セーラー服とピンヒール

一初ゆずこ

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4 逃げてばかり

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 密集していた雑居ビルの間隔かんかくが空き、商店街に沿ってびた道路も車の数が減ってきた。人が消え始めたまちで、誉はかすれた声で提案した。
「帰ろう」
 過程はどうあれ、財布は手放せた。問題にけりをつけた今、二人で過ごす意味はなく、汐璃は家に帰るべきだ。だが、返事は「うるさいなぁ!」という罵倒ばとうだった。歩道でピンヒールをかつんと鳴らした汐璃は、キッと誉を睨んできた。
「誉が堂々としてたら、失敗しなかった」
 互いの身長差を大人の靴がめていて、同じ目線で放たれた糾弾きゅうだんひるんだが、身勝手な言い分に腹が立った。「それはおかしい」と誉は指摘した。
「そもそも援助交際ごっこなんかするからだ。財布をるのも犯罪だ」
「だから返したじゃん。それに誉は、あたしの名前を呼ばないようにしてるよね。さっきは呼んだくせに」
 痛いところを突かれた。汐璃は先ほどのしくじりで苛立いらだっているのか、八つ当たりのように畳みかけてくる。
「誉も、帰りたくないんでしょ? 君みたいに真面目そうな男子が、あんな場所にいるなんて変だもん。塾帰りだよね? なんで真っ直ぐ帰らなかったの?」
 帰れるわけがない。家族を心配させても、連絡も入れずに夜の街を徘徊はいかいしている罪悪感で胸が痛んでも、けに負けた瞬間に、帰り道はなくなった。
「勉強ばっかりで、嫌になった? 親が厳しいんだ?」
 優秀な息子がほこりだとれ回る母の声が、ノイズとなって鼓膜こまくに響く。望む結果を出せない誉は、生きる価値すら認められない。沈黙が汐璃の逆鱗げきりんに触れたのか、リップでつやめく唇が、新たな罵倒をつむごうとしているのが分かった、そのときだった。
 横合いから、夜闇よりも黒い塊が急接近して、汐璃におおいかぶさったのは。
 せ返るような酒臭さけくささが鼻孔びこうおかし、隣を駆け抜けた車のヘッドライトが、くたびれた老人の髭面ひげづらを照らし出す。「今日はつき合えよぉ」という身の毛がよだつ声を受けた汐璃は、金縛りにったように動かない。愕然がくぜんとした誉は、まだ死滅しめつせずに生き残っていた冷静さを、死に物狂いでかき集める。この酔っ払いに、客引きのホステスと勘違かんちがいされた? 誉が「放せ!」と怒鳴どなっても、男は呂律ろれつあやしい戯言たわごとを唇でおぞましくり潰すだけで、汐璃からも「やめてよ!」と叫ばれると、火がついたように激昂げっこうした。
「何様だぁ? お前は、俺の言いなりになってりゃいいんだよ!」
 汐璃が、身体をふるわせた。そばを通過した車のテールランプが、ガラス玉のような瞳によぎる。グリーンの流れ星が消えないうちに、びっくりするくらいにカッとなった誉は、男に当て身を食らわせた。歯を食いしばり、枯れかけていた勇気を怒りに変えて、恐怖とも武者震むしゃぶるいともつかない手の震えを握り潰して、強く念じる。叫べ、叫べ、叫べ!
「ふ……ふざけんな!」
 十四年の人生で初めていた悪態あくたいは、みっともなく震えていて、全く格好がつかなかった。尻もちをついた男が、半狂乱はんきょうらんで何かをわめいている。肩で息をした誉は、呆然ぼうぜんとしている汐璃を連れて逃げ出した。逃げてばかりの夜だった。
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