上 下
15 / 53
第一章 エリカと圭介

第15話 図書館

しおりを挟む
「祝日だけど、誰もいないってことはないんだな……」

 図書館の透明な自動ドア越しに見えた人の姿に、私は一人呟いた。
 私は普段から、あまり図書館を利用しない。
 読書は苦手なのだ。
 小さい頃はそれなりに絵本を読んでいたような気がするけど、学校の図書室にすらあまり行った記憶がない。

 絵本は、きれいだったり可愛かったりする絵が沢山あるからまだいいけど、児童書とか小説とかそういった領域になってくると断然文字が多くなる。
 紙の上に溢れる文字の団体も苦手だし、その文字からストーリーのシチュエーションを思い浮かべることもうまくできない。
 結果、早々に本を閉じてしまうことがほとんどだ。

 圭介は……どうだっただろうか?
 保育園時代を思い出そうとしてみたけど、圭介が本を読んでいた光景は浮かんでこない。
 本を読んでいる圭介の姿で覚えているのは、最近のものばかりだ。

 朝のしんとした教室で、海外の作家が書いたという本を読んでいた。

 あれは、あいつの趣味だよな?

『これ、人間が虫になる有名な作品だよ』
 私は圭介の爽やかな笑顔と一緒に、その台詞を思い出した。
 やっぱり、今思い出しても体がぞわりとする。

 っとに、虫が人の体を乗っ取るなんて冗談にもほどがあるよ!
 きっと圭介はそれを知らないんだ……
 もし知ってたら、全力で拒否するでしょ!
 だって、気持ち悪いもん!

 私が抱く、虫への強い嫌悪感。
 それを感じる人は、世の中にけっこういると思う。

 蚊に刺されたらかゆくてイライラするし、コバエはブンブン飛び回ってうざいし、ゴキブリやムカデは見た目がもう気持ち悪い。
 もしやつらが家の中にいたら、即殺虫剤を手にするし、蟻だって家の中に入ってきて行列を作られたら困る。

 だから、世間には色んな種類の殺虫剤や虫除けが売られているんだ。
 それなのに、わざわざそれを使って人の体を乗っ取るなんて。
 ほんとに、神というやつは頭がイカレれているとしか思えない。
 それとも、人に対する嫌がらせも目的の一つなんだろうか?

 目的といえば……
 見ず知らずの他人の体を使って、イカレたそいつはいったい何をする気なんだろう?

 私は思わず、あいつから神と呼ばれている人物を想像する。
 下卑た笑いを浮かべる、薄汚れた白衣を着た不気味なおっさん。
 きっとそうに違いない。
 マッドサイエンティストとか呼ばれるようなやつなんだ、絶対にそう!

 他人の体を乗っ取って、世界征服を企んでて……
 いや、さすがにそれは非現実的か……
 きっと労働力としてそれを必要としてるところに格安で売りつけたりするんだろう。
 あぁ、とにかく最低最悪な行為だから、なんとかして止めないと!

 ……それにしても、あの白いカプセル……
 きっとあの中に虫がいて、それを飲んだら……
 うわぁ、気持ち悪い!

「やめやめ! 本を探すことに集中しなきゃ……子どもが読む本は……こっちか……」
 私は考えるのを止めて図書館に足を踏み入れ、児童書コーナーに向かう。
 そこには、棚いっぱいに絵本や児童書、紙芝居や図鑑が置かれていた。

 今日は天気が良くて外遊びにぴったりな陽気だからか、児童書コーナーには誰もいない。
「良かった、これなら落ち着いて本が探せる……あっ、これ……昔読んだな……懐かしい」
 低い位置にあり、なおかつ斜めになっている広い台座。
 背が低い子どもがすぐに手に取れるよう工夫された棚には、数種類の絵本があった。
 私が思わず手に取ったのは、その内の一冊だ。

 小さな野ネズミ2匹が繰り広げる物語で、可愛いイラストとほのぼのとしたストーリーが大好きだった。
 同じシリーズの絵本が何冊か並んでいたけれど、私が昔よく読んでいたのは、手に取った一冊だけだった。

 ペラペラとページをめくっていると、記憶の彼方から絵本のストーリーが蘇ってくる。
 この絵本が大好きだった保育園児時代。
 その当時、この絵本を読んでどう感じていたかまでは、思い出せなかったけれど。
二匹ふたりがハイキングに行って、お弁当食べて、不思議なおっさんに出会うんだよな……でもこれ、ほのぼのなアクシデントだから安心なんだよ……圭介、これ読んでたかな? まあいいや、わからないから借りておこうっと」
 私はその絵本を小脇に抱えて移動する。

「あとは男の子が好きっていったら……やっぱり電車とか車とか恐竜あたりなのかな? ……私も恐竜好きだったな……図鑑だと分厚くて沢山は無理だから、なるべく薄いやつにしよう……どれがヒットするかわかんないから、質より量だ!」
 私はピンと来たもの全てを借りることにした。

 うろうろと歩き回って抱えた本は、数えたら全部で十冊にもなっていた。
「さすがにこれだけあったら、少しは圭介が反応する本があるだろ……ふふふ……見てろよ」
 貸出カウンターに本をどさりと置きながら、私は心の中でそう確信していたのだった。
しおりを挟む

処理中です...