を改めて悟った九々は、まるでき物が落ちたかのような優しい笑みを浮かべ――躑躅を除いたバカ6人に、弾丸をお見舞いしてやるのだった。


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